光の幻想録

ホルス

#50 5月4日 複製能力②

 地上は快晴。そして今日は祝日で都市には子連れの親子が多く出回っている。第4区では貧相ながらも第3区と変わりない日常を過ごしている事が多くある。

 場所は乙夜いつや駅近辺に移る。
 先程食事を取ったファミレスに面する大通りを北上した先には小さいながらにも交通の肝となる駅がある。乙夜駅には地下に繋がる通称危険回避通路と呼ばれるものがあり、第4区に住まう者たちにとってかかせないものとなっている。
 第4区は強盗や殺人にあってもおかしくない、ならずの法が敷かれている。然し都市が開拓した地下街に通じる通路は正式な法が適応される。故に第4区民が安全に移動するにはこの通路が不可欠となる。
 仮にこの通路でならずを働く者が居るとすれば、それはただの馬鹿か。
 ──それとも暗部の人間かだ。

 




乙夜駅はパニックに陥っている。法が敷かれている地下通路での事件は犯罪となり誰もがその場所で事件を起こすことはない。その上記の常識が崩れかけているからだ。

「ありえない」

「おかしい」

 そんな言葉が交わされる中、2人の少女に抱えられながら血反吐を吐き零し俺は地上へと脱出した。
 内蔵がグチャグチャに掻き回されたかのような尋常ではない痛みが体を巡り、皮膚はどす黒く染まっている。
 特に腹部左側の損傷が激しく正常な皮膚の色をしている部分は何一つなかった。
 正直今まで窮地を何度か乗り越えて来た俺ですら今回ばかりは本当にダメかとさえ思えるくらいには体に限度が来ていた。

「どなたか治療系の能力をお持ちの方は居ませんか!?私の友人が酷い傷を負っているのです!!」

 アイリスがいつになく険しい表情で野次馬たちに声をかけるが、誰1人とて手を挙げない。
 そもそも居ても普通は名乗り出たりはしないだろう、地下通路で騒ぎを起こす、もしくは巻き込まれた者たちに自分から関わりたいと思うだろうか?
 自分から事件に巻き込まれに行くような人間は普通居ない。

「ど、どなたかお願いします!」

 俺の複製能力で治癒能力自体は行使出来るとは思う。だがそんな力は既に使い果たし行使出来たとしても劣化しているが為に治癒らしい効果は全く期待出来ないだろう。

「らく」

 どうした、ひな。
 もうそんな言葉を出せないまでに力が消えていた。

「奇跡を使う」

 意識が飛びかけている。

「らくがいないのもうやだ」

 ひなが何を言っているのか辛うじて聞き取れる。俺もひなが居ないのはもう嫌だ……嫌なんだ……。

「あと──回。らく用意は出来てるね」

 ひなが俺の頭に手を当てる。
 目を瞑り何かを呟くように、小鳥が囀るように静かに歌い始めた。
 途端周囲に静寂が訪れる。響くのはひなの声。あらゆる者もその歌声に魅了され聴き入っているのだろうか。
 真相はどれあれ、今この周囲に居る者たちの視線は彼女に注がれている。幻想的な声は小鳥を羽ばたかせ人を魅了し癒す。
 だが注目を集めているという行為は現状の都市では自殺行為だったのだ。

「──ひなちゃん!!」

 気が付けばひなの視界の目の前には黒い何かが飛んで来ていた。それは距離にして既に数十センチ程だろうか。アイリスは咄嗟にそれに気が付きひなと飛来した物体との合間に障壁を展開し、被弾を回避した。
 何処から飛んできたのかさえ不明だが、そもそも飛来して来たこれも不明である。形状は細長く蛇のようにウネウネと蠢いてはいるが生物とは思えない駆動を繰り返し続けている。

