ある日、5億を渡された。
困りものと困らせもの2
「おい、お前ら、いい加減にしろよ」
そこへ現れたのは、見慣れた、信頼できる姿だった。思わず目元が潤んでくる。
「……元木?」
「マジかよ、元木じゃん……」
その姿に同級生たちは、怯み、恐れる。それもそのはずだ。優斗は中学生の時、俺をみんなから守ってくれたんだから────
────それは、中学生時代に遡る。2年生の冬のことだった。その日は朝から、出羽に顔に水をかけられた。それを見て同級生たちは笑い、俺をいつものようにつるし上げ、そして誰も助けなかった。
憎悪、その時そんな感情があったかどうかはわからない。あったとしても、俺にそれを認知できる心があったかどうか。だが確かに、不快感だけは覚えている。
「おーい、てめぇら。弱いもんいじめは楽しいかよ」
そこへやってきたのは、まったく知らない少年だった。印象に残っているのはその髪型だ。髪の毛を茶色に染め、ワックスでがっちり髪形を決めてきていた。その少年をよく知らなくても、中学校の中で、悪者として評判だったのは知っている。よくない噂だって立っていた。麻薬密売だの、悪い奴らと屯っているだの。
今思えば、その噂も、その印象も、間違いだったと思える。
「あ? 元木じゃねぇかよ。一匹狼がどうしたんだよ」
一匹狼に噛みついたのは出羽だ。すると、元木は今にも殺しそうな目で、出羽を睨みつける。
「弱いもんいじめてなきゃ、団結できねぇなんて、クソみてぇな友情だな」
「……あ?」
「てめぇらみたいな弱い奴らは全員、俺がシメて殺るよ。正義の鉄槌ってやつよ。悪く思うんじゃねぇ」
そこからは────ほんの一瞬だった。その拳は、たった一発、出羽の腹に入っただけで、出羽の意識を沈めた。繰り出される、蹴り、拳、そのすべては、たった一発入っただけで、いじめっ子たちを沈めていく。
同級生たちは、その正義の鉄槌を恐れた。ほうきを持ち、立ち向かっていった傍観者がいた。少年はほうきを膝でへし折り、そいつのわき腹を蹴って意識を沈める。逃げてきて、俺に必死に謝る傍観者がいた。それさえも、たった一発の拳を後頭部に当てると、沈んでいった。
「はぁ……ホントバカみてぇ。必死に縋り付いたり、抵抗したり。全部てめぇらのやったことじゃねぇかよ。なぁ、矢崎」
そう呟くころには、その周辺にいた同級生は皆、沈んでいた。意識はなく、眠るように。いいや、その静けさはもはや、死んだかのようだ。
嘘みたいだ。嘘みたいに一発で、人の意識ってなくなるもんなんだ。俺は横たわる同級生を見下ろして、ただただ、呆気に取られていた。
「すごい……すごいね、こんなにも意識ってなくなるもんなんだ」
「あ? 感激すんのそこ? こいつらに、恨みもなんもねぇの。ざまぁって思わねぇの?」
「いや……確かに、いじめられているのは嫌だし、それをただ見ている人も嫌いだ」
「じゃあ、なんで恨まねぇのよ」
殺気立った目で睨まれて、恐怖と感激のはざまで震えながら、俺は確かに、こういったのを覚えている。
「だって、その原因は俺なんだから。恨むってことは、俺自身を恨むことでしょ?」
少年は苦虫を噛み潰したような顔をして、鼻で笑った。
「おいおい、そんなこと言うやつ見たことねぇぜ。それはつまり、自分が嫌いですって言ってるようなもんだぞ。いいのか、自分を殺して」
「いいんだよ、もとより、こんな俺は嫌いだ。何もできない、無力な自分なんてさ」
「……その自分を変える気はねぇのか」
「無理だよ。生まれが生まれだ。貧乏なんだし、たぶん俺は、簡単に幸せになれない。誰かと一緒にいないと、幸せじゃないから。幸せは、一人の物じゃないから」
「────そうかよ、なら一つ提案だ。その幸せに、しばらく俺が付き添ってやるよ」
思わず俺は、目を丸くする。少年は、ニヤリと笑って続けた。
「なんでもねぇさ、ただいじめっ子からお前を守るだけだよ。お前にとってみりゃ、被害は減るし、友人はできるし、幸せを共有できるやつができると思うんだが……さぁ、てめぇはどうすんだよ」
「ね……願ってもないことだよ! 友達……になってくれるの?」
友達、今思えば照れくさい響きだが、その時の俺には、勇気を振り絞った一言だった。
────それに少年は笑って答える。どこか憎めない、だが怪しい笑顔で。
「おうよ。てめぇみたいな面白れぇやつほかにいないしな。こんな俺だが、付き添わせてもらうぜ。 じゃあ、矢崎って呼びにくいしな。すすむん、ってどうよ」
