君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

「約束の十三本、世界の欠片、異界の境地、鳩により殺される人間……何もかも片付いておらんが、今日も二上町は平和じゃ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。どれとして普通じゃねぇだろ」
「神がこのように話しておる時点で普通ではないがな……で、和仁は世界の欠片を使えるのじゃな?」
「完全体じゃねぇけどな。俺のことに気づくのも時間の問題だぜ?」


 神社の一角、アサシンと、角をはやした謎の少女は向かい合っていた。近すぎず、遠すぎない、ちょうど良い距離を保っている。


「まぁ、世界の欠片を誰よりも恐れておるのは世津じゃ。良いではないか、彼自身の持つべき力を取り戻しつつあるのは」
「……!? おいおい、ちょっと待て。あの世界の欠片って、あんたのオマケじゃねぇのかよ!?」
「そうじゃが?時を操れるなら、とうの昔に間違いを正しておるわ」


 謎の少女は、平然とした顔をする。アサシンは流石に顔を歪めて困惑していた。


「じゃあ……あいつって……バケモンじゃねぇか! あんた以上の!」
「ようやく気づいたか、アサシンよ。やはり、相当頭が回らないと見た。これでは見込み違いかの。14年前から変わらず、勇気も覚悟も、決意もないのだろうな」


 そう言い残すと謎の少女はパッと消えた。アサシンは左手を強く握り締め、恨めしそうに睨んだ。


「んだよ……言いたいだけ言いやがって……」


 その場にへたり込み、ゆっくりと倒れた。空を見上げる。今日は、月が綺麗な夜だ。


「さて、俺はここからどうするかな。俺には手に負えねぇよ。あーあ、よかった。この町を救うヒーローは和仁でさ」


 虚しく、風にかき消される。その心の叫びは、誰にも聞こえないのだ。




「あ、あの……似非さん。本当に俺が泊まっても……」
「いいんですよ。先輩は、しばらくうちに泊まってください」


 俺は、あの一件……つまりは孝人さんとの力のぶつかり合いの後、家にいるわけにも行かなくなったので、そのまま放浪していた。するとアサシンが「じゃあ、怜花の家に泊まればいいじゃねぇか」と言ったもので、断られること承知で来てみると、このとおり、似非さんは笑顔で歓迎で……。
「俺は、ちょっとブラブラするわ。そのうち帰ってくるし」とだけ言い残して、アサシンはどこかに行ってしまい、完全な二人きりである。
 正直、思い出せる記憶の範囲内では、女とはほぼ無縁な人生を送ってきた。それがどうだ、急にも程がある。正直言って、似非さんは可愛い。俺は爆死しそうで耐えられない。


「お風呂入ります?お先にどうぞ、先輩」
「は……ふぁい!」


 ぼーっとしていた。いかんいかん。無断ながらキッチンの水道をお借りしよう。


「ちょっと……どうしたんです、先輩!」


 水道の蛇口をひねり、冷たい水を出した。流れ出る水の下に、頭を置いた。ジャバジャバと冷たい水が頭にかかる。冷えろ、俺の頭、俺の心!
 あ、鍋がある。そこに水を満タンになるまで入れて、その中に顔を思いっきり突っ込んだ。このまま溺れて死のう、賛成だ。もうこのような姿、女子に見られた時点で死すべきだ、そうだ。


「何やってんですか馬鹿!」
「ぶべふぉっ!」


 こんな声を出すのも無理はない。顔を水の中に入れた状態で頭を叩いてみろ。こうなるさ。


「あっ、溺死しそう!起きて、先輩、帰ってきてー!」


 アサシン、間に入ってくれ。俺一人で女子の家に泊まるのはキツイ。


「ただいま、怜花」
「遅い、馬鹿じゃないの!?」


 家に白髪のアサシンが帰ってくる。怜花は思わず声を荒らげ、怒鳴った。和仁は、精神的なショックで風呂に入ったあとから意識を失ったように眠っている。


「おいおい、静かに。和仁眠ってるんだろ?」
「……そうだけど。大変だったのよ! 先輩ったら、急に水の中に顔入れて、自殺しようとするんだもの」


 すると、アサシンはきょとんとした顔をして「へぇー」と言って、ニヤリと笑った。


「ちょ……ちょっと、何考えてるのか、そろそろ教えなさいよ。14年ぶりに姿を見せた理由とか、先輩の記憶を取り戻さなきゃいけない理由とか……隠さないでよ、もう、これ以上……」


 俯きながら、声は小さくなっていく。こういう女子の姿には、どうであれ、困る。どうしたらいいのか、男なら悩むはずだ。


「一つなら、言えるぜ」


 アサシンの声に、怜花は泣きそうな顔を上げた。


「何……?」
「和仁、怜花のこと好きだぞ」


 プククッ、とアサシンは小学生のように笑いをこらえる。次第に怜花の顔はゆでだこのように真っ赤になり、アサシンを感情の赴くままにビンタした。
 どうやら、慰め方を間違えたらしい。


 目を覚ます。見慣れない天井での朝だった。そうだったか、似非さんの家に止まっているんだった。
 そして、昨日どうやって眠ったかわからないが、男用の部屋で寝ていたらしい。
 それはきっと、いや、確かに。俺の親友、似非怜治の部屋だった。部屋を色々見て回りたいところだが、記憶が砂嵐のように荒れている。今はやめておこう。心が耐えられない。
 さて、部屋を出てみると、そこには似非さんがテレビをつけて、朝食を用意してくれている。そういえば、孝人さんの家には、テレビなんてなかった。パソコンも、スマホもない。まるで、俺を外の世界から遮断していたかのようだ。


