君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

覚醒

 家を出ると。空は青く輝いていた。空には太陽ではなく、白い宝石のようなものが輝いている。電車の音も、人がしゃべる声も、生活音は何一つ聞こえない。この異様な世界には、俺がたった一人で住んでいたんだ。
 孝人さんがいたのは、この世界が作り出したただの幻覚に過ぎない。ゲームで言えばNPCだ。
 この異様な世界で、俺が願い続けたものはただ一つ、平凡な暮らしそのものだ。だが、それは決して、檻に閉じ込められることで完成するものではない、外に出て、いろんな人と話して、初めてその平凡は成し遂げられる。
 外に出れば、必ず何かが起きる。悲しいことも、嬉しいことも起こる。俺はただ、悲しいことが多いだけ。外に出れば、戦いが待っているだけ。それでも、それを受け入れられるように、俺はあいつから言葉をもらったんだ。それを、ずっと忘れていた。
 駆ける足は、次第に浮かび上がる。俺は、風のように空を翔る。すぐにでもあいつの元へ行かなくてはいけない。あいつをずっと、2年も待たせてしまったんだ。
……あいつは怒っているだろうか。どうであったとしても、早く、あいつのところへ!
 その足はやがてある目的地へと俺を運ぶ。次第に見えてきた。志田高校の屋上が。それと同時に、轟々と音を立てながら、町は水の中に沈んでいく。その水かさはどんどん増していき、俺の走っている場所が次第に、空ではなく、水面になっていった。
 その水の上を跳ねるように走る。沈むことなんてない。引っ張られることなんてない。だって、もう……俺は俺なのだから。
 水に唯一沈まなかった場所、それが志田高校の屋上だった。勢いをそのままに、水面から屋上へと転がり込む。そこが唯一、俺という存在が生きられる場所。


「全く、肝心な部分を思い出せないなんて、バカみたいだな」
「その口の悪さ、アサシン……いや、似非悠治も同じだよ。本当にお前たちはそっくりだな」


 どちらが待ち望んでいたのか。彼は貯水槽の上から飛び降りてきた。


「2年間、待たせて悪かった。お前が俺に、未来を託してくれたっていうのに、俺は……」
「いいんだよ、大切な人を全て失ったら、死にたくもなるさ。それに、初めて味わう罪ほど、苦いもんはないだろ」


 彼は俺をぎゅっと抱きしめる。


「ずっと、抱え込んで辛かったんだもんな。気持ちの整理が付いたならいいんだよ。お前のためなら、ここで、何年だって待ってやる」
「似非……」


 似非の前では、涙をこぼさないと決めていた。だから、泣きたくなっても、ぐっとこらえる。本当に辛かったのは、似非だってそうだから。


「あの日のこと、和仁は思い出したんだよな」
「あぁ、その言葉の意味を考えるのに、少し時間がかかったんだ。2年間眠り続けていたとき、考えていたんだよ。その意味を」




 それは、2年前。死神と似非が戦った、あの日のことだ。


「似非!」


 全てに気づいて、屋上へと駆け込んだ時、似非の胸は、大きく切り裂かれていた。飛び散る血しぶきが、スローモーションのように目に映る。生暖かいその血は、俺の顔にだって飛び散った。
 すぐに駆け寄り、抱き抱える。体という形を保っているのが精一杯だったその体は、今にも事切れてしまいそうだった。


「おい、似非。力を使え、俺も使う!だから……だからこんなところで死ぬんじゃない!」


 まだ使ったことのなかったこの、神の目。これを使えば、傷の治癒もできるはずだ。似非の力も合わせれば、その傷は治るはずだ。
 しかし似非は、それを拒んだのだ。


「……なぁ……和仁……お前に……」
「やめろ、死ぬな、力を使え! 死なないでくれ、嫌だ、嫌だ!」


 かすれた声で、聞けよバカ、と言われる。涙をこらえ、力を使いながら、その命が事切れないように、尽くし続けた。しかし、使ったことがなかったからか、いや「似非が使わせなかったのか」その力はうまく働かない。


