光の幻想録

ホルス

#51 5月4日 複製能力③

 ──隔絶海洋都市、あらゆる技術技能、人材、科学、人類の英智が集い全てを利用しこの世界において発生した能力についての調査を行う。その様にして能力者をこの都市に外部から隔離しシュミレーションする。
 能力と言っても一括りにするのは愚策の極みである。例えば水を司る能力と相手の心理を操作する能力とでは水の存在する場所でしか能力をまともに使えない水の能力者はランクが下がる。逆に相手さえ居ればその心理を自在に操る心理操作能力者の方が戦闘能力的に優位であると言える。
 かくして隔絶海洋都市では能力にランク区分を用いて能力者を選定している。最高位の能力者は畏怖と敬意の念を込め、“トップの能力者”と呼称される。
 
 ──トップの能力者は現在8名。

 ──条件を満たせばあらゆる能力をワンランク下げて使用する事が出来る複製能力ボローアビリティの所持者、小鳥遊楽たかなしらく

 ──強度密度形状全てを瞬時に設定し、排出される障壁を空間座標に固定する事であらゆる能力から身を守る防護障壁の所持者、アイリス・ウィンチェスター。

 ──“接続”、または“認識”したあらゆる空間に任意の幻惑を魅せ幻惑さえ実体化させ攻撃を行わせる事が出来る幻惑の所持者、夢宮ゆめみや──。

 ──認識した能力の完全停止、能力者を無力化させ自身の選択した能力値のランクを2段階以上上昇させる無効化の所持者、────。

 ──あらゆる剣技を歴代の剣士以上に操り古今東西の業物の剣を内包し使用する騎士の所持者、霧島楓きりしまかえで

 ──トップの能力者である小鳥遊楽の細胞からクローン体として独立した個体が能力を発芽し、体内に内包した暗黒物質をブーストさせ肉体の強化や未知の物質“闇”の解放が可能。未だ大凡の能力は未知であるもののそれを除いた上で尚も高位の能力の所持者、ゾロアスター。

 ──原子炉を備え体内で核融合を繰り返し肥大化した肉体を持ちつつも熱を放射する事で安定性を保つ、核での攻撃を認められるが都市での戦闘経験を現状不明である核の所持者、────。

 ──未知。指数不明。あらゆる情報が確立せず能力の所在も不明であるが、戦闘能力は都市高位に存在している。仮称:不明の所持者、────。

 データとして存在しているトップ能力者は以上の8名となり、特筆すべきは核と複製だろう。核は現状好意的に実験に参加の意志を見せてはいるが複製は過去の出来事から私たちに興味を示すどころか嫌悪している節がある。その点を留意し最善の治療に当たるよう心掛けたまえ。

「んな事ぁ分かってんのよクソジジイが」

 トップ能力者の参考資料とジジイの指示書を適当に数秒で読み流し治療カプセルの中にぶち込まれている男を下から見上げるような形で眺める。行方不明になってからそんな経っていないけど、何らかの変化がありそうね。
 彼を肉眼で観察し終えると問診票を私の私見で書き連ねる。臓器の破損、所謂肋骨の骨折と骨折による骨が内蔵を貫いた、という程度のものであれば数時間も経てば回復する。問題は彼の内包する能力が極端に磨り減っている事か。
 ゾロアスターを感じられない事から魂も覗いて見たけどやはりというか何と言うか。一体何をして来たのかと問い詰めても彼は口を開かないだうろし。

「あー困った困った。おい暇な奴ら珈琲淹れて。砂糖は5個ね」

 その辺で暇そうにしてる研究員を捕まえて珈琲を嗜む、あいつらも暇っつう訳じゃないんだろうけど私に比べりゃ暇も同義でしょうよ。
 そういやあんたチョーカーさえ付けて無いじゃない、何考えてんの?死にたい訳?

「おい技術班呼んでこい」

天音あまね先生いい加減ご自身でなさってくださいよ」

「私はあんたらより能力を使っている分とクソジジイに対するストレスで2倍労力を働いている訳。君らはその辺のモブを調べてはい終わりだよな?そんな雑務こなしてりゃ仕事してる気になってる君らも大概だな、分かったんならさっさとあいつら呼んでこい」

 研究員共は私に見えないようこっそり溜息を吐き出して手元の受話器を上げ番号を入力し技術班の手配をした。程なくしてそいつらが到着するや否や、開口一番こう口にした。

「こいつのチョーカーもう2つ作れ」

「なに──」

「いいから作れ、テメェらだってトップ能力者に死なれんのは御免なんだろ?良い仕事受けれて良かったじゃねぇか」

「アレは製作に途方も無い苦労が掛かるこの都市最高級の物です!また同じ品質の物が我々に作れるかさえ怪しいので……」

「私は出来ないと思った事は頼まない、出来るからこそ頼んでるんだ。さっさと取り掛かれ本当に死ぬぞ」

 技術班を黙らせるには面と向かって論破しなければダメだというのは長年務めて得た知識の1つで、それを知る者はこの施設では私だけだと言い切っても良い。彼らの労力を労ってやらんとそろそろ暴動を起こされそうだな。
 頭を抱えながら白衣を纏った男集団が私の私室から出るのと同タイミングで、騒がしいウィンチェスターの小娘がドカドカと入り込んで来た。全く、これでは助手君にお代わりを頂く必要がありそうだ。

