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ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

電話相手と距離感2

 通話許可のブースまで走り、俺は急いで電話に出る。電話には、指紋認証が必要だ。これにちょっと手間取る。急いで出たはずだが、7コールくらいの間出なかっただろう。急用だったらまずいかもしれない。最初はしっかり謝ろう。


「あ、もしもし、明さ……」
「なんだ、お前。スマホでも拾ったか?」


 一瞬、脳が固まる。え、明さんじゃない。あの明るく可愛い声の少女じゃない! 同い年だけど! 声だけだったら、低い声の青年……のようだ。若い声をしている、が、なんというか、声に圧がある。
 しかし、ここは正直に言わなくては。俺がなぜこのスマホを持っているか、ちゃんと言わなきゃ色々大変だろうし。仕事先だったら、間違いなく会社倒産ルートだろうし。


「あの……俺、明さんからスマホを預かっていまして……」
「僕が電話を掛けたスマホは、指紋認証がないと、電話に出られないシステムだが?」


 ギクゥッ! そこを突かれたら少しまずい。ちょっと誤解が生じる。ちゃんと解除方法を教えてもらったうえで預かっていると言わなきゃ、絶対にヤバい!


「あ、明さんから、指紋解除できるようにして預かってるんです! か、会社の人だったら申し訳ございません!」


 電話越しに、深々と頭を下げる。電話の相手は、大きくため息をつき、呆れたように話を始めた。


「会社の人は間違っていない。謝る必要はない。だが、お前がこのスマホを持つべき人間とは思えない」
「……どういうことですか?」
「全く、あの人もどういう気まぐれか、血迷ったかわからないが、一般人にスマホを貸すなんてありえない。スマホを持っているなら、彼女の身分ぐらい知っているだろう」
「えぇ、社長、ですよね」
「あぁ、その社長だ。一般的に、仕事で大切なスマホを、お前みたいな、軟弱な人間に貸すと思うか」


 そりゃあ、おかしいとは感じている。彼女が俺にスマホを貸す理由はわからないし、なぜ俺なのかもわからない。だからこそ素直に答える。


「思わないです、俺でもわからないですよ」


 電話の相手は、ぐっ、と声をこらえる。これはわかる、怒らせた。


「全く……彼女もお前も……」
「怒らせたなら、その、ごめんなさい」
「あぁ、まったくだ、ここまで苛つかせる相手が、姉さんがスマホを貸した相手なんてな!」


 姉さん……? 明さんの弟さんというわけか。いや、そこはまぁいい。とにかく相手がめちゃくちゃ怒っている。電話越しに声が震え、圧がかかるのがよくわかる。


「こんな平民が、社長の姉さんのスマホを、預かってていいわけがない! 預かる人間は、その人間と対等な人間、または親密であるべきだ。個人情報を易々と預ける相手が、電話越しで軟弱だと分かった時点で、お前には心底腹が立つ!」


 ひぇ……言っていることは正論だ。俺は昨日出会ったばっかりだし、何か関わりがあるかと言ったら、社長と従業員だし、対等なのは年齢だけだし、溝だってきっと深い。そんな人間に個人情報をポンと渡すのは、確かに、間違っているし、俺は社長の器じゃない。
 弟さんからしたら、確かに腹立たしいことだろう。どのあたりに怒りのツボがあるかはさておき、怒られるには値する。
────その時、ふと、頭の中に昨日の記憶がよぎる。あの明るい声が、どこか好きな声が。


「同い年なんだし、対等に話そうよ。矢崎進くんであってるよね。進くんって呼んでいい? 明ちゃんって呼んでほしいからさ」


「だから敬語は無しって言ったじゃないかー。僕のことは、明ちゃんって呼んでほしいし、対等に話したいの!」


……なぜ彼女は、明ちゃんと呼んでほしいのだろう。なぜ彼女は、対等に話そうとするのだろう。それが彼女の要望なら、俺はそれに答えてあげられるだろうか。周りの人間は、答えているのだろうか。
 もし、そうならば。俺は一つの仮説を立て、声を絞り出す。


「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……なんだ、早くそのスマホを、彼女に返すんだ。俺が言うのはそれだけだ」
「いいや、その前に……「着信、明さんの名前」で来たんですけど、なんであなたが出てるんですか? 弟さんなら、弟さんのスマホからでも掛ければいいじゃないですか」
「……それは……姉さんにスマホを取られたんだ。昔からよくあるんだ、いたずらだよ。それで姉さんのもう一つのスマホから掛けた。間違っているか?」


 答える声は、どこか動揺している。もしかして、そういうことか。さらに、俺は畳みかける。


「あなたと明さんは、ちゃんと話ができていますか? 俺に、明さんと対等で親密であることを求めるなら、あなたはそれができているんですか?」
「……そ、それは」


 はっきり言ってしまおう。恨まれるだけ恨まれて、嫌われるだけ嫌われよう。そんなのは、よくあることだ。


「俺にとって、明さんは見ず知らずです。でも、弟であるあなたと同じように、俺は明さんのスマホを持っている。そして明さんは俺に言いました。「対等に話してほしい」と」
「……だから何だ、何が言いたい!」