「え、何そのキャラクター感」
「あ、ダメ? ダメでも呼ぶけどね、すすむん!」
あぁ、幸せだ。こんなにも嬉しかったことがほかにあるだろうか。……ありがとう、君のおかげで、俺の中学校人生は、何とか耐えられるものに変わったよ。
今、大人になって、そのあとのセリフを思い出す。あの中学生の時と全く同じ言葉を、優斗は口にした。
「俺は、友達いじめるやつは許さねぇから」
────あの時は笑顔、今は重い声で。
「だ、だけどよ、元木は不思議に思わねぇわけ? 影山グループの社長の名前と、目の前にいるやつの名前が違うんだぜ?」
「そりゃ、大っぴらには知らされてねぇが、すすむんは、影山家に婿入りしたわけよ。だから苗字は影山で正解」
俺の用意していた正論で返されて、同級生たちはぐうの音も出ない。しかし、まだ食い下がらなかった。
「で……でも、調べたら名前は「明」で、ここにいるのは「進」だよ。おかしくないの?」
「そりゃ芸名みたいなもんよ。ビジネスネームって知ってる? 会社のトップとして統一できてりゃなんでもいいの。それに、過去と現在の経歴には、ちょっと差があるしな。心機一転ぐらいさせてやれねぇの? いや、お前らみたいな、いじめられてるやつらを助けもしねぇやつらにはわかんねぇか」
「そ……それはその……」
ここで、ようやく同級生たちが折れた。寄ってたかって俺を陥れようとしたかつての同級生たちは、今度は力ではなく、言葉の前に沈められたのだ。
「大体、出羽に乗っかってていじめてたやつが、調子乗ってんじゃねぇよ。またあの時みたいに、意識沈めてもいいんだぜ?」
「! いや……その、それだけは……」
「じゃあ、さっさと用事済ませて帰れよ。いいことだろ? かつていじめてた同級生が、社長なんてよぉ」
ハハハハッと乾いた笑い声を響かせる。優斗は、手をボキボキと鳴らして、今にも殴り掛かりそうだった。ダメだ、やめろ……! その狂気さに、俺は思わず、声を出す。
「あっ……あのさ、中学校の頃の同級生に、俺が社長をビジネスネームでやってるって、教えててくれないかな。ほら……その……社長としてここに来ることも増えるだろうし。昔の名前じゃ通じないってか……」
────勇気を振り絞れ、俺。あの時のように、声を出すんだ。
「だって俺、今は影山グループの社長やってるんだ。同級生が社長なんて、自慢っしょ?」
静けさに包まれる。俺の心臓は高鳴る。さぁ、取り繕った俺に、みんなはどんな反応するんだ?
「……確かに、ビンボーだったお前が、どうして社長に? とんだシンデレラストーリーだよな」
「影山家令嬢と結婚できたのって、どうして?」
……おぉ、興味を抱いてくれたか。昔は無視されていた同級生が、今は必死に俺の話を聞こうとしてくれている。
「社長が同級生なんて自慢でしかねぇよな!」
「確かに! これSNSで拡散していい?」
「いいよ、ただし、できる限り俺の本名は秘密でね」
「やったー!」
変な形でSNSに載る羽目になってしまったけど……まぁいいか。昔とみんなの反応は違う。今は確かに、俺を社長としてみている。その目はキラキラと輝いて、あこがれているかのようだ。
────どんな偽物でもいい、取り繕ったものでもいい。それが俺の仮面なのなら、それが誰かに必要とされるなら、喜んでその仮面をかぶり続けよう。
「……あの、結局これって……」
取り残された秋沢さんに、優斗が近づいていく。俺の代わりに、優斗が答えた。
「あぁ、てんちょーさん。ま、ビジネスネームで本名と違うけど、しゃちょーはしゃちょーですわ」
「な……なるほど。信頼できる社長には変わりないということですね! 影山社長、感激しました!」
なんだか、全部丸く収まったみたいだ。よかった、よかったよ。俺はどちらからも、見捨てられなかった。俺はどちらも、引き寄せたんだ。
優斗にアイコンタクトを送る。それに優斗は親指を立てて、答えたのだった。
「やるじゃん、すすむん」
「ありがとう、優斗」
そのあともっともっと、優斗にお礼が言いたかったが、同級生からの写真と質問攻めで、それどころじゃなくなってしまった。
えーっと、こんな人気者になるつもりじゃなかったんだけどなぁ……
「……邪魔が入ったか。全部丸く収めちまってよぉ……あーあ、坊ちゃんに顔向けできねぇや」
店の外、大柄な男性がそう呟いて去っていったことを、優斗以外は、誰も気づいていなかった。
