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ある日、5億を渡された。

ザクロ・ラスト・オデン

嵐の20分とパフェ

 俺は、ここまでに至ったすべてを話した。影山グループ代表に、5億を渡されたこと。妹、真希は俺をずっと父親殺しと憎んで、俺をいいように使い続け、これからもそうするつもりということ……


「俺はもう、どうしていいのかわからねぇんだ。急に大金渡されて、俺は妹に恨まれていたことに気付かなかった」


 すると、優斗は特に驚いた様子もなく「まぁ、そりゃそうだわな」とつぶやいた。


「驚かねぇの?」
「ま、親友だが他人事だしなー! 実感ねぇわ、5億なんか」


 おいお前、暗殺者雇って殺してやろうか。と、闇が一瞬心をよぎったが、確かにそれもそうである。俺ですら実感わかないものが、他人に実感わくはずない。


「ひとつ言うなら、妹のことは気にしないほうがいいわ。むしろほっとけ。あいつはお前を恨んで、操り人形にでもしてたんだろう。だが、あいつはお前をこき使っているようで依存しているぜ?」


 こき使うようで依存している? 俺は思わず首を傾げた。優斗はニヤリと笑い、話を続ける。


「まぁ、自分の利益のために利用してた相手が、突然いなくなったら困るわな。会社と一緒。ある日従業員全員が突然いなくなってしまったら、利用してたのに、自分一人が仕事を背負い、困ることになった。それは結局「社員に依存してた」ってことだろ?」
「自分でやることを他人に全部任せていたから?」
「そ、任せるのはほどほどになー。依存することになっちまう。まぁ、依存させれたらこっちのもんよ」
「……まさか、逆に利用するってか!?」
「そだぜ、いい復讐だろ?」


 ニィーっといたずらっ子のように笑う優斗に、俺は思わずため息をついた。


「ため息ねぇ、復讐する気はないってか。とことん優しいなお前。度を過ぎてるぞ」
「あぁ、だって俺は父さん殺した……らしいし、真希の足が悪いのも俺のせい……らしいし」
「記憶もねぇくせに、なんもかんも引きずるんじゃねぇよ、バーカ。記憶はねぇから俺は知らねぇ、はい論破!」


 そういいながらゲンコツが額に飛んでくるのはおかしいんだが。このゲンコツ、結構痛い。
 まぁ、だが、それはそうである。これは昔から思っていることだが、優斗は正論しか言わない。いや、本人が正しいと思ったことしか言わない。
 裏があっても、その裏は決してどす黒い闇じゃない。それを俺は、知っていた。妹の真希なんかよりも、ずっとこいつのことを、信じて、知っていたんだ。


「ま、あとはあれだわ。せっかく5億もあるんだ。国外逃亡とかいいよな」
「えっ?」
「いやぁ、犯罪者なら誰もが考えるっしょ。お金の持ち逃げ。借り物を勝手に自分のものにしちまうってことだよ」


 心臓がドクンと高鳴った。それは、見つからない限り縛られないということだ。今までにない感覚、人生の足音。なんだか、自由の象徴のような気がした。
 そうだ、世界の果てまで逃げ続ければ、俺はその間、完全なる自由を手に入れる。こんな生活変えられる。こんな人生終わらせられる。使役されることも、自分を殺すこともなく、簡単に、簡単に……!


「いいんだぜ、お前は楽になるべきだ」


 その言葉に「夢なら、叶えちゃおうよ」といった、彼女の言葉を思い出す。あの甘くささやかれた声、心の奥に住み着いた、自由になりたいという欲望。
 だが、それと同時に理性が湧き上がる。その欲望を、コントロールするように、いいや、自分を見失わないように。俺は、変わりたい。けど、変わるべき人間じゃない。


「……いいや、楽にはなりたいさ。夢なら叶えたいさ。だが、俺には母さんがいる。どれだけ真希に憎まれようとも、俺は母さんから生まれたんだ。父さんのいない母さんを、守るのは俺なんだ」


 自分を見失わない柱が欲しかった。それに向かって突き進めば、間違いなんてないと思った。何かのためにいなければ、俺は俺としての理性を保てない。こんな欲望はおかしい、俺が自由を願うのは、間違っている。俺はきっと、自由になれないんだ。
 真剣に見つめたはずの優斗は、白けた目をしていた。大きくため息をつき、バンッと机をたたいて立ち上がった。思わず、俺は身を縮める。


「……へぇ、お前ってそんなマザコンだったか? もうお前には「頼る正義」がないんだろ。誰かのために、そうじゃないと成り立たないお前の正義。悪いがそりゃ、正義でもねぇし、理性でもねぇ! 操り人形の糸探しだわ!」


 負けじと立ち上がり、反論をする。このままじゃ、俺は……


「だ……だけどよ、それは事実じゃねぇか。俺がいなけりゃ、真希も母さんも生きていけない。俺が……犠牲になるしかねぇんだよ!」
「ほぉ、自己犠牲ね。そんなの自分殺しだ。正義なんて語って自分殺して、何が楽しい。お前は何のために生まれてきたんだよ! 幸せになるためじゃねぇのか!?」


 幸せになりたい。そんな願いはずっと昔に捨てた。今そのチャンスが目の前にあっても、おそらく手を取らない。俺にとっての幸せは、幸せを共有する相手がいること。誰も隣にいないのに、一人だけ幸せになることなんてできない。


「ずいぶんと俺は、わがままな欲望を持ってるなぁ……」


 気づけばボロボロと涙がこぼれていた。いつ以来だろう、泣いたのは。こんなに感情がぐちゃぐちゃなのは生まれて初めてのような気もする。
 優斗は顔を逸らして、唇をへの字にしながら「まぁ、座れや」と言った。泣きながら座った。恥ずかしいと思った。でもそれ以上に、俺は自分が情けなくて泣いていた。自分という物が空っぽで、満たされない存在であることに。


「……泣いたのってさ、幸せに簡単になれそうにないって感じ?」
「……まぁ、な」


 で、こんな気まずい空気の中、イチゴパフェとチョコパフェが届いた。店員も気まずい顔をしながら、それぞれの前に置く。ごゆっくりどうぞ、とは言われたが、ごゆっくりできないです、心は全然、ごゆっくりできないです。


「まぁ、食えや。食って元気付けろっし」
「……絶対味しねぇよ」


 と、言いながらも、優斗はチョコパフェを食い始めた。それもそう。俺の泣き言は、あいつの他人事である。


「俺には、ともに幸せになる相手がいない。それがいないのに、頑張ったって意味がない」
「ふーん、幸せの独り占めとか考えたことねぇの?」
「無理でしょ、独り占めなんてさ」
「一人っ子は、メロン一玉独り占めだぜ。あと親の愛情、お年玉、相続金。マジでうらやまぁー」


 羨ましいねぇ。確かにそれもそうだ。幸せを独り占めできるやつはできる。俺がただできないだけ。気づけば、涙は出なくなっていた。誰かの当たり前は俺の非日常。そう考えたら、俺の幸せも俺の願いも、誰かにとっては当たり前。


「なぁ……俺は、自由も幸せも手に入るかな」


 優斗は、俺のスプーンを取り、溶けかけのイチゴアイスを俺の口に銜えさせる。味がする。甘いアイスの味、甘酸っぱいイチゴの味だ。


「ま、5億もあれば、使い方次第だろうよ。やってみろYO!」


 その笑顔で、心が軽くなった気がした。幸せは見つければいい、自由も見つければいい。今は見えなくても、いつかきっと、早くても、このパフェを食べ終わったころには見えているかもしれない。



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