 とんでもない勘違い。よくあるラブコメの一コマ。昔拾って読んだ、少女漫画の一部を思い浮かべる。主人公の女の子が、好きな男の子が、自分を特別扱いしていると、勘違いするあれだ。
でも、そんな夢みたいな勘違い、引き起こしてもいいと思うんだ。まだ会って一日。それでも、俺は今、確信する。
────距離を感じているのは俺だけだって。明さんはきっと、近くにいる。恋愛のような勘違いだって、夢見てもいいじゃないか。


「ひょっとしてですが、俺は弟さん以上の存在なのでは?」


 少しの間、静寂が生まれる。俺はとんでもない爆弾を、爆発させてしまったかもしれない。


「この平民が戯言を! 貴様とは二度と話さない!」


 最後に聞こえた怒号。完全に嫌われたと確信した。でも、あまり悪い気はしなかった。日常生活の感覚はもうずいぶん麻痺してしまっている。一人に嫌われても、なぜか怖くなかった。


「おーい、進くん! 今日はここでばったり会うとはね」


 振り返る。まるでそれは、どこかの物語のよう。それに、俺は少し夢を見る。運命なんてものが、存在する気さえする。


「あ、明……さ」
「さんはいらないのー! もう!」


 病院の中でばったり会うなんて、本当に夢物語みたいだ。運命を感じてしまう。浮かれているのは俺だけだろうか。彼女の笑顔を信じてもいいんだろうか。


「全く、やっぱり一日じゃ、敬語は抜けないんだね。最初に社長なんて言わなかったらよかったよ」


 目を逸らし、白けたように顔を逸らす。信じるか、いいや、信じよう。昨日であった、あの時のように。あの時の俺を、思い浮かべて。


「いいや、何とか頑張って、敬語を抜いてみるよ、明」


 すると、今まで見たことがないくらい、照れくさそうに、君は笑う。
────なぜかその笑顔を、懐かしくも愛おしく感じてしまうのだ。心の奥にある何かに、訴えかけるように。


「えへへ……それをずっと待ってたんだよ」


 その笑顔に、俺も心が和む。だが、それもほんの一瞬だった。すぐにいつもの笑顔に切り替わった彼女は、俺の腕をつかむと、ずんずん歩き出した。


「え、ちょっと、どこ行くの!?」
「僕、スマホ返さないといけなくて。ついでだけど紹介しようかなーって思ってる人がいるんだ。ついてきてよ、今日の最初の仕事だよ!」


……嫌な予感がする。今世紀最大、いや、宇宙創造時以来のビックバンのような衝撃のような気がする。あぁ、もう、考えたくない。


 そこからずっと、病院の地下の駐車場まで引っ張られる。そこには白い高級車が、ドアを開けて待っていた。前には、一人の女性と、一人の青年がいる。青年はとてつもなく不機嫌で、高圧的な顔をして、俺を睨んでいた。


「はい、望。スマホ交換しよ。ごめんね、間違えて持って行っちゃった」


 笑いながら、彼女はスマホを青年に差し出す。不機嫌な顔をしながら、青年は持っていた、同機種と思われるスマホを手渡した。


「……間違えた、では済まないことが起こったんだが、姉さん」
「え、そうなの? あ、僕のスマホ、進くんが持ってるから、二人とも話しちゃった? まだなら、自己紹介しちゃお!」


 何も知らない彼女は、とても上機嫌だ。いや、このムードからわかったうえで機嫌がいいのか!?


「……初めまして。矢崎進です。影山グループ系列の店で、よく働いてました……」
「ほぅ、従業員か。こちらこそ初めまして。僕は影山グループ副社長、影山望かげやまのぞむだ」


 あ、普通の自己紹介か。しかも、副社長……えっ、副社長!? さっきの人とは違うのかな……とでも、一瞬感じてしまった、俺がバカだった。
 ギロリと威圧的な目で睨み、歯をぎりぎりとかみしめ始める。やっぱり怒ってる、さっきの電話の人じゃないかっ!


「最も、軟弱な貴様と話す気などないがな!」
「えー! 望がそこまで言うほど、進くんは悪い人じゃないよ。僕と対等なんだからさ!」


 すかさず明が反論する。だが、余計に眉間にシワを寄せて、吐き捨てるように返した。


「どこがだよ姉さん。こんなやつにスマホを貸すなんて、姉さんはついに気が狂ったようだな!」
「もー、僕のセンスわかってないなぁ、望は」


 だが明はペースを乱さない。いつも通りの平常運転である。これが副社長で、明の弟……肝が違うよ……こんな奴と一緒にいたら、絶対に胃に穴が開く。


 こうして、苦笑いしかできない修羅場の中、今後の未来が危うく感じる、一日の始まり方だった。

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