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ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

理解者と守り人2

「────と、結局は教えてもらえないまま今に至るわけです」
「……めちゃくちゃ微笑ましい上に、めちゃくちゃ重要じゃないですか、その思い出」


 そのところどころ隠された、謎の人物。そして、巨大組織、オーア……そもそも、そこに、冬馬さんは命を狙われている!?


「冬馬さん、大丈夫なんですか!? その話を聞く限り、命狙われているみたいですけど……」
「関係した人物が、必死に隠してくれていますので、まだ大丈夫かと」
「……まだ?」


 その含みのある言い方、それはすごく心配なことだった。冬馬さんが殺されそうということは……明だって心配な立場にある。


「現在の主犯、死神が私の存在を認知した場合は、私だけでなく、明様や進様の命が危ないことになります。ですが、同時に私は守られています」
「椿さん……ですか?」
「椿だけではありません。ほかにも、私を守ってくれる人はいます。だからこそ、私は明様と進様を守ることに集中できるわけです」


 そう言った冬馬さんの微笑みは、どこか幸せそうだった。守られる、きっと幸せな女性────


「あの……冬馬さん。俺に何か、できることはありますか?」
「お心遣い感謝します。ですが、これは私の問題ですので。それよりは……」


 言いづらそうに、視線を逸らす。その先には、明がいる。なんだ……この不穏な雰囲気……


「えーっと、進くん。言いたいことがあるんだ。僕のあげた5億だけどさ」
「あぁ、大事に使っているよ」
「そうじゃなくて……進くんのこの前までの働きは、この会社の5億分の売り上げに相当するさ。僕は君を、5億の男と認めるよ」


 だけど、と言って、明は俺に詰め寄る。その顔の近さは、思わずのけぞってしまうほどだ。


「だけど、だけど、だーけーどー! その5億は会社のため、そして妹さんとお母さんのために使ってる! 君のために使ってないじゃないか!」
「そっ……それは!」
「しかも! 毎日50万、妹さんに送っているね? 君は今、銀行の残高を見たのかい!?」


 そう言われてハッとする。まさか……そんなことはないだろう。すぐさまスマホを開き、残高をチェックする。


「しかも、しかも、しーかーもー! 社員のための設備費とか、ボーナスとか、そこから出してるでしょ!?」
「うぁ……あぁ!?」


 そうだ、そうだった。すぐさまパスワードを打ち込んで、残高を確認する。


「のっ……残り2億!?」
「自分のこと以外に3億も使ったのかい!? 僕は君に使ってほしかったのにぃー!!」


 そして明はかわいくジタバタする。よっぽど悔しいらしい。俺が使わなかったことが……


「そして、妹も妹だよ! 毎日50万使い切っているのかい!?」
「えっ……少しは貯金してるはず……だけど……」


 その後3か月間、妹の顔を見ていないのでわからない。なんだろう、俺はとんでもないことをやらかしちゃったか!?


「全く……妹さんのことを忘れるほど、忙しかったのはわかるけど……彼女はなかなかトゲのある少女だろう? 注意して観察するべきだ。言ったじゃないか、人間観察って。水を与えるだけじゃ、花は育たないし、記録もつけれないよ?」
「わっ……わかりました! すぐに妹を観察しに行ってきますっ!」


 頭がめり込むほどの、ハイスピード土下座。だが、明は楽しそうに笑っている。頭の上で、高らかな笑い声が聞こえてきた。思わずゆっくりと顔をあげる……


「あはははっ! まぁね、そんなこともあろうかと……代役を頼んだんだ」
「……え?」






……その頃、高校の校門前には、白い高級車が止まっていた。門から出ていく生徒は、皆、その車をジロジロと見つめる。矢崎真紀も、その一人だった。


「えっ……何この車……」


 そこへ、車を降りて出てくる、青年。その目の圧は強く、金持ちとしての風格と、それと同時に威圧を持っていた。


「お前が、矢崎真紀だな」
「あなた……誰?」
「失礼、紹介がまだだったな。僕の名前は、影山望。影山グループの副社長だ。


……代役としてやってきた彼と、ドン引きの彼女……それは、新たな運命の始まり。
真希はというと、状況をよく飲み込めていないようで、突如やってきた、威圧的な青年、望に、ただただ、嫌悪の表情をするしかなかった。その顔は、望の逆鱗に触れる。


「……全く、姉さんに言われてここに来たのはいいものの……こんな顔をされるとはな」


もちろん望のほうは、来たいと思って来ているわけではないので、こんな顔をされたら、怒って当然である。そのお互いの初対面が、二人の間に大きな隔たりを作っているとは気づいていない。


