光の幻想録

ホルス

#44 変獄異変 22.

 私の体は腐って別の何かに変わろうとしていた。自分が自分で無くなる感覚というのはとてつもなく不快だ、痛かったし意識もしっかりあるが故にとてつもない恐怖もある。
 ──気が付けば私は元の肉体に修繕されていた。
 違和感らしい違和感も無ければ損傷らしい損傷も無い、至って良好な状態だと言い切れるくらいには。
 でもそれこそおかしな話だと思う、私は吸血鬼レミリア嬢の住まう紅魔館へと避難する際に獄獣の対応に当たった。
 その時不覚にも一撃を受けて──。
 その先はあまり思い返したくない出来事の連続だったよ、肉体は元の形を取り戻し謎ばかりが残っている。でもそれを解決する前にやるべき事が沢山あるんだ、だから私は今ここに立つ。

 ──敵の名は『藤淵閃』。
 あらゆる能力者をモルモットのように扱い、人権を無視した実験やあらゆる暴力の数々。精神的に《不安定》とされた藤淵だが、持ち前の頭脳から非人道的な行いを継続し続けていたとされている。
 それが奴の都市での行い、到底同じ人間とはその業は生半可なもので解決して良いものではない。
 故に聖人である私が裁定する、力は無くとも裁依代量を有する世界の力は以前変わらず私のものとなっている。

「楽にこれだけの深手を追わせたんだよ藤淵。少しは満たされたんじゃないかな」

「俺の目的はあくまでゾロアスターだ、依代側の人間になンぞそこまで興味はねェ。そもそも産みの親である俺に歯向かうなンて愚行許せる訳ねェだろ。だと思わねェか海色ちゃんよォ……」

「その表情で興味が無い、なんてよく言わせるよ藤淵。君は自分の内情にも目を向けてみるべきだと思うけどな」

 私の言葉に藤淵の笑みが途切れる。それは研究者から殺人鬼に切り替わった瞬間だ。

 ──開戦の合図は藤淵が懐に忍び込ませていた双銃の射撃音。マグナム型の対能力者専用の微弱な電磁波を阻害する物質が練り込まれている銃。
 弾丸が体を貫通したその時、能力者の電磁波は暴走し自らの脳を焼き尽くす。決して、決して被弾してはいけない。
 例え電磁波の能力を元から持っていて耐性があるにしろ、弾丸そのものの屠る威力は体を破壊する。

「──水の羽衣はごろも

 自身周辺を水の結界が覆う。風に靡くカーテンのように美しく水色に透き通り、軽くたゆたい続ける。
 それは軽く美しく輝きながらも障壁のように強固であり、目の前にまで迫る弾丸はカーテンの障壁によって防がれる。

水弾ショット──ッ!」

 カーテンの水を激しく手で横薙し細かな水飛沫を大量に作り出す、それら1つ1つは槍のような形状へと徐々に自然に形を変えて弾丸のように藤淵へと襲い掛かる。
 だけどまああの見えない障壁によってそれらは全て阻まれる、全く嫌な能力だ。でもアイリスの能力には限界値、つまりは防ぐ回数のようなものが設定されている。そこを上手く突くことが出来ればまだ……。

水槍ランス

 カーテンから水を回収し子供が粘土遊びをするようにコネ回す、それを大きく細長く形成する事で出来るのが水の槍『ランス』。
 本来の私の能力ではこれが1番の愛用武器だったりする、聖人としての力があれば水の力に頼ることがあんまり無かったからね。

「その壁、必ず崩させて貰うよ藤淵」

「聖人の力を失っている海色ちゃんに出来るかねェ?そもそも水の能力なんてのは下の下、その能力を覚醒した実験材料共はこぞって発狂するのによォ……なァ……海色ちゃんよォ……?」

 ──カーテンを突き抜ける。水浸しの私の前に迫るのは合わせて放たれた対能力者専用の弾丸、それをランスの先端で穿ち抜き穢れなき大地をひた走る。
 次の弾丸が装填され放たれるその時、ちょうど人1人が隠れられるだけの突起した岩で体を隠す。どうにかしてまずはチョーカーの電力を落とさなきゃ藤淵はいつまで経っても宙に浮いたままだ。

