ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

闇落ちと影2

……そこから、俺の自分を責め続ける日々が始まった。俺の説得は、無意味だったのか。無意味なほど、彼の心は蝕まれていたのか。俺の言った言葉が間違いだったのか、俺はあの場で傷つけるようなことを言ってしまったんだろうか。
 あの涙は、俺が苦しめたことによる涙だったんだろうか。俺が彼の心に止めを刺したんだろうか。そんな答え、帰って来ないってわかっているのに、その死を悔やみ続けた。
 葬儀に出ても、いまいちしっくりこなかった。どうして彼は死んだんだ、何の理由があって死ぬんだ。境遇か、病か、それとも別の何かか……わからない、俺が何かをしたかもしれない。


「進くん……そこまで自分を追い詰めちゃダメだ。進くんは何の関係もない。彼は病室で、シーツで自分の首を絞めて死んだと言っている。自殺なんだ、それは進くんには関係ないことなんだ」
「……関係ないって誰が決めたんだ、明」


 大雨の日。葬儀からの帰り道、冬馬さんの運転する車に乗る直前。明の言葉に、思わず強く反応してしまった。


「人の死は、簡単に操れるものじゃない! 自殺の原因なんて様々だ。その中の一つに、仮に進くんが入っていたとしても、それが決定打にはなりえないよ!」
「でも、最後に出羽に会ったのは俺なんだよ!」


 それは、変えられない事実。俺は確かに、あの場所にいた。あの場所で命をつなぐために、救急車を呼んだ。しかしそれが、彼にとって邪魔だったとしたら? 俺が彼の思いをわかってあげなかったとしたら?
────わかってる。答えなんてないのに、俺は答えを求めている。


「俺は何もかも失うんだ! 俺は……何も掴めない。俺はやはり、奪う人間なんだ。奪って、何も得ることのできない空っぽな人形だ!」


 傘を捨て、自ら雨に打たれる。叫び声をあげ、俺という存在は崩れ落ちた。人とは、簡単に狂えるものだ。そう、特に人の命が係わるなら、簡単に。
 俺はもともと狂っていたんだろう。しかし、それに自覚するのは遅かった。仮に自覚しても、それが表立つことは少なかっただろう。しかし、静かに心は破綻していた。
────狂った今なら、同級生とうまくやったことだって、自分の心を殺して、自分という存在を消して、新たな自分を無理やり作り上げて乗り切ったことだと思える。
 本当は、見るだけで吐き気がするはずなのに。見るだけで逃げたくなるのに、死にたくなるのに、無理して乗り切ったんだ。壊れている自分自身を、見ないふりをしたんだ。


「俺に自己なんてものはない、俺はいつも、その場で別の自分を作って乗り切ってきただけの、臆病者だ。ようやく自覚したとも……自分がないやつは、他人からそれを奪うんだ!」


 そうなんだ、きっと俺はそうなんだ。そうじゃないと、この現象に理由なんて付けられない。調べれば調べるほど、同級生は無情にも散っていて、生きている人間を数えるほうが少なかった。俺が見た同級生なんて、虚構だった。あれは一部ではない、残った全部だったのだ。


「……進くん、今の君は、原因と結果が矛盾している。因果に逆らって狂ってるんだ。その状態の君を、すすむとは呼べない」
「だったら何なんだ……こんな罪ばかりの真っ黒な俺は……どうすれば……」


 こんな不幸な俺は、どうすればいい。道しるべなんてないじゃないか。どこに行っても暗い闇じゃないか。


「ならば……そんな状態に君に命ずる」
「……なんだ」


 明は静かな声で告げる。雨に打たれ続ける俺とは対照的に、傘を差し、高いところから見下ろすような冷たい目で、俺を見る。


「そんな状態だからこそ、社長としての仕事をやるんだ。君の心がそこまで真っ黒だというなら、それは冷酷になれるということだ。その状態で、社長としての仕事を任せる。君の反応を、僕は眺めさせてもらうよ」
「こんな……状態で……」
「そうだ、そんな君にしかできないことも、きっとあるだろうからね」


 聞いたこともない重い声で告げ終わると、明は俺に手を差し出した。その無表情で差し出された手は、まるで、今から彼女に人生を差し出すかのように感じた。
 その手を取り、立ち上がる。傘を持ち、歩み始める。その顔は……


────それからだ、時間に厳しく、自分に厳しく、仕事を詰めるようになったのは。まるで自分を罰するように。あの日をずっと後悔し続けながら。




 そしてそれから3か月が経った。季節は流れ、彼の死は生活に支障が出ないほど、俺の中に溶けこんでいた。


「では、会議は以上です。お疲れさまでした」


 俺の号令とともに、社員は挨拶をして、会議を解散する。俺はあの日から変わらずずっと、自分に厳しくあり続けていた。今日も重要な会議を終え、俺はまた次の仕事へと動き出そうとする。その時だった、社員の一人から声をかけられた。


「社長、お忙しいところ恐縮ですが、お話に付き合っていただけませんか?」
「あなたは……金城かねきさん?」


 それは、会議ではいつも、重要なまとめ役として仕事をしている、専務の金城さんだ。年齢は50代後半といったところで、この会社を引っ張る重要なベテランと言える。


「あぁ、お名前覚えていただき嬉しいです。影山社長とようやくお話しできました。こうやってお話するのは、社長が幼いとき以来ですね」
「幼い……時……?」


────記憶がざわつく。思い出すなと叫ぶ。それが、俺の記憶と心にブレーキをかけた。


「すみません、次の仕事が控えていますので、またの機会に」
「あっ……そうですか。ずいぶんと成長なさいましたね、社長」


 それでは、と簡単に会釈して、俺はその場を立ち去る。立ち去っても、バイクに乗って移動しても、まだ記憶がざわつく、心が痛む。なんなんだ、この耐え難い感情は何だ……!


その心のざわつきを、自分自身の悲鳴と気づかないまま、俺はまた、仕事へと向かっていく。それはもはや無心────




 会議室に一人残された金城は、口元に手を当て、しばらく考えていた。金城は知っていた、影山明やざきすすむの過去を。確かに出会ったことがある。その少年は、鮮明に思い出せるほど印象的だった。朗らかで優しい少年。そして、何をするにも恵まれた才能を持った、まさしく神に与えられた天才────


「今の社長は、影山社長だ。後継者も影山一族のはず……だが記憶が正しければ、確か……彼の名前は……」


 金城は、自らの記憶と、現在の状況に疑問を覚える。だが、ため息をつき、静かに上を見上げた。そして、確かに理解できる事実だけを口にする。


「考えるのはよしましょうか。あの姿はどう見ても、若き日の影山会長だ……」



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