「影山……望? お兄ちゃんの知り合い?」
「まぁ……そういうことになる。貴様の豪遊ぶりを監視しろとな」


 思わず、貴様と言ってしまう。無理はない、望にとってみれば、敬語を使ってこない平民は平等にクズだ。そしてそれに、傲慢な真希は気づかない。


「お兄ちゃんが言ったわけ? バカ言わないで。私から離れる代わりに、毎日50万送るって約束してくれたんだから!」
「……一言も、あの平民がとは言っていないのだがな」


 真希は余裕の笑みを浮かべ、腕を組み、望を見つめる。その目は、望の嫌いな目だ。見下す目……そうだ、平民にバカにされてたまるものか。


「どうよ、お兄ちゃんは。どうせ、大したことはしていないんでしょ?」


────もし、同じ平民としてみるならば、どちらが立場が上か。望は即座に答えを出す。


「愚問だな。同じ平民であろうと、あいつと貴様は天と地の差。もはや貴様の手に負えるものではない」
「……え?」
「同じことを言わせるな。ならば、わかりやすいように例え話をしてやろうか、傲慢な女」
「なんですって……?」


 望は真希を恐れることなく、むしろ怯えさせる覇気で、さらに近寄る。そして、耳元で囁いたのだ。


「同じ矢崎でも、貴様に社長としての振る舞いはできない。それが簡単な例えだ、傲慢な女」


 その声は、誰も聞いたことのないような、悪魔の声。真希は思わず身震いをして、望からすぐさま距離を取った。


「あんた……金に物を言わせて、殺しに来たわけ? お兄ちゃんに言われたの? そうなんでしょ!?」
「何度言えばわかる。貴様の金遣いの監視だと言っているだろう」
「うるさい! 私の好きなようにさせてよ! お兄ちゃんは私の邪魔ばかり! 私の人生をぶち壊したくせに!」
「……あ?」


 望の額に青い筋が走る。そこへ、見かねた佐倉が、車を降りてやってきた。


「全く……坊ちゃん、女心……いや、平民の気持ちはわからんですかい?」
「わかるわけない。あの女とは話が噛み合わないのだ。僕はただ監視をしに来た、そう伝えただけなのに……」
「気づきませんか、坊ちゃん。彼女の目には「矢崎進」しか映ってないんですよ」
「……何……?」


 もう一度、落ち着いて真希を見る。そして、先ほどの会話を振り返った。確かに、真希は望と会話をしているが、そのすべてに「兄の存在があった」ことに、望は気づいた。
……最初から彼女に「影山望」という存在は見えていない。その後ろに透けて見える、兄である「矢崎進」しか見えないのだ。


「何故だ?」


 先ほどまで余裕の笑みだったはずの真希は、すでに校門の端に縋りつき、ひどく怯えている。この心境の変化は何だ。そこにさえも、矢崎進がいる。
────望は気づいた。彼女は怖いのだ。兄が遠く離れていくことが、そして、兄が自分を叱ることが。どれだけ兄を見下そうとしても、もうそんな存在じゃないことは気づいているのだ。でもまだ、昔のようにいくと思い込んでいる。


「貴様……まさか……」
「嫌だ……もう嫌なの……」


……ただ、怖いだけなのだ。少女は、素直になれないのだ。必要な存在でありながら、憎むべき存在である兄を、どんな目で見ればいいのかを。素直になれず悩む間に、どんどん遠くへ行く、その存在を。


「────貴様に一つ、話をしてやろう。ある青年の話だ」
「……何よ」
「青年には、愛する人がいた。しかし愛する人は、同時に越えなければいけない相手であった。その人を超えようとするあまり、その愛を表現できなかったのだ。結果、愛する人と青年の間には、溝ができてしまった」
「……それで?」
「……青年は過去を後悔した。だが、今まで積み上げた自分を裏切ることはできない。結局、愛する人か、自分自身か……どちらを大切にするか悩み、結果答えを出せないでいる」


 望は少し視線を逸らすと、ため息をついた。


「貴様も似たようなものだろう。貴様……いや、お前は、大きな存在を追う側だ」
「……あっそ。好きにすれば?」


 それは答えになっていたのか。即座に理解することはできなかった。ちょうどその時、校門前にタクシーが止まる。真希はそのタクシーに乗って、それ以上何も言わずに、その場を去っていった。


「……なるほど、坊ちゃんと彼女の共通点に気づいたわけですな。さすが坊ちゃん、やりますなぁ」
「これでいいのか? 手ごたえはなかったのだが」


 佐倉はニヤリと笑う。どこか安心したような、そんな笑みだった。


「いいんですよ、あれで。手ごたえばっちりですって」


 望は白けた目で佐倉を見る。


「全く、こいつは……僕の見えないものが見えるやつだ。」



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