ある日、5億を渡された。
どっちつかずと選択肢2
────そして、会議は約1時間という速さで終了した。なんといっても……
「社長がおっしゃるなら、ぜひそうしましょう!」
……と社員全員が俺の意見に賛同してしまったからだ。待ってくれよ、俺は経営のド素人なんだよ……
とはいっても、社長としてふるまっている以上、適当なことをしゃべっていたわけではない。俺が話したのは、いわゆる「どこまでこの周辺の人々を引き付けることができるか」だ。
「じゃあ、意見にもまとまったように、早速「SNS割」を実行しよう!」
「はい、社長!」
俺の呼びかけに、社員一同が答える。その中でも特に、熱気を帯び、興奮していたのはあの秋沢さんだ。
「この周辺は、小中高校、少し離れれば大学もある学園都市ですから、SNS割に着目したのは素晴らしいですね、社長! 僕たちには到底思いつかないです!」
「いえいえ、秋沢さん。SNS割は、最近多くの店が取り入れ始めているところです。我々も取り入れようと、実践してみたんですよ」
といった話は、会議すら参加したことがないため知らないんだが……出まかせを本当にするという意味で、明にも後で相談しておこう。勝手にやっちゃってごめんなさい、社長……
ちなみに、SNS割の概要を上げてみると、こんな感じ。店内の写真や、買ったものなどを写真にとって、SNSで送信。それを店員に見せることで、店内商品どれでも10%オフ! なお、一人につき一回まで。そして、公式アカウントフォローで、5%オフクーポンをプレゼント! 10%オフクーポンと併用できるシステム!
……なお、この割引の際に生じる「発生しなかった利益」は、俺の5億から負担。しばらく、この影山モータース直営店の経営は安泰……となるはず。
「あ、あと社長。先ほどの会議で社長の言っていた旗、外に出しておきますね!」
「そうですね、まずはそこからでもいいと思います。では、また1週間後、様子を見に来ますので」
「えぇ、またお越しください、社長!」」
こうして「俺のとある作戦」を店長の秋沢さんに伝えたところで、本日の俺の仕事は終了。社員に見送られながら冬馬さんの車に乗り、俺たちはその場を去った。社員は皆、俺たちの車が見えなくなるまで、ずっと頭を下げ続けていた。
そして、一方の俺は、影山モータースが見えなくなったところで、ようやく大きく、一息ついた。冬馬さんも、ふぅ、と息を吐く。
「ぐっはぁ! めちゃくちゃ緊張したぁ!」
「……お疲れ様です、進様。社長経験がなかったとは思えないほどの仕事ぶりでした。本当は、人を束ねる仕事は向いているのでは?」
「アルバイトの中でも、リーダーを務めることは結構多かったんですけど……企画担当までやったことはなかったので、正直、自分でも知らなかった才能に驚いています」
「ですが、さすが明様が見抜いたお方ですね。やはり多くのアルバイトで培った「スキル」というものが生きています」
スキル……そういえばちょっと前まで、様々なスキルに自信を持ってたんだっけか。あの時は、自分の見てる世界なんて狭すぎて、自分のスキルが何に使えるのか、正直わかっていなかった。ただ働くためだけに、それはあるんだ、って。
────それが、例えば経営に使えるとか、集客に使えるとか、社員のモチベーションに繋がるとか、そんなこと考えたこともなかった。それが、他人さえも動かすものだって、実感してなかったんだ。
「……俺、案外できるんですかね、社長」
「自己評価よりも、ではないですか?」
冬馬さんの言う通りだ。自己評価よりも、よくできているのかもしれない。そんなところまで、明はわかっていたんだろうか。
────そんな時、スマホが鳴る。電話だ、明からだ。
「もっしもーし! 進くん、調子はどうかな?」
