光の幻想録

ホルス

#36 変獄異変 14.

 斥候兵として、死の漂う地獄の中に繰り出された少女が居た。
 少女はその作戦を聞いた時、誰よりも早くその手を挙げ名乗り出た。
 今から自殺しに行け、私たちの為にお前が死ね、そう捉えても良いような危険極まった当作戦は、成功すれば館周辺及び近くにある巨大な湖周辺の獄獣を館から遠ざけ次の作戦に安全に臨む事が可能になる。
 リターンが大きければその反対である代償は高くつくものだ、故に失敗は作戦実行者の死を意味し、それと同時に異変解決への道のりが極めて小さくなる。
 失敗は許されず、命を落としてでも作戦を成功させる必要があった。
 
 ──館内部より高熱反応が示された時、唯一の入口である大扉が太く輝く金色の星々を纏う熱線で消滅させられた後、1つの輝きが高速で脱出する。
 今の熱線で片付けられた獄獣は総数に比べれば一握り程度のものでしかない、少女は赤く染まった道具を懐へと忍ばせ、メモ帳のように薄い紙が連なったカードの束を手にすると一枚それを破り捨て、
「さあついて来いよ化け物ども!!」
 跨いで空飛ぶ箒の尾から無数の輝く星々が展開されていく、暗黒の世界となった幻想において、その光景は一つの巨大な流れ星が次第に表面を削がれ断片を地に落下させながらも進み行く、ああ……まるで彗星のようだと。
 館に張り付いていた獄獣のほぼ全ては視線をそれに奪われ追跡を開始する、飛翔で追い掛ける者も居れば四足歩行、または二足歩行でなど多岐に渡る。
 その全ては逃げ続ける少女へと容易く接近し、星々に被弾し墜落する者もいれば落下した星に突撃し爆発の威力で負傷する者と、まるでそれらの個体一つ一つが自我を持った人間のようにあらゆる予測を超え各々が凄まじい殺気を持っている。 
  そしてそれはその生物の進化の象徴と言えるだろう、予期せぬ変異を遂げる可能性のあるこの生物は、人類やその他の生物にとって恐ろしく危険な生き物だ、だからこそ地獄の底に居るべきだったのだ。
 知性生物を喰らった獄獣は喰らった知性体の生き写しかのように性格や本人の癖をし始めるのだ、その知生体を嘲笑うように本人の声で鳴くのも、家族を喰う事を獄獣本体が望んでいるから。
 故に人々はその生物をこう呼称するようになり、幻想という地からさえも追放された。
 地獄で苦しみ私たちに罪を償うヒトの心を持たぬ獣と。
「ちっ……食い付きが悪ぃ!!」
 館周辺の獄獣は引き寄せる事に成功している、だがその全てとは行かない、知能があるのかまたはただの見落としだったのか……有り余る個体30程は未だ館におり、その内数体は館への侵入を開始したのだ。
「汚い足で館に入り込まないで──」
 文字の如く“爆散”。
 体内で小さな爆弾が炸裂したかのように内蔵までグチャグチャになった獄獣だった何かが勢い良く広間の紅く染まる高貴な絨毯へと落下する。
 それも一体だけでは無い、館へと侵入を試みた獄獣、その4割程の数が血肉と化したのだ。
 館の時計はそれでも時間を1つずつ進め、秒針がそれから2つ動いた途端、動きを止めていた獄獣の全ては眼前に佇む狂気の顔を照らした金髪の少女目掛け猛攻を仕掛けた。
 金髪の少女は一体目となる獄獣の突進を両手で抑え込みつつ3歩ほど押される、続けて来たる3体の獄獣が手を、脚を、横腹を鋭利に尖らせた気色の悪い腕で削り取る。
 あらゆる箇所からの出血が認められる少女は痛みを一切感じていないかのように、依然として狂気に満ちたその顔を歪める事もなく、掴んだ獄獣の顔面を力ずくで粉砕すると、残った残骸を再び入口から迫って来た獄獣目掛け投げ飛ばし、天井ごと体そのものを破壊する。
 獄獣の勢いは止まることを知らない、更に追加で4体の獄獣の侵入を許した館に対し、少女は再び手をかざし……強く握り締める。
 狙うのは体内に存在する“目”。
 少女の幻想に与えられた力は“あらゆる万物を破壊可能とする力”、無機物であれ何であれ対象となる存在には“目”という緊張している部分が存在し、少女はそれを視認しかつ握り潰す事で対象を破壊する事が可能な力を会得した。
 ──あらゆる万物を破壊する、それは物体であれ生物であれ、果てには神であろうと……目が存在する限り少女次第では一切の敵は存在しない。
 「お前たちが……」
 万物の破壊神たる少女は故に怒り狂う。
「お前たちが……美鈴を──!!!!」
 初めて友達と呼べるような存在を醜くおぞましい化物へと成り下がらせた下等な種族である奴らを──。
「全て殺す──ッッ!!!!!」
 友の役職は私が担う、姉もそうであれば納得してくれるだろう、そう思いながら私は痛む体を気にもせず力を使い尽くす。
