守りたいモノ

ヘタレ第53王子

梅雨です


 ピー。ピー。ピー。
 悠葵ゆうきは連続する電子音にうなされるように体をモゾモゾと動かし、顔面のすぐ脇にある自分のスマホを手に取る。
 鳴り続ける電子音を、寝起きとは思えないスピードで指を動かし、止める。

 ピー。ピー。ピー。
 30分後、また音が鳴り始める。悠葵は先程と同じようにスマホを手に取る。しかし今度は音を止めると同時に、体を起こし驚愕した。

「8時半!やばい!また遅刻する!」
 
 悠葵は寝起きの体を無理矢理に動かし、朝の身支度を始める。手始めに洗面台へ行き、顔を洗い歯を磨く。その時普段感じない違和感を両肩に感じて、悠葵は顔色を曇らせた。
「寝違えたかな。痛い」
 ただそんな事を気にしている時間は無い。部屋の隅に掛けてある制服に着替え、寝癖も直さず玄関へダッシュし、思い切り扉を開ける!  起きてからここまで5分程しか経ってはいない。驚愕的なスピードで身支度を終え、外に出てダッシュで学校へ。これが悠葵の普段の朝であった。
 しかし外はあいにくの天気である。今日、6月14日悠葵の住むこの街では、昨日梅雨入りが発表され昨晩から雨が降り続いていた。しかし悠葵は傘も差さずに飛び出していく。彼の中では濡れることよりも、遅刻する方が嫌なのだ。

「雨か、寝癖直しにもってこいだな!あと五分で教室に入れば俺の勝ちだ!」

 悠葵はビショビショになりながらも、着々と学校へ近づく。悠葵はこの街の県立南高校の生徒であり、その学校の裏手に住んでいる為、学校へは、走れば4分程で着く。そこから1分で二年生の教室が並ぶ校舎3階へ昇り、自分のクラスである2年C組の教室へダイブ。そこまでの流れを今年春から今まで続けている。
 しかし今までそれがうまくいったのも5割程度。失敗する時は、必ずある人物が絡む。校門前の体育教師の早川である。
 早川は、角刈り強面で目つきが相当に鋭い。ガタイも良く、声もでかい。そして何と言っても意味不明なのが、竹刀を常備している事。一部の生徒の間では、その竹刀で男子生徒のおしりを叩き、喝を注入すると言う噂があり、怒らせると厄介で有名である。
 そして勿論今日も校門前に早川が居た。悠葵は息を切らせながらポケットからスマホを取り出し画面を見た。時刻は8時38分30秒。悠葵は再度スマホをポケットへしまい、少しニヤケながら走る。そして校門前にさしかかると大声で叫ぶ。

「俺の勝ちだー!」

 悠葵と早川の間には、いつのまにか遅刻かそうじゃ無いかという勝負のようなようなものが、日々繰り広げられていて、悠葵が遅刻確定の時は、早川が悠葵の走りを止め、説教タイムに入る。しかし、まだ遅刻確定では無いタイミングでは、早川も止めに入れないので、悠葵を通すしかないのだ。
 悠葵は後者であると確信し、勝ちを誇示したのたのだが、早川から発せられた言葉は悠葵には想定外だった。

「お前の負けだー!」

 悠葵は校門前を通り過ぎてすぐに、走るのをやめた。そして早川の方へ振り返る。

「なんでだよ!あと1分半もあるぞ!」

 すると早川は、悠葵のビチャビチャの制服を指差し、こう答える。

「そんなびしょ濡れ小僧は教室に入るな!体操着に着替えてから入室しろ。周りに迷惑だ!更衣室に寄ってから行け!よって貴様は遅刻確定だ!」

 悠葵の誤算だった。今まで、雨の時は傘を差して走っていたが、今日に限って肩が重いのを理由に傘を差さずに走っていた。
 悠葵は割と物分かりが良いのか、すぐにその言葉を受け入れ、渋々1階の男子更衣室へ向かった。

 悠葵が更衣室へ入ると同じような境遇の生徒が数名いた。その中に悠葵には顔見知りの人物もいた。背格好が周りの男子より大きく坊主頭のその人物は体操着の上着を羽織ると同時にこちらに声を掛けてきた。

