君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

可能性

「和仁、起きろー」


 体の中の声で目覚める。時計は、8時半を指していた。起きたいと思った理想の時間。これぞ本当の体内時計か。


「アサシン?」
「悪いが、ちょっとお前の寝てる間に一悶着起こしちまってな。すぐに逃げるぞ!」
「は?」


 急いで服を着替える。ポケットの中には一応、カッターナイフを入れ、数千円ほど入れた財布を持って、夏には似合わない長袖パーカーに長ズボンで家を出る。暑い、予想はしていたがやはり8月だ。


「どこに行けばいい、アサシン」
「そうだな……まぁ、まずはこの天馬町を出ねぇと話にならねぇ。世津が来るからな。あーでも、二上町に行っても二上がいるしなぁ……いいや、駅、とりあえず二上町だ!走れ!」


 アサシンはかなり焦った口調だ。どうも、俺は眠ってはいけない時に眠ってしまったらしい。
 とりあえず、駅に向かって走る。眠る前を思い出していた。アサシンと孝人さんの自分には意味不明の言い争いの中、精神的ショックを受けたことは覚えている。しかしそれが何だかは思い出せない。
 アサシンと孝人さんは、知り合いなのか……?しかも、因縁の。


「おっと、和仁、ストップだ。向こうから大参が来るぞ!」


 直線の道の先、白衣を着た人影が見える。今後ろに引き返せば、なんとか……


「和仁、どこ行くんだよ」


……刹那だった。振り返った目の前に、孝人さんがいた。赤と青の目を輝かせて。


「孝人……さん……?」


 そこに柔らかな笑顔などない。真剣で、恐ろしい目つき。


「大参の野郎、音速を使ってるのか……目を覚ませ、和仁!」


 孝人さんの腕が伸びてくる。その手が頭に付けば、セーブデータはリセットだ。ここまで来たんだ。もう戻るわけには行かない!
 目の奥が熱くなる感覚。あのアサシンに腕を裂かれたあの時の力……今こそ使う時だ。


「赤と青……神の目すら取り戻してるのか、和仁!」


 孝人さんの怯んだ隙に、足に力をこめ、走り出す。その速さは人間のものではない、高速道路を走る車ほどはある。


「和仁、目を覚ますのも慣れてきたみたいだな。だが、大参は「神の一部」として「音速で動く能力」を持っている。走っていても、あいつには追いつかれるぜ!」


 では、どうするか。とりあえず飛び上がり、家の屋根から屋根へ飛び移りながら、空を駆けていく。


「アサシン、そもそも神の目ってのは何なんだ」


 空を駆けながらも冷静に聞く。体の中のアサシンは、うーんと考えて話し始めた。


「神の目……フタカミサマって言う氏神の力だ。赤の右目が身体を、青の左目が精神を操る。そして、うまくいけば、神の一部っていうオマケみたいな力が付いてきてな。大参は14年前に、神の目を手に入れたんだよ。なんでかは知らねぇけどな」
「で?俺にはどんなオマケが付いている」
「うーん、なんつーの……お前の場合は特殊すぎて何とも言えねぇ。オマケが3個くらい一気についてきたのがお前だからな」
「使えない答えだな」


 聞いて損したわけじゃないが、肝心なところは自分で探せというわけか。今はまだ、自分の力に何があるかがわからない。だが、少なくとも「孝人さんには勝てそうだ」


「使えねーって……おい、そんなこと言い争ってる場合じゃねぇ!」


 次の着陸点に決めていた家の屋根に、いつの間にか孝人さんが立っている。この移動速度だって早いはずだ。やはり、音速は速い!
 どうする、捕まれば記憶はリセット。むしろ家から出ることを許さないだろう。結界だって強くなるかもしれない。どうすれば……!


「ちょっとだけ、助けてあげよう」


 水底の俺が、俺にそっと囁いた。一瞬にして意識が水の中に沈む。


「今こんなことをしている場合じゃないんだぞ!」
「ちょっと助けたんだよ。ここなら、時が止まっている。どんな音速も、時には敵わない」


 俺……いや、コイツはいったい何を言っている。いや、もしかして……


「俺の、神の一部とは、これか?」
「そうだね。まだ俺もいるし、完全なものじゃないけど。いずれ取り戻すよ」


 光が僅かに差し込む水の中、時が止まるなら考える時間がまだある。しかし、音速に適う手段なんて、今の俺が持っているのか?


