光の幻想録

ホルス

#39 変獄異変 17.

 ──隔絶海洋都市。
 数多の能力者が住まい海上に浮かぶ巨大都市、流通経路は唯一存在する大橋のみであり他の経路では都市に入ることさえ出来ることはない。
 能力者だと判明した者は“殆どの例外なく”隔絶海洋都市に土地を持ち、親を離れ身内から離れ、友から離れ暮らす事になる。
 その世界のルール基盤は能力者を都市に集わせる事により、他の地域で能力による犯罪を防ぐ為だと彼女は言う。
 その真意は不明なれど、その口実を建前に都市では日々能力者の研究が進められている、能力者の能力を乖離しDNAを採取することにより複製しようと試みる者もいるという。
 実際彼女も何度も勧誘されたそうで、俺が一緒に居た時でさえも言われる始末だったという、日常としてその行為は“当たり前”な事として処理されていた。

──

 ──ほんの一時の僅かな間だった。
 俺は猫矢から都市について聞いた事はそれらが全てだ、嗚咽が収まると目を充血させながら鼻水を啜る吸血鬼が顔を出した。
 いくら時間があろうと霧雨が命懸けで作った時間だ、吸血鬼もそれを理解し気持ちの整理を早めたのだろう。
「行きましょう」
「…………博麗が待っててくれてる行こう」
 失うものばかりが異変だとすれば、その異変を早期に解決することがこれ以上被害を出さずに済む方法だ。
 そして己の中に潜む“もう1人の自分を創り上げた”藤淵とケリを付ける、憎悪のみで消失した記憶を呼び起こすほどに憎い……あぁ憎い……。
 この異変を引き起こしひなを救う手立てを邪魔するやつが憎い……俺を救ってくれた人がいるこの世界に害を被るやつが憎い……。
 俺がこの手で必ず……。

