君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

 それは、ある日の晩。神社には三人の男が揃っていた。皆、思い思いの姿をしつつも、白衣姿だけは共通していた。


「やれやれ、緊急事態になった。困ったものだ。大参、お前は何をしていたんだ?」


 黒縁の眼鏡をかけた黄色いワイシャツの男、世津達見せつたつみは、腕組みをしながら、短髪の男を睨みつけていた。短髪の男、大参孝人おおみたかひとは、頭を掻きながら苦笑いする。


「忘却の術は万全だったんだけどなぁ。俺だってかけてみたんだ。だからそれは問題ないはず。覚元和仁は、本来ならば記憶を思い出さない」
「だというのに、記憶が定着しつつある。すべての記憶が戻るのも時間の問題だ。時計の針が元に戻らないように、進み始めた脚は、着々と前に進む」


 世津は頭を抱え、うぅん、と唸った。


「まぁまぁ、二人とも、ちょっと落ち着こうよ。こうなったら別のことを考えよう」


 そういったのは、白衣姿に、少し長い髪の毛をまとめた、にこやかな笑顔が特徴の、二上隆平ふたかみりゅうへいだった。この二上神社の神主を「仮」という形だが行っている人物だ。


「そもそも、二人は、神の一部に関しては知ってる?」


 三人は神社の横にある古い家に足を進めながら、話を始めた。二上は二人を振り返らず、背中だけでそれを聞く。


「あぁ、俺はその……「俺の時」に聞いたよな」


 大参は俯きながらも知っているよ、と答えた。


「俺は自然と知ることになったからな。この神社に伝わる「神の目」を手に入れたとき、その副産物として手に入る、特殊な能力。和仁も無論、持ち合わせている、ということか」


 世津が聞き返すと、二上は「そういうこと」と言いながら、家の扉を開ける。三人は慣れた様子で上がりながら、奥の広い客室へ入った。


「和仁くんがもともと持ち合わせているのは「封印」なんだ。それは他人にも、自分にも、形がないものにでさえ影響する。フタカミサマの話ではそういうことだ。それを和仁くんは2年前に使ったと思う、おそらく自分自身に。だって本来ならば、和仁くんは「僕らなんかで相手になるような人間じゃない」からね」
「二上の言い分は最もだ。2年前に「世界」を無意識にもつかんだ彼は、本来は術の領域をはるかに超えている」


 術、それは、二上町に古くから伝わるもので、その術は多岐にわたる。死者の魂を体にまとう術装じゅそうや、火を操る術、見えない壁を張ることだって可能なものだ。極端な例を言うならば、死者を呼び覚ます術ですらある。そんな町で、人間の記憶の忘却ほどは、たやすい。本来ならば、だが。


「だけど、なんとか抑え込めていたのが、ついこの前までのこと。世津の力でもあると思うよ。記憶の治療と称した記憶の誘導、ねつ造はうまいものだった。だけど、それより、俺は無力だな。術は下手だし、彼を家で保護している以外は何も……」
「ははっ、大参。それを言うなら僕だよ。僕は仮にも神主なのに、術に関してはからっきしだよ。三人の協力あってこそ、忘却の術はうまくいってるんだ。みんなのおかげだよ」


 落ち込む大参を、二上は肩をポンポンと叩いて笑顔で励ました。この三人に欠けているものは、術の精度だった。世津は別の能力があるからまだしも、二上と大参の術は、とてもじゃないが、うまい、と言えたものではなかった。本来あるべき術の、三分の一も使えないうえに、効力は短く、弱かった。
 三人のもとへ、二上の妻から、お茶が運ばれてくる。ごくごくと飲み干すと、冷たい麦茶が、蒸し暑い夜に凍みた。


「さて、ならば今後も俺たちが協力するのはもちろんだとして、これから先どうする。記憶を思い出せば、和仁が自殺に走るのは明らかだ。と、言っても、彼は死にきれないだろうが……」


 世津は少しずれていた眼鏡をクイっと親指で上げ、ふぅ、と小さくため息をついた。その場の空気は、とても明るいとは言えなかった。むしろ、少々重苦しいほどだ。
 理由はわかっていた。観測不能の存在「世界」それに一番近いとされるのが、覚元和仁。彼は本来は万能であり、不可能などないほどの存在だ。故にこの世界の常識はすべて通用せず、彼自身が動くことで世界が動いている。それが「世界」に一番近い、覚元和仁の生まれ持った力であり運命。だからこそ、彼の未来など、誰もわかるはずがなかった。
 そんな和仁は、この町の希望であると同時に絶望だった。彼がもし破壊を選ぶなら、この町をどう守ろうとしたって無駄だ。半面、彼にこの町を救うことを選ばせれば、この町は、脅威から救われる。神の分身とされる「鳩」と呼ばれる、異形の塊の手から。


「彼にどう、死を選ばさないかだな」


 二上はそうつぶやいた。彼が死ぬということは、鳩に対する、この町最大の武器をなくすというと。それだけは何としても避けたかった。それに、死は彼の罪の意識、そして、トラウマのようなものからだ。それを解消しない限り、死を選び続ける。


「死ぬかどうかよりも、戦わせないことが重要なんじゃないか? 和仁が、破壊か継続を選ぶなら、最初から選ぶ場所に立たせなければいい。それが俺たちにできることなんじゃないかな」


