ある日、5億を渡された。
暴走と道しるべ2
────部屋をぐるりと見る。装飾品、家具、どれも豪華なものばかりだ。さすが社長の家、なんてすごいんだろう。そのすべてに目を奪われる。窓から差し込む光が、目の前を淡くぼかす。
……その光が、どこか懐かしい気がした。砂嵐の向こうの記憶がざわめく。砂嵐の先に、何かが見える。
「父……さん……? どこに……いるの……?」
あぁ……父親だ、生まれてから一度も会ったことがない父親の姿。まだ元気だった母さんの姿。見える、見える、見える! あと少しで思い出せそうだ。あと一歩できっと、大切な何かが思い出せる。なのに、なのに……
記憶は渦を巻く。砂の渦の中に飲まれていく。色を失い、音も形も失い、すべて崩して消えていく。
……待ってくれ、行かないでくれ……思い出せそうなんだ、失った、幼い記憶が!
「やめろっ! やめてくれっ!!」
いつの間にか俺は頭を抱えてうずくまっていた。額には汗が流れ、目には涙が浮かぶ。こんなにも思い出せそうだったのは、今までになかった。
でもそれと同時に、何かが記憶を拒んだ気がした。それは脳の障害なのか、それとも心の問題なのか。わからない、わからないが、なぜか恐ろしかったんだ。その記憶が。
「進くん……大丈夫?」
「あ、あぁ、明。だ、大丈夫、ちょっと混乱しただけ」
近寄る明の顔が見れない。俺はこんな時、どんな顔をしたらいい。謝るべきなのか、はっきり言うべきなのか、わからない。
────いいや、混乱だ。ロボットがデータを詰め込みすぎてパンクするように、今の俺は情報量に耐えられない。嫌だ、こんなロボットみたいな心に、これ以上何も詰め込みたくない。
すると、うずくまる俺を、明は覆いかぶさるように抱きしめた。そして、背中を優しくさする。
「怖かったね、辛かったね。大丈夫だよ、ここには僕がいるから、ね?」
俺の何を知っている。俺の何がわかる。そんな立場じゃないはずだ。なのにどうして、こんなにもそばにいて、温かいんだろう。
「はっきり言ってくれていいんだよ。君は何もかも我慢しすぎだ。お金を渡しても使わないし、いつも自分を律してばかり。言いたいことも全部飲み込んで、君は本当に……強いね」
「……俺なんて、強くもなんともない。俺なんて、どこにでもいる若者だよ」
「ついでに控えめだね。たくさんのスキルを持っている君は、それに驕ることなく、誇ることなく、ただ持っている。不思議だね、君は才能の無駄遣いをしているよ」
その言葉に、母さんの言葉を思い出す。
「進、あなたは才能ある子供よ。その才能を、私たちが足を引っ張ることで、潰してはいけないわ」
才能は、誰かに足を引っ張られて、出せないものじゃない。俺が自ら、才能を使う機会を潰しているんだ。俺が、俺の手で、握りつぶした。俺の身に余ると、自分を律しながら。
律している、我慢している。そうじゃない、俺はただ「怖い」だけなんだ。きっと、現状が変わることが。
「ねぇ、進くん。君がこの部屋に入って、何を思ったかは聞かないよ。でもね、我慢するのは良くないんだ。現状に甘え、精進を怠ったものに、成功も未来もないんだよ」
「俺は……どうしたらいい」
包み込む優しさに甘え、身をゆだねる。明は続けた。
「簡単なことだよ、進くん。我慢するのをやめて、僕とともに人生を変える。そのために僕は、君に手を伸ばした。君の「心」に自由を、君の「人生」に自由を。君の人生を取り戻しに来たんだ」
「人生を取り戻す……俺に失った人生なんてあるのか」
「あるさ。君が閉ざしただけだよ。僕は……知ってるよ」
どうして、その先は聞かなかった。知ってる、その言葉の重みが、声から、手から、伝わってくる。
