光の幻想録

ホルス

#42 変獄異変 20.

 小さな女の子が神社までやって来たのです。今思えば1人で女の子が妖怪蔓延る山を1人で登って来れる訳が無い。
 神奈子様や諏訪子様が私に連絡も無しに人を通す訳も無いのです、寝起きの重たい体だったとはいえ普通に考えれば誰でも警戒するような出来事だったはず。
 だと言うのに私はその子……いえ、その異なる外界の人間の願いを叶えてしまった。
 私の力は奇跡を願う者の願いを無差別に叶える力。本来は難病等を克服する為などに用いる力であり、決して個人的な願いを叶える為に使用する力ではない。
 お金持ちになりたい。強くなりたい。外の世界を見てみたい。そんな我欲に溢れた願いを私は幾度も聞きました、その度に神奈子様は人々を追い払ってくれていたのです。
 その結果、守矢神社の信仰は失われ神奈子様、諏訪子様の力は限りなく低下してしまったのだ。私の為に神々の力の大元とも言える信仰を失ってでも私を助けようとしてくださった御2人には頭が上がりませんでした。
 そうして噂を聞き付け妖怪の山を登る里の人間たち、己の願いを叶えて欲しいという欲望のみで辿り着いた者たちに、私は奇跡という対価を与えた。
 そして彼らは奇跡という対価を得て信仰を報酬として支払う、その仕組みが作られたのはつい先日の事だ。
 だがこの力は私の体に大きく負担を掛ける、1日に願いを叶える事が出来るのは精々1人が限界だ。願いを奇跡という名目であらゆる事象を吹っ飛ばし結果だけを残す、その過程はどうでも良い、それが【奇跡を叶える程度の能力】。
 1度願いが発動すれば過程がどの様に行われようと結果だけを完全に再現する、例えば母親を癌から救って欲しいなんていう願いが聞き届けられれば、母親の癌に侵された臓器を丸ごと摘出し、文字通り“癌からは救う”。ただしその肉体は出血多量で死ぬかもしれない。
 私の力は紙一重のものだ、それでも尚願いを叶えようと里から登り来る人間が絶えない。それ程までに幻想郷の実情は苦しいのだ。




 違和感のある足枷は遂に崩された。思うように行使出来なかった能力も辛うじて行使出来るレベルには回復する事が出来た、だが奴から食らったソレの効力は完全に洗い流す事は出来ない。
 能力を持った凶悪犯罪者などに対抗する為に使用されるという──対能力者用電磁兵器、名をデバイスチューナー。
 極小サイズにまで小型化された電磁兵器で、チップから放たれる電磁波が能力者の発する微弱な電磁波を妨害し、能力の使用を制限する。
 そして俺の“複製能力ボローアビリティ”と同じ効果を持つとされるチョーカー、名をそのままアビリティチョーカー。全ての人間が隠し持つとされる力をチョーカーに注ぎ込む事で、登録している能力を1段階ランクを下げた状態で使用する事が出来る擬似能力。
 奴はそれで俺らの手足を長い間拘束していた、1段階ランクが下がっているにも関わらず1時間の拘束を可能にしたというその能力は、間違いなく俺と並ぶトップの能力者。そいつのものであれば納得が行く。

「はく──」

 思うように声が出せなかった。喉に異物が詰まったかのような違和感に思わず嘔吐する。
 俺の喉元から出てきたソレは俗に言う“ビー玉”と呼ばれる様々な色を持った小さな球体、それらが両手に収まる程の量出てきたのだ。俺だけでなく博麗や猫矢にも同じ症状が出ている。

低複製アン・アビリティ霧風夢風きりかぜゆめかぜ──。どうした楽ぅ、お前の元々持っていた力をこうして俺が使っているだけだろうに」

 確かにあのチョーカーで使用される元々の能力は俺のものだ、だが能力使用は原則として1度に1回の行使のみ。複数の能力を1度に展開する事は体に負担を掛けすぐにガタが来る。
 ──だと言うのに藤淵という男は俺たちを確実に殺す為に自身の肉体の損傷を顧みず能力を複数展開し攻撃を続けて来ている。
 能力の制限、重量の束縛、空気抵抗の能力、物体の転移能力、今分かるだけで4つの能力を奴は展開している。

 視界がぼやける、呼吸は乱れ思考も難航する。
 ──切り替えなくては・・・・・・・・死ぬ。

「複製能力:……ッ────」


 ──いや、分かった。
 走馬灯が見えそうになりながらの限界を迎えつつ確信を持てた出来事がある、それはほんの数十秒前に俺がやった事だ。
 何故対能力者兵器であるチップに支障を来たしたにも関わらず、まだ俺たちは能力が使えないのか。