 大参は俯いていた顔を上げてつぶやく。すべては、あの人のために。そう思って、ここまで生きてきた、ここまで和仁を守ってきた大参にとっては、和仁を戦わせないこと、それこそが一番の道だと考えていた。
────それが同時に、自分たちの命を懸けた戦いになるとわかっていながら。


「うーん、確かにそうだね。大参の意見には同意しよう。僕もその意見だ」


 二上は笑顔で小さく手を挙げる。


「ならば、俺に断る理由はないな。わかった、和仁に戦わせない方針でいこう。これからも、三人協力してな」


 世津も同意し、本日の緊急の集まりは解散、ということになった。神社の階段の下まで、二上が、大参と世津を送り、二人は何気ない、高校時代の思い出話をしながら、電車に乗って、隣町の天馬町まで来た。天馬町の最初の駅で、大参が下車し、電車の中に、世津は一人残った。
 何気ない街並みが通り過ぎていく。どれも日常的だ。そうだ、異質なのは自分の周りだけ。それ以外は、何の変哲もない、平和な町なのだ。
 次の駅で、下車し、世津は家まで残り少し、となった。その時、駅の改札口の向こうに、ショートヘアーに麦わら帽子、水色のワンピースに短パンといった、若い見た目をした女性が立っていた。思わず、世津が笑顔になる。


「あぁ、君恵。待っていてくれたのか」
「遅いよ、達見くん。夕ご飯食べちゃった?」
「いいや、まだだよ」
「よかったぁ! 今日はね、豆腐ハンバーグなの、作っておいたのが無駄にならなくてよかったぁ!」


 ひたすら、よかった、よかったとぴょんぴょん跳ねる彼女は、世津のほぼ婚約内定の彼女だった。高校時代からの同級生で、ずっと仲がいい。
……それもそうだ。世津達見という人物は、彼女を救うために、何回も死の苦しみを味わい、死に物狂いで同じ日を繰り返したのだから。
 二人並んで、仲良く道を歩く。空は星がきらめき、夏の大三角が輝いていた。


「ねぇ、達見くん。こんな伝説知ってる? この世界が何でできたかっていう伝説」
「この町の伝説は知っているが、それは知らないな」


 あまりそういった神話には興味がないのだが、彼女の話なので一応聞いておく。


「むかし、この世界には、破壊の神と創造の神がいたんだってさ。その神様は4人の神様を作ったんだ。天と生の神、地と死の神、精神と身体の神、そして感情の神。天と生の神は、天空の彼方を、地と死の神は、大地の奥底を、その間にできた空間に、精神と身体の神、そして感情の神が治めたんだ」


 そんな話どんな文献をあさっても出てこなかったようなもの、どこからそんな情報を仕入れたんだ? 内心、世津は疑問を抱きつつも、話を聞き続けた。


「それで、その世界はどうなった?」
「それらを「四つの祖」っていうんだけど、そのあと、世界は二つに分かれたんだって。よく、達見くんが研究している、平行世界に似たものだと思うよ」


 確かに、平行世界の研究をし続けている世津にとって、この話はあながち、興味がないというわけではなかった。しかし平行世界というものが、神話によって作られたものならば、世津は少々納得がいかなかった。それは、もはや「科学」ではない。


「しかし、そんな話、聞いたことがない。四つの祖なんて……」


 思い当たらないこともなかった。あの赤と青に光る神の目。赤い右目は身体を、青い左目は精神を操るという。それが、神の目の力。精神と身体の神、それとかなり似ている。
 しかし、その神の目を持つ、フタカミサマは、史実上、800年前からいるとされる。世界創造には年代があまりにも遅すぎる。そしてそれは何よりも、フタカミサマの伝説に当てはまらなかった。


「その話は、どこから?」
「うーんとね、ネット掲示板!」


 笑顔で答える君恵に、世津はガクっと肩を落とす。


「一番信ぴょう性がないじゃないか! もう少し、ちゃんとした文献でもあるのかと思った……」
「まぁまぁ、達見くん。ちょっとは神秘に触れるのもいいじゃない。面白そうでさ」


 君恵はニコニコと笑いながら、世津を見る。世津はため息をつきながらも、まぁそうだな、と仕方なさそうに答えた。
 もともと君恵は、神秘的なものが好きだった。オカルト話も大好きで、高校時代は、その好奇心にひどく振り回されたものだった。
 そこから、神の目の召喚が、都市伝説となっていることを知り、二上と世津は調査に乗り出したこともあり、まったく無意味といったわけでもないのだが。


「いいよ、興味なくても、進むんだから」
「え?」


 世津は、君恵の小さな声を聞き逃した。聞き返しても、何でもないよ、と答える。
 違和感を感じつつも、この違和感すらまたいつものことなので、世津はあまり気にも留めず、君恵の手をそっと握り、満天の星空の元、二人だけの道を、何気なく歩いて行った。




 その夜、世津が先に寝付いた後、君恵は、窓際に座り、独り言をつぶやき始めた。窓の外は、真っ暗な夜だ。


「やっぱり、誰も知らないや。「世界」に通じるなら知ってるかとも思ったけど、私の力じゃ無理ね」


 その先には誰もいない。しかし、君恵は確かに「誰か」を見つめている。


「まぁ、それもそうか。私が蓋を閉じちゃったんだからね」


 そして、一人で誰もいない空間に向かって笑う。しかし、君恵の目には映っているのだ。その姿が。


「依り代はあるわよ。どうする?」


 その答えは、君恵にしかわからなかった。



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