君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

 記憶が掻き回される。ラジオのチューニングが少しずつ合うように、音声を思い出す。アナログテレビが少しずつ色づくように、風景を思い出す。写真に色がつくように、あなたを思い出す。


「和仁、おにぎりの作り方はね、優しく握るのよ。そして、具材を中心にポンッと乗せて、あとは海苔で包むの。この海苔は、味付き海苔。それが、私流の鮭おにぎりよ!」
「姉ちゃん。うまくできないよ」
「あちゃー、手はちゃんと洗ったの?もう、和仁ったら」
「うわっ、姉ちゃん、どうしたの? 急に抱きついて」
「ううん、なんかね、世界で一番愛しいのは、和仁かなって思ったの」
「いと……しい?」
「そうね、きっと、10年したらわかるんじゃないかしら?」


 12歳上の姉、覚元日和かくもとひよりは、今から14年前、学校の屋上から落ちて、死んだ。学校は不慮の事故だというが、どうも不可解だった。屋上に誰かいたわけでもなく、いじめがあったわけでもない。人知れず、悩んでいたのかもわからない。しかし、事故でいいのかと疑問に思う、そんな事故だった。
 2年前、追いかけていた事件を思い出す。今から14年前の、姉の死。それと、学校内で相次ぐ、不審死だった。その両方に、死神の関係性を見出した、俺と似非怜治は、現在の死神に戦いを挑んだんだ。
 だが、似非の方が早く、事の真相にたどり着いてしまった。そうだ、死神は誰なのか、ということに。俺はその時まだ、全く気づくことができなかった。似非が何故、俺と「12年前の覚元日和の死を探ろう」と言い始めたのか、その真意を。
 似非は「死神」に戦いを挑んだ。たった一人で。それはなぜか、今なら思い出せる。12年前の死神こそ、似非が恨むべき相手だったからだ。そして「似非家そのものが、覚元和仁にとって、恨むべき相手だったから」だからこそ、似非は一人で戦うことを選んだ。
 似非は隠していた。姉の死の真相を。言うべきでないと、言ってしまえば、俺が怒ると思ったから。
 その真相を全部手紙に書き、そっと、俺の教室の机の中に潜めていた。俺がそれを読んだのは、似非が決戦に挑んだその時だっただろう。




 拝啓、覚元和仁。なんかこれ嫌だな。


 俺は、お前に隠していたことがある。俺は、12年前の事件の真相を知っていた。なのに、一緒に真相に迫ろうとした。それは、お前に少しずつ気づいて欲しかったからだ。でも、やっぱりダメだな。俺の家の落とし前は、俺が付ける。お前には内緒で、神の目だって入れたんだ。大丈夫、俺は必ず、死神に勝つよ。もし殺せなくても、お前に繋げてみせる。死神の連鎖は、ここで断ち切らなきゃいけないんだ。


 初代死神、17年前、この町を恐怖に陥れた、連続殺人事件。その犯人は、俺たちの父親と同じ鳩「似非大治えせひろし」だった。そして、二代目死神、二上百人殺しを引き起こしたのは、その子供「似非悠治えせゆうじ」だった。日和さんが死んだとき、一番近くにいたのは、悠治だったんだよ。でも、せめて恨まないでやって欲しい。悠治が殺したんじゃないんだ。そして、三代目は、俺たちと同じ鳩の子、悠治の伝説を模倣した、最上由紀だ。


 お前は、俺を恨むだろうと思った。だから、言えなかったんだ。悠治がそばにいたことを。それに、俺の家の引き起こした問題に、お前を巻き込めない。だから俺は、一人で戦う。


 だって、お前は俺の親友だから。


 そうだ、もしものことがあったら、妹を頼むよ。お前しか頼めるやつがいないんだ。


 じゃ、またな!似非怜治




 そのあとだ、似非のもとにたどり着いたとき、目の前で体が裂かれたのは……


「あぁ、そうだったな。お前は恨むべき相手だ」


 俺はアサシンの胸元を、さらに強く掴んだ。


「先輩、これって……どういうことなんですか?」


 恐怖に怯えるような顔をして、似非さんは声を震わせた。そんな似非さんを、亮治さんはそっと抱きしめる。


「今は、見ていることしかできない。二人は、最初からああなる運命だった」


 アサシンはニヤリと笑って、俺を睨む。俺もただ、睨み返した。


「俺こそ死神だ、俺がお前の姉を殺したんだ。俺を恨め、強く恨め。そして、俺を殺せ」
「あぁ、そうしてやるよ!」


 開いた窓から、アサシンを叩き落とす。それと同時に、俺も地面に飛び降りた。神の目で、上手く体をコントロールする。着陸は成功だ。


「来い、風林火山ふうりんかざん!」


 アサシンの呼び声に答えるように、右手と左手に一本ずつ、双剣が現れた。


観測不能アンオブザーバブルタイム!」


 こちらも、一本のナイフだが、世界の欠片で対抗する。概念の象徴であり、概念を突きつけることでそれを現実のものとする、最強の一本。
 その一本を呼び出してからは、隙などなかった。アサシンは猛スピードで目の前に迫り、容赦なく斬りかかってくる。それを紙一重でかわすと、その開いた脇腹にナイフを突き刺そうとした。
 だが、甘い。俺の脇腹が空いていた。瞬間で回し蹴りを入れられ、軽く吹っ飛ぶ。


