君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

 鳩に会いにいく。そう言い出して、俺とアサシンと似非さんは、まず、家を出た。実はこの家、二世帯住宅である。


「怜花、智恵ともえさんにメールは送ったか。亮治さんと話があるから、家から出てくれって」
「大丈夫、さっき送ったよ」


 すると、二世帯住宅の隣の家から、女性が出てきた。胸にペンダントをつけた、品のある女性だ。


「怜花!和仁くんとの暮らしはどう?」
「もう……からかわないでよ、お母さん」


 お母さん、その言葉に驚き、似非さんとその女性の顔を見比べる。パッチリとした目元がそっくりだった。


「それと……」
「今は、俺の名前を伏せてくれよ、智恵さん」


 智恵さんの言葉を打ち切るように話すアサシンに、智恵さんは少し寂しそうな表情を浮かべたが、無理するように、少し笑った。


「いつでも、帰ってきてくれていいのよ?」
「……帰る場所なんてないです。俺には、帰れない理由がありますから」


 顔を合わせないように、アサシンは智恵さんの横を通り過ぎていく。それを目で追いかけた智恵さんは、俺を見てこういった。


「あの子のこと、よろしくお願いしますね。一人でなんでも抱え込んでしまいますから」


 そう言うと、智恵さんは、さっきまで俺たちがいた家に入っていった。


「智恵さん……似非さんのお母さんは、さっきまでいた家に入っていったが?」
「あぁ、先輩。この二世帯住宅。両方とも、うちのものなんですよ。今は別荘感覚ですね。先輩を家に泊めたいって言ったら、じゃあ夫婦は邪魔だから、こっちに行くねって、お母さんが……」


 俺が聞くと、似非さんはえへへ、と笑った。こんなに近い別荘があるものか。よく見れば、表札には両方とも「似非―ESE―」と書かれている。そんなこともあるものなのだな、と割り切って、先に隣の家に入っていったアサシンを追いかけた。
 家に入ると、シーンと静まり返ったこの家は、長らく人が住んでいないように感じた。無理もないか。別荘替わりに使うなら、人が住んでいなくてもおかしくない。


「なんだ、和仁。智恵さんと話でもしてたのか」
「いや、別に」


 入ってすぐの階段に座りながら、ふーんと呟くアサシンは、どこか気に入らない表情を浮かべているように見えた。


「亮治さんは上に居る。ついてこい」


 言われるままに、アサシンについていく。二階に上がり、二つ目の部屋を開けると、そこにはひとりの男性がいた。窓を開け、椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら、片手で本を読んでくつろいでいる。
 窓からは、涼しい風とともに、暑い日差しが差し込んでいた。しかし、部屋の中に夏特有の蒸し暑さは感じない。冷房がついていないというのに、ここだけ、どこか別の空気を持っていた。
 メガネをかけた男性は、似非さんに少しだけ似ているような気もする。


「先輩、紹介しますね。私のお父さん、似非亮治えせりょうじです。鳩とか詳しい話は……私にもよくわからないんですが」


 紹介し終わった頃、亮治さんはふと顔を上げる。そして、そのまま呆然と、俺を見つめていた。


「似ているな……本当に」
「……なんのことですか?」


 俺が聞くと、亮治さんは我に帰ったのか、コーヒーカップを置いて、本を閉じた。そして、柔らかな微笑みで、俺をもう一度見る。


「20年前が懐かしくてね。和仁くん、君によく似た人に会ったものだったな、と」


 妙な親近感を感じる。この人に会ったことが、あったとしても、なかったとしても、この人と俺には、なにか繋がりがあると感じた。


「さて……アサシンから事は聞いているよ。鳩についての話、をすればいいのかな?」
「そういうことだ、亮治さん。今「正常な鳩」は亮治さんしかいない」


 アサシンの真剣な目つきを、うなづくだけで流した亮治さんは、早速話し始めた。


「さて、話を遡ること800年前。二上町の伝説の話をしよう。かつて、この地には、二人の神様がいた。太陽の神と月の神。最初は、神様同士は争うことなく、この地を治めていた」


