ある日、5億を渡された。
マリーアントワネットとマネー
────何とか振り切った。これで、ようやく一人になれる……海の見える公園で、少女は一息つき、ベンチに座った。夕日に照らされた遊具が、どこか寂しく感じる。もう、家に帰る時間だ。
一息ついて、ツインテールの少女は考えていた。自分の今までしたことは、果たして、間違っていないのだろうか……
兄を恨んだ。父を殺した兄を恨んだ。何も知ろうとしない、兄を恨み続けた。自分の足のことよりも、何よりも憎たらしいのは、無知なその頭だ。
なのに、大金を手にした途端、兄は変わってしまった。兄は自分を探すようになった。そして、そのために妹を見捨てていった。それがもっともっと憎たらしかった。進もうとする足があることが、今まで見つめもしなかった過去を見つめる目が、憎かった。
「お兄ちゃんのせいで、お父さんは死んだ……お母さんは確かに言っていた」
しかし、それ以外に父親に関する記憶をもらったかと言われれば、そうでもない。自分の父がどういう人間だったのか、そもそも、下の名前すら知らない。兄は、本当に恨むべき対象なのだろうか。そもそも、本当に兄が殺したのだろうか。
「私が信じたものが……偽物だった? まさかね……」
母親から聞かされた記憶が、偽りだったのだろうか。それよりも気になることは、母親は「何故、父親の死因だけ教えた」のだろう。それだけ、小さな子供に教えるだけ。兄にはそれよりも後に教えた。少女が……一番最初に父親を知った。ほんの一部だけ。
「おかしくないかな。だって、普通、記憶をなくしたお兄ちゃんに、そういったことは教えるべきでしょ?」
ならば、母の対応はおかしい。記憶喪失の兄を、ずっとそのままにしておいた。記憶を甦らせようとすることなく、ただ「何も教えず」に育てた。父親も、母親も、こんな感情が渦巻く妹のことも。その代わり、兄は何も知らない代わりに、多くのスキルを持っていった。そして、歪んだ心を持って、大人になっていった。
「お兄ちゃんにはわからないんだ。だってお兄ちゃんは、本当に何も知らない」
妹がどれだけ兄を恨んでも「妹がどれだけ兄を必要」としても、兄にはそれがわからない。だって、兄は家族に関することを表面上しか知らないのだから。知らなかった、というよりかは、知ることができなかった。知る機会なんて……働きづくめの兄にあったのだろうか。ただでさえ家族のことで忙しい兄に。
「お兄ちゃんは……過去を知ろうとしたの?」
────そこで少女は気づく。兄は過去を知ろうとしなかった。それだけではない、知る機会を奪われていたのだと。
兄は今、自分と向き合っている。お金を手に入れたことで、様変わりした世界で、自分自身を見つめなおしているんだ。余裕のできた世界でやっと……過去を見つめる時間ができた。
────どれだけ恨んでも仕方ない。過去を知らなくても仕方ない。だってそんな機会は、私が奪ったのだから────
少女は気づいて、涙が零れ落ちる。歪んだ兄を作ったのも、人殺しの兄を作ったのも、無知な兄を作ったのも、全部自分自身。それを恨むことは、自らを恨むことになる。
自分の手で操っていたはずの人形には、欠損があった。しかしそれは、操っていたからこそできた欠損だった。人形を操る糸は、すでに絡みついてしまっていたのだから。
────それを、人形は自らの手で断ち切った。そして、自ら歩くと決心したのだ。そんな欠損ばかりの体で、心で、いったい何ができるんだ────
「真希、明日から自分の世話は、自分でするんだ。渡されたお金で、自己管理するんだ。それが50万という「大金」を持つ「責任」だ」
最後に兄と会った時の、あの言葉がよぎる。あの時から、兄はどれだけ変わってしまったのだろう。それを知るのが怖いんだ。知ったとき、きっと兄は、もう自分の物じゃない。
「────なんなのよ……この気持ちは何なのよ! ずっとずっと、お兄ちゃんは、私のものだと思ってたのに!」
そこには、愛した兄も、憎んだ兄もいない。そこにいるのは、きっともう別の何かだ。
「嫌だ、嫌だ! 私を一人にしないで、一人は嫌……!」
たった一人の公園で、叫び続ける。見えない何かに怯えながら、一人は嫌だと。
────我儘な姫は望んだ、孤独を埋めたいと。だからこそ、財産を使い果たしてまでも、物を欲しがった。
しかし、物で孤独が埋まることはなかった。減っていくのは財産だけで、心が満たされることはなくて、ずっとずっと、城の中で孤独だった。
「こんなの、マリーアントワネットみたいね……歴史と私は違うけど、ずっと近いものに感じる」
その行く先は破滅だ。知っているとも、だからこそ、自分に絶望しているのだ。
────そこへ、革靴を履いた人間が近寄ってくる。下を向いた少女は、その靴しか見えない。しかしその靴で、そこにいるのが誰かわかった。
「孤独か……愛が欲しいのか、傲慢な女」
