君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

「アサシン、どうして何もできなかったのよ! なんで……先輩を助けられないの?」


 部屋の中、静かに横たわる、覚元和仁は、まるで遺体のように動かない。静かに小さく、息をしている以外、生きていることを他人からでは実感できない。


「悪い……世津は無理。俺はあいつには勝てねぇよ。そもそも、俺は強くないんだ。ただ、勝手に死神にさせられただけで、特別なものなんてない。大参にだって勝てないし、だから世津なんかなおさら無理。そもそも、世界の欠片なんてもの、俺なんかがどうにかできるわけねぇだろ」


 俺は半ば投げやりに呟く。俺には正直、何もできない。14年前死んで、この「実体化できる魂」となってから、できることは生きている時よりずっと増えた。だが、周りに勝てるものなんて一つもなかった。むしろ、この左手は制御不能になっていくし、死んでもなおこの魂が残ったことを悔やんでいる。
……だからこそ驚いていた。俺の左の拳を、素手で受け止めて、全く問題なかった、和仁のことを。俺の左腕なんて、触れてしまえば、誰もが死んでしまう。空気に触れていることも、正直危ないところだ。
 和仁の体の中に隠れることで、外気にこの手が触れないように夜を過ごしたが、それはそれで、和仁にだって危険があったはず。そこまでは、ついさっきまで考えが回らなかった。いや「考えないよう」にしていた。
 何故、和仁は、俺の「死の左腕」の影響を受けないのか。大参ですら、和仁が、俺を体内に収めることが出来ることを驚いていたのだ、誰も理由を知らないんだろう。
……そこに、何かあるのではないか、と思う。それが、何か突破口にならないだろうか。いいや、本当は全部知っているんだ。本当は、全部。俺がやらなきゃいけないんだって。


「なんか、和仁の特性は、突破口にはならないのか?なんとか、世津の能力を打ち破れるような……」


 そこまで言って、俺は怜花に顔を叩かれた。その目には、涙が浮かんでいる。怒りがこらえきれずに、涙となってこぼれ落ちた。


「何でもかんでも先輩に頼って、何でもかんでも傍観者で、何でもかんでも自分でやろうとしない! あんたってなんなの? 何のために魂で存在してるのよ!」
「怜花、それ以上はやめないか。彼には理由が……」


 なだめようとする亮治さんを、押し飛ばして「理由なんてあるもんか!」と怒鳴り散らした。


「なんであんたが存在してるのよ。どうしてお兄ちゃんがいないのよ……あんたが存在するくらいなら、お兄ちゃんがいたほうがずっとよかった! あんたなんか、魂ごと消滅してしまえばいいのよ!」
「怜花、それ以上はやめないか!」


 すぐさま亮治さんは、泣き喚く怜花を抱きしめた。怜花だって辛い、亮治さんだって辛いんだ。こんな俺が存在することよりも、ずっと、怜治の帰りを待っていた。
 怜治を家に帰せなかったのは、俺なんだ。俺が勇気を出していれば、俺が死神と戦えば、怜治が俺が起こした問題の連鎖を、止めに行こうとだってしなかった。
 俺は弱さを理由に、傷つけないことを理由に戦いから逃げた。俺のこの手が、周りを死に追いやろうとも、怜治が生き残る可能性が少しでもあったなら、そちらに賭けるべきだったんだ。
……この手を伸ばさなかったのは俺だ。助けられなかったのは俺だ。和仁は殺してない。俺が殺したんだ。
 消えられるなら消えたいさ。消えるために、屋上から身を投げたというのに、この通り、魂は残ってしまった。これが、俺の神の一部だったんだ。
 もし、平行世界があるのなら、俺の存在しない世界。それを望むよ。あの時ああしていれば。それがあるなら「生まれたことが間違いだった」そう思うさ。


「怜花、ごめんね。僕が、何もできないから、怜治を失ってしまったんだ。僕に戦う力があったなら、もっと前の間違いを正して、こんなことが起こらないようにしたのにね。本当に……ごめんね、怜花」


 静かに歯を食いしばり、涙を流す亮治さんは、何も悪くないんだ。亮治さんに戦う力がなかった、これは明確だ。亮治さんは確かに、鳩だけども、鳩の中では最弱、力はほとんど持っていない。だがそこに、力になりたいという思いがあった。
 それに比べれば、俺には戦う力はあった。神の目を持っているし、この死の左腕だってある。決定的に足りないもの、それは戦う意志だった。俺は戦いを恐れた、死を恐れた、殺すことを恐れた、失うことを恐れた、何もかもを恐れた。そして、何もかもから逃げた。
……誰よりも愚か者は俺だ。誰よりも死すべきは俺だ。もう死んでいるとしても、この魂を完全にこの世から消し去ってくれ。誰か、誰か……。


「アサシン、いや、悠治。悔やむものはあるかも知れない。しかしそれは、誰もが思うことだ。君だけが、思うものじゃない。背負い込む必要はないんだ」


 背負い込んでいながら、俺は何も背負ってないんだ。わからないよな、亮治さんには。俺はもう、何をしたらいいのかわからないよ。


「お兄ちゃん……? そこにいるの?」


 その時、突然、怜花は泣き止んで、周りを見回す。誰かの声が、聞こえているかのように、何かを探している。


「おい、怜花? お前、何見えてんだよ……」
「アサシンには、聞こえないの? お兄ちゃんの声」


 気でも狂ったか?俺には全く見えないし、聞こえない。あぁ、そうか。そうだったな。死ぬまで、鳩の子は繋がっている、影響を受け続ける。だが、俺はもう死んでいる。だから俺は、影響も与えられないし、受けることもない。
 鳩の子か、鳩の影響を受けているとしか思えない。しかし、いったいどこからだ?


