ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

嵐の20分とパフェ2

「ごちそうさまでしたっと。うまかったか、すすむん」
「俺も、久々に食べておいしかった。ごちそうさま。お金は俺が払うよ」
「おっ! マジかサンキュー!」


 その時だった、あの彼女から借りているスマホが鳴り始めた。


「お、その影山グループ代表って人? スピーカー、スピーカーにして聞かせろよ!」
「えっ、個人的な内容だったらどうすんだよ」
「耳ふさぐから、お願い!」


 仕方がないなぁ、と思いながらも、俺はスピーカーモードにして、電話に出た。


「やっほー、進くん! 夜になったけどどんな感じかな? 人生、変わっちゃった? キャバクラ行っちゃったり!」
「行かねぇですよ、明さん」
「だから敬語は無しって言ったじゃないかー。僕のことは、明ちゃんって呼んでほしいし、対等に話したいの!」


 小さな声で「これが代表取締役?」と呆気に取られる優斗。まぁ、俺もまだ慣れない。


「じゃあ5億のうちいくら使ったの?」
「えっ……今からパフェ代払うから……まだ1000円以内……おろしたのは5万」
「ふーん、じゃあ、まだお母さんにも、妹にも使ってないんだ」
「それが……」


 俺の本日の出来事を、明さんにも話す。バイトをほとんどクビになったこと、妹に縛られる人生だったことに気付き、それを変えたいけど、まぁ、まだ考えようかというところ……のあたりだ。


「うーん、じゃあさ、お母さんの看病だけすれば? 妹さん……真希ちゃんだっけ、ほっとこ!」
「へっ!?」
「それにさ、僕はまだ、スマホしか貸してないんだよ」
「ま……まだって、何?」


 隣を見ると、優斗はニヤニヤしている。小さな声で「どんな話が飛び出すんだぁ?」とか言ってる。完全に他人事だわこいつ。


「じゃあ、新聞配達のバイトもやめてきて」
「え」
「僕が、進くんの雇い主になってあげるよ。そして、僕の簡単な代行をしてほしい。なーに、簡単だよ、2時間程度!それで、代行をするたびに、お金を支払うってシステム! あ、一回5万でいいよ、どう?」
「……何も解決しないんですが」


 だが、何かに気付いた優斗は「そっか」と納得したようにうなづいた。


「ん? 解決するよ。進くんは妹さんの言う通りにお金を稼ぐために働くけど、今までより仕事は難しくない。看病の時間もとれるし、自分の時間もとれる。とりあえず「小さな自由」は手に入るよ」
「それに、幸せを誰かと共有したいなら、明ちゃんだっているし、母さんだって、下手すりゃ妹だっているじゃん、やったねってことでしょ、しゃちょー」


 思わず、といった形で、優斗が会話に参加してきた。二人の言ったことは納得だが、優斗、お前やばいぞ!


「うんうん! そういうこと! じゃあ盗み聞きした君も、進くんに協力してよね!」
「え、とばっちりっすか!?」


 当たり前だ。と、いうよりも唯一の友人としていてもらわなきゃ困る。ありがたいとばっちりだ。
 その後、優斗は自分の名前と電話番号を吐くことになり、明日、直々に明さんからご連絡といったことになった。


「じゃ、進くん、明日からいろいろ頼んじゃうよ! また明日ね、バイバーイ!」
「ば……バーイ」


 こうして、嵐のような情報詰込みセットの電話は切れた。この間、約3分である。3分で人生はまた大きく揺さぶられた。


「へぇー、俺もお前に協力か。でも、社長代行なんて、人生に二度とできないぜ? やっとけよ! 俺もなんか明日から楽しみだわぁ」
「お前のバイトとか、どうなんの。大学は……卒業してんだろ?」
「まぁ、俺は今、フリーターだわ。就職とか興味ねぇし。それより稼げるバイトだしな」
「え、何それ」


 俺たちは店から出た。そして、優斗は空を見上げる。


「へっへーん。なーいしょっ!」


 にやっと笑って、俺に小さく手を振る。


「人の金で食うパフェはうまかったぜ。じゃあな、すすむん! 頑張れYO!」


 こうして、久々に会った友人は、俺に正論をぶちかましながら、まるで嵐のように走って去っていった。
 ファミレスにいた時間、約20分である。嵐だ、本当に、今日は嵐のような日だった……


「現実味はねぇし、なんか疲れたわ」


 空には月が昇る。冷たい風が吹く。ネットカフェにでも泊まって、今日は夜を明かそう。そして母さんに会いに行って、話をして。あぁ、そうだ、バイトをもう一個やめなきゃな。
 まだまだ、俺には人生がありそうだ。




────街灯に照らされた暗い道。そこでふと、電話が鳴る。青年は立ち止まり、明るい街灯の下で、電話に出た。


「あ、もしもし。えぇ、進くんと会いましたよ。明さんとも、たぶん明日には話せると思いますわ」


 電話の主はいろいろと聞く。進はどうだったか、明はどうだったかと。青年は進の現状を伝える。


「まぁ、父親違いの妹と揉めてますわな。そりゃそうですよ、進くんで死んだも同然でしょ、その人」


 そして、電話の相手が何かを返した後、また更に青年は続けた。


「母親の様子は、あんま良くなさそうですわ。入院って言ってますし。あ、明さんとは、進くんの電話越しに話しただけなんで、なんも知らねぇですわ」


 片手で棒付きキャンディ-の包みを開けて、青年はそれを銜えながら話をつづけた。


「しっかし、あれが社長ですかい? 前聞いた声だと男だったんですが」


 電話の主は、一つの真実を告げる。青年の無だった顔に、怪しい笑いが帰ってくる。


「あーね、偽ってんですか、名前も性別も。だから明さんは……あ、それ以上言うな、聞くな? あ、すんません」


 じゃあ、と言って、青年は電話を切る。棒付きキャンディ-を舐めながら、暗い夜道を、陽気に歩いて行った。

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