光の幻想録

ホルス

#35 変獄異変 13.

 ──私は棄てられた。

「ば……化物……!!」

 ──私は肉親に棄てられたのではない。

「やはり……産むべきではなかったな」

 そう、産まれたばかりの私を心底嫌悪する眼差しで見下し、父親たる者は去っていく。
  父親のそんな行動を他所に、私はただ再び目の前のご馳走にありつき腹を臓物で満たす、至福の時間であっただろう。
 初めての食に加え本能を満たされる快感に身を委ね悦に浸る、周りに数多の銀武器を構えた者たちが私を囲っていると気が付いたのは、それに刺された後の事だった。
 吸血鬼にとって日光に次ぐ致命打は“銀”。
 触れるだけで体が融解し骨にまで達すれば最後、修復に必要とする血液は通常の修復に掛かる血液量の何倍をも行く。
 グツグツと煮え滾るように熱くなる我が身、本能としての危機が私に逃げろ、そう伝えるが吸血鬼とはいえ産まれたばかりの赤子、当然体力も無ければ周囲を囲う者たちを蹴散らす程の力も無い。
 ──意識が遠のく……食べた物を全て吐き出し目玉が飛び出し脳髄が剥き出しになり、だが意識だけはしっかりと覚醒し続け……絶望的な痛みを囲う者たちが銀武器での攻撃をやめるまで耐えなければならなかった。

「…………ナ……………………ン……テ……」

 何処に声を出す部分があったのはか分からない、スライムの様にドロドロに溶け朽ち液状になった私は疑問という答えに辿り着きそれを問うたのだ。
 私はただ産まれ食欲という本能に従い獲物を仕留め自らの力だけでそれを満たした、ただそれだけの事をしただけなのに。

 なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで……なんで…………なんで──。

「下がれ」

 厳格な声、それは胎児の時から聞いていた父親の者であるとハッキリと確信出来た。
 でも見れない、視界は歪んでまるで羊水の中に居た時のように濁っている。

「ハンガリー王……シラージ……お前たちには悪いが、これを“この世界”に存在させておく訳にはいかないのだ」

 ──私は、“世界によって追放された”。





 気が付けば私は元あった肉体を得ながら森の中に寝転がっていた、奇跡的にも夜の老けた綺麗な満月が微かに木々の隙間から顔に射し込んだ事によって起きたのだと思う。
 辺りの風通しが良く、木のひとつひとつの匂いが漂ってくる、心地良いというのはこういう事を言うんだろう。

 ……何処だろうここ……。

 赤子の私は、ただ簡単な理由でその場で泣き出した。
 家畜の赤子と吸血鬼の赤子を比べるのは酷な事だが、ある程度の欲求や胎動を開始している時点で母親の言葉を学習し産まれながらにして周りの情報を会得したり言葉を獲得する事が可能だ。
 そして最も大きな違いが体格差や戦闘能力に他ならない、産まれながらにしてその体格は家畜の未熟児程であり、戦闘に至っては食べ頃の家畜数十を同時に相手に回して快勝する程のものだ。
 家畜相手に勝つという言い回しは笑いが出るほどおかしな話だが、当時の私からすればその表現こそが正しい。
 生存競走、弱肉強食、本来の生物界に君臨するその頂き、天こそが我らが吸血鬼であると疑いを持っていなかったからだ。
 それもこれも全て父親の性格故に得た情報なのだが……。

「……どうしたんだこんな所で」

 鳴き声を聞き駆け付けた何者かが私に向け声を上げる、耳元に届いた瞬間に我が身はソレに向け飛翔しており、上空から爪を立て顔面を引き裂く。
 深さ数十センチにも及ぶ即死の鉤爪、頭蓋さえチーズのように引き裂いたそれを静かに抜き取ると、声の主は微かに声を吐きながら倒れ込む。
 仕留めた獲物は家畜の雄、丁度食べ頃にまで育った小太り型……つまりはご馳走だ──。
 私は知らない場に放り込まれていたから泣いていたのではない。

 ──ただ、腹が減っていたから泣いていたのだ。

 ご馳走を貪り尽くす、頭には脳が詰まっていてジュルリと脳液ごと吸うと悦に浸れる、表面の皮はソース代わりに血をつけ吸い込むようにして口に含む、それと同時に胴体に埋め込まれている臓物を含み同時に咀嚼すればこれ程美味いものもそうはないだろう。
 ご機嫌だ、私は大変ご機嫌だ、こんな腹が減っている時に丁度家畜が居たのだから此処は良い場所だ。

