君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

理由

 月明かりが、庭から差し込む夜。どこか違った涼しさを帯びた風が、そっと吹き抜ける。風鈴の音が、いつもと違い、歪んで聞こえる。そんな中、俺は出された釜飯を食い終え、合掌した。


「ごちそうさまっと、美味しかったよ。で、さっきの話の続きだけど、朱音さんは無事だったわけだな?」
「あぁ、僕の嫁を甘く見てもらったら困るよ。僕より術がうまいんだ。神主を代わってほしいくらいだよ」


 いつものように、少し伸びた髪の毛をひとつにまとめている、優しい笑顔を浮かべる彼、二上は、いつものように、空になった透明なコップに、水を注いだ。
 昼はあんなに暑かったというのに、今はこんなにも涼しい。コップの氷は、まだ溶けていなかった。


「しかし、朱音が襲われたんだから、その話をしたいけど、世津はまだか?」
「あー、俺だけ先に来てしまった。先に行ってろって言われてさ」


 少し寂しそうに口を歪ませ「そうか、まだ釜飯はあるんだがな」と、二上は俺の皿を片付ける。いいよ、俺がやる、と言っても「いいの、いいの。客人でしょ」と、笑顔で座らされた。


「それにしても大参、和仁くんに一発かまされたのは大丈夫なの?」
「世津に起こしてもらったんだ。たぶん、そうじゃなかったらまだ眠ってたかも」
「和仁くんが世界の欠片を使って、三日……何も変わりなければいいんだけど」


 二上にそう言われて、俺は顔を背けた。思い出したくもない。できることなら考えたくない。それは彼のためでなく、俺のために。


「……その様子じゃ、何かあったんだね」
「まぁ、そうなんだけどさ。俺がこの、神の目を持ったときのこと、お前は知ってるんだっけか」
「あぁ、ここに住んでいたらそりゃ、嫌でもわかるよ。だって、たまに二神様は「誰が力を得たか」を僕に教えてくれるんだから。それだけじゃない、たまに茶を飲みにだってくる」


 それは正直初耳だ。この神社に祀られる二神様は、人の前によく現れると聞いていたが、ここまで頻繁にとは。人間生活に溶け込める神様……か……


「しかし、大参は本当に特例だよな。他人から力をもらったんだもの」
「そうだな、本当に珍しい例だ」


 普通、神の目が、そこらへんの人間に適合するはずがない。都市伝説で挑戦した人間が、何人も、体や心を壊してるのを、よく聞く。そう、俺も本来、そこらへんの人間に過ぎない。
 しかし、俺は力をもらってしまった。神の目を持っていた人間の死に際に、そばにいたからだ。


「伝言付きだよ「未来を頼む」ってね」
「なるほど、それで大参は戦うんだな。どれだけ、戦いたくなくても、辛い現実に目を向けてさ」


 その人のおかげで、神の目に本来ある、人間に対する代償は、かなり小さいものだった。能力を使ったあとの、強烈な眠気。たったそれだけで、この力を使うことができる。
 彼女が代償をほぼ引き取って、死んでいったかのように。


「そうなんだよ。だから、世津によって、和仁が眠らされた今、俺は戦うしかない。それが、彼を守るためであり、未来を守るためであり、彼女との約束なんだ。きっと、ね」
「そういうことだったわけだ。なるほどね。じゃあ、世津は今、怒ってるんじゃないかな。だから来ないんだよ」
「……怒っている?」


 二上はうーんと大きく伸びをして、笑顔でこちらを向いた。


「僕にはわからないけどさ。たぶん、自分自身に怒ってるんだよ。世津だってわかってるんだ」
「世津が「戦いには向かない力を持つ」ことか?」
「そう、だからこそ、自分自身に怒ってるんだ。それでも、戦うのは俺だけでいいって思っているんだよ。大参の心情を彼がわからないわけないでしょ」


 二上の顔から、笑顔が消えた。


「それが自分の身を崩壊しかねないって、わかっててもね」


 この顔になった彼は、二上神社神主、神の子孫としての彼だ。


「そもそも、鳩の子の中で、世津と覚元姉弟は、イレギュラー過ぎたんだ。なんせ、太陽の神の域だけでなく、二神様の域ですら越えた」
「世津は「ラプラスの瞳」和仁は「世界の欠片を使える」でも、日和は?」
「日和は未来視。二神様の能力を超えている。もし今も生きていたのなら、それはおそらく「彼女がラプラスの瞳を持った未来」だろう」


