ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

義理と居場所

「さーて、坊ちゃんの言うがまま、調べますかね」


 大きな男は暗がりで、音もたてずに社長室の物をあさっていく。それは、矢崎進に関する事柄だった。


「まぁ、見立てが正しけりゃあ……お嬢の机に……」


 その時、暗がりが一瞬にして明るくなる。電気が付けられたのだと、男は気づいた。目線の先には、明専属の執事がいる。


「あ、陽菜ちゃん……おひさー……」


 明るく言ってはみるが、男の額からは冷や汗が、執事の額には血管が浮かび上がる。


「咲夜ぁ! あんた何してるわけ!?」
「ああああああ! 何も言わなかった、悪かった! ごめん、ごめんってば陽菜!」


 その怒号は、二人だけの部屋に、割れんばかりに響き渡った。




 次の日……明の部屋にて、俺は意外な人と顔を合わせることになる。目の前に立っているのは、望さん。そして奥にいるのは、見知らぬ大きな男の人。頬は誰かに殴られたのか、ガーゼが貼ってあった。


「えぇっと……明、どうして二人を?」
「まぁねぇ、問いただしてみれば、進くんに迷惑をかけたみたいなんだ。実行犯は、奥の大きな人ね」


 男の隣に立つ冬馬さんが、目線で何かを促す。それに怯えるように顔を歪ませた男は、仕方なさそうに話し始めた。


「陽菜ちゃんが言うんなら仕方ねぇ……」
「ここで陽菜って呼ばないで」
「すいませんでしたぁ!!」


 男は冬馬さんに頭が上がらないといった状況で、ひどく怯えている。


「まぁ、いいや。自己紹介させてもらうぜ。俺の名前は、佐倉咲夜さくらさくや。いい響きの名前でしょ?」


 ってのは置いといて……と自己ツッコミを入れながら、佐倉さんは話を続ける。


「簡単に言いますと、俺は望坊ちゃんのボディーガード。執事なんてほど、何かできるわけじゃねぇ。だが、元の仕事上、戦うことと、人を操るのは得意でな」
「人を操る……?」
「おぉ、旦那。いいところに反応するじゃない。今回俺が、望坊ちゃんに頼まれてやったことは、同級生を影山モータースに仕掛けることですわ。そこで、社長としての立場をズタボロにして、社長の座から引きずり落とすつもりだったんですよ」
「あー! あの時!」


 あの時は本当に困った。今思えば、社長としての座を失うところだった。ひどく言えば、人としての信頼すら失ってしまうところだっただろう。優斗がいなかったらどうなっていたことか。


「まぁ、簡単に言えば、坊ちゃんの嫉妬ですわ。だって、まったく社長経験のない人間が、社長の代わりをやってるし、お嬢とは仲良くしてるし……」
「嫉妬?」


 その言葉に、何も言わない望から、それ以上言うなと言わんばかりのオーラが放たれ始めた。目の圧は凄まじく、今なら俺、目で殺されそう。


「坊ちゃん気にしてたんですよ。お嬢と仲良くできないこと。そこを旦那に突っ込まれたみたいで、メンタルに来たみたいで」
「あぁ、あの電話ですか」


 今思えば、あの電話も懐かしい。明以外に嫌われても嫌じゃない。そんな気持ちで俺はあんなことを言ったんだろう。


「俺も申し訳なく思ってて、やっぱり失礼でしたよね」
「いやいや、坊ちゃんは嬉しかったんですよ。ストレートに言ってくれる人なんて、今までいませんでしたからねぇ」
「え、そうだったんですか?」
「えぇえぇ、そうだったんですよ。坊ちゃん素直じゃないんで」


 佐倉さんと、今までの誤解がなくなるように話を進めていく。今まで望さんに抱いた恐怖が嘘のようだ。こんなにも望さんは、いい人だったとは……何だ。望さんから嫌われてなかったんだ。今までそんなことわかるわけなかったよ。仕事をするときも、会うたびに、目で圧をかけられてたし。
……って、ことを思っていると、望さんはガタガタと震えだした。あ、いかん。これは火山噴火の前触れだ。絶対そうだ、これ絶対怒ってるよ!


「佐倉……話していいとは言ったが、ここまで心を晒せとは言っていないぞ……」
「えぇ、でも坊ちゃん、本心ではありませんか。表立つことで、逃げないと誓ったんでしょう?」


 その一言にブチ切れたのか、ついに望さんは振り返り、その拳を一瞬にして佐倉さんの顔へ近づける。そうだ、もっと早ければ、殴れたはずだ。いいや、どれだけ早くても────佐倉さんの反応が早すぎたのか。


「手をあげるなんて、やっぱり恥ずかしいですか、坊ちゃん」


 ニヤニヤと笑う佐倉さんに、どこか親近感を感じる。俺にとっての優斗みたいだ。優斗の性格をずいぶん捻じ曲げたらきっとこうなる。
 望さんは、そんな佐倉さんを見て、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「いい年して嫉妬なんか……馬鹿みたいではないか!」
「俺ももう、かなりおっさんだけど、嫉妬するよ?」
「ばっ……! 傭兵の話など聞いていない!」


