光の幻想録

ホルス

#40 変獄異変 18.

 幻想郷に聳え歪に君臨する巨大な山がある。
 それは皆から『妖怪の山』と呼ばれ、あらゆる種類の妖怪や神が実在して存在する。
 
 ──そう呼ばれていた時期があった。
 山の斜面の大半は抉り取られ内核が露出し山自体が発熱を繰り返し、その結果木々に引火のような形で炎が盛り果て山火事と化している。
 明るく揺蕩う炎の中でさえも蠢く黒い獄獣は木々を喰らい炎を喰らい、手当たり次第に捕食活動を繰り返している。
 人間の歯茎では当然の事ながら木々を噛み砕くことも炎を口に入れることも叶わない、結果人間の頭部の口部分が大きく砕けたものや、ぐちゃぐちゃに溶け皮膚が失われた頭部を付けた獄獣で溢れかえる……正に地獄だと。
 そんな光景を身を潜めながら着実に歩いてきた俺たちは妖怪の山入口に居た。
 しっかりと地に打ち込まれたボロボロの立て看板を背にして辺りを確認しているが行く場所に必ず獄獣が居るような状況下だ、また集団で行動しているから1度見つかると大規模な戦闘に移ってしまう、それだけは絶対に避けなければいけない。
「博麗、おい博麗」
「ちょっと待って、ルートの確認だけしてる」
 その薄汚れたボロボロの紙切れは地図……なのか……?
 とにかくルートの確立が出来るまで獄獣共に見つからず周囲の警戒をし続ける必要があるそうだ。
 「河童たちが使ってるシェルターの通り道を使って行きましょう。それで安全に中腹までの道は確保出来るはず」
 
 ──河童。
 この山に入って目にした妖怪の内の一つ。
 薄水色の合羽を着込んだあの……河城にとりという妖怪の事を少し思い出した、ただそれだけだ。
 ……何故だが胸が締め付けられる。
 こういう時に限って俺の感は当たるのだと、少し前にも似たような事を感じていたから分かった気がしていた、焦る気持ちを抑えきれず俺は博麗の提案を強く肯定し先を急ぐ。
 河童たちの工房は巧妙に隠されている。
 大きな大樹のダミーを作りその下に入口を作ったり、浅瀬の川に立ったと思ったら底が抜けて気が付けば工房に居たりと、まあよく分からない入口が多数ある。
 今回の場合は近くに置いてある不自然な河童のフィギュアを右に動かすことで目の前の斜面に穴が開き、そこから入る仕組みになっていた。
 相変わらず全く意味が分からない。
 外の世界の知識を偏ったまま取り入れた結果がこのような歪な形を取っているのかと思えてさえしまう。
 獄獣の鳴き声が背後から近付いてくるのを感じ博麗を先頭に工房入口に侵入した。

