光の幻想録

ホルス

#41 変獄異変 19.

 根源かつ元凶、藤淵閃が居ると思われる守矢神社へと遂に辿り着いた。
 禍々しく開いたそらの大穴、そこからヒトの手を幾度も重ねたような翼を持った獄獣たちが五十……いや百以上が毎分排出されている。
 羽ばたき宙を舞う獄獣、地を這い肉を貪る獄獣、変異し異形化した獄獣、そしてヒトや妖怪を喰らい亡き者の顔を取り付けその声で死を笑う獄獣。
 地獄という世界がこの世界を塗り潰したのだ。
 
 周囲に蔓延る獄獣を吸血鬼が即座に始末して行く、神社までの長い階段の安全は完全に確保されたのだ。
 ただ神社領地内に足を踏み込もうとした瞬間に俺の体は酷く熱を発し意識が無へと切り替わりかけた。
 スっと別の何かに切り替わるような、そんな不思議な感覚を覚えている。
「っと、そういえば紫と契約しているんだったわね。少し痛むけど我慢なさい」
 博麗が膝を付いた俺の片手を肩に乗せゆっくりとその場から立ち上がる、博麗はそのまま俺の手を重ね合わせると何やらブツブツ言い始めた。
 本当に微かな音調で短い単語を何列にも並べて復唱している。
「光。この世界での貴方の足枷を砕く。ただ貴方の人権は保証されない、例えこの世界のこの異変を解決に導いたとしても。ソレを飲み込むのなら返事をして」
 この世界の足枷とは元いた世界に置いて八雲の使いと契約した“東風谷早苗との接近禁止令”、奇跡を強奪する事がないよう厳重な封印と呪縛が施されている。
「俺は妹を救う過程でここに居る。この世界で俺がどんな目で見られようが、はぶれかようが関係無いよ。やってくれ博麗さん」
 その言葉を聞いた博麗霊夢は手を俺の胸元にまで寄せ添える、途端に心の奥から軽くなったかのように気持ちが軽くなったのを感じることが出来た。
 「貴方がどんな目で見られようと、私は貴方を見捨てはしない。貴方は博雨光、この世界において名前を獲得したこの世界の住人。私はソレを忘れる事は決してない──」

 ──術式展開。
 此れは悪しき呪術を払うもの。
 此れは幻想を守り抜く善なるもの。
 否、此れは施された盟約を断ち切る無効化するもの。
 否、此れは幻想の為であり幻想に欺くもの。

 ──術式セット。
 契約者【小鳥遊楽たかなしらく】。
 所持者【八雲紫やくもゆかり】の血液を小鳥遊楽の血液で描かれた魔法陣の中央に一滴ずつゆっくり垂らし染み込ませる。

 ──術式問答。
「光、もう一度だけ言ってくれる?」
「……やってくれ」

 ──術式成立。
「博麗の巫女──代目、霊夢。博麗の名に賭けこの者の封印を解呪を求める。我らが祖よ此処に!」
 天高く祈りを捧げる。それは我らの祖、天に身を置き玉座に君臨する神。
 幻想を創り上げた“賢者”と呼ばれし妖怪が存在する、それらが幻想を創り上げるより遥かな太古より無に存在するとされている偉大なる存在。
 通称“真神しんかみ”。その姿は男のようであり女のようでもある、絶大な力を振るいこの地に封印されていたという仮説すら立てられる程の強さを持つ云われている。
 そしてその神に祈りは無事に届いたようだ。
 天より蒼く輝く一本線が暗雲を突き抜け博雨光を照らし始めた。
 光が契約したものは本来であれば一切の解呪が不可能とされる禁忌の中の禁忌とされるスクロール契約、古代大魔術師が用いた物とされ賢者クラスの大妖怪が生涯を掛けて手に入れられるかどうかという代物だ。
 紫はそれを光に使用した。博麗大結界が彼によって脅かされたという事実があったにしろ、スクロールを使って記憶すら消去したということに私は違和感を感じていた。
 ただの人間にそこまでする必要が無いからだ。危険であればいっそ殺してしまうのが良い、では“危険を承知の上で何故生かしたのか”。
 光は危険だと私は知っている。でも本質から悪だとは思わない、あの時駆け付けてくれた彼のそれは紛うことなき本心からの善意だと私は受け止めている。

 小鳥遊楽の封印は解呪された。同時に“記憶の消去が抹消された”。
 彼は幻想に訪れる前の本来の記憶を完全に取り戻したのだ。それは喜ばしい事なのか、否暗雲立ち込める幻想に必要なのは必要悪であるからして必要な事だ。
 彼は博雨光という人間では無くなったのだ。
「────」
 空を見上げる楽、私はそこに居ないけど私は貴方を見ている。貴方はこの世界の癌、でも貴方が居なければ藤淵という男は殺せないし異変は永遠に終わる事は無い。
 役職の立場上、貴方に負担を掛ける事になるけど……どうか乗り越えて……。

