君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

サマーウォーズプロローグ

────その暑さは、いつものことで。毎年、必ずやってくるもので。なのに、全く慣れないもので。


「姉ちゃん、もう少しで命日だね」


 一人ぼっちの屋上で、一人の少年はつぶやく。その声は蒸し暑い風によって、溶けて消えていく。顎から滴り落ちる汗。それを、あまりおいしくないスポーツドリンクで補給する。
 ずっと、ずっと、こんなことをやっていた。汗がにじんでも、日差しが痛いほど照り付けても、今は、誰かがそばにいてくれる気がした。
 孤独だって構わない、もう少しで、あなたに手が届く。復讐だって、きっと叶う。


「待っててね、姉ちゃん。絶対に姉ちゃんは、自殺じゃないんだからさ」


 ふいに、風が強く吹く、熱風だ。暑さのせいか、風に意識を吹き飛ばされそうになる。ぼんやりと遠のいてきた意識の中、背後に、誰かが立った気がした。


「あぁ……お迎えか……」
「早すぎるぞ、それ。お前まだ15歳だろうが」
「あ……」


 力なく振り返ると、そこには、仕方なさそうにため息をつく友人の姿があった。少年はそれを見て安心する。まだ彼は生きているんだと。
 高校生になってから何人か友人はできた。しかしその友人は、皆、謎の死を遂げていた。残るのは、彼一人だけだった。
 何もかも、失ってしまいそうで怖かった。この夏で、全部失ってしまうんじゃないかと怯えていた。


「おいおい、こんな暑い中ずっと外に居たのかよ。姉さんに思いをはせるのはわかるが、ほどほどにな。お前が死んじまったら、元も子もねぇだろ?」
「あぁ、そうだな」


 友人の手を借り、少年は立ち上がる。そして、涼しい校舎内へと入ることにした。確かに、彼が来るのが一歩遅れていたらどうだっただろう。死んでいたかもしれない。
……元も子もない、きっとそうだろう。姉が死んだ今、生きる意味はない。だが、それでも、残された人間は、生きなければいけないのだ。
 クーラーの聞いた教室へ入る。もう下校時間を過ぎていて、誰もいない。ただ少年と、友人の二人だけ。


「飲み物用意してたんだよ。お前の好きな緑茶と、俺の好きなイチゴミルク、どっちがいい」
「皆まで言うな、緑茶に決まっている」


 ボトルをそれぞれ手に取り、小さく乾杯すると、二人でごくごくと飲む。冷たい飲み物が、ほてった体に凍みていき、思わずくぅっと唸った。


「ははっ、お前はおいしそうにお茶を飲むよな。めっちゃ日本人だな、お前」


 友人は笑いながら、イチゴミルクをぐびぐび飲む。そして、半分飲んだあたりで、顔つきを変えた。


「さて……お前を探したのは言うまでもない。現状の確認と、俺たちがこれからすべきことだ。わかっているな?」
「あぁ、危機的状況なのはわかっている。この戦いを振り返ろう」


 今、少年たちは、とある事件に巻き込まれていた。今行われているのはまさに、その犯人と少年たちの戦い。だが、ただの事件ではない。それは、地元で伝わるとある異能力での事件だった。


「俺が12年前自殺した姉ちゃんの死の真相を知るため、この高校に入学した4月、すべてはそこからだった」
「そうだな、まず、入学式の日に、校門が何かに捻じ曲げられていた……な」


 事件現場に行ったその日、巨大な機械で押しつぶされたかのような、ありえない形をした校門の前で、少年と友人は出会った。友人は少年に言ったのだ。12年前の事件を知っているかと。少年は答えた、俺の姉はそれで死んだと。すると、友人は笑ったのだ。奇遇だな、俺の従兄弟もそうなんだ、と。


「12年前の不可解な自殺、そして事件の数々。これが、現在と繋がっているって、お前は言っていたな」


 少年は何も知らなかった。しかし、友人は多くを知っていた。そのうえで持ちかけた。ともに真相を探らないかと。


「あぁ、俺はそう言った。だからお前と手を組んで、この事件を、そしてこの町を調べ上げた。そこで見つけたのが「神の目」だったな」


 神の目。それは、赤と青の目で、右の赤い目で身体を、左の青い目で精神を操るという魔眼だった。この力は、多くのことに運用が可能で、校門を捻じ曲げるのも容易だということがわかった。