「抉り出せェ……!!」

 背後に感じたおぞましい殺気、その場から即座に離脱を選択したのは正解だった。楽に致命傷をもたらせたあの腕が、私の居た岩場を無に還していた。
 本当に何も無い『無』の空間、それはあらゆる存在をゼロ=無にする能力。

「本当に藤淵、君って奴は!!」

「はっははははァァ──ッッ!!!」

 繰り出される『無限』なる攻撃、幾度走ろうとその怪異の追跡は間逃れず生還もせず、ただ単純に生きていたとされる痕跡さえもゼロとなる。
 私の水の能力とでは天地の差がある、そもそも水を無にすれば私の能力は無いに等しいものだからね。
 走りながら呼吸を整え、次に迫る石の突起を利用し岩を蹴り飛ばして宙へと飛翔する。

「その障壁、必ず崩すよ!!」

 聖人としての力を持たない私の総合的な力はそこら辺のあんちゃんより少し強い程度、正直なところ藤淵に勝てる見込みは砂漠で1粒の飴玉を見つけるより少ない。
 でも何故だか勝てるという自信はあったんだ、聖人の力を会得した楽でさえ破れなかったあの障壁を私が……なんて思ったりもしている。でもね、本当に何でかな。今は出来る気しかしない──ッ!

「なッにッ……?!」

 水の刃の前に透明な障壁はパリパリとガラスが崩れ落ちるような音を立てながら崩壊したのを確認した。同時に私の体から湧き上がる不意の高揚感、その興奮に体は突き動かされていく。
 続けざまに藤淵の纏う白衣の裾を掴んで地面に叩き付ける、軽い砂煙が上がり咳き込む藤淵と首元にランスを突き付け睨む私。
 また障壁が展開されるかもしれない、その危険があるというのに私の手は藤淵の命を取らないでいた。──というより体が動かない。
 自分の意思で体を動かす事が出来ない。それは藤淵の能力では無い全く別の力、体の細胞1つ1つがそいつの命令を受け動いている。

「なんの真似だ海色ォ……」

 声も出ない、そのまま私でない私が藤淵を見つめ続ける。

「あと5周・・はして来い」

 私でない私から出た男の声、次の瞬間には手に持つランスが藤淵の喉元を深く突き刺し返り血が飛び散る。私の黒髪が赤く染まり黒染めの服も赤みがかる。
 死ぬ間際でさえ藤淵は私を見る目を変えずに笑みを浮かべていた、あまりにも恐ろしい執念と呼ぶべきだろうか。

「ッ……!」

 不意に行動制限が終わったのを感じた、ふと重荷が降りたかのように体が軽くなったからだ。人体に重要な血管が詰まった喉元を穿たれた藤淵の死亡確認はするまでもない、今は急いで楽の元へ行かないと……!

「楽……はぁ……!楽……!!」

 辺りはいつの間にか薄暗く視界は不良、微かにある楽の気配を頼りに走り回る。楽は深手を負ってるし急いで治療しないと命に関わる……急げ……急げ!急げ!!

 そうして走り回ること数分、ようやく楽の倒れている場所へと辿り着き、恐る恐る彼の脈を取る。微かに感じる彼の心臓の脈動、まだ生きている!

「良かった!楽待ってなさい、今何とかするからね」

 こうまでなっても生きているのは聖人の力が楽を生かし続けてるからだと思う、そうでなければ説明が付かない。だってこんなにも酷い……。
 いや、よそう。今は楽の治療に専念しないといけないね。
 まずは失血を血液成分と全く同等の水を生成して体に循環させる、そして胸の大穴を水のベールで塞いで左腕は……水分で結合という訳にもいかないし難しいね……。
 楽が何とか目を醒ましてくれれば治癒は出来るんだけど……とりあえずこれで応急処置は済んだ、これで命は繋がれる。
 これ以上失血すれば例え聖人の力があろうと人体の方で限界が来てしまう、そうなる前に手を打てて良かった。

「楽、終わったよ」

 届くはずの無い声を彼に聞かせる。闇夜が深くなる中、私はこの世界で楽と2人だけになってしまったかのような喪失感を感じた。
 ゾロアスターも居るはずなのに何でかな、あまりに多くの命が失われた場面を見過ぎたからか。でもそんなもの今まで何度も見て来たのに、本当に何でだろう。