 確かにこのままいけば私は力の大半を使い果たした事による疲弊や損傷によって生命の危機に立たされるだろう、その前に獄獣からの攻撃を受けた私も、あの醜くおぞましい姿になるんだ。
 その前に一体でも多く、そして殲滅する。
 「ギギギギ──ギギギギギギガガ──ギギギギ──」
 館に侵入した全ての獄獣を仕留めたその時、果てしなく巨大な何かがそこには居た。
 全長──不明──。
 いや……館の天井は20m近くある、そのギリギリを掠めているあのヒトガタは──。
 真っ黒く蠢く巨大なヒトガタは唯一存在する歯型をギシギシと噛み合わせ歯ぎしりしながら少女を見下ろす。
 私の力には欠点がある、燃費効率は勿論の事だが、対象の目となる部分は緊張している状態でのみ視認することが可能だという点。
 ──つまり対象が緊張している状態でなければ私はただの吸血鬼として戦わなければならないということ。
「──ッ!!」
 ──翔ぶ。
 ボロボロになった地を蹴り飛ばし空中へと飛び立つ、我々吸血鬼は本来飛行する存在だ、故に翼は存在し暗所であれば紅く光る眼が対象の温度を感知し視認できる。
 それが不幸か幸運か、20mのヒトガタの体温が反応する箇所は1つのみであった。
 小さく顔1つ分程の僅かなシミのような点、それは腹部に存在し、直感的にそこを叩く事が出来れば致命打を与えられると私は踏んだ。
「行くよレーヴァ──」
 我が武器レーヴァに命じた。
 あいつの館だからではない、我が友の為、そして亡き友の役職を継ぐ者として私はこの館を守り抜くと──。
「穿けレーヴァ!!」
 槍状に変形した尾であるレーヴァを吸血鬼としての力をフルに使い投擲する、1点集中……温度が示すその場所への投擲は奇怪にも対象のヒトガタの力によるものか不発に終わった。
 異変に気が付いた私は即座にレーヴァに帰還を命じ我が手に戻る。
 レーヴァが穿いた部分に大きく開いた穴は確かに直前まで温度があった、ヒトガタの皮膚に接触した瞬間、温度は凄まじい勢いで移動を開始し胸部へと、そして腹部には何も無くなっており仕舞いには穿いた穴が不気味に塞がっていく。
 そして温度の箇所が移動した、腹部から次は頭部へと……まるで生き物のように、攻撃される事を“恐れている”かのように。
「──スペルカード」
 この世界ではスペルカードと呼ばれる封じられた奇跡を任意に具現化する事の出来る特殊な護符が存在する、姿形こそ紙切れそのものだが、1度封じられた奇跡の名を呼ぶことが叶えば奇跡は体現し我が眼前の敵をも焼き払う。
 そして、そのスペルカードは持つ者によって奇跡の度合いが違う。
 私の場合はレーヴァの強化を促すスペルや吸血鬼としてのスペル、果てには鳥かごに閉じ込めるような封印型スペルも存在する。
 この状況で私が選択し体現させるスペル、火力で押し通ったところで温度の正体はヒトガタの内部を自在に移動し攻撃を避ける事だろう。
 ならば被弾させる箇所を大きく、または同時に攻撃させる事により移動を阻害させる。
「──フォーオブアカインド」
 体現されし奇跡の名は“禁忌”。
 名を唱え終わるその瞬間から自身の周りに私と“全く同じ存在”の分身が顕現する、その数は3。
 3の分身が等しく同等にレーヴァを手に持ち同じように狂気の顔を滲ませ前方に佇むヒトガタの怪奇を見上げている。
「突撃!」
 オリジナルの私の言葉を受けて分身も同様にレーヴァでの近接攻撃を仕掛け距離を縮めに図る。
 阻害させるはヒトガタの右腕による薙ぎ払い、恐ろしく太く蠢く剛腕は通常では考えられない程の速度で薙ぎ払われ、館の一部が完全に崩壊する程だった。
 あまりの威力に避けきったとはいえ、余波の風圧により大きく体勢を崩された分身はその場で大きく床に落ちる。
 ヒトガタはそれを踏み潰しに──
「戻れレーヴァ!!!」
 レーヴァは私の体の一部、如何に分身とはいえオリジナルをベースにされている為レーヴァの分身は私に従う、墜落した私の持っていたレーヴァに命じて即座に私の元にまで引っ張りあげヒトガタの踏み込みを脱することに成功したのだ。
 ……ああ、気の所為だと良いがヒトガタの速度が上がっているように感じてならない。
 レーヴァの投擲もヒトガタ自体は大して動いていないように感じた、しかし防御体勢を取ろうとしたこと自体は違うことは無い。
 あの図体故にその程度の俊敏さなんだろうと甘く見ていた私の落ち度が今の危険を招いたと言っても良い、私は私を殺しかけたのだと心に深く刻む。
 「全員死ぬ気で掛かって!アレは強いよ!!」
 認識を再度改める、館を守り抜くのは大変だ。

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