「でも、それだけわかっても、対処法はない。どんどん、俺の周りは死んでいく……」


 少年の周りの友人たちは、次々と死んでいった。誰もが、不可解な死を遂げていった。神の目を使い、人を殺すその犯人を、死神と呼んだ。


「死神……12年前も存在した、白髪の少年。神の目を使い、多くの人間を殺した、殺人鬼。いいや……鬼ではなく、もはや神の次元だな。殺し方は、集団首つりや、集団心臓発作、どれもあり得ない……」
「それがなぜか12年の時を経て復活した。それにお前はこういったよな「これは模倣犯だ」って」
「その通りだ。12年変わらない姿、不可能ではないかもしれない。だが記事では、12年前、死神と思われる少年は自殺している」


友人はそこまで言って、俯き、少年から顔を逸らした。その意味が、その少年にはわからなかった。


「そこで、俺たちは神の目を手に入れた。何が可能で、何が不可能なのか。そして、死神と戦うために。もしも、12年前の亡霊だというのなら、姉ちゃんを殺したその死神を、何を捨ててでも殺したい」


 殺す。それは、そう簡単に口にしていいものでもないし、実現できるものでもない。だが、少年はもし犯人がいるのなら、それを殺すつもりで12年間を生きてきた。復讐のために、何を失っても、耐え続けてきた。死にたい心をぐっとこらえて、ようやく真相が見えてきた。今、それにようやく手が届く。


「俺たちが神の目を手に入れて、1週間たった。死神はこの学校の人間だけでなく、この町の人間を次々と殺している。だったら、俺たちがやるのは、死神との戦いだよな?」
「あぁ、絶対に戦う。姉ちゃんのために、そして、この町の平和のために」


 少年と友人は、拳を突き合わせ、ニヤリと笑う。漫画やアニメのヒーローを夢見ていたわけじゃない。でも、きっとヒーローはこんなにも、重い物を背負っていたんだ。相手の命を奪う、そして、自分の命も奪われる、その恐怖を。
友人は頭をボリボリと掻いて、少し言いづらそうに切り出す。


「な……なぁ。もしも、もしも俺が死んでしまったらさ、俺の妹のこと、任せてもいいか?」
「どうしてさ」
「だって、まぁ……世界一愛する妹だ。だから頼みたいんだよ」
「いいや、断るよ」
「なんでさ! そんなぁ、死ぬかもしれないんだし……」


 少年は、その言葉を真っすぐな目で遮った。


「絶対に、お前を死なせない。お前は俺に残った、唯一の友人だから」


 すると友人は、ふぅ、とため息をついた。


「あぁ、そうだな。バカみたいなことは言ってられねぇな。死にきれねぇ、そうだ、お前も妹もいるのに死ねないわな。すまんすまん!」


 申し訳なさそうに笑う友人を見て、どこか安心しながら、ペットボトルのお茶を、少年は一滴も残さず飲み干した。






 夜、誰もが寝静まったその時間に、白い影は動く。それを真っ先に感じ取った、一人の青年がいた。


「随分と久しぶりだな。かれこれ12年たったか。俺はもう、28のアラサーになっちまったよ」
「そうか……もうそんなに経ったか。今でも忘れられねぇな。高校生の頃は」
「思い出にふけっている場合じゃないぞ」


 青年は拳を握り締め、右足を一歩下げる。戦闘態勢。それだけで空気は圧迫され、緊張が走る。


「生身の人間が、死神相手に殴りかかるのか」
「こちらは神の目を持っている。お前と差はないと思うがな」


 青年の目は、赤と青に輝く。それを見て、怒りをあらわにすると同時に、白髪の死神は、目を赤と青に染めた。


「っ!……てめぇ、いつの間にそれを!」
「お前に復讐すると決めたあの日から、かなっ!」


 その拳の一撃を、死神は紙一重でよける。一歩間違えれば、その身は木っ端みじんだっただろう。身をくるりと翻し、死神は青年の体に、拳を入れようとした。その瞬間、音速で蹴りが入り、死神はアスファルトの上をゴム玉のようにゴロゴロと転がった。


