君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

「隆平さん、今日の晩御飯は何がいいかしら?」


 腰までの黒髪を揺らし、白いワンピースに着替えながら、女性は聞く。日は傾きかけているが、まだ暑さの残る夕方、風鈴の音が庭先から聞こえる。


「あぁ、朱音しゅおん、出かけるのか。今日は、世津と大参が来るから、また豪華にしようかなって思ってるんだ。不本意だけど、せっかく高校時代の同級生が集まれるんだからね。朱音の得意料理でいいよ」


 隆平と呼ばれた男性は、肩につきそうな髪の毛を束ねながら、女性のもとへ近づく。女性は着替え終わり、白い麦わら帽子をかぶり、買い物袋を持っていた。


「じゃあ、今日も釜飯ね。前回の反省も兼ねて、お酒も買ってくるわ」
「やった、朱音の釜飯は美味しいからね。待っているよ、気をつけて行ってらっしゃい」


 二人は微笑みの挨拶を交わし、女性は笑顔で、買い物へ出かけて行った。


「うーん、今日も暑いね。朱音、ちゃんと水分とったかな。まぁ、スーパーは涼しいよね、きっと大丈夫だよね」


 男性は、その間に、風呂の支度や、夕飯のための下準備をする。そして、女性が出かけてしばらくして、庭先の掃除を始めようと、外へ出た。暑さに汗を流しながらも、ほうきを手にとったその時だ。
 男性の目の前に、煙が空から落ちてきた。ふわりと風が巻き起こり、煙は次第に形を形成する。


「……どうしたの、似非が来るなんて珍しいね」


 男性は、笑顔を絶やさない。だが、空気は張り詰めていた。


暗殺者アサシンとして警告する、朱音さんを今すぐ助けに行け」
「……何っ!?」
「俺はいかない。まだ俺には、決意も覚悟も足りないんだ。だから、奥さんの身は、旦那のお前が助けろ」


 似非は首の黒いマフラーで顔を隠し、目を背ける。


「似非……まさか、鳩か!?」
「せいぜい気をつけろよ、二上神社の神主」


 それだけ言い残すと、煙となって、その場から音もなく消え去った。


「鳩の子、鳩の逆襲か……朱音!」


 男性は、ほうきを投げ捨て、すぐさま走り出した。それは、とある何かが動き出した、瞬間だった。




「さて、具材も買ったことだし。今日はどう言う話になるのかしらね」


 独り言を呟いて、私は家へと帰る。セミの声が聞こえない住宅街。大通りを抜けて、人は一気に少なくなった。今日は暑い、出かける人もまばらで、スーパーにも人が少なかった。
 帰り際、突然背中に寒気を覚える。空気が変わり、周辺は突如、異界と化す。ただならぬ雰囲気を、肌で感じとっていた。息をすることすら重い空気、この空気に覚えがあった。
……それはまさに、自らの故郷の空気。異界に次第に飲み込まれていく、おそらく崩壊を免れることができない、あの故郷。懐かしさとともに、不安になった。
 置いて逃げてきた、家族や、自分を逃がすために、その命を使い尽くした、あの人を。隆平さんを今は愛していても、永遠の二番手だ。あの人には、永遠に叶わない。私はあの人を永遠に愛している。
 そう、その懐かしいあの人のことを考えざるを得ない、その空気に、どこか、安心していた。私はまだ、あの悲劇を忘れてはいない。


「懐かしい。それはそうと、私に何か用かしら。最上純もがみじゅんさん」


 その異常な空気の中、キャラメル色の髪の毛を肩まで伸ばした男が、コツコツと黒い革靴を鳴らして歩いてくる。空気は、冷たさを帯びていた。それに合うように、男は夏には似つかわしくない、黒いコートをまとっている。


「おや、覚えておられましたか。最後に会ったのは、あなたがまだ14歳の頃だったかと思いますが」
「たかが8年、忘れるはずがないわ。あなたは「村の異界化」の際にいたんだもの。村は無事なのかしら?」
「さぁ……私もあれ以来さっぱり……私の放つ空気に懐かしさを感じていただけましたか?」
「そうね、とっても懐かしいわ」
「そうですか……」