明は、俺の知らない何かを知っているんだ。何故かはわからない。でも、だからこそ、彼女に俺はついていくべきだ。俺は彼女を目指して進むべきだ。
────彼女を目指し、進み続ければ、きっと俺は何か変わる。俺の道しるべは、きっと明るい。
「なぁ……明。俺は、明を道しるべに、進めばいいのか。その先に、変わった人生があるのか」
俺は密着していた体を少し離し、明の顔を見つめる。明はいつもよりも満足げな笑顔で、俺を見つめ返した。
「あぁ、僕が保証しよう。命続く限り、君の道しるべとなるさ。「明」るい道を「進」みたいでしょ?」
差し出された手を握る。昨日はスマホだったが、今日は彼女の手を握る。もう一度、俺の人生を変えるための賭けを、今ここで、もう一度見直し、そして始めよう。
俺がどうあるべきか、どうするべきかなんてどうでもいい。彼女を信じる。ただそれだけを頼りに進むんだ。
「じゃあ、俺はお前についていく。もう迷わない……!」
「うんうん、マジですって顔だね。サイコーだよ、進くん!」
あぁ、俺はなんだか……今とても幸せだ。頼るものも、進むべき道もある。昨日までの悩みも、さっきまでの混乱も嘘みたいだ。
安心すると、なんだか周りの空気が気になる。いや、これは視線だ。圧のかかる視線を感じる。これはやはり……
「……姉さん、僕を忘れてないか。そんなにその男が、気に入っているのか?」
あ、忘れてたよ、望さん。相変わらず不機嫌、いや「リア充爆発しろ」オーラを放つその目。相当俺が気に食わないと思われる。どうしてここまで嫌われるんだか……
「だって僕、進くん好きだもん。大好きだもん。何か問題ある?」
「!!!!!」
平然とした顔で告白をする明、驚いたのは隣で聞いていた俺……もそうだが、それよりも顔面蒼白でもはや何も言えなくなっているのは、望さんのほうだった。思わず、嬉しさと興奮で、調子に乗って口が滑る。
「望さん、ひょっとして……明が大好きなんです?」
すると、望さんはカタカタと震えだした。怒っているのかもしれない。火山噴火の寸前かもしれない。うずくまっていた体を、すぐさま土下座体制へ変える。
「……だ」
「え?」
「なぜ貴様は2回も僕の図星を突くんだ!!! うるさい、黙っていろ、この薄汚い平民が!!!」
「ええええええっ!?」
2回? 2回も図星を突いたか? いや、俺にはノー自覚だ、わからん。でも、望さん、涙目になられても、俺は本当にどうしようもないんだが……
「まぁまぁ、望。僕は望も大好きだから、そんなに怒らないでよー、ね?」
「姉さんがほかの男と触れるのは許さん。ましてやこんな軟弱で薄汚い平民だ。姉さんにどんな影響があるか分かったもんじゃない!」
ひょっとして、望さん、かなりのシスコン────!?
「僕は、矢崎進なんて男は絶対に認めない。こんなやつに才能があるなんて思えないし、こんなやつのどこを好きになるか全然わからない。認めんぞ、貴様なんぞ認めん!」
断固反対する父親かよ!?
「進くん、安心して。望はたまにああなるからさ」
「姉さんが元凶を作ってるんだが! わかっているのか姉さん!」
「えへへ、望、いつも心配してくれてありがとう」
ここで、明の笑顔が炸裂する。すると、さっきまで興奮しきっていた望は、口に手を当ててて、顔を真っ赤にして、目を逸らす。
「か……感謝はいい。姉さんのことだ、当たり前に決まっている。常に心配しているからこそ、そいつが許せないんだ。わかったか……姉さん」
……なるほど、暴走した感情を止めるには、常に愛情が一番なんだな。明って、最強じゃん……
と、言うか、あのすんなり告白はどうなったんだ? あれは恋愛対象としての好きなのか、どうなんだ、ニコニコしながら望さんを眺めてないで、答えてくれよ……!