「お前に……俺の全てを預ける……俺はお前の中にいる……だから……悲しむことは……ない……」
「何を……そんなの……」


 無理に決まってる。ただその言葉を飲み込んだ。


「未来を、頼む……そこに行くのは、俺じゃない、お前だ……」


 最後の力を振り絞り、似非は笑顔を見せる。その時、似非の目が濃く輝いた。その瞬間、目が焼けるように熱くなる。思わず目を閉じてしまった。だが、なんとかすぐに目を開ける。
 そこではもう、似非の目には光はなく、鼓動はもう聞こえなかった。失ったのだ、目の前で、大切な友人を。


「うああああああああああっ!」


 全ての感情が叫びとなって飛び出した。その様子を見て、死神は高く笑う。


「あぁ、運命に翻弄された馬鹿な兄弟だ。見ているだけで楽しいよ、お兄ちゃん」




 その後、俺はなんとか仇を取ろうとした。だが、あと一歩で殺せなかった。どれだけ相手が悪であろうとも、人間である限り、殺してはならない。それが鳩なら、別だっただろう。あぁ、これが人間の悪しき心だ。どこかで、人間と鳩を、差別してしまったんだ。
 それを苦に、俺は屋上から飛び降りた。もうひとりの俺の言葉なんて聞かずに、死のうとした。すべてを封印したかったんだ。そのつもりだった。
……死んだあと、たどり着いた場所は、天国でも地獄でもなかった。どうやら、俺がたどり着いた場所は、この世のすべての中心「世界」だったようだ。
 その「世界」の中で俺はずっと考えていたんだ。似非に言われた、その言葉の意味を。考え続けて「世界」に触れて、ようやく実感した。
 未来は、俺にかかっている。俺が世界の未来を作る。それを成し遂げるのは、似非じゃなくて、俺だった。そういうことなのだと理解した。お前が世界を作れ「世界」にそう言われた気がしたんだ。
 確かにその事実を掴んだはずだったが、現実になんとか戻ってくるときに、記憶をすべて失ってしまった。いや、閉じ込められたんだ、俺を守ろうとする大人たちによって。俺自身が死ぬ前にこうなることを望んだこともあるかもしれない。
 だからこそ、忘れてしまっていた。大切な姉のことも、未来を託してくれた似非のことも。


「で、全部思い出したお前は、どんな回答を出すんだ?」
「もちろん、現実がどれだけ辛くても、生き抜く、戦い抜く。そう、決めたんだよ」
「随分、仕方なく、って感じに聞こえるぜ?」
「それはそうだろう。戦いたいやつなんて普通はいない。いたらそれこそ異常者だ。その上で戦わなくちゃいけない。使命ならば、生きる意味ならば、他人の未来すら作るのが自分自身なら、戦い抜く」


 だが、それを聞くと、安心したように、似非は空を仰いだ。


「まぁ、でも、そう言ってくれるんなら、俺も頑張れるってもんよ。内側からな」
「そういえば似非、この世界は何なんだ? 俺のための世界だとは思っているが……」


 すると似非は、忘れてたかのように口を開き、あぁ、ここね、と言った。


「ここはお前の心の中だよ。心象世界って言うらしいぜ。お前に力を全部預けたとき、気づいたらここにいた。何でも、お前の心が、一番「世界」に近いんだと。あの和仁が言ってた」


 そう言って、指をさした方を向くと、そこには「俺」が立っていた。だが、首にはマフラーを巻き、メガネをかけ、黒いスーツといった、今の俺よりは少し大人っぽく、また季節の違う姿をしている。


「全く、お前だけは不思議だ。一番危険な存在だろうと俺は思ってる。お前の存在だけは、どうしても俺は理解できない」


 少し睨みをきかせて言うと、彼はどこか穏やかで怪しい顔をしていた。


「仕方がないよ。俺はずっと先の未来の「覚元和仁」だからね」
「ずっと先? 見た目はさほど老いたようには見えないが」
「うーん「世界」が一周するくらい先だよ。君が世界を掴んでも、世界の欠片、世界の概念の一部が使えても、それでも「今ある世界の終わったあと」なんてわからないはずだ」
「確かに、理解不能だな」


 でしょ、と言って笑う。優しくもどこか不気味な笑顔。目は笑っていなかった。


「さて、それよりもだ。早く現実世界に戻ったほうがいいぞ。こんな不気味な和仁と関わってる場合じゃねぇ」


 似非の言葉で、はっと気が付く。どうやら、もうひとりの自分とずっと目を合わせていたようだ。


「そうだね、似非の言うとおりだ。あれに触れるといい」


 すると、空を照らしていた、白い宝石が、次第にこちらに近づき、俺の真上に来た。手を伸ばせば触れられるような距離に。世界を照らしていた光にしては、随分と小さくも感じる。屋上一つ分の大きさで、この世界は真夏のように照らされていたのか。