「なぁ、俺。ヒントをくれないか」


 自分の中にいる俺の呼び方がよくわからないが、俺に聞くのが一番いいだろう。何もかも知っているような素振りだ。何か手助けがあればいいんだが。


「ヒントねぇ。例えば、ゲームにはセーブポイントが存在する。場合によっては、セーブデータを分けることだってできるだろ?その数だけ、分岐点と、平行世界があるんだ」
「……それがヒントか?」
「しかし、それはあくまで「世界の理の上」で成り立つものだ。ゲームの中、セーブデータを分ける、という理の上のもの。……ここまで言えばわかる?」
「さっぱりだ。そもそも、お前の言っていること自体理解できない」
「そう。じゃあ「俺たちが理から外れていたら」どうする?」


 光に照らされ、その顔が少しだけ見える。赤と青の目をして、ニヤリと不気味に笑っていた。
 その目と目を合わせたとき、記憶が逆流する。今から生まれるまで、一瞬にして巻き戻る。その巻き戻る記憶の欠片を、しっかりと俺は掴んでいた。その欠片には、夏休み前に化学の先生が話していた「宇宙のでき方の論文」が映っていた。話していたものではない。原本だ。
 その原本を、俺は今から2年前に読んでいた。著者は「世津達見」内容の一部が、手に取るようにわかる。
 その時、2年前の記憶の一部が蘇ってきた。鮮明に、目に焼き付いた。心が、覚えていた。




「もし、あの時、ああしていれば。もし、あの時こうしていれば。人生というものは後悔がつきもので、必ずしもうまくいかない。その後悔の数だけ、分岐点があり、平行世界がある」
 どこかの大学教授がそんな論文を出していた。知り合いなのだけども、よくこんな世界考えつく。


 世津さんの書いた論文のコピーをパラパラとに見ながら、高校の屋上から下を見下ろす。


 俺にそれはあったのだろうか。今思うとなかったように感じる。12年前から俺は、どうあがいても変えられない運命の中を生きてきた。俺には生きなければいけない理由がある。確かめなければいけない真実がある。


 そんな俺は、最初から、世界の理の外に居たのかもしれない。いいや、「俺たち」が世界の理から外れていたのか?


……どちらでもいい。俺が歩んできたこの人生は、おそらく覆らない。そうやって人は生きていく。間違いや後悔の上に立つ。


 ここまできてようやく気づいた。神が俺に何物も与えた代わりに、俺から「平行世界という可能性を奪った」のだと。


 傍らには、血まみれの死体がある。死体は言いすぎたか。虫の息の体がある。


「か、く、もと……カ、ズ……ヒト」


 その体はまだ息を吹き返そうとしている。まだ俺を殺しにこようとしている。コイツは殺さなきゃいけない。だが、人を殺すということを、俺そのものが許すはずがなかった。
 さて、こいつを精神的に殺そうにも、少々時間が足りない。どうやら「俺」は、死を覚悟している。


「死ぬのか、覚元和仁」
「あぁ、死ぬとも。だって、俺は人を殺してるんだ」
「まだ、コイツは生きているぞ」
「でも……仇討ちだからって、こんなことあったらいけない」
「そこまで、やっぱり。似非が死んだこと、姉ちゃんが死んだこと、母さんが死んだこと、父さんが殺されていたこと、辛いか」
「……当たり前だ。お前も俺ならわかるだろ」
「……だな」


 さて、ここまで運命通りということか。やはり、俺に平行世界などなかった。どれだけ時を越えようと、どれだけ運命を動かそうと、同じ結末を辿る。


「じゃあ、2年後、また会おう」
「俺が今から死ぬってのにか?」
「残念だが、運命は死ぬようになってないんでね」
「よく言うよ、全く。お前はいったい、何者なんだ?」


 俺の体が宙に舞う。コピーされた論文は、はらりと舞い、バラバラになって落ちていく。それよりも早く、この体は地面へ叩きつけられた。


────並行世界などない。だからこそ思う。俺はこれでよかったのだと。






「ヒントになった?」
「……あぁ、もちろん」
 2年前の記憶から、薄暗い水の中に帰ってくる。ただ一筋の光へ、俺は泳ぎだした。
 俺に平行世界などない。俺に分岐点などない。俺のセーブデータは「どうあがいても消えない」のだから。それだけわかれば……今は十分戦える。
 俺自身が何者か、追求するのはまた今度だ。だが、この手にある欠片。それは手放さない。これは「世界の欠片」なのだから。
……確かにお前の言うとおりだ。これなら最初から、俺の手の中に世界があったのも頷ける。世界をつかもうとしたさ。でも得たものは欠片だった。
 それでも構わない。それは、俺の未来を切り開く鍵であることに、間違いはないのだから。

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