君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

迷い

「そもそも、お前はいったい何者なんだ、アサシン」


 俺が聞くと、アサシンは口を尖らせて「さぁな、後にわかるだろ」とはぐらかした。


「まぁ、今はお前に協力してやるよ。俺とお前の問題は、お前が記憶と向き合ってからでいいだろ」


 こいつと俺は、何か問題があったのだろうか。さっくりと話すアサシンからは、重大な問題なようには感じられず、なにか思い出せることもない。


「さて……俺は周りからの関係上、お前の体の中に入らせてもらう」
「なんだか気持ち悪い言い方だな。ほかに方法はないのか」
「悪りぃが、その家には結界張られてて、屋根の上で過ごすとか、家の中に隠れるとか、そういうのはできねぇのよ」


 親指で軽く、俺と孝人さんの住むアパートを指差す。


「せめて俺の体から出ろ、気持ち悪い」
「俺だっていたくてお前の中にいるわけじゃねぇ。だが、お前の忘れた記憶のバックアップが取れるのは、お前の中に入れる俺だけだ。悪い話じゃないだろ」
 そこまで言われると、確かにそのほうが合理的だ。忘れた記憶を保持してもらえるに越したことはない。


「つまりは「いつ忘却させられるかわからない」わけだろ。俺が思い出そうとすれば、孝人さんや世津さんが記憶を忘れさせようとする。俺を生かすために」
「そ、だから俺はお前についていなきゃいけないわけ。まぁ、助言の一つや二つしてやるしよ」


 記憶の重さに、現実に、耐えられなければ、俺は死のうとする。ただ、俺の体は、本能は、記憶は、俺に生きろと言う。死なせまい、殺させまいと生かしてくる。
 それは、世津さんであれ、孝人さんであれ、アサシンであれ、形は違えど一緒だ。
 俺が生きることに何の意味があるのか、俺に何ができるのか、それはまだわからない。ただ、今は「忘却に浸る」より「記憶の蓋を開ける」ことが重要だ。
 その先に耐え切れない現実が待っていようとも……


「なぁ、アサシン。俺の記憶には、何が隠されている」
「さぁな。だが、これは言えるぞ。お前がいなけりゃこの町は救えない」


 何かが逆流する、心が止まろうとする。手が震える、周りは見えない。それでも……


「俺に生きる理由があるってことでいいんだよな」
「そうなる」


瞳に一瞬だけ映った、誰かの体が引き裂かれる光景。頭の中に流れる、誰かの言葉。脳の奥から、手を伸ばすなにか。


「お兄ちゃんだけ忘れるなんて、ずるいよ」


黙ってろよ……お前は……


「お兄ちゃんだけ逃げるの?死なないで?許されると思ってるの?」


黙れよ……


「僕はずっと待ってるからね。早く思い出して、僕に殺されてよ」


黙れって……
「黙れって言ってんだろ!」
 呼吸を荒げ、椅子に拳を叩きつける。その幻覚に、その幻聴に、急かされる、煽られる。それが俺自身のものなのか、それとも入り込んだ別の何かなのか、わからない。それでも、俺自身を迷わせていることに間違いはなかった。


「侵食されてんなぁ。記憶に振り回されてる」


冷静になれず、アサシンの言葉が聞き取りづらい。だが、アサシンは手をポンっと叩き「そういうことなんだな」と一人で納得した。


「勝手に納得しないでもらいたいんだが」
「あぁ、いや、こっちの話だ。気にすんなよ。で、記憶に向き合う決意はできた?」
「迷っているのはばれているか」


 記憶に向き合う。すると俺は自殺を試みる。それほど、耐え切れないような記憶なんだ。それほど、2年前に抱え込んだ何かがある。周りは必死に俺を生かそうとしているのに、俺は死のうとするんだ。矛盾が生じる。死にたいけど生きなければならない。俺はいったい、どちらを取ればいい。


「迷っていても、仕方がねぇんだよ。お前は思い出す以外ないんだ」


その冷静ながらも残酷なその言葉を、飲み込むほかないようだ。


「……わかった、思い出そう。俺は……何をすればいい」
「そういうのをずっと待ってたんだぜ。全く、遠回りさせやがって」
アサシンはやれやれと言うように顔をしかめた。


「さて、今日はこの辺にしとく。家に入るか?」
 日はもうとっくに沈んでいる。もうそろそろ、孝人さんが帰ってきそうだ。
「いや、もう少しだけ、このままで」
 もう少しだけ、ここに居させて欲しい。動けば、俺の記憶を取り戻すことが始まる気がする。まだどこか、ためらっている。
「そうか、じゃあ俺は少しだけ体動かしてくるわ」
 アサシンは煙のように、ふわりと消えて、いなくなってしまった。




「閉じられた箱は開ける気になった?」


 頭の中に、声が聞こえる。それと同時に、水底から誰かに引きずり込まれた。だが、今回は抵抗せず、その声の主と話してみよう。


「あぁ、開けてやるよ」


 暗い水の中、少しだけ照らされた光に、その顔が映る。俺だ、俺を引きずり込むのは俺自身だ。


「拒絶しないんだね?」
「あぁ」


 これとばかりは、覚悟を決めた。俺自身に飲まれてたまるか。


「じゃあ、少しだけ、ほんの少しだけ、それを手伝おう。みんなが君自身を待っている」


 そう言うと、引きずり込んでいた腕を離すと、その手を俺の両目を塞ぐように当てた。




「心象世界。それは水、それは不死。その目が見たのは、世界の断片」




「はーぁ、全く。その忘れた記憶に触れるとき、誰かの災厄があふれだすって、こういうことかよ」
とある神社の敷地内、アサシンは体を形成しながら呟いた。


「災厄とは誰のものでもある。それが、和仁と決まったわけではなかろう。今は……アサシンと呼べば良いのか?」
「まぁ、そういうこった。名は伏せたほうが今はいいだろ」
「しかし、そうは言っても、お前の見た目はわかりやすい。少しは隠せぬのか?」


 木の裏から、巫女服姿に、銀色の髪、白い角を生やした少女が、こちらに向かってくる。どこか優雅で、どこか幼く、どこか神々しい。


「無理だね。見た目が変えれたら苦労しねぇよ。そんで、とりあえず和仁は前に進みそうだが、どうすりゃいい」
「ふーむ、そうじゃの。しばらくはお前に任せようぞ」
「んだよ!俺が馬鹿なの知っててそれか!」
「お前はここぞという時に決意が固まらんではないか。まさか、14年もかかって、それが治ってないのではあるまい?あれからは2年じゃ」


 怪しげに笑う少女に近寄られ、アサシンは顔をそらす。そして、軽く舌打ちした。


「だからこそ、お前に任せるのじゃ。3度目の正直を見せよ、アサシンよ」


「あぁ、わかってるとも……この左手で、今度こそ殺してやる」


その言葉を聞くと、少女は怪しく笑った。


「その言葉は、痩せ我慢か? それともから元気か? どう聞いても、自分を殺しているようにしか聞こえぬ」
「そ……そりゃあな。俺は死神なんだからよ」
「自ら死神を名乗り、真の名から遠ざかる気分はどうじゃ?」


耳元でそっと、少女はアサシンの本名をつぶやく。明らかに、茶化してきていた。


「似て非なるもの、皮肉よの……」


顔を上げたその時には、もう少女の姿は風とともに消えていた。

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