────こうして、非日常で平穏な時間は過ぎていく。俺は気づけば、笑っていた。
……その光が、どこか懐かしい気がした。砂嵐の向こうの記憶がざわめく。砂嵐の先に、何かが見える。
「父……さん……? どこに……いるの……?」
あぁ……父親だ、生まれてから一度も会ったことがない父親の姿。まだ元気だった母さんの姿。見える、見える、見える! あと少しで思い出せそうだ。あと一歩できっと、大切な何かが思い出せる。なのに、なのに……
記憶は渦を巻く。砂の渦の中に飲まれていく。色を失い、音も形も失い、すべて崩して消えていく。
……待ってくれ、行かないでくれ……思い出せそうなんだ、失った、幼い記憶が!
「やめろっ! やめてくれっ!!」
いつの間にか俺は頭を抱えてうずくまっていた。額には汗が流れ、目には涙が浮かぶ。こんなにも思い出せそうだったのは、今までになかった。
でもそれと同時に、何かが記憶を拒んだ気がした。それは脳の障害なのか、それとも心の問題なのか。わからない、わからないが、なぜか恐ろしかったんだ。その記憶が。
「進くん……大丈夫?」
「あ、あぁ、明。だ、大丈夫、ちょっと混乱しただけ」
近寄る明の顔が見れない。俺はこんな時、どんな顔をしたらいい。謝るべきなのか、はっきり言うべきなのか、わからない。
────いいや、混乱だ。ロボットがデータを詰め込みすぎてパンクするように、今の俺は情報量に耐えられない。嫌だ、こんなロボットみたいな心に、これ以上何も詰め込みたくない。
すると、うずくまる俺を、明は覆いかぶさるように抱きしめた。そして、背中を優しくさする。
「怖かったね、辛かったね。大丈夫だよ、ここには僕がいるから、ね?」
俺の何を知っている。俺の何がわかる。そんな立場じゃないはずだ。なのにどうして、こんなにもそばにいて、温かいんだろう。
「はっきり言ってくれていいんだよ。君は何もかも我慢しすぎだ。お金を渡しても使わないし、いつも自分を律してばかり。言いたいことも全部飲み込んで、君は本当に……強いね」
「……俺なんて、強くもなんともない。俺なんて、どこにでもいる若者だよ」
「ついでに控えめだね。たくさんのスキルを持っている君は、それに驕ることなく、誇ることなく、ただ持っている。不思議だね、君は才能の無駄遣いをしているよ」
その言葉に、母さんの言葉を思い出す。
「進、あなたは才能ある子供よ。その才能を、私たちが足を引っ張ることで、潰してはいけないわ」
才能は、誰かに足を引っ張られて、出せないものじゃない。俺が自ら、才能を使う機会を潰しているんだ。俺が、俺の手で、握りつぶした。俺の身に余ると、自分を律しながら。
律している、我慢している。そうじゃない、俺はただ「怖い」だけなんだ。きっと、現状が変わることが。
「ねぇ、進くん。君がこの部屋に入って、何を思ったかは聞かないよ。でもね、我慢するのは良くないんだ。現状に甘え、精進を怠ったものに、成功も未来もないんだよ」
「俺は……どうしたらいい」
包み込む優しさに甘え、身をゆだねる。明は続けた。
「簡単なことだよ、進くん。我慢するのをやめて、僕とともに人生を変える。そのために僕は、君に手を伸ばした。君の「心」に自由を、君の「人生」に自由を。君の人生を取り戻しに来たんだ」
「人生を取り戻す……俺に失った人生なんてあるのか」
「あるさ。君が閉ざしただけだよ。僕は……知ってるよ」
どうして、その先は聞かなかった。知ってる、その言葉の重みが、声から、手から、伝わってくる。
明は、俺の知らない何かを知っているんだ。何故かはわからない。でも、だからこそ、彼女に俺はついていくべきだ。俺は彼女を目指して進むべきだ。
────彼女を目指し、進み続ければ、きっと俺は何か変わる。俺の道しるべは、きっと明るい。