 最上は、少し俯いたかと思うと、長い髪の毛の隙間から、ニヤリと不気味に笑った。歯を見せつけたその笑いは、本当に気持ち悪い。


「この空気……つまりは神の放つ「邪波じゃは」に懐かしさを感じるのなら、あなたはやはり、こちら側の人間です。邪教を行う閉ざされた村で、神への生贄として育ったあなたなら、誰と一緒に居るべきか、わかるはずでしょう」


 そうだ、あの人の言うことは、間違いじゃない。私は本来、今生きているはずがないのだから。
 800年前から、近親結婚を繰り返し、太陽神や、二神様の血を色濃く残すあの村で、生まれた私は、神の血がとても濃く現れていた。それもその筈、婿として招かれた私の父は、あの村に潜入し、情報を得ようとした、太陽の神の分身「鳩」だった。だからこそ、邪波に懐かしさを感じる。閉ざされたあの村は、邪波に満ち溢れていた。
 その父は、殺される最期の時まで、私を守ろうとしてくれた。生贄など間違っていると、狂った村でひとり、狂ったように訴えていた。父は、鳩としての役目を捨ててでも、訴え続ける道を選んだ。その父を亡くし、私に待っていたのは、生贄としての下準備だった。
 そう、私は、竜神への生贄。そして、神の力を色濃く持つ、鳩の子。本来持つべき感情は、私を生贄にしようとし、父を殺した、何も考えない人間への復讐心。そして、圧倒的なこの力での、人間の支配。時代が時代なら、女王にすらなれただろうこの力。本来はこれを誇示すべきだと思う。


「そうね、私がいるべき場所は、そっち側でしょうね。でも、本当にそうかしら?」
「……どういうことでしょう」
「あいにく、私は、愛を知っているの。父親が私を守ろうとしてくれた愛を、あの村から、幸せになって欲しいと逃がしてくれた、あの人の愛を、そして、この町に来て私を受け入れてくれた、隆平さんの愛を、私は身に刻みつけて、絶対に忘れない!」


 最上の顔は、静かに怒りを放っていた。それでも、私は止まらない。


「私は生贄として生きなければいけない、生き方を狭め、殺そうとしたのは人間。でも、陽の当たる場所に居ていいと教えてくれた、それもまた人間。私は、どちらを取ると思う?」
「……阿呆なのですね。あなたに光を与えた、数少ない人間を取るのですか。あなたから光を奪った人間の方が、この世界に溢れているというのに! 太陽の神ですらそうだ、この町の人間に、忌み嫌われ、光を奪われたのだ! 復讐に燃えないはずがないというのに! 何故だ!」


 次第に最上は、冷静さを失い、髪を振り乱し、完全に怒り狂った。目は血走り、犬歯をむき出しにし、鬼のような顔をして、じわりじわりと、近づいてくる。


「やはり、堕落した鳩の子! どれだけ恵まれた力を持っていても、使い方を間違えば意味などない! お前は使い物にならない、死すべきだ。できないのなら、今すぐ私が殺す!」


 アスファルトがめくり上がり、浮かび上がる。もはや岩となった、塊が、私めがけて飛んできた。


「戦う他ないのね。全力で戦うわ……」


力など滅多に使わないが、緊急事態だ。やるしかない、生きるためにも!


「鋼鉄の守り手・へき!」


 飛んできた塊は、目の前で見えない壁に弾かれる。しかし、その代わりに岩に囲まれて、身動きがとれなくなってしまった。


「比翼の守り手・しょう!」


 足に術をかけ、高く飛び上がる。そのまま、最上の上を超え、最上の遥か後ろについた。


「小癪な術の使い手が! この妖術師め!」


 最上が地面に手を付くと、先程まで後ろにあったアスファルトが炎を纏い、流星群のように落ちてくる。
 こうなったら、道具を使う他ない。買い物袋の中から、いつも持ち歩いている、扇子を取り出す。そして広げて、空を扇ぐ。