「光……?」
 何かを感じて空を見上げていたのが不思議だったのか博麗は不安げに話しかけてくる。
 他の生き残った吸血鬼も警戒の眼差しを投げつけて来ている。
「藤淵を殺る。改めて一緒に戦ってくれないか博麗さん、レミリアさん」
 俺はこの世界を利用してひなを救う。例えこの世界を蹴落としてでも。
 それを2人は承知の上で俺をあんな目で見ていたんだろう。当然だ、敵になる男が目の前に居て不穏な行動をしていれば自然と警戒するものだ。
「私は貴方を信用している。細かい話はこれが終わってからしましょう光」
「……」
 レミリアからの殺気がひしひしと伝わる、肌を凍らせる冷酷な眼差しが突き刺さる。
 だが今はこんな所でやり合っている暇は無い。藤淵の気配は既に目の前の神社にある。
「こっこ。この世界の為にも都市の為にも藤淵をここで潰す。手伝ってくれ」
「当たり前でしょ!私は貴方の味方だよ」
 ピンクの髪を揺らし彼女はそう答えた。うっすらとその目に涙を浮かべながら。
 俺は先陣を切るようにいち早く神社の領地へと足を踏み込んだ、以前八雲の使いと契約した呪縛の効果は抹消され自由に行き来が可能になっている。
 領地内に踏み込んだ瞬間、辺りは“異界化”した。これはそうだ亜空間と同じ類のものだ。
 亜空間は普段目に見えないような異物がはっきりとヒトの目にも映り込む異界。
「助けて……」
「苦しい……」
「痛い……痛いよ……」
 この異変で死んだ者たちの魂が可視化されていた。中には見知った声すら聞こえるような地獄の空間……。
「藤淵を潰して異変を終わらせる、それまで苦しいだろうが耐えてくれ……必ず、必ず俺が終わらせてやる!」
 ただ一人、俺のことを盟友と呼んで慕ってくれた彼女の声を聴きながら歯を食いしばりそう答えた。
 赤く光る霊魂たちは切り傷のような箇所が目立ち、そこから中身なのか白い煙がフワフワと空へと漏れだしている。
 霊魂になっても痛覚はあるのか、またはそれが原因なのか痛がる彼女たちを放っておきたくはなかった。
 既に死に体のその肉無き体をどう治そうかと、記憶を呼び起こし該当する能力を探していたその時だ。
「元気そうじゃねえかァ!!!なあ楽よォ……」
 耳を突く不快な音声。聞こえた瞬間から殺意は限界を超えていた。
「複製能力:闇色──」
 詠唱を唱え終えかけた時、白衣の衣を纏った金髪の男の隣に立っていたのは緑髪の巫女服を着た少女。
 間違いない……。アレは俺が求めていた奇跡の最奥……“奇跡を叶える力を持った少女”、東風谷早苗こちやさなえだ……。
「あんたね……ッ!!早苗に何をしたのか答えなさい!!」
 遅れて到着したのは博麗。そしてその言葉で気が付いたのは東風谷早苗の頭部に何か機械のようなものが装着されていたことだ。
 藤淵一族は腐っても化学と技術のトップを誇るゲス共の集団だ、あの機械には間違いなく何かがあると思って動いた方が良さそうだ。
「──よくも……」
 俺たちの懐から地を蹴り飛び出しのは吸血鬼レミリア・ツェペシュ。紅の長槍を構え勢い任せ藤淵へ突撃していた。
「よくも……よくもフランドールをッッ!!!」
 藤淵の笑みは揺るがない、大きく目を見開きレミリアの憎しみに燃える顔を刻名に記憶しているかのような不気味な視線を送り続ける。
 防御の体勢にも入らず避けようともしない、藤淵とレミリアの距離は僅か数メートル。あと1秒にも満たない時間で長槍は藤淵の腹を穿き絶命へと至らせることは間違いない。
 だと言うのに藤淵は“動かない”。死を前にしてもレミリアという実験体から一瞬足りとも目を逸らさず見つめ続ける。
 ──長槍は藤淵の目の前に張り巡らされた謎の障壁によって進行を阻まれた。
 青白い紋様の描かれた障壁が紅の長槍との摩擦を引き起こし、激しい火花を辺りに散らつかせる。
「ああァ──ッッ!!」
 藤淵は未だ見つめる、その実験体をどの様に次の実験に使用できるか。その怒りに震える感情を何に使用出来るのか。
 アレはそんな顔をしている……あの時もそういう顔をしていた。
「……」
 突然その光景に飽きたかのように藤淵はレミリアから目を離し落胆の表情を浮かべる。
