君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

意識

 夢を見た。胎児が胎盤で繋がっている光景。その胎盤は、赤い紐のように伸びていて、また別の胎児と繋がっている。
 その胎盤がほかの胎児と繋がり、それが無数に広がっている。どれも何か親近感があって、どこか懐かしい。
 ふわふわと、生暖かい水の中を漂う。なぜか、安心感がある。このまま、ずっとこの中にいたい。そんな気分になってきた。


「忘れたとは言わせないよ、お兄ちゃん」


 その言葉に、はっ、と我に返る。失われた記憶が、走馬灯のように駆け巡り、気づけば、景色は変わり、屋上から落下していた。
 落下した先は深い海。塩辛い水が口の中に入り、息ができず、ただ空気を吐くだけで、上がることもできず沈んでいく。
 上がろうとしても、無数の腕が足を掴んで、海底へと引きずり込んでくる。こっちに来い、生きるとは言わせないと、耳元で囁きながら。


────あぁ、生きることを許さないのか。普通に生きることを。


世界の中心として、常に動き続けなければならないことを。


それが……覚元和仁の運命なのだから。




 覚元和仁は、気づけば目を覚ましていた。汗びっしょりで、呼吸は荒く、目からは汗か涙かわからないものが流れていた。
 懐かしい光景を見た気がする、夢の中でなにか言われた気がする。しかし、それは涙になるだけで、具体的には思い出せない。
 それになんの疑問も、何の感情も抱かないのだ。ただ涙だけが流れる。
 ひとしきり涙を流したあとは、何事もなかったかのように眠りについた。今度は、夢なんか見ないほど、深い眠りに。


 朝、目覚ましが鳴らなかった。目が覚めたのは9時半。それもそうだ。夏休みなんだから、目覚ましをセットする必要がない。
 大参孝人は仕事に出かけていた。代わりに朝食と、メモ書きが残されていた。


「家で勉強しながら、留守番をしておいてくれ、夕方には帰るよ。孝人より」


 そのメモを見終わって、机に勉強道具を置こうと、少し歩いた時だ。突然、和仁の視界は暗転し、倒れてしまった。




やけに……うるさいな……
 目が覚めた時には、家のチャイムがずっと鳴り続けていた。連続して押しているようで、音はやや食い気味だ。
 何をしていたんだろうか。勉強をしていた以外になにかしていただろうか。思い出せない。思い出すようなこともやっていなかったのだろうか。
 それより、誰なのか。チャイムをずっと鳴らし続けているのは。開けるだけ開けて、帰ってもらおう。
 意識を取り戻したばかりのフラフラとした足取りで玄関へと向かい、扉を開ける。そこには制服姿の少女の姿があった。
 よく見てみれば、同じ学校の制服だ。女子の制服などあまり見ないから、和仁は理解に時間がかかってしまった。


「あの、どちら様ですか?」
「覚元和仁さんですよね?」
「えぇ、そうですが」


 それだけで、会話が途切れてしまった。やはり、キャッチボールは苦手なようだ。


「あの……私のこと、覚えてないんですよね?」
「はい、知らないです」
「じゃあ、せめて今、覚えておいてくれますか、私のことを!」


 かなり積極的な人だ。一生懸命さが伝わってくる。だが、彼女はいったい何者なのだろうか。


「私の名前は、似非怜花えせれいかです。覚元先輩、失礼します」


 それでは、と、ただそれだけを伝えて、少女は逃げるように帰っていった。聞き覚えのない名前。覚えておこう。和仁は心の中で、エセレイカと復唱した。




「お前、誰だ?」
「あ?お前、なんも聞いてねぇの?そりゃ、知るのは強制じゃねぇけどよ、お前だけ知らねぇのも逆に危険だぜ?」
「だから、お前のことは知らない。お前は誰だと聞いているんだ。名前くらい名乗れ」
「あぁ、そうかよ。そっからか。いいか、俺の名前は……」




