君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

不変

「世津、来なかったな。もう夜も遅いし、俺はそろそろ帰るよ」


 3時間ほど待ったが、世津は来なかった。釜飯は3杯食べたし、二上と話すことも尽きた。結局俺たちは、お互いに戦わない約束をした。もちろんそれは、破るための約束だが。
 やけに涼しい、いや、冷たい。異常な冷気が、外から流れ込んでくる。これから先の戦いを、まるで示すかのように。


「大参、帰り道は気をつけろ。なんなら、車で送っていくぞ」
「いいや、いいよ。自分の足で帰る。お前に心配はかけられないからな」


 そこまで言って、靴を履いた時だ。ガラリ、と玄関の扉が開いて、険しい表情の世津が現れた。


「せ……世津! どうして今まで来なかったんだよ!」
「なっ……大参、待ってたのか。すまないな」


 思わず泣きそうだ。もう、会えないんじゃないかと思った。俺の近くには死が迫っている。正確には、避けられない戦いが迫っていた。だからこそ、もう二度と会えないんじゃないかって。


「涙目になることないだろう。待たせたのは本当にすまなかったが」


 だが、その涙目も、俺が待たせたからじゃないみたいだな。そう言って、世津は後ろを振り返る。どこからか見られているような気配がする。世津は、そのまま玄関から出ていった。俺も靴を履き、その後を追う。二上も、見守るようについてきた。


「神社にいるのにこの空気だ。わかるな、大参」
「あぁ、この明らかに冷えた空気、神社の外はもっと、ってことだろ?確かこれって……」
「これは「邪波」だ。太陽の神、月の神がそれぞれ放つことができる、異様な空気」


そう言って隣に立ったのは二上だ。その笑顔は、どこか引きつっていて、目は笑っていない。あぁ、そうなんだな。もう、引き返せないところまで来ているんだ。


「14年前の模倣、および、19年前の再来。すべての元凶は22年前……言いだしたらキリがないんだけど、鳩たちが、今度こそこの町を陥れようと、そして、太陽の神を復活させようとしている。今日、朱音が反撃したから、たぶん術を早めたんだ」
「術? それはなんだ?」


 二上の言葉に、俺は聞き返した。すると世津は「死界の術」と呟いた。


「世津はやっぱり知ってるよね。鳩……太陽の神の分身が願うのは「太陽の神の復活」と「この町の支配」だが、それをどうしても不可能にしてきたものがあった。この土地は、二神様の支配する土地、つまりは「二神様の力」が邪魔をしていた」
「だが、その力をもしも、弱めるだけでなく、むしろ逆転させることを可能にする術がある。それが「死界の術」死者を一時的に現界させる。この町の死者なんてキリがない。しかしそれを、この町で今まで殺された鳩に限定するのなら……」


 世津の目に、二上が答える。


「そうだ、鳩の霊は、完全にこの世から消えない。太陽の神が死ぬか、霊になっても殺されるその時まで。ならば、この土地に溜まった、鳩の亡霊は、計り知れないほど存在する。それが術によって現界するのなら……形勢は一気にあちらに傾くというわけだ」
「じゃあ、俺に勝ち目は……」


 俺のその先の言葉を、二人は察してくれた。無謀にも程がある。伝説によれば、異端者は何人も殺されてきたはずだ。その人数、そして力は計り知れない。それを戦い抜くなんて……


「俺に、じゃない。一人で考えるから勝ち目がないんだ。俺たち3人で戦うと思え」
「え……?」


 世津の言葉に、俯きかけた顔を上げる。二上も、拍子抜けした顔をしていた。


「お前たち、ひょっとして、お互いを傷つけないために、一人で戦おうなんて、考えていただろ。それは逆だ。お互いを傷つけないために、3人で一緒に戦うんだろう。何のための俺たちだ。何のために高校生から親友なんだ」


 それは、ついさっき俺が二上に言った言葉によく似ていた。俺は思わず、顔がにやける。緊張感のある場に相応しくないが、それでも、ついついにやけてしまう。


「考えることは一緒なんだな、俺たち」
「……? 大参も同じことを考えていたのなら、何故一人で戦おうなんて馬鹿な真似をする」
「いいや、何でも。さっきのことは無しだ、二上」


 二上は笑顔でうなづく。その笑顔は、いつも見る、優しい笑顔だった。世津は怪訝な顔をするが、すぐに気を入れる。


「さぁ、やってやろうじゃないか。科学部3人の絆を見せてやる」


 世津の号令とともに、俺たちは足並みをそろえ、歩みだした。どんな恐怖が、苦痛が、待っていようとも、信頼できる二人がいるなら、俺も乗り越えられるはずだ。
……なぁ、似非。俺とお前が同じ愚か者なら、お前も前に進めるだろうか。




