君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

欠片

 意識が戻る。世界の時が動き出す。手には確かに、その欠片を持っていた。無色透明な、それでも確かに、この手にある感覚はある。
 目に見えないのなら、存在しないのかもしれない。だが、そうじゃない。世界だって、この目に見えなくても存在している。
 だからこそ、その欠片だって、同じことだ。
 孝人さんが手を伸ばし、俺を待っている。だが、俺はそのまま、着陸点を変えず突っ込む。


「!?」


 一瞬のことに戸惑った顔をしながらも、孝人さんは音速でその着陸点から体一つ分離れた。そこに、俺は降り立った。衝撃で、家の瓦がめくれ上がる。


「俺は、止まりませんから。もう、これ以上」
「和仁……!?」


 俺の目は、赤と青に光り輝いていた。その一瞬は、刹那の一撃。


観測不能アンオブザーバブルタイム


 世界の欠片は、一瞬だけ、ナイフの形となって、具現化した。それを、孝人さんの胸に突き刺す。


「しばらく眠っててください、孝人さん」
「ぐっ……かず……ひ……」


 苦しみに顔を歪めながら、膝から崩れ落ちる。何を思ったのか、最後に手を伸ばしてきた。だが、その手を俺は無慈悲に見つめる。その手は、もう握らない。そのまま、孝人さんは深い眠りについた。


「どうして出てこなかった、アサシン」


 体の中から煙が飛び出し、体を形成していく。アサシンは口を尖らせたまま、手を合わせ「すまん」と頭を下げた。


「いや、途中から俺じゃついて行けなくなってきてよ……それに、大参と戦っても、俺に勝ち目なんてなかったんだ」


 なるほど、ずっと体の中からアドバイスをしていたのはそういうことか。俺の眠っていた間に、二人でどんな争いをしたかは知らないけどな……しかし、アサシンのアドバイスよりは、俺自身のヒントの方が役に立った。


「それより、和仁、手に持っているそれ……」


 アサシンが指差すと、ナイフの形をしていた世界の欠片は、次第に七色の塵となって消えていった。


「何だったんだ……そのナイフ……?」
「世界の欠片だ。俺が、2年前に一度掴んだものらしい」
「さっぱりわからん、自己完結しないで説明しろ」
「あぁ、わからないよな。簡単に言うならば「俺に平行世界は存在しない」だからこそ「存在不変の世界の一部を掴むことができる」それが具現化し、武器になったのが今のナイフだ」


 世界の欠片を掴んでいる。神の目を開いたとき、もう一人の俺は確かにそう言った。あの時は理解できなかったが、さきほど見た記憶と繋ぎ合わせれば、俺には理解できた。
 俺に平行世界などない、だから死ぬ世界はない。世界の欠片を掴んでいる、だから死ぬのは無理だということは、平行世界がないということは、世界の欠片を掴める、ということになる。


「しかし、平行世界が存在しないのは、誰だってそうじゃねぇのか?」
「いいや、後悔の数だけ、平行世界はある。もしああしておけば、今頃世界はこうだったかもしれない……ってな」


 その言葉には、思い当たる節があったのか、アサシンは顔を逸らし「確かにな」とつぶやいた。


「だが、俺にはそれがないんだ。でも、分かることは、俺の中の俺は、確かに言っていた「運命は死ぬようになっていない」とね」
「つまりは?」
「俺の中にいる「記憶を保持した自分自身」は、未来から俺の運命を変えるためにやってきた。だが、運命は変わらない。俺に平行世界がないことを確認したから。だからせめて俺を「唯一の未来」に導こうとしているんだよ」


 もちろん、わかりきったように言っているが、わかってなどいない。自分の記憶全ても思い出せず、自分の力全ても使えず、そんな上で、もう一人の俺の思想を知るなど、不可能だ。だが、それでも見た、あの記憶の断片は、俺ではなく、もうひとりの俺のもので、その俺が、全く何もしていないようで、何か変えれないかあがいていたことは、確かに感じ取れた。