 唐突な伝説だ。そもそも、鳩、という言葉に疑問は抱いたが、伝説の話が絡んでくれば、もっとそれは複雑だ。しかし、今は聞く他ない。


「しかしあるとき、太陽の神は、自らの力を世に示そうとし始めた。自分こそ最強であると、自分以外神はいなくて良いと。そうだな……この伝説に付け足すものがあるとすれば、太陽の神には「感情がなかった」んだ。それが、太陽の神と月の神の争いを招いた」
「聞いてて思うんだが、毎回謎なんだよな。どうして感情もない太陽の神が、自らの力を世に示す必要がある」


 アサシンが退屈そうに質問してくる。すると亮治さんは「話していなかったか」と、微笑んだ。


「太陽の神にはその時「感情が芽生えつつあった」んだ。しかし、芽生え始めた感情の制御がつかなかった。知恵と感情、そして力のバランスが合わなかったんだよ。もし例えるなら赤子のように。故に、力を示すことが、正しいのだと思うしかなかった」


では、話を元に戻すよ、そう微笑んで、続きを話し始めた。


「争いの末、月の神は、太陽の神に勝った。その際、月の神は太陽の神を、水晶の洞窟に封印し、太陽の神の力を得るため、太陽の神の右目を奪い、自らにはめた。そして、月の神は「二神様フタカミサマ」と呼ばれ、人間との間に子を残し、今に至る。これが、二上神社で伝えられてきた伝説だ。これに、月の神が二神様となってからの「十三の刀の話」があるが、これはまた別の時に。重要なのは、隠されたもうひとつの話がある。それが「太陽の神の飛ばした鳩の話」だ」


 少しだけ、亮治さんの顔が固くなった。


「太陽の神の右目が復活した頃、太陽の神はなぜ封印されたのかを考えていた。そこで、月の神のもとに会いに行こうとした。しかし、自分は封印されていて動けない。そこで、外の状況を見て、外の世界を学び、もう一度ここに帰ってきて、封印を解く、と命令した、鳩を飛ばした。鳩は、姿は違えど「太陽の神の複製」の存在だ。つまり「レプリカであり、ほぼ同義」なんだ」


 そこで、亮治さんは、俺たちひとりひとりの顔を見る。


「アサシンの父親も、和仁くんの父親も、怜花、そして怜治の父親である僕も、太陽の神から複製された、同一の鳩なんだ。つまり、言えば「父親が同じ」みんなの中には、同じ遺伝子が入っているんだよ。それが「鳩の子」遺伝子上ならば、みんな「太陽の神の子供」だ」


 僕たちはみんな兄弟なんだ。そういった、記憶の中を食い荒らす誰かの言葉を思い出した。ここにいるみんなが、普通の人間じゃない。異径の血を引いた、人間として異径の存在なのだ。そして、同時に俺たちは繋がっている。どこか、遺伝子の深いところで。
 頭の中に、胎盤でいくつも繋がった胎児の集団が見える。そうか、俺はどこかで、それに気づいていた。


「しかし、誰ひとりとして、太陽の神の元へ、帰る鳩はいなかったんだ」
「……どうしてですか?」


 俺の質問に、亮治さんはどこか複雑な表情を浮かべた。


「家族ができたんだ。鳩の大半は子供を持った。家族ができて、家庭ができて、帰る意味を忘れたんだ。中には忠実に帰ろうとした者もいた。だけど、そういう者は決まって、人間に殺された。異端者や、疫病神の使いだとね」


 少しだけ、コーヒーを口にすると、亮治さんは続けた。


「僕も、和仁くんのお父さんも、帰ろうとした。でも、帰れなかったんだ。知らなかった、人間の感情を、そして「愛」を知ったから。そこで、忠実な鳩と争ってね。そこで死んだんだ、和仁くんのお父さんは」


 記憶の奥、何かが引き出されるような気がした。心の奥、何かが割れるような気がした。瞬間、全ての記憶が、一瞬だけ駆け巡った。その一瞬の流れの中、俺はただ一つの事実を掴み取って思い出した。
―――――俺の家族は、全員死んでいた。2年前、昏睡状態になる前、俺は完全に一人になったんだ。だから、昏睡状態の時、母さんが死んだ、あれは嘘なんだ。それを今、ようやく思い出した。
 大切な家族のことを、ずっと今まで忘れてきた。ごめんなさい。あなたたちを忘れて、ごめんなさい。これでは、弔いも何もない。遺族にとって大切なのは、その人を忘れないことなのに。


