君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

「それで、力の一部が使えたと。また一つ「世界」に近づいた特異点、な……」


空は濃紺、星が瞬き、宇宙をより身近に感じられる空。その空に、少しでも近づくかのように、男と女はビルの屋上にいた。


「うーん、私も驚きなんだけど……こんなにも特異点が世界を動かすなんて思わなかったわ。覚元和仁という存在が、この世界に「別の選択肢」を無くしているのよ」


女は男の顔を覗き込むように言った。男は死んだような色のない目をしながら、女の話を聞く。


麻生川君恵あそがわきみえ、今はそう呼ぼう。選択肢がないのではなく、俺が作らなかったという可能性はないのか」
「そうね、あなたにさえも選択肢がなかったのよ。このすべての争いの元凶である、あなたにもね」


男は静かに目を閉じる。


「今から22年前、二上町に住む神代かじろ家と、天馬町に住むさかき家が、家宝をめぐって争った。榊家にとっての最終奥義、邪波じゃはにより、町中の神性の高いものは、力が跳ね上がった。結果として、神代家が勝ち、称えられるけども……「鳩」を活性化させてしまった。あの戦争は、それであってるのよね?」


君恵は、男に聞く。男はただ、静かにうなづいた。


「いかにも、俺が起こしたことに変わりはない。それによって、二上町は幾度となく危機にさらされた。19年前の「鳩戦争」も、12年前の「二上百人殺し」もそう。2年前の「白髪の殺人鬼」もそう。すべてが連鎖して起こった事件なら、元凶はただ一つ。22年前の「平静戦争」に間違いない」
「その度にあなたは、目をそらし続けた。これであってるのよね。警察官でありながら、かつてのヒーローでありながら、誰かのヒーローであり続けながら、あなたは今回も見捨てるのよね」


その言葉の襲撃に、男は顔を少しだけ歪ませた。だが、それもほんの一瞬。すぐに表情は、絶望のような、無へと帰る。


「達見はどうしている。元気か」
「心配するんなら、会いに行けばいいじゃない。仮にも22年前は一緒に住んでたんだから」


教えないわ。そう言って、君恵は頬を膨らませ、顔をそらした。どこまでも純粋で幼い子供のようでありながら、その心の奥底は、宇宙のように図り知れない。


「……平静戦争の際、住む家がなくて、達見の家を借りたものだ。その恩は忘れていない。だが、それが俺がこの争いに参加する理由にはならない」
「どうして? まさか、またこの町を恐怖に陥れることが怖いの? 大切な人を失うのが、怖いの?」


またも心の隅の、弱いところを突く言葉。男は歯を噛みしめるが、それさえも飲み込んで、また心は無へと帰る。


「……いや、違うな。俺の願いはただ一つ「神の血を引くものすべての抹消」だ。それは、二上家、紀和家はもちろんのこと、世津達見、似非怜花、覚元和仁もそのうちに入る。そして、太陽の神の分身である「鳩」も入る」
「願い、ね。抹消を実行には移さないの? あなたがすべて殺せば、話が早いんじゃないかしら」
「こんなにも争いが多発すれば、自然に消滅するだろう。この代で、神の子孫は終わりだ」
「あら、元凶は自分だと悔やんでおきながら、この争いを望む。矛盾したあなたの考えは、いったいどちらが正しいのかしら」


その死んだ目を、君恵はじっと見つめる。そして、顔にそっと手を当てて、まるでキスをするかのような距離まで近づく。惑わせるように、誘うように。
男は表情一つ変えず、ただ見つめ返す。


「どちらも望んでいる。達見には死んでほしくない。達見がいなくなれば、俺の昔を知る人間はいなくなる。だが、同時に、達見を含めた、神の血が絶えることを望んでいる」


男は静かに目を閉じた。


「人を殺したくはない。もう、誰も。ただ、自然に消えることを、願い続ける。そして、すべての戦いを傍観し続ける。俺は弱いんだ。昔みたいな、絶対の正義を持っていない。絶対を持たないやつは弱くなる。宙に浮き続けた俺は、もう戦えないんだ」
「あら、そんなことはないわ。あなたは十分強いもの。神の目を持たない、ほぼ人間でありながら、鳩や神の目を持った人間とも、互角以上に渡り合った。今でもそうじゃない。送り込まれ続ける鳩を、人知れず撲滅しているのはあなたでしょう?」