相変わらず、上から目線の声だ。その通りでいいんだ。そもそも、高望みしたのが悪い。この男と対等に話せる女ではないんだと、少女はわかっていた。それでも強がる、涙をこらえて、言い返す。
「愛……? そんなもの、すぐに手に入るわよ。私、高校じゃモテモテなんだから」
「……だろうな。そのルックスだけは、否定できない」
なんだ、変に素直な人だ。いつもなら言い返してきてもいいのに。
「しかし、欲する愛は別の物だろう。そしてそれは、絶対に手に入らないもの」
「へぇ……あんたに私の何がわかるの?」
「わかるとも。僕も同じように、絶対に手に入らないものを追いかけているからな」
「あっそ……」
その気持ちは、なんだか理解できた。所々で感じる、この男の「孤独」それは自分よりも大きいものだと、少女は理解していた。
「手放すのが怖いか。あの成長し続ける男を」
「怖い……そうね。そうなのよ」
────お兄ちゃんを手放すのは怖い。もう私のことなんて、見てくれないかもしれないから────
「一つ言おう、傲慢な女。あいつとは一回、仲直りをしたほうがいいぞ」
「……どうして?」
少女は思わず、顔をあげる。その時男の顔は、後悔ばかりで死んだような顔をしていた。
「この先の未来を、後悔したくないのならな」
そう言って、やれやれとため息をつきながら、少女の隣に、男は座る。そして、温かい飲み物を差し出した。
「先ほどは、カフェの代金を払わせてしまったな」
「それって、お礼のつもり? 副社長の癖に安いわね」
すると、男はさらに、手に持っていた紙袋から、マフラーを取り出した。この時期は寒い。足が悪く、足元しか温めていない少女にとって、上半身を温めるものは、そもそも考えていなかった。
「これ……結構ブランド物のマフラーじゃない?」
「女は着飾るものだ。しかしそれは、自分の買ったものよりも、男から渡されたもののほうが良い。姫であるならば、そうあるべきだ。お前の周りの男は、そんな貢物もしない、ゴミのような男ばかりなのか?」
「遠回しに……私の同級生、バカにしてる?」
「……悪いか」
そう言って男は、プイッと顔を背ける。所々、この男からは子供っぽさがにじみ出ている。大人のはずなのに、いつもクールにキメているのに……どうしてか、こういったところは子供っぽい。
「素直じゃないね、望さん」
「……お前もな、真希」
少女はマフラーを首に巻き、それをぎゅっと握りしめる。こんなに心が満たされる贈り物は、初めてだ。それを見て、男は顔を緩ませる。
少女はゆっくり、男に寄り掛かる。男も避けることはなく、それを静かに受け止めたのだった────
一息ついて、ツインテールの少女は考えていた。自分の今までしたことは、果たして、間違っていないのだろうか……
兄を恨んだ。父を殺した兄を恨んだ。何も知ろうとしない、兄を恨み続けた。自分の足のことよりも、何よりも憎たらしいのは、無知なその頭だ。
なのに、大金を手にした途端、兄は変わってしまった。兄は自分を探すようになった。そして、そのために妹を見捨てていった。それがもっともっと憎たらしかった。進もうとする足があることが、今まで見つめもしなかった過去を見つめる目が、憎かった。
「お兄ちゃんのせいで、お父さんは死んだ……お母さんは確かに言っていた」
しかし、それ以外に父親に関する記憶をもらったかと言われれば、そうでもない。自分の父がどういう人間だったのか、そもそも、下の名前すら知らない。兄は、本当に恨むべき対象なのだろうか。そもそも、本当に兄が殺したのだろうか。
「私が信じたものが……偽物だった? まさかね……」
母親から聞かされた記憶が、偽りだったのだろうか。それよりも気になることは、母親は「何故、父親の死因だけ教えた」のだろう。それだけ、小さな子供に教えるだけ。兄にはそれよりも後に教えた。少女が……一番最初に父親を知った。ほんの一部だけ。
「おかしくないかな。だって、普通、記憶をなくしたお兄ちゃんに、そういったことは教えるべきでしょ?」
ならば、母の対応はおかしい。記憶喪失の兄を、ずっとそのままにしておいた。記憶を甦らせようとすることなく、ただ「何も教えず」に育てた。父親も、母親も、こんな感情が渦巻く妹のことも。その代わり、兄は何も知らない代わりに、多くのスキルを持っていった。そして、歪んだ心を持って、大人になっていった。
「お兄ちゃんにはわからないんだ。だってお兄ちゃんは、本当に何も知らない」
妹がどれだけ兄を恨んでも「妹がどれだけ兄を必要」としても、兄にはそれがわからない。だって、兄は家族に関することを表面上しか知らないのだから。知らなかった、というよりかは、知ることができなかった。知る機会なんて……働きづくめの兄にあったのだろうか。ただでさえ家族のことで忙しい兄に。
「お兄ちゃんは……過去を知ろうとしたの?」
────そこで少女は気づく。兄は過去を知ろうとしなかった。それだけではない、知る機会を奪われていたのだと。