 ……と、その時後ろの木々のひとつで後退りするような、土を擦る音がした。

 鉤爪に家畜の血を滴らせ、ソレを標的目掛け振り払い砲弾のようにして飛ばす。
 鋭利にかつ広範囲に広がる巨大な鎌形の血塊は辺りの関係ない木を含めた全てをカッターのように切断した。
 ただそこにいた標的ひとつを除いて。

「……」

 獲物を仕留め損ねたと感覚で分かっていた私は、すぐさま標的目掛け飛翔し同じように鍵爪による即死攻撃を空中で構えながら獲物に迫っていた。
 だが何の気の迷いか、それとも先程ご機嫌だったからか、それとも満腹に近かったからか、理由は不明だが鉤爪による攻撃を中断し、そのまま獲物に飛び掛かりマウントポジションを獲得する。
 獲物は家畜の雌、これもまた食べ頃……いいや、食べ頃にはまだ早い未熟児に近い。

「この命は……お、お嬢様の……ものです……お好きなように……」

 ……………………………………?
 なん……だ……?
 獲物が何処かで聞いた声で発生した事に驚き、私はその場で固まっていたのだ。
 馬鹿な話だ、獲物を前にハンターがみすみす逃がすような真似をしているのだから、だが私は本当に動けなかった、確かに聞いたその声を持つ獲物にただ1ミリ程度の興味が沸いた程度で。
 私はその獲物を解放し、ゾンビのように歩きながら再び先程仕留めた雄の家畜を貪る。
 後ろからの視線を感じるが気にとめる必要性も感じない、なにぶんソレからは殺意というものを感じない、つまり無害……獲物でもなく敵でもなく……ではなんだ……?
 貪るのを中断し視線を合わせようと顔を振り向かせるが、雌は顔を横に向け視線を木へと向けた。
 ……なんだアレは…………。
 産まれて初めて体験するこの感覚は一体何なのか私はとても興味が湧いた、のでハンターは獲物に向け声を掛けてみることにした。

「な……だお前……」

 口を咀嚼や泣くこと以外に使ったのは初めてかもしれない、意味のある言葉を発する事が可能な機能がある事自体初めて知った。
 
「お嬢様の……従者で……です……」

 ……?
 ………………?
 私には分からない、従者とは一体何だろう。
 そもそも私の攻撃を防いだ家畜の雌に更なる興味を引き立たせられた、赤子であった時でさえ敵無しだと自負していたが、たかだか家畜に吸血鬼の攻撃を防ぐという事は天地がひっくり返ろうとも不可能だ。
 それ程戦闘能力に大きな開きがある、それを埋める為には何らかの小細工が必要になる、私はそれを見つけようと家畜の雌を観察し始めた。
 最初は辺りをグルグルと回って震える家畜の姿を見ていたが、銀武器で攻撃して来た者たちを同じような服装をしている事以外には特に変わったものはない。
 続けて皮膚への接触へと移る。

「いだ……っ……い……」

 私がただ腕の皮膚に触れたというだけで、その家畜は痛みを伴う意味を持つ言葉を発声した。
 ただ本当に触れただけだ、だと言うのに皮膚からは美味しそうな鮮血が湧き水のように流れ零れ、再び私の食欲を促進させる。
 だがその時だけは食欲より知的欲求の方が勝っていた。

「これ…………」

 家畜の服の中に膨らみを見つけた私はそこに手を伸ばし何かを掴み取る、軽い痛みを伴うソレは鋭利に尖った銀のナイフだった、持ち手を取り替え観察して見るが私の攻撃を防ぐ程の強度も“神秘”も感じられない。

「護身用の物です……ご不快でしたでしょうか……」

「おぃ……死ななィ……なへ……」

 ただの銀のナイフで私の攻撃を止めたのではない、それ以外に何かしらの手段を使ってこの家畜は生き延びた。
 私はそれにしか興味と意識は向いていなかった。
  だから、後ろに何かが居ても当然気が付かなかった訳だ。