だが、男は首を横に振った。


「自分のために戦うのも、人のために戦うのもいいことだ。しかし、その行いをヒーローのようだと思ってくれる人がいなければ、ただの破滅行為だってある。俺がそうだ」


拳を強く握りしめる。その固い拳を、死んだ目のまま見つめた。


「この行動を誰が認める。当たり前だ、人知れずやっているのだから。鳩であるならば殺す。人ではないならば殺す。しかしそれでも思う。これは正解なのかと。ただ破滅の道を歩んでいるだけなのではないかと。これが本当に誰かの救いになるのかと」
「なっているでしょう。鳩の動きは最小限に食い止められているわ」
「……俺が思わないんだ。俺が自分自身の救いになっていないんだ。それが誰かの救いにはならない」


その男の意思は、固いものだった。かつて起こった、家宝である刀を巡った、二つの家の戦争。それは次第に無関係な人を巻き込み、殺すことになってしまった。
男はその最中、大切な人を死なせてしまった。自分がもっと強ければ、いや、一瞬でも「自分の正義が揺らがなかったなら」その人は死ななかったのかもしれない。
そこから男は願い続けた。自分を含めた、神の血を引く人間の滅亡を。実行に移す勇気はなかった。もうそこに、自分の正義はなかった。大切な人を死なせてしまった時点で、男としては破綻していた。
だが、悪を打ち滅ぼしたこと、それは大いに町の人々に歓迎され、称えられた。しかし、男にとっては、虚無でしかなかった。そのまま警察官にもなった、町の人々を守り続ける。それによって、何かが変わるかもしれない。そう思っていた。
だが現状、変わりなどしないのだ。自分自身を見失った時点で。得たすべて、失ったすべてを否定した。自分は最初から、孤独であったのだから、最初から何もないのだ、信じてなかったのだ。そう言い聞かせて。


「私は、昔のあなたを知っているから、だからこそ言ってあげましょうか」
「何をだ?」


そう言って君恵は、22年前、男が言った言葉を伝えた。


「俺は自分のために戦っている。でもそれが人のためになるならば、もっといい。あなたはかつて、確かにそういったわ。ならば、自分のために、自分の「願い」のために、戦うべきじゃない?」
「……今回も、関わることはない」


男はそう言って、屋上から立ち去った。その手には、一本の木刀を持ちながら。


「素直が一番よ、神代刀利かじろとうりさん」


君恵の目が一瞬緑色に輝いたかと思うと、屋上には、誰もいなくなった。
────ただ、夏の夜の風が、静かに吹き抜けるだけだ。






その風を、別の場所で、静かに感じる男がいた。缶コーヒーを飲みながら、公園のベンチに座る。静かでどこか優しい風が、そっと吹き抜けた。
男は、昔を思い浮かべていた。とある男とともに、仲間と敵対した時のことを。すべては邪波による、鳩の活性化によるものだった。もちろん自分自身もそうだった。だが、それでも男は「鳩でありながら、鳩と敵対する道を選んだ」


「僕には何の力もないのに。義仁には本当に感謝しているよ」


男は、缶を見つめながらつぶやく。ブラックの缶コーヒー。かつての仲間が、好きで飲んでいたものだ。自然に、男もこのコーヒーが、好きになっていた。
男には、仲間だった「義仁」という鳩と違い、力がなかった。あるのは右手でどんなものも癒す、特殊な腕だけ。戦いには不向きだった。
それでも武器を駆使し、戦い抜いた。そう、それが今から19年前の話だが。
自分が、何のためにいるかはわからない。義仁、彼の代わりに、男は存在するのかもしれない。誰かの代わり身なのかもしれない。誰かのための自分なのかもしれない。
そう、自分自身というものに、これといったものはなく、核がしっかりとしていなかった。宙に浮き続けながら、ずっと漂い続けた。どこに行けばいいのかわからない。すべてを出し尽くし、何をしたらいいのかもわからない。
それでも、男は思うのだ。


「お父さん! こんなところで何してるの? 夕ご飯食べてないでしょ! せっかくお母さんが作ったのに! それに、あいつが言ってたけど、明日から先輩も来るんだってさ! しっかりしてよ、お父さん」


娘に呼ばれ、男はふっと、気が付いた。


「ごめん、怜花。ちょっとした考え事でね」
「もう、ボケーっとしてないで、帰ろう、お父さん」


娘に手を握られ、思わず笑みがこぼれる。


男は思うのだ、帰る場所は、確かに存在するのだと。



「君の瞳の中で~We still live~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く