「少し話そうよ、楽」

 瀕死の人間に私はそっと右手を置く。楽はこのまま絶対安静を続けた方が良い、動かしたらそれこそ命の保証は無い。だからこそだろうか、こんな気持ちになったのも。

「薄々気が付いていたろうけどさ、楽の細胞から製造されたのはゾロアスターだけじゃないんだ。私も、その1人。楽の細胞を元に製造されたクローン、君の妹と似ているのもそこが原因なんだろうね……」

 彼は答えない。

「クローンとして初めて見たのは藤淵の邪悪な笑み、予め学習装置を装着していたからそれが歪だということは感じ取れたんだ。だから君が正しいというのはすぐに分かった」

 彼は答えない。

「だから君とこうやってもう一度巡り会えた事を嬉しく思う。ゾロアスターは君と一体化してしまって自我が表面に出るくらいなんだろうけどさ、それでもほぼ同時期に製造された弟なんだ。世話が焼けるけどよろしく頼んだよ、お兄ちゃん」

 ──彼は答えない。

「──どうして答えてくれないんだい……」

 彼は答えない。答えることは出来ない。
 そんなのは知っている、でもポロポロと落ちていく涙の共に秘めていた感情が表に出てしまった。

「私が今まで受けた聖人としての苦しみ、聖人として人々を制裁する苦しみ、そして戦う苦しみ、君に譲渡するのは本当は嫌だったんだよ楽……君が君で無くなるかもしれないという恐怖が私を埋めつくした、私の苦しみを君に味わって欲しくなかった……ごめんね……ごめんよ楽……」

 冷たい体にそっと顔を当てる。以前何処かで感じた温かさは何処にもない、あるのは瀕死の楽。

「──ごめん……。君が聞いてなくて良かった。ゾロアスターもごめんね、こんなお姉ちゃんでさ」

「あァ……感動もンだったよ海色ォォ……」

 ──瞬間、あらゆる神経を声の主に当て地面に置いてあるランスを振り向かずに声のした方への刺し込む。手応え有り、間違いなく穿ち抜いた。
 そう信じながら恐る恐る振り向くと槍は空を裂いていた。それに気が付いた時には既に遅く、私は前方に居た何者かに首を鷲掴みにされ持ち上げられる。

「藤……淵ッ……!!」

「そう簡単にァ死なねェよ……ちったァ響いたが致命傷じゃァねェ。次にやるなら心臓をぶち抜きな海色ォ」

 強まる力、非力な私では成人男性の腕力には叶いそうにもないか……能力も御丁寧にデバイスで使えそうにない。

「ガ……ぐ……」

「良いねェ唆るぜその顔だ。もっと俺に見せてみろよ海色ォォ!!!!」

 いし……き……が…………。

「海色が苦しがってんだろうが閃──ッッ!!!」

 藤淵の体が真横に大きく跳ね飛ばされる。まるでサッカーボールのように弾みながら地面を転がっていく。

「ゲホ……ッ……ゲホ……」

「大丈夫か姉ちゃん・・・・

 そう私を呼ぶ者はこの世界でたった1人。私とほぼ同時期に楽の細胞から製造されたクローン体。そして楽の体と一体化し深層の存在者となった者。

「ゾロアスタあ……」

 でも楽の体じゃない、髪は真っ黒で目は白く濁ってる……。そして楽の体は今もそこに……。

「楽を頼んだぞ姉ちゃん。俺が頼れるのは姉ちゃんしか居ねえからな」

 ここで全てを理解した。小鳥遊楽とゾロアスターはその体同士から離別・・したのだと。

「藤淵をお願い……ねゾロアスター」

「任せろ」

 藤淵へと跳ぶ。大きく跳ね上がった奴の図体は既に人として機能しないだろう、だがそれでも動き回るのが奴の本性。あらゆる能力を我がものとして牛耳ろうと企む悪性、『リリス』の自我。ソレに該当するのが藤淵閃という男。
 放置すればこの世にまた災厄を齎す。俺を産んだ事には感謝するが、ただそれだけの関係だ。

「ゾロアスターだなァ……会えて嬉しいぞゾロアスタァァ!!!!!」

「楽と海色、そしてこの世界の仇を取らせてもらうぞ藤淵閃──!」

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