「どういう事ですか!」

「大きな声は控えてくれ患者に負担が掛かる。そして私のモチベーションにも支障を来す。可能な限り適切な声量で話掛けてくれ」

 うるうると今にも瞬きして涙を零しそうなウィンチェスターの小娘を見ると、どうにも内心が複雑になってしまうのは何故だろうな。

「心配せずとも彼なら見ての通りカプセル内療法にて治療中だ、何が不服なんだ?」

「藤淵海里から話は聞きました、彼も信用に値する人間では無い事は承知の上ではあります。それを考慮した上でも彼の話には大きな信憑性がありました……。貴方は楽をどうする気なんですか?」

 あのクマ……小娘に話したのか?ウィンチェスターの小娘の能力は障壁、口封じに抹殺する事はこの場では不可能だろうが手数で押せば或いは……。いや、違うな──。

「彼にはこの都市の為に貢献して貰っている、その為の助力を我々は買って出ているという訳だ。簡単な話だろ?我々は彼の能力を最大限に引き出す為のチョーカーを用意しデータを採取する、彼は彼で自在に能力を行使する事が出来、妹を捜索しやすくなる。このウィンウィンな関係に第三者の君が不満を抱く理由は何だ?彼も彼で採取されたデータで何が起きるかは承知の上だ」

「いいえそれは既に過去の話です。妹さんは見つかりチョーカーを付けている必要は消えました、貴方方にデータを送る必要も生命力・・・も奪われる必要もありません」

「────なに?」

 見つかった?見つけちまったのか?……いや、そもそも本当に実在したのかぁ……傑作だな。また新たに適当な命題付けてやらねぇといけねぇ訳か。

「やはりお前は面倒だウィンチェスターの小娘、貴様が来る度にチョーカーの理由を変えてるのには流石に手を焼くんだ。そもそも別世界の来訪者というだけで本来は世界中の研究者権力者が喉から手が出る程欲しい物なんだ。それを私は多少寿命が縮むというデメリットだけで自由に動き回れる事を保証している。それだけでも彼にとっちゃ大きなメリットだろう?なぁ……ウィンチェスタァ?」

「確かに貴方のチョーカーにより助けられた場面はありました、それは紛れもない事実。ですがそれ以上の危険を事実上強いているは貴方側です。楽は楽で世間から身を隠し貫ける事さえ可能なのです。どうかこれ以上楽に関わらないで……!」

 どのような理由があろうと私は彼の持つ遺伝子と情報が欲しい、隔絶海洋都市の発展、異世界への渡航介入、異世界とこの世界を繋げる鍵を見つける。その為なら私はこの身この命を捧げても良いさえ思っている。研究者としてこれ程滾る題材は人生全てにおいて無いだろう。
 私は知りたいのだ。異世界とは別世界とは、そこに住まう者たちとは、気候は?空気は?生物は?草木は?生態は?地形や地理は?私は知る事によりそれを記憶として保持し脳に永遠に保存する事が出来る。私は発展の為に後世にそれを遺し偉大な者となるのだよ。

「関わるな、というのは嬉しい事に不可能だ。今後彼をマトモに治療してやれるのはここ以外に無いと思えウィンチェスター。チョーカーを作るな付けるなそう言ったな?とどのつまりそれは彼が世界から孤立する事を意味する。知っているだろうが情報を送る、彼自身の能力の質向上以外にも都市全体を覆う規模の改変電波が常にチョーカーから発せられている。付けている事で彼は都市内では自然と生活出来ている訳だ。その彼がチョーカーを外し今回のように暗部に狙われ致命打を負った場合誰が療養するのだ。分かりきった答えだろうが答えは私だ」

「私は……ッ……」

 何かを言い切る前に、ふと私室の扉のガラス越し前に何がこちらに向け視線を送っているのに気が付いた。あれは確か彼が運び込まれた時に一緒に居た……あぁ、アレがその妹な訳なのか。

「おい入れてやれ」

 助手が聞こえないよう溜息を吐いて内部操作でセキュリティーカードを専用機械へと切り機会が反応して扉が開かれる。
 ウィンチェスターの小娘はそのカードを障壁の能力で障壁をカード形状にし内部データを本物と同様に作り上げ切る事で無理やり扉を開くというセキュリティー真っ青な事をしていたが。

「ひなちゃん……」

「貴方が、藤淵天音ふじぶちあまねさんですね」

 ────へぇ。

「らくは貴方の言う通り貴方達の言う異世界から逃亡しました。貴方方がらくからこの世界にない情報を獲得したいのも理解しています。藤淵天音先生、らくから情報を得ても構いませんが条件が1つあります」

「ひなちゃん!?」

 その幼い顔からは想像も出来ないような“何か”がこちらを覗いて見ているのが本能で理解出来た。

「私にもチョーカーを作ってください」


 万人は屈託の無い無垢な笑顔だと思うだろうが、私にはその笑顔が……言い表しようの無い悪鬼そのものに思えた。

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