ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

バイクと過去のトラウマ2

────冬馬さんの運転する車に乗って、水谷市へと向かう。不安でしかない。いじめてきた相手にもし出会ったら、俺はどんな顔をすればいい。そもそも、どうやったら社長らしく振舞えるんだ?
 窓から見る景色は、ビルと灰色の雲。まさに無機質な世界。俺はここから、トラウマたっぷりの地へと旅立つ。色のない世界から、真っ暗な世界へ。
 それにしても、乗っているこの車は、まさに高級な車といった感じで、社長専用車両だった。座り心地もいい。この前、俺を乗せた車よりも、高そうで、ふかふかしてる。


「椅子の上で跳ねてらっしゃいますが、それほど乗り心地が気になりますか?
「へっ!? いやぁ、その……のっ……乗ったことがないもんで……」
「そう……でしたか」


 冬馬さんの返事もちょっと濁っていた。これはドン引きされたに違いない。そもそも23歳の大人の男が、乗り心地に興奮してピヨピヨしてるほうがおかしい。俺が間違ってた。


「水谷市は初めてではないですよね」
「え、あぁ、そうですね。中学校が水谷市だったんで」


 冬馬さんに水谷市の中学校に行ったこと、話した覚えがないんだけどな。明にも言ったことないし……まぁ、ある日俺の目の前に、突然、明が現れるくらいだ。その辺はリサーチ済みなのかもな……


「どこまで知ってるんです、俺のこと」


 ふいに気になって、声に出してしまった。俺の目の前にある日突然現れたのには、きっと理由があるはずだ。そもそも見ず知らずに近い青年を、こうやって拾い上げること自体が、まったくもってありえない事実。シンデレラストーリーにもほどがある。
────すると冬馬さんは、ニヤリと口角を上げて答えたのだ。


「そうですね……なんでも……と言いましょうか」


 ゾクッと、寒気がした。心臓は、バクバクと音を立てる。その時俺は思ってしまったのだ、まさか「失った記憶さえも」知ってるんじゃないかって。それほどその笑みは、その声は「自信」の表れだった。


「まさか……俺の過去も?」


 冬馬さんは、ふふっと笑い、柔らかな笑みをバックミラー越しに見せる。


「さすがに、記憶は無理がありますよ、進様」
「なっ……!」


 びっくりしたぁ……まさかそこまで知ってるんだったら、俺の過去は何なのか不安になるところだったよ。俺の過去が、社長とつながりあるなんてわかったら、俺はシンデレラどころじゃない、みにくいアヒルの子だ。


「何か、壮大な勘違いでも? どこか緊張して上の空のようだったので、少しだけいたずらを。申し訳ございません」
「いえ……上の空に見えても、無理はないかなって」
「何かございましたか?」


────もし、本当に冬馬さんが全部知っているんなら、夢みたいな話だけど、俺の悩みを打ち明けてもいいんじゃないだろうか。


「俺、いじめられてたんです。中学校の頃。その……今から向かう、出羽のバイクで働いてるはずの、出羽拓馬ってやつに」
「そうでしたか。肉体的に、でしょうか。それとも精神的に、でしょうか」
「そういわれれば……手を上げられたことはなかったな。ただ言葉で一方的にいじめられて……」
「それは、生まれの件でですか?」


 そうだ、俺がいじめられていたのはほかでもない、家が貧乏だったからだ。そして、どこで知ったか、昔の記憶喪失まで掘り起こされて、中学校時代はめちゃくちゃだった。


「はい、貧乏だから近寄るなとか、貧乏が移るとか、学校内での窃盗は、全部俺のせいにされて……」
「それは……悲惨でしたね」
「えぇ……だからこそ、出羽には会いたくないんです。そもそも、あの町にもう、行きたくない。同級生が俺を見て、また何か言うんじゃないかって」


 頑張れば、きっと昔みたいに、耐えることができると思う。またしばらく、我慢して、感情なんてわけのわからないものは押し殺して、耐えればいい。昔ほど、メンタルは豆腐じゃない。むしろこんにゃくレベルには鍛えられたはずだ。


────あぁ、またきっと、俺は唇の端を噛みしめている。


「それほど、過去が辛いのですね。よく耐えました、進様」
「……ありがとうございます、冬馬さん。でも、また耐えるんで、大丈夫です」
「それは────」


 その次の冬馬さんの言葉は、ぐさりと胸に突き刺さった。


「それは、自分殺しなのでは?」
「えっ……」


 あぁ、俺はまた、何度も、自分を殺すんだ。殺すことでしか、俺は成り立たないんだ。
……だが、さらにその次の言葉で、俺の暗い心に、光が射した。


「もう自分を殺す必要なんてないじゃないですか。あなたは今「社長」なのです」
「で、でもそれは仮で……」
「ならばどこまでも偽りましょう。あなたは影山グループの婿養子、影山明かげやまあきらです」
「えっ、それって……」


 明の夫ってことでは────!?


「こうすれば、あなたの経歴はさておき、進様は同級生の前では、貧乏脱却、シンデレラボーイ、影山グループの社長です。そして、社員の前では、普通の影山グループの社長として立てばいいのです」


 おぉん? 難しいことになってきたぞ? つまりは俺に────


「もはや経歴すら操れと」
「それしか過去を払拭する方法はないかと」


 バックミラー越しに、冬馬さんは静かにほほ笑む。


「同級生が社長なんて、これとない自慢だと思いますよ」


────外を見ると、雲の間から、明るい太陽の光が射しこんでいた。俺の心も、まさにそうだ。なんだか、いける気がしてきた。本当にその通りになれば、きっと俺は、過去を乗り越えられる。


「ありがとうございます。冬馬さん、なんだか頑張れそうです」


 冬馬さんは、冷静に前を見て「当然のことをしたまでです」と言った。その声は、どこか明るい。


────本当に明は、俺の人生を変えてくれる存在なのかもしれない。俺の人生は、本当に変わるのかもしれない。

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