「……思い出した?和仁くん」


 流れ出る涙をそのままに、呆然と、確かに答えた。


「少しだけ。ほんの、ひとかけらを」
「じゃあ、もうひとつだけ、確かなことを、そして、和仁くんが知らなかっただろうことを教えてあげる」


 席から立ち上がり、亮治さんはそっと、俺を抱きしめた。


「君のお父さんは……義仁よしひとは、生まれてくる君を守るために戦ったんだ。最後まで、君を、家族を、愛していたんだよ」


 その事実に、俺は、涙をこらえきれなくなった。今までに流れたこともないほど、涙が堰を切ったように溢れ出してくる。
 その腕の中で、声を上げて泣いた。その腕の中は、どこか感じたこともない感覚、それでも確かな、父親の感覚に思えたんだ。




 しばらく経って、泣き止んだあと、亮治さんはそっと、メガネを外した。その目は、両方とも真っ赤に染まっている。泣いたのではない「黒い目が赤いのだ」


「このメガネは「神の目隠し」っていう、紀和さんという人が作ったんだ。メガネをかけてなかったら、このとおり、太陽の目がそのままだからね。紀和さんにはいつかあってみることをおすすめするよ。それとね……」


 顔を押さえられ、じっと、亮治さんと目を合わせる。その綺麗な赤い目に、どこか吸い込まれそうになった。瞬間、記憶が歪むような感覚。しかし、どこか違和感が取り除かれていった。


「記憶を蝕む死神は、今追い払っておいたよ。無力な僕にも、これくらいはできるからね。これからは着々と記憶を思い出せるはずさ、心や記憶を、蝕まれることもないよ」
「ありがとうございます」
「これからも、遠慮なく僕を、頼れるときは頼ってくれ。君に協力することは、義仁に協力することだと、僕は思うからね」


 亮治さんは、今日一番の笑顔を見せた。つられて、俺の口角も、少しだけ緩んだ。


「さーて、鳩や鳩の子について知ったわけだ。和仁、改めて俺から説明する」


 壁に寄りかかっていたアサシンが起き上がり、少し近づいた。


「お前の倒すべき相手は「死神」この町で猟奇的殺人を繰り返す殺人鬼だ。やつは、鳩の子。人間では倒せない。だからこそ「神の目」を持った人間が必要だ。だが神の目は、普通の人間にはあまり適合しない。だからこそ、鳩の子で神の目を持った、お前じゃないとこの町は救えないんだ」
「……ちょっと待ってくれ、先ほどの話で行けば、アサシン、お前だって鳩の子だろ。それに、神の目だって持っている。なんでお前じゃダメなんだ?」
「それは……」


 くっ、と顔を歪ませる。問い詰められたくなくても、ここは問いただす必要がある。なぜ、俺に出来て、彼にはできないのか。似非さんは女の子だ、彼女にはできないかもしれない。でも、男であるお前にできない理由はないはずだ。


「言えねぇよ……俺には……!」
「何がだ、お前は何を避けている、何から逃げているんだ!」


 ついに、俺はアサシンの胸元を掴んだ。すると、肌は異常な程の冷たさを放っていた。まるで氷のような……


「……一つ言うなら、俺は14年前に死んでるんだよ」
「それはお前が煙になれるあたりから、なんとなく察しはつく。もっと重大な何かを隠してないかと言っているんだ」


 こうは言ったものの、触れる幽霊、というあたりでは、内心びっくりしている。だが、それどころではない。アサシンは顔を苦痛に歪め、そして、顔を逸らすように俯いた。


「14年前、この町を震撼させた「二上百人殺しの死神」って言うのがあってな……あれは俺だ」
「……は?」


 アサシンは乾いた笑い声の後、赤い目で確かに俺を睨んでこう言った。


「もう、ぶっちゃけちまうよ。お前の姉を殺したのは、俺だ。俺を憎め、恨め、和仁。俺が「二代目の死神」だ」

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