ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

上下と観る目

────ある時、ある場所で、ある人が。それは、奇妙な上下関係の話。


「進くんはどうだったかな、優斗くん……でいい?」


 寒い曇天の空の元、自販機に照らされた二人の男女。少女はお金を自販機に入れ、青年のほうを向く。


「何がいいかな、飲み物」
「あー、若干寒いんで、コンポタとかあります?」
「あるよ、コンポタ美味しいよねぇ」


 ガコン、と音を立てて、缶入りのコーンポタージュが落ちる。少女の冷たい手を温めることなく、その温かい缶は青年の手に渡った。


「平民の味がわかるんですかい、しゃちょー」
「うん、誰だって最初は平民だからね」


 青年は缶を開け、口をつけるが、熱くてすぐに口元から離した。


「どーだか。影山グループはグループ会社になる前から大企業だ。先代が親なら、充分いい生活できただろう」
「さーて、どうだろうね。親と仲が悪かったり、親から愛されなかったら、そんなにいい暮らしじゃないよ」


 もう一度青年は、口元に缶を近づける。そして、ニヤリと笑った。


「おっ、不仲説? いいねぇ、人の不幸は蜜の味っていうじゃん?」
「浅はかだなぁ。お父さんは、僕の才能を見極めて、僕が成人になると同時に社長の座を渡した。信頼以上の何があるっていうんだい?」
「へぇーそりゃどうもすんません」


 青年は飲み物を口にすると同時に「あっぢぃ!!」と叫んだ。その様子を見て、少女はクスクス笑う。


「ぐっぉお! こいつはヤケドものだぜぇ……」
「あはは、天罰だよー、優斗くん!」


 だが、少女はすぐに冷静な顔に切り替わる。微笑を讃え、しゃがみ込む青年にぐっと近づいた。


「はぐらかさないでよ。進くんはどうだったの?」


 甘い声、しかしそれはどこか怒り。青年は大きくため息をつき「あー、それね」と答えた。


「あいつは自分の異端さに気付いた。人間としての最低限の機能はあるが、それ以上がねぇわ」
「ふーん、それで今から人間観察ってところかな」
「まぁ、そうだろうYO! しっかし、俺にはどうも疑問なんだがよぉ……」


 青年は少女を見つめる。その目は、どこか疑いと愁いを含む、寂しい目。


「しゃちょー、なんであんなやつが、お前と同格なんだ? なんであいつに任せるんだよ」
「何を?」
「社長としての仕事だよ。どうしてあんなやつ信じるんだ」
「それって、進くんには、僕と比べて人間味がないってこと?」
「それ以外もな。覇気もねぇ、心もねぇ。それでもあいつに社長の代わりをさせるのか」


 少女は怪しい目で見つめ返す。口元に笑みをたたえ、余裕の表情だ。それに、青年は身震いをする。


「なっ……なんだよしゃちょー、その目……」
「ねぇ、優斗くん。人は見た目で決めるものじゃないんだ。実際問題、中身でも判断しづらいよ。でもね、僕は「潜在能力」を信じてる。中身よりも内側にある、遺伝子に刻まれた才能を信じてるんだ」
「……あんな普通の生まれの男にそんなものあるのか?」
「きっと、ね。それに君は、彼の大切なところを見落としている」


 少女はすれ違いざまに、そっとささやいた。


「歪んだ人間ほどヒーローになるよ」


 じゃあね、と言って、少女は去っていく。青年は手を振り、呆然と見送った。


「歪んだ人間……ねぇ……特撮ヒーローの見過ぎか?」


 青年の頭の中には、子供向け番組の主人公やヒーローが浮かぶ。そして、吐き捨てるようにつぶやいた。


「……ヒーローってのは、歪んでるんだよな。じゃないと、あんな膨大な敵と戦えるはずがねぇや」




……一方そのころ、ツインテールの少女を、こそこそと追い掛け回す男がいた。


「俺ってば、ホント何してんだろ……」


 言っちゃってみれば、ストーカーである。仮に兄と妹に見えたとしても、行き過ぎたシスコンにしか見えてない。平然を装いながら、しかし確実に追いかける。
……追いかけてからの真希は、言ってみれば異常に感じた。まずは近くの有名なサロンに行き、髪の毛を整えたかと思うと、街中まで電車で向かった。急に電車に乗ったので、俺は財布の危機感を感じている。
 そして、ギリギリまだ開いていた百貨店で、有名ブランドの服を買い、つま先から頭の先まで完全にドレスアップしていた。


「どこかに行くわけでもないのに……」


 だが、それは周りから見れば普通で。あたりはオシャレな服を着た人であふれていた。いや、コーディネートがいいというべきか。
……街中になんて、ほとんど出たことがなかった。夜の街は活気があって、大人の女性や男性たちが、オシャレな服を着て歩き回り、会社帰りのスーツ姿の男女が、バーに入っていく。その中で見れば、真希の姿はいたって普通。逆に、パーカーにジーパンの俺のほうが浮いている。


「いつもお下がり、いつも中古品。新品なんて持ったことないし、満足にものだってそろってない。私が満足すると思ってるの?」


「「普通」になるためには全然お金が足りないんだよ!?」


 真希の言葉を思い返す。これが、彼女の見る普通なのなら、今までの生活は全く届いていなかった。バイト先でもらったお下がりの服を着て、ほつれたら縫い直し、同じものをずっと着る。
……オシャレなバッグを誕生日に買ってあげたのは良かったかもしれない。現に、彼女は「それだけは変わらず」持っている。
 しかし、それ以外が彼女の理想に足りたことなどあっただろうか。彼女の望む普通を、俺は実現してやれただろうか。いいや、それはできなかった。


「俺の働きじゃ、満足な生活なんて、させてあげれなかったんだな」


 だからこそずっと我慢していた。彼女の生きる最低限は、俺が保証していたから。どれだけ腹の底から憎んでいても、こらえてたんだ。
……だから、昨日怒った彼女は、何ら不思議じゃない。今までこらえていたことを言ったのだから。いい子でふるまう仮面を外したのだから。


「じゃあ、俺は、仮面を外した真希を眺めるのか」


 もう少しだけ追いかけよう。こらえていた欲望が溢れだしたとき、人はどうするのかを、見届けなければいけない。

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