「なぁ……明。俺は、明を道しるべに、進めばいいのか。その先に、変わった人生があるのか」
俺は密着していた体を少し離し、明の顔を見つめる。明はいつもよりも満足げな笑顔で、俺を見つめ返した。
「あぁ、僕が保証しよう。命続く限り、君の道しるべとなるさ。「明」るい道を「進」みたいでしょ?」
差し出された手を握る。昨日はスマホだったが、今日は彼女の手を握る。もう一度、俺の人生を変えるための賭けを、今ここで、もう一度見直し、そして始めよう。
俺がどうあるべきか、どうするべきかなんてどうでもいい。彼女を信じる。ただそれだけを頼りに進むんだ。
「じゃあ、俺はお前についていく。もう迷わない……!」
「うんうん、マジですって顔だね。サイコーだよ、進くん!」
あぁ、俺はなんだか……今とても幸せだ。頼るものも、進むべき道もある。昨日までの悩みも、さっきまでの混乱も嘘みたいだ。
安心すると、なんだか周りの空気が気になる。いや、これは視線だ。圧のかかる視線を感じる。これはやはり……
「……姉さん、僕を忘れてないか。そんなにその男が、気に入っているのか?」
あ、忘れてたよ、望さん。相変わらず不機嫌、いや「リア充爆発しろ」オーラを放つその目。相当俺が気に食わないと思われる。どうしてここまで嫌われるんだか……
「だって僕、進くん好きだもん。大好きだもん。何か問題ある?」
「!!!!!」
平然とした顔で告白をする明、驚いたのは隣で聞いていた俺……もそうだが、それよりも顔面蒼白でもはや何も言えなくなっているのは、望さんのほうだった。思わず、嬉しさと興奮で、調子に乗って口が滑る。
「望さん、ひょっとして……明が大好きなんです?」
すると、望さんはカタカタと震えだした。怒っているのかもしれない。火山噴火の寸前かもしれない。うずくまっていた体を、すぐさま土下座体制へ変える。
「……だ」
「え?」
「なぜ貴様は2回も僕の図星を突くんだ!!! うるさい、黙っていろ、この薄汚い平民が!!!」
「ええええええっ!?」
2回? 2回も図星を突いたか? いや、俺にはノー自覚だ、わからん。でも、望さん、涙目になられても、俺は本当にどうしようもないんだが……
「まぁまぁ、望。僕は望も大好きだから、そんなに怒らないでよー、ね?」
「姉さんがほかの男と触れるのは許さん。ましてやこんな軟弱で薄汚い平民だ。姉さんにどんな影響があるか分かったもんじゃない!」
ひょっとして、望さん、かなりのシスコン────!?
「僕は、矢崎進なんて男は絶対に認めない。こんなやつに才能があるなんて思えないし、こんなやつのどこを好きになるか全然わからない。認めんぞ、貴様なんぞ認めん!」
断固反対する父親かよ!?
「進くん、安心して。望はたまにああなるからさ」
「姉さんが元凶を作ってるんだが! わかっているのか姉さん!」
「えへへ、望、いつも心配してくれてありがとう」
ここで、明の笑顔が炸裂する。すると、さっきまで興奮しきっていた望は、口に手を当ててて、顔を真っ赤にして、目を逸らす。
「か……感謝はいい。姉さんのことだ、当たり前に決まっている。常に心配しているからこそ、そいつが許せないんだ。わかったか……姉さん」
……なるほど、暴走した感情を止めるには、常に愛情が一番なんだな。明って、最強じゃん……
と、言うか、あのすんなり告白はどうなったんだ? あれは恋愛対象としての好きなのか、どうなんだ、ニコニコしながら望さんを眺めてないで、答えてくれよ……!
────こうして、非日常で平穏な時間は過ぎていく。俺は気づけば、笑っていた。
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