「その子はただ無意識で力を発現して生き残ったに過ぎないわ」

 意識を真後ろへと向け殺意を全て込めた右に名護鉤爪を流れ落とす、だがそこに居るはずの何かは当に姿は無く私の攻撃を空を裂く。
 すぐさま辺りを見渡し声の主を探すが右にも左にも、そして正面や真下、あわよくば真上にも居ない、忽然とその姿を何者かは消し去った。
 そんな事を可能にするのなら余程俊敏性がある種族か、木々に隠れ潜む程の立ち回りを会得した私を狩ろうとするもっと別のものだろう。
 ──でもそれらですらなかった、私はただ単にソレを甘く見ていた。
 気が付けば手足を拘束されていた。
 本当に一瞬の出来事だった、それも未だ敵の気配を感知出来ない状態で……。
 空間がネジ曲がり、まるで私の手足にだけその空間の密度が増したかのようにグニャリと変異しており、単純に現すならブラックホールのそれに近い。
 それを空間に固定しているのか私の手足は何一つ動かせなかった、神秘とは違う異能の力、私の知識には無い未知の力。
 ──知的欲求を唆られる。

「お嬢様お下がりを……!」

 ……?
 先程からこの家畜の言動は何なんだろうか。
 もしやすると私を本当に慕って……いや慕うのなら我が父親に就くのか1番良いだろう、わざわざそれを捨ててまで私に就こうとする輩など……。
 それにその震え小柄な肉で我が命を護ろうだと、笑わせる──。
 私の名は未だ無く、そして世界に追放された異端児、吸血鬼としての力なら我が父より受け継いでいる、皮肉な話ではあるが……それを奮う事が今、私の欲求を高め今後の為になると。

 ──そう幼き私は判断し、その“人間”を護り通すと誓った。

「──」

 口の中で舌を軽く噛み切り血液を私の手に向け流れ落とす、血液を欲する我が肉体の乾いた血肉たちは激しく躍動を起こし瞬間的に魔神の如き力を獲得出来る。
 有り余る力の全てを使い奮し空間による固定を物理的にねじ切り治し拘束具を破壊する、破壊された空間は何も無く“無”として存在し、黒くそして畏怖を感じる。
 姿の無き何かの視線を常に肌で感じ取る、それがどれ程異常な事であるか、私を棄てた父親ならなんと言うのだろう。
 吸血鬼として思いのまま喰らい尽くせ、蹂躙しろ、そんな事をつい口にしてしまうのかもしれない、危機を覚えること自体が無い弱肉強食の頂きに立つ我々にはそのような知恵しか回らないのだ。
 狩られるか、それとも狩るのか?
 護るのか、護られるのか?
 そこな人間を護り切ることなぞ私には容易い……だがそうなれば視線の主に攻撃を仕掛ける事は恐ろしく難しいものになる、逆に視線の主に攻撃を当て仕留める事は恐らく可能だろう、否──

「いっ……ぅ…………」

 かの人間から僅かな傷を作り湧き上がる微かな血液を下で舐めとる、食事としての摂取ではなく……ただ、“戦闘”に特化させる為だけに。
 吸血鬼が血を啜る理由は大きく分け隔て、1つは食事としての摂取。
 喉を潤し自らの血肉としてその身を保つ、それは自然界において当然の行いそのものだ。
 そして2つ目、戦闘能力の格段なる向上。
 家畜の血を栄養として摂取するのではなく、身体能力の向上にだけ名目を当てて重点的に能力の向上を図る。
 そう簡単に言えば、ドーピング。

「──らァッッッ!!!!!」

 腕力、筋肉の全てを使った右腕の空を裂く薙ぎ払い、辺りに吹き荒れる激しい突風が吹き荒れた瞬間にその場は真空と化す、ほんの瞬きの間とはいえ、生物の生きる空間ではない。
 声の主さえ、力を使用した空間制御を維持出来ずに姿を現すほどに。

「──────ッッッ!!!!!!!」

 突如現れた何者かに向け地を激しく蹴り飛ばし大きく飛び付くように、その左腕を叩き付ける。
 地は激しく唸りを上げ地表はひび割れを起こし僅かに裂け目露わにする、だが目先にあるのは未だ五体満足で片腕を地に付ける女の姿。
 害を成すもの全てをこの手で蹂躙する、そう……それが我らが種族我らが吸血鬼としての……種族としての誇り──。
 例え我が身が世界に追放されようと、例え未知なる世界に辿り着き朽ち果てようとも、私が吸血鬼である事に何の変わりもない!!