「炎の嵐よ、我が身を守り給え。煉獄の守り手・獄炎風ごくえんふう!」


 扇いだ風は、炎を纏い、炎の嵐となって、アスファルトの塊たちを吹き飛ばす。だが、これだけでは終わらない。


「万物よ、捻じ曲がれ。法則は、我が目に収まる。身体の目・りき!」


 その目に映る全ては、思うがままに操る。そう、これこそ、太陽の神の力の一部。塊は最上めがけて落下する。最上はすぐに下がるが、追尾するように落ちていく。


「ぐっ……やはりこの力、必要だ! さすが、あの人の子供……」


 それを最期の言葉として、最上は岩の下敷きになり、そして、さらに落ちてきた塊に閉じ込められた。


「朱音! 無事か!」


 そこへ、息を切らし、汗びっしょりで、急いで駆けてきたと思われる、隆平さんがやってきた。ひどく慌てているようで、目の前の状況が飲み込めていない。
 周辺のアスファルトはめくられ、その下の地面が見えている。そのめくられたアスファルトと思われる塊が、山となって、すこし遠くにあった。その中から、血まみれの人の腕が一本出ている。


「隆平さん、大丈夫よ。買ったものはちゃんとここにあるから」


 私は笑顔で、無傷の買い物袋を掲げるのだった。




────もし、許されるなら、あなたに許してもらいたい。


アスファルトはめくれ、アスファルトの残骸の山がある。もうじきここにも警察が来て、調査をするに違いない。


「全く、派手にやられたなぁ。純、女王の力はどうだ。身に染みるだろうなぁ」


アスファルトを殴り、その衝撃で吹き飛ばす。その中から、ボロボロになった体が飛び出した。


「ほらよ、体が自由になれば、回復できるだろ。自分の体を治せ」


さっきまで関節が逆を向き、骨もむき出しになっていたはずの体は、次第に元の形へと戻り、ボロボロの衣服さえも元通りに治っていった。


「悪い夢でも見ていたようです。お手数おかけしました、太陽王」
「まぁ、いいってもんよ。俺たち鳩の強みは、力を通せば、体くらいなら元に戻る、不死身の力だ。それにしても、お前の服は特殊だからな、力通せば戻るし」


────あぁ、本当に悪い夢だ。今でもわからなくなる。本当の心が。


はーあ、と大きくため息をつき、太陽王は空を見上げた。星が輝く、美しい夜。白髪が、風になびいた。


「さーて、ちょいと報復が必要だな」
「……今、なんと」
「あぁ、堕落した鳩も、鳩の子も、全部に復讐してやろうぜ。もう、作戦の日まで待てねぇ、今からやるぞ!」


目を赤と青に輝かせたその時だった。ピシッと音を立て、ひび割れのように、太陽王の顔に紫色の筋が浮かび上がる。


「……邪魔しやがって!」


だが、動きが止まったのはほんのわずか、力を込めた左腕を地面につける。純も同じく、左腕をつけた。


「さぁ、閉じた世界で、ゲームを始めようぜ!」


黒い霧が充満し、それが町中に広がっていく。そして大きな膜を張り、巨大な結界となった。
その様子は、遠くから見てもわかる。黒い霧に包まれ、二上町の一角は完全に立ち入れなくなってしまった。


────許してくれ、私が許されないことはわかっている。だからせめて、お前の手で殺してくれしてくれ────




アスファルトがめくれている。その通報を受け、車を走らせていた警察官は、現場に向かう途中で、渋滞に巻き込まれた。


神代かじろ先輩、渋滞ですね。なんだか、向こうの方霧がかかってません?」


運転していた後輩の警察官は、隣にいた先輩の警察官に話しかける。


「あぁ、黒い霧だ。怪しいな」


ちょっと待っていてくれないか。運転席の後輩に声をかけ、神代、と呼ばれた先輩は後部座席の奥から木刀を取り出し、車を後にした。


神代かじろさんがいつも持ってる木刀だ。どこに行くんだろうな」


だが、後輩は気にも止めていなかった。


マンションの七階、木刀を持った警察官は、霧がかかった遠くをを見つめる。


「闇の術、異界化。関わる気はなかったが……」


その木刀を引き抜くと、黒い炎に包まれ、刀となった。男性の目に光はなく、死んだような目をしている。無心、それはまさにこのことだった。


「標的を射抜いたあと、帰還せよ。回帰の術・


すると、その刀は宙に浮いた。そしてその剣先は、闇に包まれた霧の向こうを指している。


「達見、お前がせめて、幸いであることを」


それだけ言い残すと、警察官はその場を立ち去っていった。どこか後悔を抱えた、悲しそうな顔をしながら。



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