「あれに触れれば、目を覚ますだろう。皆が君を待っている。あれが君とつながる「世界の一部」だ」


 すぐにでも行こう。そして戦わなくては。手を触れようとしたとき「あー、ちょっとまって!」と似非が急いで呼び止めた。


「怜花の命を頼む。あと、どうか……悠治を救ってやってくれ」
「あぁ、わかった。お前の頼みだ、約束するよ」


 似非の安堵の笑みに、俺も微笑み返す。そして、覚悟を決めて、その「一部」に触れた。
 その時、目を殺すような煌きに包まれ、目をギュッと閉じる。そして、目が覚めたときには、ベッドの上だった。


「ここは……似非の部屋か!」


 すぐに飛び起き、部屋の異常さを感じる。夏のはずだ、だが、明らかに冷たい。
 部屋のドアを開け、リビングへと向かうすると、リビングのソファーの周りだけ、膜を張ったようになっていた。その中に、怜花さんと亮治さんがいる。


「和仁くん!? 来ちゃダメだ、こいつらは!」


 漂う人型の黒い塊。どうやら死者の亡霊のようだ。おそらく、普通の人間には有害だろう。だが、俺はこの中で息をしても、無害のようだ。


「先輩!? なんで大丈夫なんですか!」


 怜花さんの声には答えず、俺はその目を開く。赤と青の神の目が放つ波動は、一瞬にして部屋を満たし、黒い塊は奇声をあげて消滅する。まるで、心臓を握りつぶしたかのように、一瞬にして必殺。


「せん……ぱい……?」


 怜花さんと亮治さんは驚きを隠せない。だが、俺は説明している暇なんてなかった。


「悠治はどこだ。あいつをなんとかしなくちゃいけない」


 だが、怜花さんは首を横に振った。あぁ、何かあったな、これは。だが、今は一刻を争う。なんとかしなくてはいけない。


「和仁くん、鳩が動き出した、戦いが始まる。この空気も鳩によるものだ。おそらく、二上さんたちは動き出しているだろう」
「状況は理解しました、ありがとうございます」
「……和仁くん、本当に君は戦うのかい?」


 亮治さんが不思議そうに俺に聞く。だが、俺は真っ直ぐな瞳で答えた。


「俺はそういう運命なんですよ。怜花さんを守ってください。それが怜治くんの意志です」


 わかった、その返事を背中で聞くと、俺は家から飛び出した。
 走りながら意識を集中させ、悠治の居場所を探す。だがそのアンテナに、先に引っかかったのは……




「っ!?」
「どうした、世津」


 大参、世津、二上は、黒い塊を倒しながら走っていた。だがその中で、大参は世津の異変に気づいた。
 世津の表情は次第に怒りで満ちていく。


「和仁……!」
「まさか、目が覚めたのか!?」
「大参、二上と一緒に戦っていてくれ。俺は和仁のところへ行く」


 世津に託され、大参は二上とともに先へ行く。世津は空間を移動しようとしたが、それよりも早く、目の前に和仁が現れた。


「戦うな、といったはずだ。世界の欠片を使う人間は二人もいてはいけない」


 瞳を金色に輝かせ、また空間に閉じ込めようとする。しかし、それを和仁は、ナイフで切り裂き、封じた。


「世界の欠片……切る概念を形にしたのか……ぐっ……」


 その時、世津の体に激痛が走った。金色の瞳は、光を失いながら、点滅する。


「これが、世界の欠片を14年使い続けた人間の末路だ! やはり、世界の欠片は、使うべきじゃないんだよ。和仁!」


 だが、和仁は首を横に振り、否定する。


「確かに、体への負担は大きいだろう。だが、その痛みすら飲み込んで、俺は戦う決意をしたんだ!」
「貴様は少しは賢いと思っていたが、やはり馬鹿なのだな!」


 その金色の目を見開くと同時に、和仁も神の目を見開く。ラプラスの瞳と神の目。二つの「異色」の目は、波動を放ち、ぶつかりあった。



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