 その会話を見て、明はこらえるように笑っている。俺もなんだか、微笑ましくなってきた。望さんは、とても固い人間って感じがしてたけど、なんだか親近感がわくなぁ。
────その関係は、親友のように見えた。俺と優斗がそのように、望さんと佐倉さんがそうなんだろう。


「なんだか……俺と優斗を見てるみたい」


 思わず口に出してしまう。その言葉に鬼の形相で反応してきたのは、望さんだった。


「僕とお前が一緒だと!? あの平民とこいつが一緒なのはわかるが、お前と僕は……」
「いいや、立場は違うけど、一緒なんですよ、望さん。明を追いかける立場としては、きっと」


 すると、望さんは真っ赤な顔をそむけてしまった。どこか悔しそうに、下唇を噛みしめている。


「癖……俺と一緒なんですね。俺もいろいろあると、唇の端っこ噛んじゃうんですよ」


 他人に言われて実感したようなものだが……すると、望さんは横目でチラリと俺を見た。


「僕もまた、迷う人間ということか」
「えっ?」
「お前は、常に選択肢を迫られ、迷い続けている。違うか?」
「……そうですね、そんな気はします」


 そのたびに迷っては、自分を苦しめる選択肢ばかりを選んできた。今回、社長として猛進し続けたのだってそうだ。選択肢を間違って暴走したと、自己分析する。


「お前はどんな道を選び続けた」
「俺は……結局は、自分の苦しむ道でした」
「そうか、なら僕は、常に自分が得する道を選び続けた」


 俺の……全く逆を選び続けたのか? 望さんは……いったい何者だ?


「お前が今こうして、正気でいるということは、選択肢の誤りに気づき、振り返ったからだろう。あの出羽という男の件で歪み、そして、姉さんの存在で振り返った。それは「お前が恵まれているからできる」ことだ」
「……どういうことです?」
「僕は今まで、自分の得をする道を選んできた。ここに来たのだってそうだ。だが「得と幸せ」は違う。僕は歪んだまま気づけなかった。自分の思いを隠し、堪えることの何が幸せだ」


 明を見ることのできない望さんに代わって、俺が明を見る。明も、どこかわかっているような笑みを見せていた。明はお見通しだ。望さんの嫉妬も、その奥にある、自分を捻じ曲げていたことさえも。
 俺にはわからない。望さんがどこで自分を捻じ曲げ、どうしてここまでなったのか、それは知らない。でも、これからそれが、わかる日が来るんだろうか。


「……言っておこう、今回このような悪事を働いたのは、間違いなく、お前に対する嫉妬だ。僕の気持ちが変わらないうちに言っておく」


 そして、聞こえないほどの小さな声でつぶやいた「羨ましい」と。それを俺は、聞き逃さなかった。わかっていて、それを追いかけなかった。


「あぁ、坊ちゃんが素直に言ったところで、俺からも一つ」


 安心したように佐倉さんがため息をつくと、どこか真剣な顔になる。それさえも、優斗のようだ。


「俺たちがこのように話さなきゃいけなくなったのは、わけがあってだな。この陽菜……じゃなくて、冬馬が、俺の作業を見てしまってね。問いただされたもんで、それをきっかけに全部話しちまおうってなったわけですよ」
「作業? 盗みか何かですか?」


 テキトーに言ってみたが、佐倉さんは笑いながら「おぉ、ご名答」という。いや、盗みを軽いノリで話すな!


「まぁ、盗み……正確には情報集めですな。そこに、旦那。あんたが関わっている────」
「……俺?」


 よくわからない。俺は一瞬固まる。俺のことが、望さんを動かした?


「旦那、あんたの過去を調べようと思ったんですわ。しっかし、どうもうまくいかない。旦那の過去を調べるなら、どうしても芋づる式に「坊ちゃんの過去」も出てくるんでね」
「どうして? 俺と望さんには、何の関係もないじゃないですか」


 そうだ、ついこの前で、お互い赤の他人だった。それなのに、なぜ関係が出てくるのか、なおさらわからなくなる。


「あー、これはー……」
「僕が話そう、佐倉」


 言葉を詰まらせた佐倉さんに代わって、明が口を開く。その寸前、佐倉さんは確かに口にした「そのほうがいいな」と。


「望がここに「影山家」として存在できるのには、理由がある。それは、僕のお父さん「影山高信かげやまたかのぶ」に、進くんのお父さんである「矢崎誠一郎」が、両親を失った「篠原望」を「養子」として推薦したからだ」


────衝撃、それとしか言えない。そこにあったはずの事実は虚構。知ることのできなかった真実は彼方。知らなかった、それは俺と望さんの間にかけ橋を架けていたんだ。

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