「なんで……?」
「怜花、飲まれるんじゃねぇぞ、それは罠だ!」
「なんでお兄ちゃんの声が二人……?」


 何を言い出しているんだ、怜花は。


「怜花、目を覚ませ!」


 その時だ、頭の中に確かに聞こえてきた、その声は。


「悠治、考え直してみろよ。その足りねぇ頭でな」


 俺にも確かに聞こえた。2年前に確かに死んだはずの、怜治の声が。それは、まるで自分の声がこだましたかのように、そっくりな声だった。






「ふーむ、困りましたねぇ。似非怜花、彼女とチャンネルが合ったので、少々揺さぶりをかけたのですが……おかしいですねぇ、向こうの陣営は、多くても4人のはずなのですが、誰かに通信を遮断されましたねぇ……」


 キャラメル色の肩まである髪の毛をなびかせて、男性は口元に手を当てた。マンションの屋上、男性は柵に寄りかかり、考え込む。少しばかり、計算が外れた、といったところだ。


「似非悠治、似非亮治、似非怜花、覚元和仁。だがその中で、悠治、亮治は使い物にならないはずさ。あれは鳩、鳩の子の中でも失敗作だよ」


 白髪の男性は、タバコを吸って、その言葉を吐く。


「ただし、神は二人も存在できないがなぁ。由紀、調子はどうだ? お兄ちゃんの様子は?」
「ぐ……ぎ……ア……お兄……ちゃん……」


 黒い人のような塊をした、由紀と呼ばれたそれは、とても人間とは思えない奇声をあげている。それを見て、白髪の男性は、笑ってタバコを吸った。


「あっはっは、亮治、やるじゃないか。和仁にくっついていた由紀を剥がすなんて。無力ながらよくやったよ」


 だが、吸っていたタバコを落とし、すり潰すように火を消した。


「だが、所詮、そこまでの男だ、亮治。今度は、娘を失うかも知れないぞ」
「では、太陽王。この先はどういたしましょう……。由紀は、この通り、和仁のみを殺すでしょう。ですので、人間どもを抹殺するには、我々以外、ほかに手駒が必要です。」


 キャラメル色の髪の毛の男は、口に手を当て、ずっと考え込んでいる。その様子を見て、太陽王、と呼ばれた男は、高笑いをした。


「何、そう焦るな。考え込んでは、その美しい髪の色が、俺のように白くなるかも知れないぞ?」
「しかし、太陽王……」
「和仁の動きは勝手に止まっている。世津達見、あいつの嫉妬が、上手くこちらに味方したようだ、あいつが思わないところでな。あいつは少々、俺たち鳩をを甘く見ている」


 マンションの屋上に全く似合わない、質の良い椅子。玉座とも言えるその椅子に、白髪の男は腰掛けた。


「ならば、こちらが動くまでだ。純、もうひとり鳩の子がいるだろう。少々いたずらを仕掛けないか?」


 ニヤリと怪しく笑う太陽王に、純と呼ばれたキャラメル色の髪の毛が揺れた。長い髪の毛から覗くその顔は、同じように怪しく笑っている。


「仰せの通りに、太陽王」




 その戦いの始まりを、似非亮治はひしひしと感じていた。果たして、力のない自分が、娘や妻を守り切れるのか。
 誰も傷ついてほしくない。できることなら、誰かの苦しみも一緒に背負ってあげたい。でも、そんな資格がないことを、亮治が一番よくわかっていた。
あれからしばらくし、亮治の胸の中で眠った怜花をそっと撫でながら、19年前を思い出す。


 それは、冬の夜。凍えそうだというのに、なぜだか外に居たくて、二人で空を見上げた、ほんの少しの休息。


「なぁ、亮治。なぜ、人間は争うと思う」


 かつて、そう問いかけた「同氏」がいた。彼の名前は「覚元義仁かくもとよしひと」一番の理解者であり、一番尊敬する「人間」だった。
「それは……己の欲望のため……だろうか」
「俺たちは人間じゃない、だから人間は理解できない。だが、お前がもしそう考えるなら、鳩も同じなのではないだろうか」
「僕たちの……欲望。本来は、太陽の神の復活だが」
「俺たちは、人間に就くことを選んだ。ならば、戦う理由は一つ。家族を守るために戦うんだ」


 そこでだ、そう言って、義仁は一枚のメモを亮治に見せた。


「「世界」は誕生し、あるものは修正を、あるものは観測を、あるものは終結を、あるものは守護をその使命とするだろう……これはいったい何だ?」
「まぁ、わからないだろう。俺だってさっぱりだ。でも、もしも、こんなにも戦いを強いられる世界は、異常で、間違いで「本来あるべきない世界」だとしたら?」
「……理想郷だ。それが、このメモと関係あるのか?」
「そんな感じさ。俺たちのいる世界は、ちょっとした異常な世界らしい。だからこそ、その世界はこれから先、バランスを取らなければいけなくなるだろう。そんな未来が、想像できたのでね。このメモを、自室に隠しておこうと思う」


 そういって、義仁はメモをポケットにしまい、缶コーヒーを開ける。暖かいコーヒーの香りが、あたりに広がった。


「誰かに託すとかはしないのか?」
「自然に見つかるならばそれまで。もし見つからないのなら、お前が見つけたことにしてくれ。何も、今すぐこのメモが役立つわけじゃないしな」


 雪が、降ってきた。静かに、しかし、時の経過を確かに感じさせた。
 その意味を理解するのは、ずっとずっと、先の話になる。ただ、5年前、しびれを切らした亮治は、そのメモを見つけたことにして、怜治、悠治、妻、そして、義仁の妻に教えたのだ。
 未来が少しでも動くなら。少しでも、義仁、あなたの理想郷に近づけるなら。

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