 ──不味い。
「複製能力:──────」
 レミリアの胸を弾丸が突き抜けた。
「つまんねェよお前。吸血鬼っつんだからちったァ興味を唆られせてくれるような対応をして欲しいんだよ。分かるか?なァ、俺を失望させてンだぞ分かってんのか?あ?俺の貴重な数秒の時間を劣等なお前が奪ったンだよ」
「ぁが……ァァァ──ッッ!!!」
 胸を抑え悶えるレミリアを上から踏み付ける藤淵。助けに行こうにも体が……動かねぇし声も……!!
「良いだろ?銀で作られた弾丸だ。お前には何一つ興味が湧かねえがァ……その体には興味がある。どうだ?なァ、この銀が体に染み込んでいく時どんな反応をしてくれンのか興味が湧かねえか?なァ、湧くよな?なァ……」
 銀色の液体が入った容器を懐から取り出した藤淵は、暴れ回るレミリアを強引に押さえ付け、弾丸が貫通した傷口の中にその液体をゆっくりと注いでいく。
「やめろ……!やめろ!!!────」
 耳を裂く悲鳴が辺りに響き渡る。その反応に満足気味な顔をした藤淵が容器をしまい、じっとその動きを観察している。
 叫び終えた後の体の変化、皮膚の変化、内蔵の変化、瞳孔の変化、血液の変化。あらゆる実験を藤淵はレミリアという吸血鬼の体を行った。
 何十分経った……。いや1時間は経ったか……。
 あまりにも長い地獄の時間はレミリアの内蔵を解剖し藤淵が口に含んで味を確認するという形で終了した。
「良い研究材料だ。自然に感謝しなくちゃなァ。使えるもンは何だって使うもンだ。残すこと無く全部喰らい尽くせよ」
 藤淵がレミリアだった何かから離れると、ヒトの手を幾度にも重ねた翼を生やした獄獣共が飛来し、レミリアの体に群がりグチャグチャと咀嚼音を立てながら……。
「待たせたな楽。どうした感動の再開だろ?何だってそんな顔で俺を見る?ほら答えろ、クソみてぇェな答えなら今すぐ潰してやるからよォ」
「──お前だけは絶対に殺す……!!!」
「あァダメだダメ、3点。お前は前からそうだ、俺の顔を見る度違った表情を見せる。興味自体はあったンだがァ……その先の言語はいつもそれだ。俺になんの恨みがある、俺に何をされた。お前に益のある実験が全てだ。第8回目なんて思い出してみろ、妹を救うなンて抜かしやがるから慈悲で弟を作ってやったンじゃあねェか。なァ……だろ楽」
「フーッッ……!!フーッッッ……!!!」
「あーあつまらねェ。俺ァ人間ってやつが嫌いだ。当たり前のような事しかしてこない種族になンぞ興味は湧かねェ。だがお前だけは別だ、なァ聞こえてンだろ【ゾロアスター】。オラ出てこいよパパだぞパパ。オラさっさと出て来いよ。俺の時間を無駄にさせてンじゃあねェぞオラ!!!」
 降り掛かる暴力の数々。体はその場で空間に固定され博麗やこっこも一切の身動きを取るとは出来ない。
 当然俺が殴られている間もその音や声を聞いていただろう。すまねぇ……気負わないでくれ……。
 こいつが何の能力を使っているのか少し検討が付いた。いや、正確には能力と云うよりかは機器が正しいだろう。
 先程から俺の能力は現出自体は出来ているがその場で直ぐに解除させられるという現象が起きている、剣や水を作っても操り操作するまでの時間の中で、解除させられる。
 ──ならば。
「複製能力:猫矢こっこ……」
 藤淵が殴り掛かるタイミングと合わせ全身に激しい電流を流し込む。俺に触れた藤淵は対能力者専用の防護を身に纏っている為、ほぼダメージは無いだろう。
 だがその白衣の下、最小まで小型化されたブレインコントロールを可能にする禁忌の1つ、対能力者専用兵器に支障をきたらせるには充分な電力だ……!
「……楽ぅ…………!」
「複製能力:────。お前の心……を読んで機械に支障を……きたせた……。どうだクソ野郎が……!これで……東風谷早苗は開放される!!」
 身動きは取れる。そして敵は目の前にいる。
 後はこいつを潰す。それがこの世界げんそうにおける海色を救いひなを助ける最後の道のりだ……!!

「光の幻想録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く