「ぐっ!」
「俺を殺してみろ、殺す気でかかれ、和仁!」


 赤と青の狂気の目をしたアサシンは、まるで血に飢えた獣のようだった。まさしく、それは、戦いを好む、そして完全に相手を殺す、暗殺者だった。
 それが、自らをアサシンと名乗る所以……
 すぐさま起き上がり、次なる衝撃に備える。飛んできた左手の拳を、左手で受け止め、右手で刺す。だが、これも甘い、体を捻るように反転させ、俺の左手をねじ切りに来ようとする。
 危ない。すぐに手を離し、それを逃れる。だが、次を考える暇も与えず。先程まで左手になかったはずの剣が、すぐ後ろまで迫っていた。
 刹那、ナイフでその剣を弾き飛ばす。だが弧を描き、その剣はこちらに飛んでくる。同時だ、アサシン自体も、右手の剣を振りかざした。どちらが先か。まずはアサシンだ。
 右足でアサシンを蹴り飛ばし、ナイフで飛んでくる剣を叩き落とす。それを拾い、アサシンに斬りかかった。
 それはアサシンも同じく、もう一本の剣で、俺に切りかかる。それはまるで、心が通じ合ったかのような、同時の出来事だった。その時、俺はナイフを、遠くへ投げた。
 剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。アサシンはニヤリと笑った。


「なんだよ、死神相手に結構やるじゃねぇか」
「死神を名乗るのは「直接殺してから」にしたらどうだ」
「……何?」


 その時だった、投げたナイフに意識を集中させる。この神の目で、ナイフを操る。そうだ、アサシンがやっていたのはこれだ。
 瞬間、ナイフは弾丸のように、アサシンの背中に突き刺さった。体の時は止まり、アサシンの体は動きを停止する。


「がっ……!」


 そのままアサシンは倒れ込んだ。だが、意識はあるようで、口元も動く。調整はしたつもりだ。こうなるように。


「手加減したのか、お前」
「あぁ、そうだ。お前ほど、罪の意識に駆られたやつはいないと思ってな」
「なんだよ……俺は死神、お前の姉を殺したんだよ」


 その意志は曲げないのか。なら仕方ない。


「似非が死んだあの日、俺は二神様ふたかみさまに会いに行った。どうして、似非は死神を殺そうと思ったのかと」




「なぁ……二神様。どうして、似非は死ななきゃいけなかったんだ。鳩の子が引き起こした事件なんて、いくら似非が関わっていても、戦う必要はなかったはずだ」


地に這いつくばるように、唸るように、声を上げる。その手で土を握り締め、俺は聞く。


「ならば聞くぞ。お前は何故、この前、力を求めにここに来た?」
「……死神を殺すため。連鎖を断ち切るため。姉ちゃんを殺した死神の連鎖を!」


すると、二神様はとても冷静だった。今にも怒りで何もかもを捨ててしまいそうな、俺とは対照的だ。


「そうじゃの。それは怜治とて同じ。怜治は従兄弟の悠治が、死神と呼ばれたことを、ひどく恨んだと同時に、ひどく悲しんだ」
「……どうして、死神に同情なんてする」
「そうじゃの、怜治はもうおらぬ。わしが言うか」
「……?」


その時、二神様は告げたのだ。言われなければ知ることのなかった、過去と現在の真実を。


「死神と呼ばれた、悠治は、死神になるべくしてなったのではない。死神になってしまったのだ。父親に神の目を無理やりねじ込まれ、拒絶反応から、力が暴走した。その副産物として「死の左手」を手に入れてしまったのだ。空気に触れるだけで、無作為に、無意識に、周辺の人間を殺してしまう。まさしく、死神となってしまったのだ。そして最後は、罪の意識に苛まれ、自ら命を絶ったのだ」
「嘘だろ……?」
「お前の姉は、その影響を間接的に受けてしまったのであろう。そのことを、ひどく悔やんでおった……故に、彼は幽霊となったあと、姿を隠した。誰も傷つけないために、守るために」
「……ならば、どうして、悠治は怜治を助けなかったんだよ!隠れていても、守るためなら、従兄弟のために、体をはれないのかよ!」


言われて、悔しさがこみ上げてきた。どうして、俺がその立場なら、間違いなくそうするのに。どうしてそいつには、覚悟がなかったんだ。


「彼には、勇気がなかったのだ。また、周辺の人間を殺すのではないか、とな。そう、死神になりたくなかったはずの悠治を模倣とした三代目の死神、つまり生前の悠治を侮辱した死神を、誰よりも許せなかったのは、怜治じゃ。二人の想いは交わることがなかったのだ。お互いを思うが故に」


考えた俺が無駄だった。誰だって殺したくはないんだ。どんな形であったとしても。あぁ、思いが裏返らなければ、こんなことにはならないはずなのに。






「俺は、似非の真意を汲み取れなかったことを悔やんだ。そして、勝手に、誰かが殺したんだと決めつけていた自分を叱った。だって、俺だって、あの時助けられなかった似非を「殺してしまった」と思っている。それはお前も同じだったんだよ。お前は「姉ちゃんを助けられなかったことを悔やんだからこそ、自分が殺したと言い張っている」んだ。自分をアサシンと名乗り、自分が殺したと宣言し、自分ひとりで、14年前のすべてを背負い込もうとした。お前だって相当な馬鹿だよ」


 手を差し伸べる。アサシンの止まった時を、動かし始める。その時は、いつから止まっていたのか、俺にはわからないけども。


「誰かから言われた気がする。お前だって殺してない。思い込みは自分を殺すぞ」


 その差し伸べた手は、俺に精一杯できることだった。


「てめぇ、すべて思い出した上で言ってるのか?」
「なんとなく、思い出しているんだ」
「不確かだな。使えねぇ答え」


 その言葉はいつの日かの俺の言葉だった。


「お前の手は、少し喋らせてから握らせてくれ。ちょっとした、自分語りだがよ、聞いてくれるか」


 その声は、まるで泣いているかのように震えていた。



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