 ザザザ、と砂嵐のように、その記憶は途切れる。少女が去ったというのに、扉は開けっ放しのまま、その記憶と思われる映像を見て、立ち尽くしていた。
 その記憶の中には、和仁と同い年ほどの少年の姿があった。顔は砂嵐のようになっていて見えないが、周りの風景から見るに、そこは和仁の通う学校だったように思える。
 ……知るのは強制じゃないが、知らないのは危険。その言葉は、確かにそう思う。
 和仁は、自分のことに関して無関心すぎて、疑問を何一つ抱いていない。今の行為すら確認に過ぎず、脳内は何一つ考えようとはしていない。
 それでも、それは知らないことの理由にはならない。和仁は、昔を知るべきなのだ。
 記憶の中の誰かに、早く思い出せと促されている。しかし、どこに行けばいい。何をすればいい。和仁にはそれが、どうしてもわからなかった。。


「和仁くん、扉も開けたまま、何故立ち尽くしてるんだ?」


 はっ、と気づくと、目の前には音も立てず、世津達見が立っていた。世津はじっと俺を見つめ、そしてこういった。


「誰に出会った。未来がまた一つ、不確定になってしまった」
「未来が……不確定?」


 聞き返すと、世津は目を逸らし「失礼、こちらの話だ」と淡々と話す。


「隠しても無駄だ。誰に出会った」


 あの少女にすれ違いざま会ったりしたのだろうか。なぜ知ってるんだ。
 答えるべきではない気がした。彼女の身に、なにか及ぶ気がした。だが、答えないのも不自然だ。誰か知らない他人の名前でも?いや、正直ではない。じゃあ、どうすれば?


「覚元和仁、君は、誰に出会った?」
「俺は……っ!?」


 その時、覚元和仁は、意識が、自分の奥底にある何かと、繋がるような、不思議な感覚を覚えた。
 深い海底から、それがそっと手を伸ばす。足を掴んだかと思うと、和仁の意識を踏み台にして、それが海底から水面へと上がっていくような感覚。
 いったい誰なんだ。気づけば、和仁ではなく、それが、口を借りてしゃべっていた。


「似非怜花だ。何があっても、俺は絶対に彼女を守る。世津さんであろうと、手を出さないでもらいたい」


 自分がしゃべっているのに、傍観しているような気分。多重人格とか、そんなものじゃ片付けられない、自分自身であり、自分自身でないそれ。


「思い出したのか、全てを」
「そうじゃない、これはあくまで仮の状態だ。まだ閉じられた箱には触れていないよ」
「意識が時間を超えているのか。いや、ありえない。お前はどこから来た?」
「観測不能。ラプラスの悪魔にだって、不可能はあるさ」
「貴様っ……!」


 口は勝手に微笑を浮かべる。それと同時に、意識は、海の底のような、深い深い闇の中へと沈んでいった。奥底の意識も、今の和仁の意識も、一緒に引き連れて。




「今のは、いったい……」


 目の前に倒れた和仁を、世津は恐る恐る抱き抱える。もう先ほどのような、危なっかしい彼ではない。観測不能の彼こそ、一番、彼、世津達見が恐る存在だ。
 どうすれば、彼は観測不能なのだ。どうすれば、彼には「可能性の世界」が存在するのか。
 いや……最初から彼にはないのだろう「平行世界」というものが。


「「世界」と通じる意識。その力はもはや、氏神にも勝る……」


 布団の上に彼を横たえ、観察する。可能性の世界を持たない、可能性の塊が、ひどく恐ろしく、ひどく憎たらしかった。


「どうして俺は、彼のようにはなれないんだ」


電話が鳴る。大参からだ。意識が水底に沈んだ彼を、引き上げないように、静かに電話に出る。


「大参、観測不能の彼が現れた。彼ほどの危険な物は、存在してはいけない」


大参は困った様子だった。だが世津は、いたって冷静に答える。


「二上神社、そこに近づかなければ「十三の一つ」に触れることもないだろう。彼がもし「十三の一つ」を手にすれば、どうしてくるかはわからない」


なぜ神社なのか「十三の刀」は、もう神社にはないのではないか。


「甘いな「世界」に通じる彼だ、神社を触媒とし、失われた刀を呼び出す。そうなれば、氏神の力は彼のものになりかねない」


息を吸い込み、それを告げる。


「覚元和仁は、使いようによっては、町を破滅させるのだよ」



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