「……さて、次のニュースです。先日から取り上げています「二上町連続殺人事件」についてです。先日から、何者かにナイフで首を切られ、殺害されている事件が相次いでいます。昨日、また、二上駅周辺で、殺人事件が起こりました。被害者は……」


 随分物騒なニュースだ。俺がテレビを見ない間に、こんなことになっていたとは。似非さんも、不安そうな顔をしている。


「周辺の目撃情報では、白い髪の毛に、黒いシャツ、白い半ズボンを履いた、少年のような人物が度々目撃されており、警察が注意を呼びかけています」


 白髪、黒いシャツ、白い半ズボン……?聞いただけだと、想像する姿は、アサシンの姿だった。


「物騒だよなぁ。本当にこの町って平和じゃねぇよな」


 俺の朝食であったパンを後ろから、ひょいっと取り上げ、誰かが食ってる……嘘だろ?
 振り返るとそこには、食パンをかじりながら頭をボリボリ掻く、アサシンの姿があった。


「アサシン……!?」
「なんだよ、いたら悪いか」


 だって、そこに似非さんがいるぞ。お前を見て驚くんじゃ……と思いながら目をやると、似非さんは困った顔をしてため息をついた。


「それ、先輩に用意した朝食なのに、なんであんたが食ってんのよ」
「悪いか。腹はもう空かねぇが、飯は食うぞ。怜花、俺にも焼いて」
「それ食べとけば?先輩にはもう一枚焼くから」


 その似非さんは、よくある、兄に呆れる妹のように見えた。きっと、どこにでもいる、平凡な女子校生。少し安心した。完全な可憐なる女の子ではなかったのだ。だが、妙にドキドキするのはなぜだ?


「先輩、ごめんなさいね。アサシンが迷惑かけて」


 困ったような笑顔を見せると、似非さんはすぐに、もう一枚食パンを焼き始めた。あ、やっぱり、俺の目には可憐に映る。
……そして、数分後、俺の目の前には食パンが置かれた。アサシンはパンを食べ終わり、のんきに牛乳を飲んでいる……俺の。


「で、さっきのニュースを見たとおり、死神が本格的に動き出したぞ。と、いうわけで作戦会議だ」


 ダンッと音を立て、アサシンは机にコップを置いた。やれやれ、と首を振りながら、似非さんはため息をつく。


「アサシン……で、いいのよね。どうすればいいの?」
「……ちょっと待ってくれ、二人はいつからの知り合いなんだ」


 気になる、とても気になる。親しげに話す二人に。そもそも、アサシンの存在そのものが謎なんだ。こっちは全くついていけない。


「先輩にはまだだった。アサシンは私の……」
「待った、今は伏せてくれって言ったろ。14年ほど前からの知り合いだ。腐れ縁と思ってくれて構わない」


 似非さんの会話を、思い切り遮るアサシン。その表情に、さっきまでのガサツさはなかった。真面目な顔、どこか悲しい目をしていた。それを見て、似非さんは小さく「……ごめん」とつぶやいた。


「あぁ、しみったれたな、すまねぇ。で、話を戻すぞ。今、動き出したのは「死神」簡単に言えば殺人鬼だ。2年ほど前にこの町を騒がせ……そして、怜治を殺し、和仁がほぼ動きを止めた」
「そこは、少しだけ覚えている。高校の屋上で、死にかけたやつがいて、そのあとに俺は屋上から飛び降りたんだ。確かその容姿は……」


 ザザザッ、と記憶に砂嵐が入る。必死に、チャンネルを合わせまいとするが、まるで電波ジャックをされたかのように、だんだん、そのチャンネルへとあっていく。


「お兄ちゃん、やっと気づいた?早く僕に殺されてよ」
「お前は……」
「僕らはみんな兄弟なんだよ。そして僕らは、殺し合う運命さ」


 アハハハハハハハハッと狂った笑い声が頭に響く。その顔は、包帯で全く見えないというのに、右目の赤い目と、僅かに開いた口元だけで、恐怖を感じる。包帯の隙間から出ている白髪は、アサシンを彷彿とさせる。
 やめろ……やめろ……入り込むな、俺を食い荒らすな!


「お前は誰だ、入り込むなよっ!」
「侵食されてんじゃねぇ、この馬鹿!」


 またも、アサシンのビンタで、正気に戻った。チャンネルは全くあわなくなり、さっきまで俺を支配していた死神とも呼べる狂気はたち消えていた。


「うーん、これは危ういな」


 アサシンも困った顔をする。それを少し離れた場所から、似非さんは心配そうに眺めていた。


「今の状態は、なんなの……? 目が両方赤くなって……」


 目が、両方赤くなっていた?アサシンの言う、神の目とは少し違うようだ。アサシンの苦い顔を見るに、神の一部でも無さそうだ。


「仕方がない。「鳩の子」は魂レベルで繋がっている。死なない限り、その繋がりは消えねぇんだ。まぁ、相手の心に入り込めるのは、相当力を高めた状態だがな。この場合「心に入り込む」じゃなく「記憶から入り込む」んだ。ここまで侵食されると、記憶に障害が生じるはずだ。忘却や、記憶が不完全なのはそれもあるかもな」
「鳩の子……そこまで繋がっているの?」
「怜花、お前も例外じゃねぇんだ。気をつけろよ。不安なのはわかるが、記憶の中に姿を止めなければ大丈夫だ。つまりは、お前は見なかったらいい」


 まったくもって、話についていけない。鳩の子とは、なんだ?


「よーし、じゃあ作戦決定!和仁、鳩に会いにいくぞ!」


 疑問なんか解決するはずもなく、むしろ増やしていく。これがアサシンのスタイルなのだろう。

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