「正解だよ、俺」


 水底から、声が聞こえる。手を伸ばしてきたが、それはつかもうとはしておらず、手を振っている。


「じゃあ、お前のたどった未来を、しっかりたどらなくてはな」


 少しだけ笑って、そう言い返す。思わず口に出ていたようだが、アサシンは何も言わず、知らんぷりをしていた。


「まぁ、それでお前が切り札だってことはわかったよ、わかりにくいけどさ。で、ここからどうすんの。大参は……死んだようには見えないけども」
「眠ってもらってるだけだよ。というか、時を遅らせてるに近い。しばらくは起きないよ」


 するとアサシンは嫌そうな顔をした。


「あー、気づいたかお前!神様のわけわからんオマケに!」
「これだけじゃないんだろ。他は何だ、アサシン」
「さぁね、自分で見つけな」


 へっ、と鼻で笑って、アサシンはふてぶてしい顔をする。全く、使い物にならないアサシンだ。暗殺者を名乗るなら、情報を伝えるべきじゃないのか。いや、逆にそうでないべきか。
 どうやら、俺の神様のオマケは、時を操るらしい。自分自身の中ならば完全に止めることができるが、世界に関しては効果はなさそうだ。ただ、世界の欠片を使って、人の時を遅らせることは可能なようだ。


「アサシン、とりあえず俺は、すべてを思い出すことにするよ。俺は誰が止めようともう止まらない」
「そういうこったよ。だいぶ前進したっぽいし、お前の力の仕組みがやっとわかったし。これでお前も、もう自分自身に飲まれることはねぇな、ハハハッ!」


 そう言ってアサシンは笑う。ひと安心した子供のように。
 しかし、アサシン。お前は全部知ってるんだよな。知らないのは「俺の力の中身だけ」そうだろ?


 だが、聞かないでおく、気づかないふりをしておく。アサシン、お前が何者か分かるまでは。


 こうして、俺はようやく、大きく前に進めた。ここから先、何が待っているのか。記憶を持つ俺は、全部知っているんだろう。道案内をしてくれるようだが、今は一旦さよならだ。
 俺自身で、しばらく歩いてみるよ。この世界の欠片と、記憶の欠片を頼りに。


「アサシン、孝人さん抱き抱えてくれ。家で寝かせる」
「え、俺!?」




ここから先は、次の話さ。まぁ、夏はもうすぐ終わる。


夏が終わるまでには、全部片付くんじゃないか?


さて、次へと進もうか「覚元和仁の物語」をね。




「全く……やってしまったな」
 畳の部屋、座布団の上に正座をしながら、水を飲み、世津達見はため息をついた。
「ラプラスの瞳で何が見えたの?」
「あぁ、大参は全力で和仁を止めようとしたんだがな……返り討ちどころか封印みたいな形になった」
 髪を束ねた男性が「大変だったねぇ」となだめながら、世津の飲んだ水をそっと継ぎ足す。
「和仁の視点は観測不能だが、大参の視点は観測可能だ。見えてしまった未来は確定される。全く……世界の欠片を使えるまで戻るとは……」
 世津はまた水を飲み干し、大きくため息をついた。
「まぁまぁ、ため息もいいところでやめとこうよ、幸せ逃げるよ。ところでさ、達見も和仁くんの記憶を封印するのに賛成したわけだけど、僕ら全員理由違ったよね。あの時、達見だけよくわからなかったんだけど……こういうこと?」
 世津は、最後に残った、コップの中の氷を噛み砕いて、飲み込んだ。
「そう、大参は嫌なことから目を背けて生きるためだけど、俺は違う」


……世界の欠片を使うやつが、二人もいたら、この世界のバランスが崩れるだろ。


コップの中の氷を、ガリッと音を立てて、噛み砕いた。悔しくて歯を噛み締めた、子供のように。

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