ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

太陽と月2

……この数日間、何をしてもうまくいかないのが現状だ。華山さんとはあれから連絡が取れず、俺はただ、与えられた三つのキーワードを眺め続けることしかできなかった。しかし────


「む……無理だろ……この3つで記憶を思い出すなんて……」


 華山さんから渡された3つのヒント。それは「山の写真」「夜桜の写真」そして「どこかの校章」だった。いや、いくら何でもアバウトすぎでしょ……これが、記憶のヒント? いやいや……こんなところに行った覚えがない。ずっとアルバイト続きで、桜も見に行ったことなんてなかったしなぁ……
……とまぁ、3日間もこの調子である。


「やぁやぁ、進んでるかい?」


 扉を足でつついて、部屋に入ってきたのは明だ。まぁ、この家がそもそも明の家なのに、俺が居候してしまっているのが問題なんだが。
 で、なんで足で開けてきたかと思えば、両手にはマグカップが握られていた。


「ほら、まだまだ冬じゃん。温かい飲み物を、と思って持ってきたよ!」
「へぇ……このピンクの飲み物……イチゴラテとか?」
「ううん、ちょっと早いけど、桜ラテだよ! 桜の香りがするから、僕これ好きなんだぁ」


 俺に片方手渡すと、明はさっそくソファーに座って飲み始めた。確かに飲み物からは、桜かどうかはわからないが、いい香りがする。桜なんて嗅いだこともないからなぁ。


「ねぇ、進くん。もしさ、今起こる問題が全部解決したら、一緒に桜を見に行かない?」
「もちろんいいけど……今起こる問題って、俺が記憶を思い出したら、ってこと?」
「……ううん、もっと大きな問題」


 そういった明の顔は、少し深刻だった。だが、それを隠すように、にっこりと笑う。その笑顔が、心の中でチクチクと痛む。一番無理をして、一番苦しんでいるのは、明なんじゃないかって。


「今、僕らは、戦いに巻き込まれているんだ」
「戦い? なんの?」
「そうだねぇ……金持ちたちの、願いをかなえるための戦いだよ。そのためには、他人の誰かを奪わなきゃいけないことだってあるんだ」
「……そんなことになってたの?」
「水面下でだけどねー」


 軽く言う明だが、言っていることはそう簡単なことじゃない。願いをかなえるための戦い? どうしてこんなことにならなきゃいけない? 話し合って解決するような、簡単なことじゃないのか?


「金持ちなら……話し合いと金で解決しそうだけど……」
「でしょー。でもね、そこに殺し屋とか関わってたら、誰もが戦わなきゃ死ぬって思うでしょー」
「それってオーア? 冬馬さんや、華山さんが少し言ってた……」
「そうそう。それぞれの家に、オーアの関係者がいるから、もちろん戦争が起こるわけだよ。命を狙って、大切なものを奪って、自分の願いを叶えようとするんだ。悪い大人たちでしょ」


 その時、華山さんの言った、あの言葉を思い出す。


「約束を交わした人間が一人、君の過去を思い出してほしいと願ってしまった。我々からすれば、命が掛かっているのに、なんて馬鹿な真似を……そう思った」


 俺の記憶は、そんな金持ちのうちの一人が、願ったことなんだ。命を懸けてでも、思い出してほしいと願った。俺の過去が、その人の命よりも価値があるものなんだ。
 なら……その過去は何なんだ? 命に代えてでも知るべきその過去とは……


「僕にだって、願いはある。命を懸けてでも、叶えたい願いはある。でもそれは、華山さんも、望も、父さんも……誰だって一緒だ。なのにどうして、奪い合うんだろう、僕たちは────」


 明は言葉を詰まらせる。しかし俺からしてみれば、ずっと聞かずに黙っていたことが我慢できなくて、聞いてしまった。


「────明はどこまで知ってるんだ。俺の何を知って、この現状のどこまでを把握して……俺の記憶だって……そもそも、俺に5億を渡して来たのだって、もっと意味があるんじゃないの? ねぇ……教えてよ、明……」


 答えはわかっている。予想通りの答えが、すぐに帰ってきた。


「無理だよ。教えてしまえば殺されるルール……その説明を華山さんはしなかったかな?」
「……したとも、わかっているよ。その答えが返ってくることくらい、予想はしてた」
「じゃあ……そうだね、いくつか周りのことを教えてあげる」
「周りのこと?」
「そうだね。今や、君の知識の制御は、僕に掛かっている。僕がOKを出すならば、知っておいて大丈夫ってことだよ」


