ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

どっちつかずと選択肢

────ある日、ある時、ある場所で。青年と少女は出会う。空は灰色、今にでも泣き出しそうなその空を見上げ、少女はつぶやく────


「あー、雨かなー」


 何気なく、平凡なことを。それに青年もまた答える。


「そうっすねー。いや、天気予報じゃ、雨は降らないって言ってましたけどね」


 平凡な答え、平凡な会話。しかしこの二人の間には、例えようもない緊張感が走っていた。先にその緊張を断ち切ったのは、青年だった。


「出羽のところに、すすむんを行かせたそうじゃないっすか、しゃちょー」


 社長、と言ってはいても、その青年の態度は舐めていた。ポケットに手を突っ込み、小さな棒付きキャンデーを舐めながら、行儀悪く、自動販売機横の柵に寄り掛かる。


「うん、そうだよ、何か悪いかな。僕の代わりとしての、最初の仕事だよ」
「いいや「知っててやってんの」それ。すすむんの過去を、知っててやってるわけ? だとしたら、とんでもねぇトラウマメーカーだってんの」


 青年は少しイラだっていた。いいや、少しどころじゃない、うまくいかないこの現実に、舐め始めたキャンデーをガリガリと噛み砕く。


「あぁ、知っているとも。どういう反応をするかが見たかったんだ。進くんが「どちらに似ているか」ね。そのトラウマにどう反応するかで、どちらに似ているか決まる。誰の物かが決まる。君だって、それが知りたいとは思わないかい? 中学生から進くんの……」


 その言葉に真っ先に反応し、青年は思わず手を出す。胸元をつかみ、ぐっと少女を引き寄せ、いつもの彼とは思えない形相で睨みつける。


「────てめぇ、社長じゃなかったら今にでも殺してるぜ」
「やっぱり、君はそうなんだね。どこまでも、進くんの味方だ。進む道が、どんな道でも、彼に手を伸ばす。君が進くんの友達でよかったよ」


 今にも手を上げられてもおかしくないのに、少女は冷静に笑みを保つ。どんな殺気さえも、彼女には届かない。まるですべてを飲み込み、消し去るかのようだ。


「しかし、闇深いね、君も。歪んだ手段でしか、進くんを助けられないんだ」


 すると青年は、興味を失ったかのように、胸元の手を離した。その目は、どこか色がない。空っぽの目だった。


「あんたもでしょ、しゃちょー。腹割ってすすむんに話せねぇ時点で、俺たちは同類だ」


 今にも泣き出しそうな空は、ぽつり、と涙を流した。一つが流れれば、次から次へと、溢れていく。次第にそれは大雨となり、二人の体を濡らしていく。


「……やれやれ、通り雨はこっちに来たか。進くんじゃなくてよかったよ」


 少女はポシェットに刺さっていた折り畳み傘を開いて、その場を立ち去る。青年のほうは見ないまま、たった一言つぶやいた。


「君はどうするの、優斗くん」


 青年は、少女のほうを見ずに、淡々と答えた。


「決まってんだろ、すべてはあいつのためだ」
「そうか、大事おおごとにはしないでね。僕は黙っておくからさ」


 少女は、雨を楽しむように立ち去っていく。自販機の横には、ずぶ濡れの青年が残った。


「……あーあ、俺ってホント、どっちつかずだよなぁ」


 ため息をつき、うなだれる青年。────その瞬間、右耳のピアスが小さく揺れた。






……一方その頃、車は、水谷市にある、影山モータース前についていた。近くの専用駐車場に車を止め、俺は車を降りる。空は晴れとはいえず、曇りとも言えず、灰色の雲がちぎれぎちぎれに浮いていた。


「うーん、このあたり、ずいぶん変わったんだなぁ……」


 トラウマで立ち寄らなかったこの地域は、ずいぶんと変わった様子だった。昔は田舎町といった感じなのに、大きめの道路が整備されただけでなく、コンビニまである。田舎から若干脱却したような、どっちつかずの町になっていた。
 そこに、最新ともいえる建物、影山モータースができている。店の外見はピカピカで、このためだけに、新しく建物を建てたようだ。外にあるバイク類も、磨かれた新品ばかりだ。


「進様は、私についてきてください。大体の質問には、私が答えるのでご安心を」
「はっ……はい!」


 冬馬さんについていきながら、店内に入る。店内もずいぶんきれいだが……なんだか寒いな。なんでだ?