「複製能力:霧島楓きりしまかえで!」

 都市のトップに位置する能力者の1人に幻覚を見せる能力者が居る、痛みや幻覚での死を現実に伝えるといったおぞましい能力者だ。
 ──俺たちはただ単に、能力が使えないと信じ込んでいた。思考をコントロール、目に見える物全てが幻と化す、それが夢宮ゆめみやと呼ばれるトップの能力者。

「これは幻だ!力を使え!!!」

 霧島楓の能力それは。
 ──あらゆる剣術をその身に宿す力。

「能力者が肉弾戦だァ……?思い上がるのもいい加減にしろよ楽ゥ!!」

 その距離数メートル、聖人の力を下半身に集中させ脚力を上昇させる。
 地を蹴り藤淵へと剣を突き立てながら突撃する、如何に優れた能力者だろうと遠距離での能力の撃ち合いが基本の戦闘となる。
 例外として俺のような脳筋と楓のような純粋な騎士・・は、接近戦を得意とする能力を主力に攻め立てる、それが自身の肉体と噛み合っているからだ。

 藤淵へと迫る海色あおいろの長剣は皮膚を切り裂く寸での空間で停止した、鉄でもぶっ叩いたかのような振動で剣で伝い俺の手首にダメージを与える。
 これは防護壁の能力者……名を──

「低複製:アイリス・ウィンチェスター。まだまだ行くぜおィ……こンなもンじゃ足りねェ!!もっと痛ぶり尽くしてやンよォ……!!」

 傷だらけの顔面をニタリとニヤつかせる藤淵。
 俺へと攻撃を移そうと3度に渡り詠唱を開始し始めた瞬間、7色の光弾が俺と藤淵の周りに時計回りに展開し、収束する。
 その寸前、後ろから服を思いっきり何かに引っ張られ、7色の光弾による攻撃を間一髪回避する事が出来た。

「ご、ごめんね楽、少し強めに引っ張っちゃった」

 喉元に服がくい込んでジンジンと痛みが出てきているが死ぬよりかはマシだと思った。俺の居た場所は7色の爆発により極小のクレーターが姿を現し、その場で砂煙が空めがけ吹き上がっていたのだ。
 こんなものマトモに食らった暁にはそれこそ体はバラバラにでもなっていたに違いない、これがこの世界の人間の強さ……。

「いやありがとう猫矢、博麗さんも助かった」
「あの男に策もなしに接近するのは危険よ。そもそもアレが本体かすら分からない状態だしね」
「それは大丈夫だよ。私の能力を使って相手の生体電流を感知すれば博士が何処にいるのか見当はつくし。今だと……そうだね、あの渦の付近に居ると思う」

 そう猫矢が指さしたのは宙に渦巻く地獄の入口、その渦の付近だと言う。瞬間移動の能力は複製能力でも使用するのに莫大な力が必要になる、飛行能力も同様に常に能力を維持し続ける必要があるが故に効率の良い離脱方法とは考えにくい。
 この場から一瞬で離脱……そんな事が可能な能力があるならこの2つくらいしか……。

「とにかく今アイツが居ないなら好都合だ!東風谷早苗を回収しておこう」

 緑の巫女に寄り添いその体を持ち上げたその時、宙から降り注ぐ異様な圧に視線を見上げた。
 ──そこから空間が揺れている。
 世界が渦に侵食され、世界が上書きされ歪みにより空間が揺れている。つまりそれはあの渦が世界を飲み込もうとしている事と同じ事になる。
 世界が、地獄そのものに成り代わろうとしてる。

「やべえな……猫矢!東風谷早苗を連れて安全な場所まで逃げてくれ!!」

 その時、言ってて気が付いたんだ。
 もうこの世界に安全な場所なんてものは存在しないと。この世界は後数時間程で獄獣に埋めつくされるだろう。
 2人は焦る俺を真剣な顔で見つめていた、それは既に覚悟を決めて戦場に臨む戦士の顔だ。それを俺は見たことがある。

 …………。

「藤淵を追いたい。任せていいな2人共」
「「ったり前でしょ、!」」




 宙に浮かぶ蠢く渦、毎秒獄獣が排出され続け次第にこの世界は地獄と化し終焉を迎える。研究者──藤淵閃は狡猾な男だ。あらゆるメリットを自分のものとし、能力者を巧みに利用する。
 そしてまた、この世界をも利用し俺を殺そうとしている。俺が居た世界を、そしてひなの為にも……何としてでも奴を倒さなければならない。

 ──覚悟は出来たか?俺は出来ている。

 出来ていた、と言えば嘘になるかも知れない。あの2人の覚悟の方が余程決まっていたんだ。世界を守るという、そして死んで行った者たちから目を背けず前を向き前進していた。

 ──なら改めて覚悟を決めろ。姉ちゃんの為にも、お前の妹の為にも。

 言われるまでもないゾロアスター、藤淵閃はここで殺す。──必ず。

「光の幻想録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く