「なんだ、やっぱお前もか悠葵。まあ俺よりお前が早く来るわけ無いしな」

 悠葵は彼の少しニヤケ面で、かつ鼻に付く発言をしてきた仕返しに、負けじと鼻につくように返答する。

「その俺と似たような行動してちゃ、対して変わんないだろ佐々木くん?」
「はい、今の発言で更衣室内の男子全員あなたの敵になりました!」

 彼がそう言うので、悠葵はそんなわけ無かろうと、周りを見渡すと本当にチクチクと視線を感じた。

「え、マジなの力弥りきや?」
「この雰囲気で分かるだろー?遅刻常習者と同じにされちゃうとねー?」
「いやー力弥はホント冗談効かないんだからー!困っちゃうなー。ハハッ。はぁ」

 悠葵は少しばかり焦る様子で、場を和ませるような雰囲気で言ったが周りの反応は薄かった。
 悠葵とこの佐々木力弥ささきりきやは中学からの悪友である。なので仲はそれなりに良いのだ。

「しかしなーあれだ力弥、体操着貸してくれ!」
「は?お前今なんて?」
「体操着かしてくれい!」
「お前今日体育あるのに持ってこなかったのか?馬鹿だな。早川にケツバットならぬケツ竹刀喰らうぞ」
「マジか!忘れてた!どうしよう……」
「やっぱ体操着一枚も用意できない奴よりは、俺の方が一枚上手だな」
 
 その瞬間周りの気温が下がったように悠葵は感じていた。力弥にはこういう寒い所があり普段から悠葵は困っていた。一瞬の温度変化の間を経て、悠葵は言った。

「お前、それ狙ってんの?」

 そんな二人の会話を聞き流すかのように残りの男子は続々と更衣室を後にしていった。
 そして残りは、悠葵と力弥の二人だけとなった時、力弥は悠葵に対してある提案を出してきた。

「なあ悠葵、今日の放課後空いてたら合コン行かないか?」

 悠葵は少し固まった後、今日が雨である理由を悟り、話し出す。

「寒いシャレの後に、重ねて似合わないセリフ吐くなよ!だから雨なんだな。」

「いやこれが本当なんだ。同じ組の健二けんじがセッティングしてくれて4対4でやるんだけど」

 どうやら力弥の話は本当らしく、チャラ男で少し有名な上野健二うえのけんじが絡んでる事により、更に信憑性が上がってくる。
 力弥の話によると、女子陣は力弥と上野の同じクラスの柳沢晴やなぎさわはるプラス他校の女子。男子陣は力弥、上野、プラス他校の男子でやる予定だったのが、1人急な予定で来れなくなったので、数合わせで悠葵を誘う事になったとの事だった。
 しかし悠葵には、恋愛というものがよく分かっていない。そして肩が痛いことを理由に断ろうとしている悠葵。少しばかりの沈黙の後、悠葵は断ろうと口を開こうとすると、突然更衣室の扉が勢いよく開き、とてつもなく大きな声が部屋中に響く。

「まだ着替えてんのか!早く教室行け!」

 そして、勢いよく閉められた扉は反動でまた開いた。
 早川だった。二人は恐る恐る廊下を覗き見たが、既に早川の姿はなく、恐怖だけが植え付けられたまま、教室へ向かった。

 結局悠葵は力弥のブカブカの体操着を借りて教室へ向かっていた。先に教室へ向かった力弥とは別れ1階更衣室横のトイレで用をたしてからなので、一人寂しく歩いていた。
 そして一階の階段へ差し掛かる時に今更校舎の玄関に入ってくる女子を見かけた。
 髪はセミロングのさらさらしたストレートで少し茶色がかっている。スカート丈は少し短めで、そこから伸びる綺麗な足に、悠葵は目が釘付けになってしまった。
 今度は次第に近づいてくるその子の顔を見た。とても綺麗である。有名女優ですと言われても、納得する顔立ちでスッとした鼻に、大きな瞳。薄い唇もメイクなのか少しキラキラと輝いていて、今にも触れたくなるようだった。
 悠葵の横を通り過ぎ、階段を登り始める彼女に悠葵は思わず声をかけてしまった。
 
「お前2年か?俺より遅いなんて、さては不良だな?」

 悠葵はとてつもなく変な発言をしている事に気付いた。恥ずかしくなり思わず口を手で塞いだ。
 すると彼女は階段を上る足を止め、振り返り、見下すような形で悠葵に言った。

「初対面の女の子に平気でそんなこと言えるなんて最低。それから下から覗くなし、変態」

 彼女の言葉は具現化し、弓矢へ形状変化して、悠葵の心に突き刺さったように感じられた。そして彼女はくるりと前を向き直して歩き去ってしまった。
 
「あの女……可愛いけどムカつくな」

 悠葵は、初めて女子に対して可愛いという感情を抱いた。そして女子にムカつくといのもまた初めての感情だった。

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