「あぁ、明。うまくいったよ、何とかね」
「そっかー、進くんならできるって思ってたよ! 会議やったんだってね!」
「へっ!? なんでそれを!?」
情報が筒抜けで、俺は驚きを隠せない。思わず大きな声で叫んでしまった。
「あっははー、そんなに驚かないでよ。会議中、ずっと冬馬はそばにいたでしょ? その時に録音してもらってたんだ。1時間ほどの会議なら、2倍速で聞いてしまえば、すぐ内容は理解できるよ」
「スピードリスニング……!?」
「速聴ともいうよ、脳が活性化されるんだ。進くんもやってごらんよ」
天才の領域────! なんだか……未知なる脳みその開拓が始まりそうだ。
「あ、そうそう、話変わるんだけどさ」
あ、早速変わるのね。答え待ってくれないのね。
「────出羽くんには会った?」
その質問に、俺は誰と目を合わせるわけでもないのに、視線を落とす。
「……いいや、1週間後に、またここに様子を見に来るから、きっとその時には顔を合わせるかな」
「そっか……今でも辛い? 逃げるなら今のうちだよ」
耳元に甘いささやき。その声を俺は、いつも愛しいと思う。そして、その甘さに浸ってしまいたいとさえ思う。それでも、俺は意地を張る。どこまでも、ひねくれる。
「いいや、どのみち逃げ場はない。ここまで足を踏み入れたんだ。後はもう進むしかないよ」
「……やっぱり、強いんだね、進くんは」
その言葉に、どっちつかずの俺は答える。
「違うよ。俺は、引き際を知らない、進み続けたら止まらない、バカなんだよ」
甘えてもいいときに、自分に厳しく。逃げてはいけないところで、逃げる。そんな人生だった俺が、ようやく踏み出した新しい一歩。逃げ続け、自分をだまし続け、誰でもない俺が、選択肢を選ぶなら。
────それはきっと、誰かという仮面をかぶり続けること。
「進くん、今日は君の、素晴らしい一歩を踏み出した日だ。ぜひとも僕の家で、祝福させてほしい」
「え、そ、そんなことしなくても……」
「何が食べたい、進くん」
強制的に迫られる選択肢。俺はたじたじ。どうやら、これから逃げることはできなさそうだ。
「じゃ、じゃあ……ピザで」
「オッケー! ピザ出前一丁!」
……こうして、社長代行一日目は、平穏に幕を下ろしたのだった。
「社長がおっしゃるなら、ぜひそうしましょう!」
……と社員全員が俺の意見に賛同してしまったからだ。待ってくれよ、俺は経営のド素人なんだよ……
とはいっても、社長としてふるまっている以上、適当なことをしゃべっていたわけではない。俺が話したのは、いわゆる「どこまでこの周辺の人々を引き付けることができるか」だ。
「じゃあ、意見にもまとまったように、早速「SNS割」を実行しよう!」
「はい、社長!」
俺の呼びかけに、社員一同が答える。その中でも特に、熱気を帯び、興奮していたのはあの秋沢さんだ。
「この周辺は、小中高校、少し離れれば大学もある学園都市ですから、SNS割に着目したのは素晴らしいですね、社長! 僕たちには到底思いつかないです!」
「いえいえ、秋沢さん。SNS割は、最近多くの店が取り入れ始めているところです。我々も取り入れようと、実践してみたんですよ」
といった話は、会議すら参加したことがないため知らないんだが……出まかせを本当にするという意味で、明にも後で相談しておこう。勝手にやっちゃってごめんなさい、社長……
ちなみに、SNS割の概要を上げてみると、こんな感じ。店内の写真や、買ったものなどを写真にとって、SNSで送信。それを店員に見せることで、店内商品どれでも10%オフ! なお、一人につき一回まで。そして、公式アカウントフォローで、5%オフクーポンをプレゼント! 10%オフクーポンと併用できるシステム!