「アハハハッッ!!アハハハハハハハハハッッッッ────!!!!!」

 何処からか湧き上がっている血飛沫を胴体に引っ付け重力に乗せて足にまで流すと、それを蹴り飛ばすようにして女へ向け攻撃を続行する。
 たかが血とはいえ、破壊弾のようにして吹き飛ばせば殺傷能力は飛躍的に上昇しまた殺傷能力にも長ける事であろう。
 だが女は一瞬にしてその姿をくらまし、私の視界から消え去る、──ならば再びその滑稽な姿を拝んでやろうと腕を振り抜こうとしたその瞬間、

「もう……や、やめてく……ださい…………ッ……」

 そう、何者かに胴体を両腕で抱き締められた。

 ────────。
 ──────────。
 
 私自身理解していた筈だ、いや……これしか無いと当時の私はそう考えて行動したのだろう。
 吸血鬼のドーピングは人間の血との相性次第では我を失い絶大な力を振り撒く災害に達すると、そう本能で感じ取っている。
 紅に染まっていた視界がゆっくりと元の自然な色合いに戻って行く、途端全身に伝令する異常な痛みは私の体を地に伏せさせた。

「お嬢様……!!」

 そうか……最初の攻撃で私の腕はもう……。
 もう両腕は無い、片足の感覚も無いからそれも無いんだろう、全くなんて無様な姿だろうか。
 護るってこんなに難しい事なんだ、狩るのはあんなにも簡単なのに……本当に不思議で仕方が無い。
 意識が遠くなっていく、私は死ぬのだろうか。
 死にたく……ないなあ……なんて言うのは贅沢、分かってるけど、狩る側の者としての威厳も無いけど、

「ひ……にたく……な……ひ……」

 涙を流しながらそんな事を懇願した。
 目の前に居るであろうその人間にもその言葉は伝わっていたのだろう、お嬢様と呼び続けるその声も段々と聞こえなくなってきて命の終わりを実感していた。

「勝手に自滅しないで頂戴。血管と神経の合致も……まあこれで良いでしょう。外の世界から追放された吸血鬼、並びに人間──」

 感覚が元に戻った。
 微かな聴覚も元に戻った。
 視覚も、触覚も、あらゆる異常が元の戦闘前の状態にまで復元されたのだ。
 それは言わずもがな敵として認識していた声の者によって──。

「我らが“幻想郷”へようこそ。私はこの世界の親玉みたいなものだと思ってくれて構わない、私は貴方たちのような追放されし者を引き留める役割を持つ」

 元に戻った私の手を、人間は静かに握り締めていた、私の震える手を安心させるかのように暖かく、だが激しく。
 これではどちらが護る側だったのか分からないじゃないか……でもとても嬉しかった。
 誰かにこうして貰うのは……産まれて初めての事だったから…………。

「……まさか力を使い果たして眠ったんじゃないだろうな?いやそのまさかか……勘違いもいい所じゃないか、安全の為に手足を拘束してから話そうと思っていたのに、まさかあそこまで暴れるなんて私は初めての経験だったぞ。──まあ水に流すとしよう。吸血鬼が眠ってしまったんだ……話は君に移そう人間、これから君はこの世界で住まうことになる、人間が住まう里に降りるか、または──」

「私は常にお嬢様と共にあります──」

「……そうか。他に説明して欲しい事は……無いようだ。困ったら私こと八雲紫、または藍という使いの名を口にしたまえ」

 そう言い終えると古参臭いその人物は奇妙な空間を生成しその中に入ろうとすると、何かを思い出したかのように再び地に足を付ける。

「君たちの名前を聞いていなかった」

 名前…………私に名前は………………。
 既に捨て去ったものならいざ知らず、今名乗るような名前を自分は持ち合わせていない、加えてお嬢様自身も恐らくは……。

「ふむ……私が命名してもよいが…………あぁ、して良さそうだな。──人間、君は今から────と。そしてその吸血鬼は────」







 眠っていたか……。
 懐かしい夢を見ていたようなそんな気がする。
 咲夜が居なくなって気持ちの整理が付いたと思っていたのに、この調子じゃ私もまだまだみたいね。

「ぁ…………が……」

 闇色海色の容態は深刻化、既にその原型を留めるものは腕や足などしかない、救えるのなら当然救ってあげたい……当然の気持ちが私にもある。
 それは以前抱いていたものと少し似通っているのかもしれない、人間とは良い共存関係にありたいと常々思っているが、紅霧を引き起こしてからというものの信じられなくなっている。
 当然の報いと言えばそうだが、心に来るものがある。

「私は貴方が絶対に助からないと言ったわね。それは通常通りの運命ならそうでしょう、私が貴方の運命を変えれるのなら、それはきっと……良い方向に転んでくれるでしょう。貴方は咲夜と同じで……手を握っていてくれてるんだから……」

 黒ずみ掛けている小さな手は、儚くも私の手を力なく握っていた。
 なんとかしてみせる、強く望んだその心意義と共に、吸血鬼レミリア・ツェペシュはその手を暖かく握り締めた。

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