「ぐっ……神の一部……音速か……!」
「お前は人を何人も殺した死神だ。これくらい、痛くも痒くもないはずだよなぁ!?」


 神の一部。それは、神の目を手に入れたとき、副産物として手に入る能力。しかし、謎はまだ多い。その未知な力から繰り出された拳を、死神は左手で受け止めた。いいや、勢いを殺した。


「まだ、何とか……この神の一部をコントロールできたみたいだ……」


 そして小さくつぶやいた。「よかった、死ななくて」と。


「何か言ったか、この人殺し!」
「……っ……あぁ、俺は死神だ、人殺しだよ。かかってこい、俺はお前の全部を殺してやる! 伊達に12年も、黙り込んでたわけじゃねぇ。神の目、神の一部。その力を少しは勉強したんでな!」


 風も吹かない熱帯夜。因縁の対決は東の空が明るくなり始めるまで続いた。
────激闘の結末はあっけなかった。青年のスタミナ切れでの戦闘不能、それを見計らって、死神が逃げた。戦いは決着がつかず、またいつかに持ち越されることとなったのだった。






 とある夏の日、病院に、一人の少女が入院していた。体はボロボロで、両腕、両足を骨折し、左目には眼帯を付け、何か大きな事故にでもあったのかというほどだった。それでも、意識ははっきりとしていた。呼吸もできていた。生きていた。
その病室に、ノックの音が響く。扉を開け、そこへ入ってきたのは、青年のように見える男だった。


「あら、珍しいですね。鳩が来るのは。確かあなたは、似非さん、ですわね?」
「えぇ、初めまして、紀和さん。お見舞いに来ました」


 そう言って、男は果物の入ったバスケットを、枕元に置く。少女はそれを見て、嬉しそうに笑った。


「もうすぐ、使用人が来るはずですから、一緒に食べましょう? それに、話は一つじゃないんでしょう」
「はい。死神が動いています。うちの息子は、死神を絶対に許さないでしょう。命を懸け、復讐を果たすに違いありません。僕は、息子も守るべきなんでしょうか、それとも、見守るべきなんでしょうか」


 男は目を逸らす。それを見て少女は、上品に笑った。


「うふふ、あなたのほうが100年も生きているというのに、18歳の少女に聞くなんて、おかしい話ですわね。ですが、答えるならば、彼のやりたいようにさせればよろしいのでは? 私は、死神に戦いを挑んで、このように体になってしまったので」


 少女は視線を腕にやる。その目はどこか、愁いているようだった。


「そう……でしたか。紀和さんもあの死神と戦って……」
「私には「世界」の加護がありましても、戦う力はないのです。止められれば、何もかも変えられると思ったのですが、運命には抗わないほうが良いようです」
「……「世界」ですか」


 どこか、男には気になる節があったようだ。だが、少女はできる限り小さく首を振る。


「わからなくても結構ですよ。ただ、一つ言い切れるのは、おそらく息子さんは、死に切らないでしょう。鳩であるあなたの息子です。体は滅びます、ですが、鳩と同じように、魂だけは残るでしょう」


 この町に伝わる「鳩」というもの。それは人間ではない。かつて、月の神と太陽の神が争ったとき、太陽の神が放った分身である。太陽の神が敗北し、洞窟に閉じ込められてもなお、その分身を放ち続けている。その一つが、この男だった。鳩は死んでも魂は残り続ける。本体が死ぬか、魂となっても殺されるまでずっと。少女の言葉は、子供にもその影響があるという意味だった。


「えぇ、わかりました。息子のやりたいようにやらせます。妻や娘には、きっと迷惑をかけると思いますが……」
「それはもはや、鳩、神の目、「世界」すべてが絡まりあって生まれる逃れられぬ運命ですから。私も、あなたも、踊らされ続けるのです。この世界を作った、神のてのひらの上で」


 ふふふ、と笑う少女から、どこか、なぜか、わからない怪しさを、男は感じ取っていた。




 そして、運命の日は訪れる。2年の沈黙を経て、世界は廻りだす。これをプロローグとして、夏の、長く、苦しい戦いが、始まろうとしていた。


 もしも、君の瞳に映るそれを、君の記憶と呼ぶのなら……それは、瞳の中に残る変えられない世界。


 それは、観測し、確定した現実。


 彼は、災厄か、希望か────



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