「どうした、追いかけぬのか?」


 角を生やした謎の少女に、白髪の少年は問いかけられる。その理由を。


「俺には、誰も救えない。俺は本来、こちら側の人間じゃないんだ」


 地面についた左手の周辺の草は、茶色く腐敗している。その左手は、周辺を殺していた。


「左手が、また言うことを聞かなくなったか。それは、お前の心に由来するのだな。だからといって、本当に行かぬのか?」


 少女は問う、少年の真価を。


「誰も救えない、誰も殺したくない……俺は……もう二度と!」
「二度と、何なのだ?」


 少年は、言葉を飲み込んだ。目からは涙が伝う。髪の毛をかきむしり、声にならない叫びを上げる。


「……かつて、似非怜治が死んだとき。和仁はここに来て、わしに問いかけたのだ。怜治は何故死ななければならなかったのか、鳩の子が引き起こした事件など、いくら関わっていようとも、戦う必要はなかったはずだと」
「で、なんて答えたんだよ」


 その返事に、活力はなかった。すべてを抜き取られたかのような、かすれた声だ。


「怜治は、お前の汚名を返上するために戦ったのだと答えた」
「……言わなくていいっての……俺が死神だから、俺が殺したんだよ……」
「知っている。記憶を思い出せば、全部、和仁は知っている」


 余計なことを……少年は力なくこうべを垂れる。


「その話には続きがあるのだが、顔を上げよ、アサシン」


 顔を上げようとしない少年の顔を、少女は持ち上げ、無理やり顔を上げる。そして、赤と青に光らせた神の目を、焼き付けるように見つめた。
 目に映るのは記憶。第三者のような視点から、その光景を眺める。




「彼には、勇気がなかったのだ。また、周辺の人間を殺すのではないか、とな。そう、死神になりたくなかったはずの悠治を模倣とした三代目の死神、つまり生前の悠治を侮辱した死神を、誰よりも許せなかったのは、怜治じゃ。二人の想いは交わることがなかったのだ。お互いを思うが故に」


崩れ込み、起き上がれず、顔などなおさら上げることもできない状態で、できる限り淡々と、和仁は問う。


「……似非は、戦おうと思って、戦ったのか?」
「さぁな。やつは笑顔の裏に、大きな影を隠しておったからなぁ。戦いたいと思って戦うものなど、人間ならばいるはずはないだろう。守るべくして、使命として仕方なく。わしにはそう見えてならんな」


 冷たく言い放っても、見捨てることがないように、少女「二神様」は静かに和仁を見つめていた。目をそらしてしまえば、今にも存在を消してしまいそうな、彼のために。


「じゃあ、俺は、似非のために、死神を殺す。俺は戦いたくない、殺したくない。こんなことになりたくなかった。でも、それでも似非が戦ったのなら、俺はその意思を繋がなくちゃいけない」


 和仁は静かに顔を上げた。その赤と青の神の目には、決意と憎しみに輝いていた。二神様は静かにうなづく。


「そう、それが和仁、お前の運命じゃ。抗えぬ、逆らえぬ、逃げられぬ。お前にはまるで、その道しかないように……」




「あーあ、俺が戦わせて、未来を奪って、戦うことを強いてしまったんだな。記憶を思い出して欲しいと焦ったけど、間違いだった。思い出したって、和仁には辛いだけなんだ」


 気丈に振舞って、顔を上げても、声は震え、涙はこぼれ落ちてくる。


「でも、あいつじゃなきゃ、この町は救えないんだ! あいつの持っている力が、鳩を打ち倒す決定打なんだよ!」


 逃れたくて、叫んでも、その事実は変わらない。和仁でなければ救えないと、戦いを押し付けた事実には、変わりないのだ。
 気づいて、泣き叫んで、それでも、そうなってしまったものは変わらない。自らがこのように動かしたのだと、彼から「生」を奪ったのだと。
 自分こそが、怜治と和仁が死ななければならない理由を作ってしまったのだと。それは、自分の手ではなく、自分の行動そのものだった。


「この手は、どれだけ人を殺す手でも、伸ばさなきゃいけなかったんだ。俺は戦わなくちゃいけなかった。俺が逃げなければ、こんなことにはならなかったのに!」


 風林火山、その呼びかけに応じ、双剣が現れる。それを自らの体に刺しても、首を掻き切っても、血などでない、煙のようなものが巻き上がり、まるで空を切ったかのように、何も変わらない。


「殺せ! 死ぬのは俺だ! 何度だって殺せ! 二神様ぁ!」


 その叫びを、無慈悲な目で、二神様は見つめる。


「馬鹿なのだな。もう死んでいるというのに、一度罪を購ったはずだというのに」
「俺には罪が多すぎる。俺の命じゃ足らないんだよ……!」
「ならば、少しは頭を冷やして来い。死ぬ方法を教えてやろう。それを、大参に伝えてこい」


すぐさま起き上がり、二神様に勢いよく詰め寄る。


「教えろ、俺が死ねる方法を教えろ!」


 だが、二神様はいたって冷静に、返事をした。


「我々、太陽と月の神が死ぬ方法は一つだけ、頭と体を切り離すのみ。それは寿命のある鳩も同様、それもまた、生きる魂となった、お前にも同様」


 その次の瞬間には、死にたがりの暗殺者えせゆうじは姿を消していた。


「殺されるなら、それは、和仁にか、それとも……」


 涼しい風が吹き抜け、彼女の姿は花びらが舞うように、淡く消えていく。神社は、いつもより静けさをましていた。


────長い夜が、始まろうとしている。



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