 コップの水を飲みながら、さらに二上は続けた。


「そう、この20年ほどの間に、イレギュラーがこんなにもいることが、そもそもおかしいんだ。原因の目星はついても、僕自身が「世界」を知ることは不可能だ。なんせ僕は、神の子孫のなかで、一番不出来だからね」


 コップの水を飲み干し、机に置く。氷がカランと音を立てた。


「それでも、僕が神の子孫として言えることは「異常が連鎖し、鎖のようになっている」ということ。鎖の根元は、太陽の神と月の神の争いか、そうじゃない。僕たちが絶対に知ることのできない「世界」の異常だ」
「世界の異常?」
「ただの世界じゃない。この世の真理とも呼べる「世界」だ。ただの鳩の子が、それの一部を掴めるまでになっている。普通ではありえない。だからこそ言っているんだ「身の崩壊を招く」と」
「世津も、和仁も同様に?」
「そうだ。それを踏まえて僕はこう思う。人間も、イレギュラーも戦うべきではない。自分の落とし前は、自分でつける。そう「神の子孫のみが戦えばいいこと」そうは思わないか?」
「俺も、世津も、戦うべきじゃないって?お前に全部背負わせるわけには……」


 背負わせるわけにはいかない。そう言おうとした口を、二上は人差し指でそっと塞いだ。そして、いつもの笑顔が戻ってくる。


「戦わなくていいよ、大参。僕が僕なりに頑張るから。だから、とりあえず和仁くんだけでも、ゆっくりさせてあげて」
「そんな……」


 俺の体そのものは人間だ、戦いには向かない。世津の力は本来は、未来や過去、平行世界を観察するものだ、戦いには向かない。
……でも、俺たち三人の中で、最も戦いに向かないのは、二上だ。彼は神の子孫であっても、神の目が適合しないのだ。術だって、上手く使えたものじゃない。
 そんな彼が、すべてを背負おうとしている。いつだって軟弱な彼が、戦おうとしている。朱音さんにだって、誰にも頼らないで。


「……させるかよ」
「ん?」
「俺たちは高校時代からの親友だろ? 一人だけに辛い思いをさせるような、そんなことはさせない。世津にだって、二上にだって、苦しみを背負わせない。何のために、俺たちは三人いるんだよ!」


 俺だって、戦いたくない。和仁に、戦ってもらいたい。苦しみを押し付けてしまいたい。でも、そんなの、彼女が望まない。


「俺は戦うよ。戦ってみせるよ! 未来は、俺が切り開く、絶対に!」


 机を叩き、二上に詰め寄ると、どこか恥ずかしくなって、顔が真っ赤になってしまった。それを見て、ふふふっ、と彼は優しく笑う。


「じゃあ、どうしようか。戦わなくてもいい道を、探したいね」


 その言葉は、空っぽだった。だって、そんな道は、存在しないのだから。だから俺も、空っぽに笑うのだった。




……ない、無い、ナイ……どこにも、存在しない。見えない、打開策も、未来も……


「クソッ……どうして、どうして戦わない選択肢はない!」


 黄金の目が、静かに光を失っていく。未来過去、平行世界ですら見わたすその、ラプラスの瞳は、戦わない世界を映し出すことはなかった。
 この瞳があるならば、きっと、幸せになれるはずだった。選択肢を間違うことなく、幸せな未来にたどり着けるはずだった。しかし、そんなものはまやかしに過ぎない。観測不能の存在があれば、未来はかき消され、最悪、書き換えられる。そう、観測不能が、観測できなかったこと、それこそが誤算だった。どうやっても見ることができないものは、誤算と言っても、失敗といっても、見ることは不可能だった。
 だからこそ、ここまで歩んだ道は、間違いじゃなかった。これでよかったんだ、これしかなかったんだ。
 これは自己暗示ではない、事実だ。たしかにこの瞳で見た、正しい選択肢を選び、正しい未来に進んでいた。この現実こそが、歩んできた正しい未来なのだ。