そこへ現れたのは、見慣れた、信頼できる姿だった。思わず目元が潤んでくる。
「……元木?」
「マジかよ、元木じゃん……」
その姿に同級生たちは、怯み、恐れる。それもそのはずだ。優斗は中学生の時、俺をみんなから守ってくれたんだから────
────それは、中学生時代に遡る。2年生の冬のことだった。その日は朝から、出羽に顔に水をかけられた。それを見て同級生たちは笑い、俺をいつものようにつるし上げ、そして誰も助けなかった。
憎悪、その時そんな感情があったかどうかはわからない。あったとしても、俺にそれを認知できる心があったかどうか。だが確かに、不快感だけは覚えている。
「おーい、てめぇら。弱いもんいじめは楽しいかよ」
そこへやってきたのは、まったく知らない少年だった。印象に残っているのはその髪型だ。髪の毛を茶色に染め、ワックスでがっちり髪形を決めてきていた。その少年をよく知らなくても、中学校の中で、悪者として評判だったのは知っている。よくない噂だって立っていた。麻薬密売だの、悪い奴らと屯っているだの。
今思えば、その噂も、その印象も、間違いだったと思える。
「あ? 元木じゃねぇかよ。一匹狼がどうしたんだよ」
一匹狼に噛みついたのは出羽だ。すると、元木は今にも殺しそうな目で、出羽を睨みつける。
「弱いもんいじめてなきゃ、団結できねぇなんて、クソみてぇな友情だな」
「……あ?」
「てめぇらみたいな弱い奴らは全員、俺がシメて殺るよ。正義の鉄槌ってやつよ。悪く思うんじゃねぇ」
そこからは────ほんの一瞬だった。その拳は、たった一発、出羽の腹に入っただけで、出羽の意識を沈めた。繰り出される、蹴り、拳、そのすべては、たった一発入っただけで、いじめっ子たちを沈めていく。
同級生たちは、その正義の鉄槌を恐れた。ほうきを持ち、立ち向かっていった傍観者がいた。少年はほうきを膝でへし折り、そいつのわき腹を蹴って意識を沈める。逃げてきて、俺に必死に謝る傍観者がいた。それさえも、たった一発の拳を後頭部に当てると、沈んでいった。
「はぁ……ホントバカみてぇ。必死に縋り付いたり、抵抗したり。全部てめぇらのやったことじゃねぇかよ。なぁ、矢崎」
そう呟くころには、その周辺にいた同級生は皆、沈んでいた。意識はなく、眠るように。いいや、その静けさはもはや、死んだかのようだ。
嘘みたいだ。嘘みたいに一発で、人の意識ってなくなるもんなんだ。俺は横たわる同級生を見下ろして、ただただ、呆気に取られていた。
「すごい……すごいね、こんなにも意識ってなくなるもんなんだ」
「あ? 感激すんのそこ? こいつらに、恨みもなんもねぇの。ざまぁって思わねぇの?」
「いや……確かに、いじめられているのは嫌だし、それをただ見ている人も嫌いだ」
「じゃあ、なんで恨まねぇのよ」
殺気立った目で睨まれて、恐怖と感激のはざまで震えながら、俺は確かに、こういったのを覚えている。
「だって、その原因は俺なんだから。恨むってことは、俺自身を恨むことでしょ?」
少年は苦虫を噛み潰したような顔をして、鼻で笑った。
「おいおい、そんなこと言うやつ見たことねぇぜ。それはつまり、自分が嫌いですって言ってるようなもんだぞ。いいのか、自分を殺して」
「いいんだよ、もとより、こんな俺は嫌いだ。何もできない、無力な自分なんてさ」
「……その自分を変える気はねぇのか」
「無理だよ。生まれが生まれだ。貧乏なんだし、たぶん俺は、簡単に幸せになれない。誰かと一緒にいないと、幸せじゃないから。幸せは、一人の物じゃないから」
「────そうかよ、なら一つ提案だ。その幸せに、しばらく俺が付き添ってやるよ」
思わず俺は、目を丸くする。少年は、ニヤリと笑って続けた。
「なんでもねぇさ、ただいじめっ子からお前を守るだけだよ。お前にとってみりゃ、被害は減るし、友人はできるし、幸せを共有できるやつができると思うんだが……さぁ、てめぇはどうすんだよ」
「ね……願ってもないことだよ! 友達……になってくれるの?」
友達、今思えば照れくさい響きだが、その時の俺には、勇気を振り絞った一言だった。
────それに少年は笑って答える。どこか憎めない、だが怪しい笑顔で。
「おうよ。てめぇみたいな面白れぇやつほかにいないしな。こんな俺だが、付き添わせてもらうぜ。 じゃあ、矢崎って呼びにくいしな。すすむん、ってどうよ」
「え、何そのキャラクター感」
「あ、ダメ? ダメでも呼ぶけどね、すすむん!」
