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ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

暴走と道しるべ

……さて、状況変わり、俺は今、なかなかの地獄にいる。右隣にはかわいい美少女僕っ子社長、明。左隣には、鬼の形相で腕を組み、どっしり座る、副社長、影山望。車の運転は、眼鏡をかけ、髪を一つに束ねた、いかにも知的そうな女性が運転している。
 右は天国、左は地獄、行きつく先はどちらだ? いや、そもそもこれ、どこ向かってんだかわからないし、なんでこんなことになった? 病室に洗濯物は置きっぱなしだし、いろいろ病院にやることを残した気がする。
……まぁ、夕方までに帰れればいい。一応だ、状況を整理するためにも、明に聞いておこう。


「明……その……これ、どこ向かってるの?」
「あぁ、ごめんごめん。説明まだだったね。社長室兼僕たちの家に向かうよ」
「へっ!?」
「会社の最上階に、社長室と、自宅スペース置いてるんだ。地上200メートル! 55階建て!」


 地から足が遠すぎてバカになりそう。金持ちは考えることが全く違う。俺はそんな高いところ住もうなんて思わないし、むしろ未知の世界だ。どうやら、天国に近い地獄のようだ。うん、そう考えよう。


「まぁ、いっつもそこに住んでいるわけじゃないよ。本当の家は別にある。びっくりした?」
「びっ……びっくりしたも何も、高すぎて死にそうだよ……」


 すると、笑顔の明とは対照的に、しかめっ面で舌打ちをしたのは、望さんだ。そしてこちらを睨むと、圧のかかる声で言う。


「貴様なんぞ家に上げる気はない。帰れ」


 なんでこんなやつ乗せてるんだ、と言わんばかりの目で明を睨むと、さらに言葉を追加する。


「最も、貴様は、姉さんと対等に話すに値しない。言葉を慎め、軟弱な平民が」
「まぁまぁ、望。僕が呼んでって言ってるんだ。僕の願いは叶ったんだ、いいじゃない、ね?」
「こんなやつと対等で、楽しいのか、姉さんは……」


 呆れたようにため息をつくと、望さんはそっぽを向いてしまった。そもそも、この人をなんて呼んだらいいかなんてわからないけど、とりあえず、最初にできてしまった溝は埋まらないようだ。
 バックミラー越しに、運転手と目が合う。キリッとした目で見つめられたあと、運転手は口を開いた。


明様あかりさま望様のぞむさま、そして「進様すすむさま」もうすぐ着きますので、お知らせいたします」
「ありがとう、冬馬とうま。進くん、もう少しでつくからね。ほら、あのビル!」


 指をさされ、右の窓から外を見る。そこには、周りのビルより頭一つ抜けた、超高層ビルが待ち構えていた。それはだんだん、俺を圧するように迫ってくる。いや、実際近づいて行ってるんだが。
 どんどん近くなる、見たこともないビルは、まるで巨大な怪獣にでも遭遇したかのような、興奮と恐怖を与えてくる。あれに入るのか? あれ、俺ってもしかして、高所恐怖症?


「どんなことをする……んです?」
「はいはーい、望に怯えて敬語なんてダメだよ。まぁ、簡単に言うと、僕の遊び相手かな。今日は代行とかいいや」
「はい? でも、仕事って……」
「今日の仕事は、望に適当に挨拶して、僕と一緒にいること。日給ははずんで7万! 少ない?」
「いや……その……」


 家事代行なんていう仕事があるくらいだ。それなりに過酷で、それなりに仕事をして、そして日給をもらう。そういうもんじゃないかと身構えていた。だが実際はこれである。仕事がこんな簡単でいいものなのか?


「簡単すぎやしないか……って」
「あぁ、簡単だ。姉さんの言うことはな。そんなことに金を払うために、こんなやつを家に上げるのか?」


 口をはさんできたのは望さんだ。もちろんそっぽは向き続けている。どこか不満そうだ、ガラスに映る顔は、納得していないように歯をかみしめているようにも見える。
すると、明は「やれやれ、頭が固いなぁ、望は」と首を振りながら、それでも優しい声で続けるのだ。


「僕らには、その簡単が欠如していた。僕らには、その軟弱な平民性が欠如していた。そうは思わないかい? 僕らはどう頑張ったって「労働者の気持ち」はわからないんだ」
「……そんなもの、知って何になるんだ」
「何って、経営だよ。この先の影山グループをどうするかは僕たちに掛かっている。貴重な意見サンプルだとは思わないかい? 影山系列で働き倒した、僕と同い年。その実績は、たとえアルバイトでも、僕たちと違う世界のトップ。対等に話すに値するさ」


 社長とは、責任が伴う仕事だと働き始めたころに思っていた。毎日のように店長は経営で頭を抱えていた。それが、会社の上層部で起こらないわけがない。社長の仕事は、この先の会社の経営、戦略、を指揮する、大げさに言えば「一国の主」である。


「望のことだし、僕のこと、気まぐれだと思った? 僕は気まぐれかもしれないけど、ちゃんとわけがあって動いているんだ。もちろん、彼じゃなきゃダメな理由は、ほかにもあるけどね」


 ギリギリと鳴らしていた歯の音が消える。ガラス越しに、悔しそうに俯く顔が見える。拳を固く握りしめ、それ以上望さんは、何も言わなかった。
 どれだけ5億を俺に渡せるほど経営がうまく行っていても、社長としての仕事は怠ってはいけない。会社は常に、上昇し続けなければいけない。それは、こんなに若い社長でも、わかっているんだ。ただその方法が、ちょっと理解しにくいだけ。


「そんな理由が……あったんですね……」


 その一片を理解した俺は、どこか彼女の行動が腑に落ちる。彼女は、意味があって、わけがあってここまでしているんだと。決して「金持ちの気まぐれ」なんかで動いていないんだ。
 最も、俺を違う世界のトップ……としてみていたのは驚いたけど。それなら対等な理由だろうか……? いまいちピンとは来ない。


「敬語は無しだよ、君とはしっかり話がしたいからね」


 明は俺に顔を近づける。そして、ニヒヒと笑うのだ。その笑顔はとても無邪気で、良い意味で大人とは思えない。


「皆様、到着いたしました。ドアを開けますので、少々お待ちください」


 冬馬とうまと呼ばれた女性は車を降りると、左側のドアを開けた。望さん、俺、そして明の順に、車を出る。そこはビルの地下駐車場。そこからエレベーターに案内され、最上階へ。
 アナウンスが最上階を告げ、ドアが開く。長い廊下で、二つの空間は仕切られていた。おそらく左側は、会議室、社長室として使うんだろう。ガラス張りだが、白いブラインドの隙間から、それらしき高価な机と椅子が見える。
 右は壁だ。白い壁がずっと続いていて、ドアは一つだけ。金のドアノブをした木のドアがあるだけ。明は、昨日の朝見せた、あの社員証をドアノブの横に通す。不思議なことに、レトロな見た目と裏腹に、カチャリと音が鳴り、鍵が開いた。カギは最新式か?


「今度、社員証じゃないカギに変えようと思うんだ。最近もっと便利じゃん? ねぇ、進くん」
「いや、十分便利だよ……」
「えー、そうかな。じゃあさ、開けてみてよ。僕らじゃ味わえない新鮮さがあるかも!」


 言われるがまま、ドアノブに手をかける。ひんやりとした感覚と、手になじむその形に、どこか懐かしさを感じながらも、ゆっくりとドアを開けた。



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