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ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

上下と観る目2

……真希は街中の高級店を歩き回る。宝石を買い、ブランドバッグを買い、テレビで取り上げられたスイーツ店で、ファミレスとは比べ物にならないパフェを食べる。
 100万、それは彼女にとってみれば「一夜で使い切る」もの。だって彼女の欲望には、まだお金が足りないのだから。


「……諭吉が飛んでいく……明さんのお金……」


 思わず涙が出そうになる……いかんいかん、今は飛んでいく金は仕方ない。後で働いて、明さんに返すんだと割り切るしかない。
 次に真希はジュエリー店に入り、指輪を一つ買った。俺は店の柱の陰に隠れ、観察していたが、店から出た真希は、満足げな笑みを浮かべている。


「幸せ……なのかな」


 心がズキンと痛む。俺は幸せなんて、届けられなかったんだ。思わず、彼女から目を逸らして、しゃがんでしまった。


「あら、お兄ちゃんってば。ずっと私を追いかけてたのね。心配してくれたの?」


 その声は、もう甘く優しい声じゃない。上から見下すかのような、高圧的な声。見上げればそこにいたのは、偉そうな女王様のように顔つきが変わってしまった真希だった。


「ちょうどよかったわ。荷物持ちが欲しかったの。それにお金も底を尽きたしね、もっと頂戴」
「賠償金は100万じゃ足りないってか……?」
「当たり前じゃない、私の今までの人生分返してもらうわよ。ほら、5億で足りるわけがないでしょ?」


 嘲るような笑み、思わずゾクッと身震いをする。
……怖い、どうなってしまうのか、わからなくて怖い。このままお金を渡し続ければ、俺はいいように使われる財布のような存在だ。だからと言ってお金を渡さなければ、暴力を振られ、ひどければ殺される。
 どちらを選ぶ……どちらも最悪な未来だ。考えるんだ、この二つじゃない考えを!


「私が、お金が足りないって言ってるの! あんたは5億持っている、そして私の操り人形。なら自然と、そのお金を私に渡すもんでしょ?」


 その時、明の今日の言葉が頭をよぎる。


「焦らないで、妹さんの反応を見て、大金に対する普通の人の反応を学んできてよ」


 真希の反応……それは今までこらえてきたものを補うようにお金を使っているってことだ。そして、欲望はこらえていたほど尽きることはなく、次から次へとほしいものが浮かぶ。
 そうだ、街の人だってそうだった。それなりにお金をかけて、それ相応の恰好をして、そのためにはその分、またそれ以上のお金が必要だ。


「……何よ。唇の端を噛んで黙っちゃってさ。いつもみたいに、考えてる癖よね」


……生きていくうえで、人間とお金は切っても切れない関係にある。「大金を好きなようにつかってもいい」というならば、一夜にしてそれを「欲望」のままに使い果たす。それが、人間には生まれながらに備わっている。欲望を叶えるためにお金を使うという、遺伝子に刻まれた決まりが……


「……真希、お金が無限にあるならば、何に使いたい」
「変な質問ね。欲望なんて生きる限り尽きないんだから、お金をずっと使い続けるにきまってるじゃない」


……それが一般的な考えなら、俺はやっぱり……


「その考えに、俺は乗れない」
「……は?」


 ゆっくりと立ち上がり、落ち着いて真希を見つめる。真希は少しだけ驚き、顔を歪ませた。


「なんなのよ、そのマジって感じの目。今まで生きてて、死んだような目しかしてなかったのに……」


 そして、俺の練りあがった考えを、言葉にする。もう俺は迷わない。


「俺は真希に不自由させないお金を毎日送る。だけどそれは、50万が限界だ」
「……何それ、あんたが勝手に決めていいことじゃ……」
「例え俺が真希の操り人形でも、このお金は明に渡された「俺の」金だ。主導権は俺、または明にある」


 ぐっ、と声をこらえ、真希は歯を食いしばる。俺はさらに続けた。


「だから、もうこれっきりにしよう」
「……え?」
「学校にはタクシーで行けばいい。食事はどこかで食べればいい。母さんの看病は変わらず俺がする。だから俺が今までやってきた「真希の世話」は、これから自分でやるんだ」
「……何よそれ、自分だけ逃げる気!?」
「お金は渡してる。俺の代わりは、金で解決する。一日好きなことをするのだって、充分なお金はあるはずだ。今日、服もバッグも買っただろ?」


 今日で気づいた。俺の代わりは、金が全部解決する。彼女の足が悪いのだって、お金で運転手を雇うようにタクシーを呼べばいい。学校でなら、誰かを金を使って行かせればいい。
────彼女に必要なのは、日常の世話をする誰かだ。でもそれは、お金で解決する。


「真希は俺を恨むからこそ、俺を召使いのようにしたいのだろう。けど、真希に必要なのは、金と世話で、俺じゃない。それはすべて、明日から渡し続ける50万で解決だ」
「あんたはそうやって、自分の罪から逃げる気? 人殺しの罪から!」


 俺はそれでも、真っすぐ真希を見つめる。もう恐れてはいけない。相手は妹なのだから。


「罪があったとしても、覚えてない人間に言っても、償いようがない」
「じ……じゃあ、50万じゃ足りないわ。今までの私のためにも、100万はくれないと……」
「真希、明日から自分の世話は、自分でするんだ。渡されたお金で、自己管理するんだ。それが50万という「大金」を持つ「責任」だ」


 冷静に言い放つと、俺はその場を離れた。真希の瞳ももう見ることはない。後ろで、真希が俺を呼び続ける。待って、行かないでと。振り返ることなく、冷たい空を見上げる。誰に言うわけでもなく、ため息のようにつぶやいた。


「これが、俺に依存してたってことだろ。やってやったぞ、優斗」


 大金の責任はそれぞれが持たなきゃいけない。そのためになら、半ば縁を着ることも仕方ない。
罪悪感はある。だが────これでよかったんだ。そう言い聞かせるしかない。俺にはやっぱり、本来あるべき人間を見つめることなんて、できないんだ。


……誰もいない家に帰る。母さんの服などを含めた荷物をトランクケースに入れて、スマホとその充電器を持って、俺は長年住み続けた家を出た。しばらくはネットカフェから母さんの病院に通って、看病を続けよう。家が見つかれば、そっちに移動だ。
 机の上には、50万の札束を一つ置いた。これから先は、ドアについた家の内側に入るポストに投げ込もう。


「さよなら、真希」


 俺はこれ以上、真希をれない────。

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