兄は今、自分と向き合っている。お金を手に入れたことで、様変わりした世界で、自分自身を見つめなおしているんだ。余裕のできた世界でやっと……過去を見つめる時間ができた。
────どれだけ恨んでも仕方ない。過去を知らなくても仕方ない。だってそんな機会は、私が奪ったのだから────
少女は気づいて、涙が零れ落ちる。歪んだ兄を作ったのも、人殺しの兄を作ったのも、無知な兄を作ったのも、全部自分自身。それを恨むことは、自らを恨むことになる。
自分の手で操っていたはずの人形には、欠損があった。しかしそれは、操っていたからこそできた欠損だった。人形を操る糸は、すでに絡みついてしまっていたのだから。
────それを、人形は自らの手で断ち切った。そして、自ら歩くと決心したのだ。そんな欠損ばかりの体で、心で、いったい何ができるんだ────
「真希、明日から自分の世話は、自分でするんだ。渡されたお金で、自己管理するんだ。それが50万という「大金」を持つ「責任」だ」
最後に兄と会った時の、あの言葉がよぎる。あの時から、兄はどれだけ変わってしまったのだろう。それを知るのが怖いんだ。知ったとき、きっと兄は、もう自分の物じゃない。
「────なんなのよ……この気持ちは何なのよ! ずっとずっと、お兄ちゃんは、私のものだと思ってたのに!」
そこには、愛した兄も、憎んだ兄もいない。そこにいるのは、きっともう別の何かだ。
「嫌だ、嫌だ! 私を一人にしないで、一人は嫌……!」
たった一人の公園で、叫び続ける。見えない何かに怯えながら、一人は嫌だと。
────我儘な姫は望んだ、孤独を埋めたいと。だからこそ、財産を使い果たしてまでも、物を欲しがった。
しかし、物で孤独が埋まることはなかった。減っていくのは財産だけで、心が満たされることはなくて、ずっとずっと、城の中で孤独だった。
「こんなの、マリーアントワネットみたいね……歴史と私は違うけど、ずっと近いものに感じる」
その行く先は破滅だ。知っているとも、だからこそ、自分に絶望しているのだ。
────そこへ、革靴を履いた人間が近寄ってくる。下を向いた少女は、その靴しか見えない。しかしその靴で、そこにいるのが誰かわかった。
「孤独か……愛が欲しいのか、傲慢な女」
相変わらず、上から目線の声だ。その通りでいいんだ。そもそも、高望みしたのが悪い。この男と対等に話せる女ではないんだと、少女はわかっていた。それでも強がる、涙をこらえて、言い返す。
「愛……? そんなもの、すぐに手に入るわよ。私、高校じゃモテモテなんだから」
「……だろうな。そのルックスだけは、否定できない」
なんだ、変に素直な人だ。いつもなら言い返してきてもいいのに。
「しかし、欲する愛は別の物だろう。そしてそれは、絶対に手に入らないもの」
「へぇ……あんたに私の何がわかるの?」
「わかるとも。僕も同じように、絶対に手に入らないものを追いかけているからな」
「あっそ……」
その気持ちは、なんだか理解できた。所々で感じる、この男の「孤独」それは自分よりも大きいものだと、少女は理解していた。
「手放すのが怖いか。あの成長し続ける男を」
「怖い……そうね。そうなのよ」
────お兄ちゃんを手放すのは怖い。もう私のことなんて、見てくれないかもしれないから────
「一つ言おう、傲慢な女。あいつとは一回、仲直りをしたほうがいいぞ」
「……どうして?」
少女は思わず、顔をあげる。その時男の顔は、後悔ばかりで死んだような顔をしていた。
「この先の未来を、後悔したくないのならな」
そう言って、やれやれとため息をつきながら、少女の隣に、男は座る。そして、温かい飲み物を差し出した。
「先ほどは、カフェの代金を払わせてしまったな」
「それって、お礼のつもり? 副社長の癖に安いわね」
すると、男はさらに、手に持っていた紙袋から、マフラーを取り出した。この時期は寒い。足が悪く、足元しか温めていない少女にとって、上半身を温めるものは、そもそも考えていなかった。
「これ……結構ブランド物のマフラーじゃない?」
「女は着飾るものだ。しかしそれは、自分の買ったものよりも、男から渡されたもののほうが良い。姫であるならば、そうあるべきだ。お前の周りの男は、そんな貢物もしない、ゴミのような男ばかりなのか?」
「遠回しに……私の同級生、バカにしてる?」
「……悪いか」
そう言って男は、プイッと顔を背ける。所々、この男からは子供っぽさがにじみ出ている。大人のはずなのに、いつもクールにキメているのに……どうしてか、こういったところは子供っぽい。
「素直じゃないね、望さん」
「……お前もな、真希」
少女はマフラーを首に巻き、それをぎゅっと握りしめる。こんなに心が満たされる贈り物は、初めてだ。それを見て、男は顔を緩ませる。
少女はゆっくり、男に寄り掛かる。男も避けることはなく、それを静かに受け止めたのだった────
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