 明は立ち上がって、飲み干したマグカップを机に置くと、部屋から出て行ってしまった。すると、しばらくすると、ゴロゴロ……といった音が響く。何かと思って近寄ってみれば、明がどこからともなくホワイトボードを持ってきていた。


「こっ……こんなデカいの! どこに!」
「まぁまぁ、会議用だよ、進くん。さぁ、始まるよ! 明ちゃんの「ぶっちゃけちゃいます講座」だよ! ドンドンパフパフー!」
「よくもまぁその体で持ってこれたね!」


 そして、明はそこに、4つの円を描く。そして、3つのマグネットを置いた。


「この四つの円が、華山家、影山家、矢崎家、オーアだ。そしてこのマグネットが、それぞれが持つオーアの一味」
「オーアの一味?」
「まぁ、脱退した人ばっかりだけどね。で、そのマグネットがあるのは、華山家、影山家、オーアの3つ」


 そこでいくつが疑問が浮かぶ。まず約束を交わしたのは4つの家。しかし、その家の一つ矢崎家にはオーアのメンバーと関わりがなかった。そしてだ、この影山家にもオーアのメンバーがいるってことでいいのか? 大丈夫なのか、それ。


「華山家にいるオーアだった人っていうのは、椿さんでOK?」
「だね、椿さんは元オーアのメンバー。後継者の最有力候補だった」
「どうして抜けたの?」
「オーアもギクシャクしてるんだってさ。では今度はこの影山家に注目」


 影山家にもマグネットは一つ、しかしこれは誰だ……?


「盗聴器は、全部取っておいたから言えるんだけど、これが佐倉ね」
「え!? そんなサックリ言っていいの!?」
「佐倉に手が及ばないようにはしているからねー、僕がバックアップしてるから大丈夫!」


 なんとなくそんな感じはしてたけど! 隠してるんならそんなはっきり言わないほうがいいじゃないの!? 自分のことじゃないが、冷や汗が止まらない……この話が終わるまで、命持つかな……?


「そしてオーアに一つ。まぁ、オーアは殺し屋の集団だから、ヤバさしかないんだけどね。これとうちのお父さん仲がいいのよー」
「そこまでぶっちゃけるの!? 大丈夫、明、死なない!?」
「最低限、進くんにも知っておいてもらわないと、ついていけなくなっても困るからね!」


 な、なるほどぉ……納得するしかないな。確かに、これは俺の過去には直接関係しているわけではない。約束の範囲外だし、俺が知っておいても何の問題もない。知っておいて損はないな、得もないけど。


「でだ、ここまでぶっちゃけておくよ。僕ね、お父さんとめちゃくちゃ仲が悪いの」
「えっ……お母さん居ないのに?」
「そうだね。だからこそ、影山家はただいま、僕とお父さんの2大勢力になってしまいましたー! よって、お父さんと僕の間は一触即発! 多くの殺し屋や戦闘員を雇って、完全に戦争準備に入っていまーす!」


 イエーイ、ドンドンパフパフー! と言いながら盛り上げていきますが、俺は全然盛り上がれないです。影山家の裏側がブラックすぎてついてけないです。心休まらないです。気分真っ青急降下ジェットコースターですよ。


「では、ここまでバックボーンは話しておいたよ! ここで一つだ、進くんの記憶に関する人物が、紹介した組織のどこかにいる」
「えっ……?」
「そのキーワードの一つ目、夜桜……これに関係する人物はただ一人しかいない。ぶつぶつ唱えてみるといいよ」
「ん!? 桜、夜桜……」


 夜桜……夜に、咲く、桜……咲夜……!?


「あ、気づいたって顔したね。その人物こそ────」


────矢崎家と本来、関わりを持っていたオーアの人物だ────


「そんな────じゃあ……なんで……」


 ならば、浮かぶ疑問はただ一つ。どうして、俺に何も話してくれないんだ────その裏にはまだ一つ闇があるということを。闇夜を照らす月は常にないことを、俺はまだ知らない。そしてその闇の中では、俺を潰そうとする動きがあることも、まだ────まだ知らない。






 冷たい夜空を見上げる男がいた。満月が光り輝き、周りの星も負けじと光る。明るすぎる街から離れた、この山に、男はやってきていた。


「星を見るには最適ですねぇ」


────誰に言うわけでもない。それでも、言ってみたかった。男は隣を見る。隣にはもう、かつて居た人物はいない。


「この山に来るのは、運命だったんでしょ。ねぇ────誠一郎さん」



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