 ──以前来た時はそんじょそこらから夥しい数の機械音が鳴り響き耳にダメージを受けたが、今はそんな機械音も無く不意に落ちる水滴の音が広がる空間に響き渡る。
 所々で機械がショートしたのか火花が散りばり、その微かな光を頼りに静かに進んでいる。
 猫矢の能力である“電撃”を使用して工房内の電力を復活させ通電させる案も博麗から出たが、どうにも電力を通すと機械も総出で動くらしく激しい音が出るため遠慮したいと吸血鬼の論が。
 外に出たがらないと思っていた吸血鬼が何故にそんな事を知っているんだとツッコミを入れたくなるが、実際に有り得そうな事ではあるのでグッと堪える。
「何よ……なんでそんな事知ってるんだみたいな顔してこっち見て」
 ……顔に出ていたようだ。
「あ、いや……お前って貴族っぽい感じじゃないか、こういう場所には疎いもんだと勝手に思ってたんだ、すまん」
「私の力で見通していただけよ、外の世界の知識なんて私が入れる訳無いでしょ」
「あんたらうるさい。そこの猫矢さんを見習って集中して進んで」
 ふと振られた猫矢のいる方向へと視線を向けると、丁度よく飛び散った火花が猫矢の顔を映した。
 …………。
 尋常ではない冷や汗、強ばった表情……。
 そんな顔を見たからか意図せず手を差し伸べていた、猫矢はそれにガシッと掴むと抱きつくように抱擁する。
 こいつ意外と握力強いぞ、冗談抜きでこのままだと腕が取れそうなくらいには痛いすごく痛い。
「猫矢痛いから握るくらいで留めてくれないか。そんな強い抱き着かれると、何かこう……こそばゆい」
 そんなダラダラとした雰囲気に流されていたのは、この状況に置いて“死”を意味していると気づいていたのに、俺はそれを許容してしまっていた。
 いつの日か感じていたようなこの懐かしい心地の余韻にもう少し浸りたいという、何とも単純な理由で俺はたった今“死にかけた“。
 工房内の壁の向こうから横薙ぎに払われる水分を持つ鋭利な刃が俺の腹部を切断しようと通過仕掛けたのだ。
 俺が気づいた時には自分ではどうする事も出来ず、ただ近くに居た猫矢に被害が及ばぬよう突き飛ばすくらいしか出来なかった。
「──レーヴァ」
 刃をすんでのところで受け止めたのは吸血鬼の持つ黒く染まった長槍、腹部の裾を完全に切断し肉を切り削ぐその合間に長槍の先端が食い込み刃の進行を阻害している。
 吸血鬼は刃を叩き落とし続け様に長槍を工房内の壁目掛け激しく投擲する。
 破壊音に混じり鈍い音と何かが吹き出るような音が幾つも重なり合い耳が腐りそうだった、あまりにも似つかわしく無いこの音は地上でよく聞いたあの音だ。
 …………獄獣。
「霊夢、今ならこの位の明かりなら許してくれるわよね?」
 吸血鬼は1匹の蝙蝠を体内から生み出し羽ばたかせると、その蝙蝠は次第に丸みを帯びて球体となって薄暗い深紅色に発光し始めた。
 明かりは辺りを軽く照らし長槍が投擲の速度を持って自在に動き回った後が激しく残っている。
 工房内の壁は穴ぼこまみれで、その穴の何ヶ所からは不気味な黒い液体……獄獣らしき生物の血液が滴り出ていた。
 「ぅ……ァ…………ァァ……」
 耳を突く死にかけの声、それは俺の真横の壁から聞こえてきていた。
 恐る恐るその場から離れると穴から次第に崩れが広がりその部分の壁のみが崩壊し、中からドロっとした固形上の何かが這い出てくる。
 細い手足に頭部、そして顔の部分は犠牲者の者を取り付けると言われている獄獣。
 ──見るべきではない、直ぐに殺すべきだ。
  ただ…………どうしても確認しなければならないと思った。
 この工房に来て僅かな希望があると信じていた、誰か1人でもあの元気な河童たちが残っていてくれれば……生き残っていてくれればと。


「め…………いゆ…………」

「────────────」


 ──これは博雨光と河城にとりという河童の何気無い会話だ。
 以前俺はこの河童たちの工房に半ば乱暴に連れてこられ、成り行きで人間の生活について教えた事がある。
 河城さんは人間という種族を信じ、妖怪ながらも共存という道を選択し人間という存在を理解しようとする数少ない方だ。
 「なあなあ盟友!もし次ここに来た時に私が居たら、人間の里に案内してくれないか?私だけだと怖がられちゃうからな!」
 もちろん大丈夫ですよ、そう笑顔で答えたのは何日前の事だろうか。
 その答えに河城さんは体を大きく使って喜びを表現していた、その時におぶっていた巨大なリュックから物理的にリュックに入らないようなものが出てきた時は酷く驚いた。
 俺はこの世界に来て3人目の知り合いが出来たんだ、この世界はまだまだ道が多い分住人たちから情報を得る方が効率が良い、そういった訳で河城さんとは良い関係を築けると確信していた。

「や……く………………そく……」
 ──獄獣が大きく振りかぶる。
 それを止めようと博麗と吸血鬼、猫矢が動くが、
「俺がやる!!!!」
 そう行動を制止させた。
「河城さん。これは貴方が、君が俺に教えてくれたものだ。よく見ていてくれ──」

 ──体現せし示す名は“洪水”。
 広大なる自然を体現せし示す奇跡は流水の刃となって敵を切り刻む。
「複製能力:河城にとり……」
 先程壁から攻撃して来た水の刃を同じように獄獣の首元に向け射出、振り下ろされた細腕が俺の身にも到達する前に獄獣の首は切り落とされた。
 ゴロッと床に落ちる重い球体、それを俺は両手でゆっくり拾い上げ胸に寄せる。
 無念だ……俺の心にあるのはただ無念という感情のみ、そして次第に湧き上がる罪悪感。
 約束を果たせなかった、彼女はそれを楽しみにしていたというのに守りきれなかった己の未熟加減。
 そして最終的に支配された感情は藤淵への激しい怒り、ただそれのみ──。
 工房内を突き進み地上へ出ると少しした先に神社らしきものを発見した、あれがこの事件を引き起こした切っ掛けとなった場……。
 だが今は先にすることがある。
「どうか安らかに……俺にこの世界を教えてくれてありがとう。河城にとり」
 掘り起こした土に重たい球体を被せて両手を合わせる、どうか未練なきよう心から祈る……。
「てめぇだけは何が何でも償わせるぞ……藤淵……ッ!!!」

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