「楽を担いで人気の無い場所へ移ります!この場は危険です!」

「……うん」

 ひなはともかく大の男を病弱なアイリスが担げるのかに関しては疑問が残る。2人がかりとは言えそれは重労働のそれに近しいものだろう。
 彼女たちは人生で最も強い力を発揮しつつ人混みの中を進んで行く。その人混みも血塗れの男が居ると分かれば誰もがその道を開け渡す。それが相手からすれば好都合に映るのだろうか?適当な間隔を開けて不意に飛来する謎の物体を障壁で防衛しながら進んで行く。
 周りの人間に被害が被ることさえ厭わぬこの強硬な手段に、アイリスの暗部の人間が楽を狙っているのかもしれないという疑問が、狙っているという確証に変わった。
 暗部の人間は海洋都市に法をしく独立した政府に近しい役割を持った上層部が雇う殺し屋のようなものだと思ってくれれば良い。そんな奴らに狙われる筋合いが何処にあるのか。

「道を開けろ!!」

 サイレンのような音が先方から鳴り響き大きな男の声が近付いてくる。私はこの声を知っている、対能力者特殊部隊……都市で能力者による事件事事故が発生した場合容疑者を拘束する必要がある。その任を受け現場に駆け付け鎮圧する為に編成された特殊部隊その長。

「おい何してんだお嬢様」

 その大男の名を……

「ここじゃ話せません。私たちを1度保護して貰えますか藤淵海里ふじぶちかいり隊長さん」

 その大男は2人に抱えられている血塗れの男に視線を落とし、その後辺りの、細かく言えば能力によって射撃可能であろう屋上や小さな窓を全て確認し終えると、ただ一言ついて来いと手首を捻り合図した。





 私には誰も気が付かない。気が付かないっていうか、私がそういう力を無意識に使っているからだと思う。
 気が付けば私は暗い部屋に居た。お気に入りの黒帽子も私のすぐ側に落ちていて深々と被りなおしてその周辺に目をやる。
 男と女が1人ずつ、そこに気絶するかのように寝ていた。それ以外は特に変わった物も無ければ気になるような事も無い。私がお姉ちゃんから見せて貰ったものと瓜二つの物が点在しているだけだったから。
 でも私がなんで此処に居るのかが分からない、賢者が何かしたのかな。

「ん……」

 男が眠りから醒めたようだ。薄っぺらい布団を出ようとして辺りを確認して何やら戸惑っている。

「戻って来たってことか……」

 そう呟いて男は女に布団を被せつつも食事の支度をするようだ。そう言えば私も何かお腹減ってきたな……。男は外の世界の食べ物にお湯を注いだその数秒後、扉がガチャりと開けられ女の子が現れた。
 とても綺麗な銀髪、真紅の眼。お人形さんみたいで愛らしいと第一印象を感じ取れた。でもその女の子は持っていた物を床に落として男に頭から突っ込んで行った。何してるんだろう?

「すみません!すみません!!」

 程なくしてから落ち着きを取り戻したかのように女の子はひたすらその場でぺこりと謝り続けていた。男は手に若干火傷しつつも隠すかのように手を背後へと隠している、それをマジマジと見つめているのが私。
 そんなうるさい中、布団に居た女の子も起きて来て簡単な自己紹介とその子について男は説明していた。
 この男の人はお兄さんなんだ……ふ〜ん……。それでこっちの大人しそうな子が妹……。

「アイリス昼飯食ったか?」

「いえ、まだ頂いていないです」

 私もーと無意識の内に私自身も返答してしまっていた。なんでだろう、なんで返事したのかな?分からないけどまあいいや。
 でもこの人たちにちょっとついて行ってみようかな。他に行きたいと思う人も場所も無いし、何よりこの世界は私の居た場所と違うんだし。
 それと、少し貴方とあの子に興味が湧いたから。

「ちゃんと連れてってよね、お兄さん」

 聞こえる筈もない声をその男の前で放ち、若干不気味な笑顔を無意識に浮かべる幻想の妖怪さとりは閉じ血涙を流す瞼を袖で擦りあげ男について行くのだ。誰にも気がつかれる事も無く。

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