「あぁ、冬馬さんですね、社長秘書の! いつもお世話になっております!」


 早速、俺たちに気づいて、店員が元気よく飛び出してきた。どうやら冬馬さんのことは知っているようだ。


「こちらこそ、いつもお世話になっております」
「冬馬さん、その奥にいらっしゃる若い方が、影山グループの社長さん……ですか?」


 あぅ! 気づくの早いよ! 俺のことなんてどうでもいいから、冬馬さんともっとゆっくり話していてくれよ!
 今現在、俺は緊張で心臓が飛び出しそうな状況だ。だってここにいる店員さんの目には、俺が社長に映るわけだろ? 見えない見えない! こんなビンボー青年が、社長になんて見えないです!


「はい、こちらが影山グループ社長、影山明かげやまあきらになります」
「あぁ、やっぱりあきらさんって読むんですか! 女性だったらどうしようかと思ってましたよ! 結構若いって聞きますしね!」


 なんとまぁ……よくしゃべる店員さんだ……でもまぁ確かに、女性で若いのは、あまりいい印象を与えてないのか。


「いつもお世話になっております、社長! ようやくお会いできて、光栄ですよ!」
「初めまして、お名前は……」


 えぇい、ここはやっつけだが、会話に参加するしかない。社長っぽく見えなくても、若さゆえの過ち、赦してください!


「あぁ、僕は、秋沢勉あきざわつとむと申します。ここの店長をやっているものです」
「秋沢さんですね、ぜひともよろしくお願いします。早速ですが、現在の店舗の状況をお聞きしてもいいですか?」


 あー、口が滑る! 言いたくないのに口が回る! これがサービス業をやり続けた男の末路だ!
 まず、この状況において、どうして口が回るのかと言うならば、俺の癖のようなものだ。例えば、バイトをやるうえで、その店舗の売れ行きによっては、給料が変わってくることがある。ここに着目していた俺は、売り上げのよさそうなコンビニでよく務めていたことが多い。


「……店舗状況ですか? どうして急に?」
「立地はすごくいいです。ならば売り上げを上げるためには、競争相手に勝つことが必要です。なので、そのデータを教えていただけますか?」


 例を挙げるなら、大きな道路際に立っているコンビニと、駅から5分ほど離れたコンビニでは、どちらのほうが時給が高いか。これは、大きな道路際に立っているコンビニのほうが時給が高い。
 なぜなら、そのほうが「需要」が高いからだ。これは、現在の店舗の立地条件に当たる。ここはクリアだ。問題は競争相手についてだ。


「競争相手と言いますと……やはりここに地元からある、出羽のバイクさんでしょうか。根付いているので、この周辺のお客さんをこっちに持ってこれるかは……微妙なところですね」


 秋沢さんは、売上表、集客表などのデータを見せながら、早速、俺と話を進める。


「売り上げは今のところどうでしょう」
「えぇ……まだこちらはできて2か月ですが、まだ売れてないですね。この辺じゃ、知名度が低いんですかね」
「その可能性があります。まずは、知名度を上げることを優先しましょう。まだオープン2か月なら間に合います。オープンキャンペーンなどはしましたか?」


 俺は口に手を当て、考える。何か、この店の知名度を上げる方法はないだろうか。そして、秋沢さんもうんうん唸りながら、頭をひねる。


「いいえ、チラシを配った以外は、何も……」
「では、まずはそこから企画しましょう……今すぐにでも従業員の方々を集められますか?」


 すると、秋沢さんの顔が明るくなった。その目はまさに、救世主を見たかのような目……あれ、俺、行動しないつもりだったのに、行動してる!?


「まさか! 社長直伝の会議ですか!? ありがたいです! 本当に感謝します!」
「あ、あぁ、早速、会議です。売り上げを伸ばすために、俺はここに来ましたからね!」


 えぇい! ここまで来たら、全力投球だ! かかってこい、俺は超甲子園級のピッチャーだっ! 気持ちは切り替えるしかない。今の俺は社長なんだと言い聞かせる。カリスマ坊ちゃまになりきる。いいや、むしろ、俺のスキルが生きる場所って考えるんだ。俺の今まで働いてきたスキルが活用できるなら、いくらだってやってやるさ。
────きっと、俺はどこか、この状況を楽しんでいる。自分が何かを変えられるかもしれない、その状況を。


「進様……さっきの緊張感はどこへ……充分社長をやってらっしゃるじゃないですか」


 冬馬さんの声は聞こえていた。俺も自分自身のその心の変わりように、なぜか笑ってしまうのだ。今までにない経験が、待っている気がして。



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