「こんな世界、間違っている。幸せに向かって歩んだはずなのに、選択肢を間違っていないはずなのに、どうしてこうなるんだ」


 ゲームで言えば、いわば、攻略本を手元に持っている状態だ。間違いなんてない、正しくて、簡単な世界を歩む。そこに「バグ」さえ存在しなければ。


「ぐっ……」


 体が痛む、心が痛む。歳を取らなくなっても、永遠に近い命を手に入れても、それでも、たしかに、この瞳を使うたび、体は崩壊へと向かう。永遠に近い命を持ったまま、体が崩壊するのなら、完全にそれは矛盾している。
 世界の欠片、概念の形、この世に有り得て、人間が手にするなど有り得ないもの。それを使えば、世界の矛盾すら招きかねない。俺そのものが、矛盾した存在という概念なのだ。
……それでも、心の痛みはどうしようもない。この痛みが唯一、自分が人間であることの証明だ。


 子供の頃、こんな俺だが、ヒーローに憧れた。敵を倒す強さに、人々を守るその心に憧れた。小学生の頃、その具現化とも呼べる人に出会ってからは、自分もそうなれるんじゃないか、淡い期待を抱いていた。
 しかし、高校生の頃、何度やっても変えられない運命に、ひどく絶望した。
 俺はあの時、確かに「死を繰り返した」彼女を救うために死に、そして彼女も死ぬ。彼女が死ねば、俺も死ぬ。目覚めれば記憶を保持したまま、自分の部屋のベッドの上に戻っている。同じ日を、死という変えられない一日を、永遠に過ごした。今思えば、あれは「世界」の異常だったのだろう。
 その時気づいたんだ、俺は無力なのだと。ヒーローなど、なれるはずがないのだと。
 その絶望の中で目覚めた、このラプラスの瞳で、その運命を変えることはできた。そのまま、ヒーローになれると思っていた、幸せになれると思っていた。


「ヒーローになっても、超えられない壁はあって、幸せなんて、なかったんだな」


 そんな俺ですら、ヒーローと呼んでくれる人が居るのなら。俺は……


「達見くん、今日は二上くんと、大参くんとで、ご飯を食べに行くんじゃなかったの?」


 抱え込むように座る俺の横に、そっと腰掛けてきた人がいる。短い髪の毛にカチューシャをつけ、そっと微笑む彼女は、俺がこの目で、死ぬ運命を変えた彼女だった。


「行くんでしょ、戦うんでしょ。覚悟を決めたんなら、私はどこまでも応援するよ。むしろ、私に力になれることなら、何でも言ってね!」
君恵きみえ、お前の力は、戦いには向かないだろ。いいんだ、これは俺たちの問題だよ」
「そんなことないじゃない、私だってサポートは一流よ。達見くんのサポートに関しては一流だって思ってるもん!」


 それにね、と言って、どこか切なく、俺の腕を抱きしめた。


「私にとってのヒーローは、達見くんだから」


 そうか……


「そうだったな。俺のことをヒーローだと思ってくれる人は、確かにいるわけだ」


 俺はさっと立ち上がり、すぐさま出かけて行く。後ろで、彼女の声が聞こえる。


「ちょ、ちょっと! 何を思い悩んでたかくらい言ってよ!」


 だが、今は無視だ。俺は今、気力に満ち溢れている。こんな時に行動に出なくてどうするんだ。二人に会いに行こう。背負い込まずに三人で……一緒に戦うんだ。
 幸せは、身近に転がっている。彼女と一緒にい続けること、それが俺の幸せ、それを守ることこそが、俺の戦う理由なのだ。




「達見くん行っちゃった……まぁ、これでいいかな」


 短かったはずの髪の毛は、腰まで長くなり、その髪の毛は、月が照らした空の色のように、濃い青をしていた。


「私に出来ることって、きっと、達見くんの考えてることと、逆のことをすること、だと思うのよね」


 その姿は一瞬にして、その場から消える。次に現れた場所は、覚元和仁の枕元だった。


「ねぇ、未来の和仁くん。どうするのが、この先の未来にとって正しいのかしら?」


 そして、そっと、彼の額に手を触れる。瞬間、風景は一変し、とある学校の屋上からの眺めとなっていた。
 空は星がきらめき、そして、校舎の下に広がる街は、水の中に沈んでいた。この屋上が、唯一水に浸からない場所、唯一生きられる場所だった。


「これがあなたの心象世界? 和仁くん」


「さぁね、どうだか」


 振り返った先にいる声の主は、彼女がここに来ることを、待っていたかのようだった。



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