──

 彼らが経ってから数分後の話になる。
 私がこれより語るのは紛うことなき、この世界における“博雨光”と呼ばれる人物の行動について。
 博雨光は廃墟寸前と化した館の前へと降り立つ、────時よりもずっと寂れ廃れ、以前ののような恐怖感を感じることはなかったと。
 彼の狙いは恐らく…………確実にあの子の救出にある、もう繰り返しはしないという錬鉄の心を抱きながら重くのしかかる運命の重圧を乗り越え1歩を踏み出す。
 人間の魔法使いが囮として働いていたお陰か辺りに獄獣の姿は確認出来ず、ただ……そこにある獄獣の成り果てのような存在が棄ててあっただけだ。
 虹色に輝く吸血鬼の羽根を持ち今にも崩れ落ちそうな腐った顔面、そして胴体に突き刺さる姉妹槍“グングニル”。
 その槍の霊力供給により辛うじてヒトの形を留めて居るのだろうか、実に興味深い現象だ。
 だが彼は無惨にも槍を抜き取り矛の先で吸血鬼の首を容易く切断してみせた。
 ……いいや、慈悲なのかもしれない。
 この世の理を超え地の獄の理に侵された者の生命なぞ地獄でしか扱う事は出来まい、ましてや此処は幻想郷……もはやただ醜い肉塊と化して存命していようとも冥土に送り返すが人の心。
 ──彼は何事も無かったかのように館へ立ち入る、血飛沫染まる細道の廊下は黒く染め上げられグロテクスに磨きをかける。
 時折聞こえる不思議な獣の声があまりにも静かな館に響く唯一の音色だ、恐らくは巨大な獄獣が近くで騒いでいるのだろう。
 ゆっくりと足を踏み込みながら歩き続けた先に、ようやく目当てとなる部屋の前へと辿り着く。
 ドアノブを回して開け始めると微かな光が射し込みようやく視界が回復する、不思議な温かさを感じながら微かに呻いているベッドの上に横たわる何かを見下ろす彼。
 その頬には水滴が滴り落ちている、私はその光景を見た時あまりにも驚愕したのを今でも覚えている。
 長らく不明であった賢者の一角がようやく話したかと思えば“異次元同一存在いじげんどういつそんざい“だった等と誰が思おうか。
 ──曰く、それは世界のバグ。
 ──曰く、それは世界の癌。
 存在しないはずの“全くの同一人物“が同じ世界に2人以上存在する、その者をあらゆる世界共通用語で異次元同一存在と呼称する。
 では何故同じ世界に同じ人間が存在するイレギュラーなバグが発生するのか、それはまた今度の話にしておこう。
 彼は元海色に手を差し伸べ口元で何かを呟き始める、その瞬間彼は大きくフラついたかと思うと膝をそのまま落とした。
「え……ちょ、ちょっと大丈夫なの?!」
「──────」
 言葉での返答はなく、ただ行動でのみ彼は返答を行う。
 私の暇つぶしに作った地上観察用システム“蚊トリン1号“が粉々に破壊されたのだ、お陰でそれ越しに見ていた今までの光景も全て見えなくなってしまった。
 制作費用だいぶ掛かったんだけど……まあいつでも暇だしまた適当なタイミングで作れば良いか。
「我々は待機で良いのか、我らが神」
 あぁ……しまった、つい彼の行動に夢中で現賢者たちからの質問に答えていなかったようだ。
「ええ、今回の異変解決までは博雨光に危害は加えない。それとなくやり合って貰って互いに潰れれば良いかな程度に考えてるくらいね。世界の均衡を保つ為の尊い犠牲とでも思えば良いのよ」
「また暇になるねぇ……」
 賢者たちは蜘蛛の子を散らすようにすぐさま何処かへと消えていく、私と同じで暇を潰すための小細工でも作りに行ったんじゃないかな。
 ……天界は今日も平和っと。
 日誌にはいつも通りこれで良しっと、日々の日課も終えた事だし後はゆっくりするとしましょう。
 神秘的に輝く炎が灯るランタンが一定の間隔を持って飾り付けられた廊下を往く、その先にある巨大な幽閉されるような扉が私の部屋の目印となっている。
 私が手をかざせば自動的に開閉する優れたものだけど、どう考えても物量に見合っていない、そもそもここまで大きくする理由とは何だったのか先代の真神に聞いてみたいものだよ。
 とまあ色々考えながら部屋の中へと入る、そしてそのままベッドへと大の字になってダイブした。
 フワフワのベッドが今日の疲れを吸い取ってくれるかのように我が身を包み込む、あぁ至福の時だ……。
 だが何とも血なまぐさい、軽く藤淵に斬り込んだ際の血飛沫が飛散したのか……後でシーツの取り替えを行わなければいけないようだ。
「はぁ……」
 彼は無事で居てくれるだろうか、正直小鳥遊楽という人間の処刑は好んでいない。
 いや、正しくは“あの顔の人間が死ぬのを見たくない“だろう。
 幻想郷には異次元同一存在が“5人以上”存在している、1人は言わずもがな小鳥遊楽と天界の賢者の一角を務める者。
 まあそして……私と海色ちゃんな訳なんだけども、あの人が顔を見られたのに私を始末しようとしなかったのもこの顔のせいだろう。
 何とも皮肉な運命だろうね、私はこの世界で神の役割を務め彼はその補佐に当たる賢者を。
 そして来訪した小鳥遊楽は妹を救うために、そして海色ちゃんは小鳥遊楽の内部に潜むもう1つの人格を追って、最後にその内部に潜む人格の計5人……。
 ……考えれば考えるほど頭が痛くなる、もう辞めよう、寝てしまおう……。
 絶対に有り得ない事が重なるイレギュラーに理解が追い付いてない証拠だ、監視の目を盗んで手に入れた外の世界の菓子ポテトチップスとやらを食べて寝てしまうのが良い。
 ……そう、それで良いはずだ。
 良いはずなのに……何故胸が締め付けられるような思いに浸されるのか、真神の役割を担った別の可能性の道を辿った闇色海色にはその気持ちは分からないままだった。

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