あぁ、幸せだ。こんなにも嬉しかったことがほかにあるだろうか。……ありがとう、君のおかげで、俺の中学校人生は、何とか耐えられるものに変わったよ。
今、大人になって、そのあとのセリフを思い出す。あの中学生の時と全く同じ言葉を、優斗は口にした。
「俺は、友達いじめるやつは許さねぇから」
────あの時は笑顔、今は重い声で。
「だ、だけどよ、元木は不思議に思わねぇわけ? 影山グループの社長の名前と、目の前にいるやつの名前が違うんだぜ?」
「そりゃ、大っぴらには知らされてねぇが、すすむんは、影山家に婿入りしたわけよ。だから苗字は影山で正解」
俺の用意していた正論で返されて、同級生たちはぐうの音も出ない。しかし、まだ食い下がらなかった。
「で……でも、調べたら名前は「明」で、ここにいるのは「進」だよ。おかしくないの?」
「そりゃ芸名みたいなもんよ。ビジネスネームって知ってる? 会社のトップとして統一できてりゃなんでもいいの。それに、過去と現在の経歴には、ちょっと差があるしな。心機一転ぐらいさせてやれねぇの? いや、お前らみたいな、いじめられてるやつらを助けもしねぇやつらにはわかんねぇか」
「そ……それはその……」
ここで、ようやく同級生たちが折れた。寄ってたかって俺を陥れようとしたかつての同級生たちは、今度は力ではなく、言葉の前に沈められたのだ。
「大体、出羽に乗っかってていじめてたやつが、調子乗ってんじゃねぇよ。またあの時みたいに、意識沈めてもいいんだぜ?」
「! いや……その、それだけは……」
「じゃあ、さっさと用事済ませて帰れよ。いいことだろ? かつていじめてた同級生が、社長なんてよぉ」
ハハハハッと乾いた笑い声を響かせる。優斗は、手をボキボキと鳴らして、今にも殴り掛かりそうだった。ダメだ、やめろ……! その狂気さに、俺は思わず、声を出す。
「あっ……あのさ、中学校の頃の同級生に、俺が社長をビジネスネームでやってるって、教えててくれないかな。ほら……その……社長としてここに来ることも増えるだろうし。昔の名前じゃ通じないってか……」
────勇気を振り絞れ、俺。あの時のように、声を出すんだ。
「だって俺、今は影山グループの社長やってるんだ。同級生が社長なんて、自慢っしょ?」
静けさに包まれる。俺の心臓は高鳴る。さぁ、取り繕った俺に、みんなはどんな反応するんだ?
「……確かに、ビンボーだったお前が、どうして社長に? とんだシンデレラストーリーだよな」
「影山家令嬢と結婚できたのって、どうして?」
……おぉ、興味を抱いてくれたか。昔は無視されていた同級生が、今は必死に俺の話を聞こうとしてくれている。
「社長が同級生なんて自慢でしかねぇよな!」
「確かに! これSNSで拡散していい?」
「いいよ、ただし、できる限り俺の本名は秘密でね」
「やったー!」
変な形でSNSに載る羽目になってしまったけど……まぁいいか。昔とみんなの反応は違う。今は確かに、俺を社長としてみている。その目はキラキラと輝いて、あこがれているかのようだ。
────どんな偽物でもいい、取り繕ったものでもいい。それが俺の仮面なのなら、それが誰かに必要とされるなら、喜んでその仮面をかぶり続けよう。
「……あの、結局これって……」
取り残された秋沢さんに、優斗が近づいていく。俺の代わりに、優斗が答えた。
「あぁ、てんちょーさん。ま、ビジネスネームで本名と違うけど、しゃちょーはしゃちょーですわ」
「な……なるほど。信頼できる社長には変わりないということですね! 影山社長、感激しました!」
なんだか、全部丸く収まったみたいだ。よかった、よかったよ。俺はどちらからも、見捨てられなかった。俺はどちらも、引き寄せたんだ。
優斗にアイコンタクトを送る。それに優斗は親指を立てて、答えたのだった。
「やるじゃん、すすむん」
「ありがとう、優斗」
そのあともっともっと、優斗にお礼が言いたかったが、同級生からの写真と質問攻めで、それどころじゃなくなってしまった。
えーっと、こんな人気者になるつもりじゃなかったんだけどなぁ……
「……邪魔が入ったか。全部丸く収めちまってよぉ……あーあ、坊ちゃんに顔向けできねぇや」
店の外、大柄な男性がそう呟いて去っていったことを、優斗以外は、誰も気づいていなかった。
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