……なお、この割引の際に生じる「発生しなかった利益」は、俺の5億から負担。しばらく、この影山モータース直営店の経営は安泰……となるはず。
「あ、あと社長。先ほどの会議で社長の言っていた旗、外に出しておきますね!」
「そうですね、まずはそこからでもいいと思います。では、また1週間後、様子を見に来ますので」
「えぇ、またお越しください、社長!」」
こうして「俺のとある作戦」を店長の秋沢さんに伝えたところで、本日の俺の仕事は終了。社員に見送られながら冬馬さんの車に乗り、俺たちはその場を去った。社員は皆、俺たちの車が見えなくなるまで、ずっと頭を下げ続けていた。
そして、一方の俺は、影山モータースが見えなくなったところで、ようやく大きく、一息ついた。冬馬さんも、ふぅ、と息を吐く。
「ぐっはぁ! めちゃくちゃ緊張したぁ!」
「……お疲れ様です、進様。社長経験がなかったとは思えないほどの仕事ぶりでした。本当は、人を束ねる仕事は向いているのでは?」
「アルバイトの中でも、リーダーを務めることは結構多かったんですけど……企画担当までやったことはなかったので、正直、自分でも知らなかった才能に驚いています」
「ですが、さすが明様が見抜いたお方ですね。やはり多くのアルバイトで培った「スキル」というものが生きています」
スキル……そういえばちょっと前まで、様々なスキルに自信を持ってたんだっけか。あの時は、自分の見てる世界なんて狭すぎて、自分のスキルが何に使えるのか、正直わかっていなかった。ただ働くためだけに、それはあるんだ、って。
────それが、例えば経営に使えるとか、集客に使えるとか、社員のモチベーションに繋がるとか、そんなこと考えたこともなかった。それが、他人さえも動かすものだって、実感してなかったんだ。
「……俺、案外できるんですかね、社長」
「自己評価よりも、ではないですか?」
冬馬さんの言う通りだ。自己評価よりも、よくできているのかもしれない。そんなところまで、明はわかっていたんだろうか。
────そんな時、スマホが鳴る。電話だ、明からだ。
「もっしもーし! 進くん、調子はどうかな?」
「あぁ、明。うまくいったよ、何とかね」
「そっかー、進くんならできるって思ってたよ! 会議やったんだってね!」
「へっ!? なんでそれを!?」
情報が筒抜けで、俺は驚きを隠せない。思わず大きな声で叫んでしまった。
「あっははー、そんなに驚かないでよ。会議中、ずっと冬馬はそばにいたでしょ? その時に録音してもらってたんだ。1時間ほどの会議なら、2倍速で聞いてしまえば、すぐ内容は理解できるよ」
「スピードリスニング……!?」
「速聴ともいうよ、脳が活性化されるんだ。進くんもやってごらんよ」
天才の領域────! なんだか……未知なる脳みその開拓が始まりそうだ。
「あ、そうそう、話変わるんだけどさ」
あ、早速変わるのね。答え待ってくれないのね。
「────出羽くんには会った?」
その質問に、俺は誰と目を合わせるわけでもないのに、視線を落とす。
「……いいや、1週間後に、またここに様子を見に来るから、きっとその時には顔を合わせるかな」
「そっか……今でも辛い? 逃げるなら今のうちだよ」
耳元に甘いささやき。その声を俺は、いつも愛しいと思う。そして、その甘さに浸ってしまいたいとさえ思う。それでも、俺は意地を張る。どこまでも、ひねくれる。
「いいや、どのみち逃げ場はない。ここまで足を踏み入れたんだ。後はもう進むしかないよ」
「……やっぱり、強いんだね、進くんは」
その言葉に、どっちつかずの俺は答える。
「違うよ。俺は、引き際を知らない、進み続けたら止まらない、バカなんだよ」
甘えてもいいときに、自分に厳しく。逃げてはいけないところで、逃げる。そんな人生だった俺が、ようやく踏み出した新しい一歩。逃げ続け、自分をだまし続け、誰でもない俺が、選択肢を選ぶなら。
────それはきっと、誰かという仮面をかぶり続けること。
「進くん、今日は君の、素晴らしい一歩を踏み出した日だ。ぜひとも僕の家で、祝福させてほしい」
「え、そ、そんなことしなくても……」
「何が食べたい、進くん」
強制的に迫られる選択肢。俺はたじたじ。どうやら、これから逃げることはできなさそうだ。
「じゃ、じゃあ……ピザで」
「オッケー! ピザ出前一丁!」
……こうして、社長代行一日目は、平穏に幕を下ろしたのだった。
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