光の幻想録

ホルス

#34 変獄異変 12.

この異変による死亡者は幻想郷に住まう生物の9割を超え、……つまり全滅したと考えるべきだと博麗は言っていた。
 獄獣は単体で見ればそう強くは無い生物だ、ただしこちらが受けるダメージは確実に“0”でなければならないという絶対的な条件がある。
 特異な理由が無い限り、その爪先や口元からの攻撃を少しでも受けた者は獄獣に作り替えられ人としての尊厳や知性を失い、被害者から加害者へと変わるのだと。
 例えどれだけ親しい仲であろうと、例え家族であろうと、作り替えられてしまった者に映った者は等しく切り刻まれるか醜く喰い散らかされるか。
 まるで意志を持ったパンデミックの様に幻想中に広まったそれは、全ての生物を喰い殺し作り替え、そうして唯一の生物へと昇華したのだ。


 ──。

「入るぞ……海色」

 足のただれが治りすぐさま海色が居るという部屋へと訪れた、その戸の前に立つと全身に不安が掛かり、重くのしかかってくる。
 それを拭い捨て僅かに震える手でその戸を軽くノックする、返しは一切なかった。
 寧ろ部屋の中は物音1つしない程物静かで、きっとよく眠っているんだろうと心の中で決めつけ、安堵しながら戸を開いてしまったのが運の尽き。
 違和感に気が付いたのは戸をほんの少しだけ開けてしまった段階からだった、部屋の中から戸の隙間を通り視界に入る紫色に輝く異様な光、そして物静かな部屋だった筈のそこから聞こえてくる耳を裂く悲鳴。
 戸を半分開けた時にようやく悲鳴の意味と光の正体を知ることが出来、自身の選択を深く後悔した。
 覚悟が足りてなかったのかもしれないし、現実を否定したくて見たのかもしれない。
 ともかく海色の成れ果てた姿を脳裏に焼き付けてしまったという事実が心に重たく突き刺さる。

「物好きね貴方は。自分から進んで絶望に身を落とそうとするなんて、まるで昔の私みたいな事をする、今の気分はどう?」

 発狂する海色の横に座り何かを調合中のレミリア・ツェペシュが、今は何も考えられない俺に向かってそう尋ねてきた。
 脚の力が抜けその場に膝を着き、情けなく涙を流している俺の顔を見たソレは口元だけ笑みを浮かべて再度こう尋ねる。

「気分は、どうかしら。この部屋に照らしてある光は貴方にとっては害になっているのだけど。調子が悪いようならそこの棚の中にある薬品を心臓に近い皮膚に塗り付けなさい」

「ち、違う……海色これ……どうなってこうなって……」

 海色だけじゃない、奥まで広がる部屋にはベッドが備え付けられ一つ一つに海色と同じく発狂して叫ぶ何かが居た。
 それらは“一つの例外なく”外に蔓延る化物と同じような手足をし、もしくは体の一部が既にそうなっている。

「知っているでしょう、獄獣からの攻撃を受ければ傷口から奴らの細胞が侵入し、体内から作り替えられる。ここにいる者は全てその状態、霊夢のバカも大概よね、1人でも救えるのであれば救いたいだなんて……ここの奴らは1人残らず奴らと同じになって私たちを襲いに来る事くらい分かっているでしょうに」

「ぁ……あ……あっぁぁ…………」

 あれも……。

「あっ…………あああぁぁぁッッ!!!」

 あれも……。

「う……ぐっ……ァ……」

 横たわり呻くアレらは全てこの幻想の生き物……だったものなのだろう、今のその姿は当に人間に表現しきれるものではなく、ただ黒く蠢きもがき……人として機能している部分のみが拒絶を引き起こしていた。

「その様子だとこの子の様子が見たくて来たって感じね、まだ人間としての自我はあるけど長くはないってところ。残念だけど元凶たる物を倒したとしても、獄獣全てを滅ぼしたとしても、彼女は絶対に助からないわ」

「──いやまだ希望はある……」

 
 
 吸血鬼の疑問の問い掛けも聞こえず、オレはその地獄の空間を後にする。
 行く先は博麗の巫女の場、オレはその焦りから一瞬脳裏に過ぎった希望に海色を救う手立てを全て彼女に説明した。
 ありとあらゆる希望、オレがこの世界に足を踏み入れる事を決意した全ての元凶、世界を手中、大金や名誉を得る、あらゆる事柄を“奇跡”として叶える事が出来る者について。

「いえ……早苗なら藤淵に連れて行かれて……生きているかも分からないわ」

 だとしてもその時のオレにはその希望に縋るしかなかったのだ。
 あまりに惨め、あまりに哀れ。
 オレという男は絶望に身を置かれれば置かれる程、誰かの助け無しではマトモな判断が出来ない。
 だからこそ常にその傍らには海色という存在が必要なのだろう、その深層に浮かぶ考えはオレには辿り着かない。
 ならばオレは続けて、

「だ、だとしても生きている可能性はある……!その子は奇跡という現象そのものだ!藤淵から力で逃げているという事も……」

 オレは言ってて気が付いていた。
 とうに逃げているのであれば、この事態は既に収束しているであろうという事を。
 逃げる力があるならば異変の収束にその力を傾けるのが当然、そんな簡単な答えにすら、今のオレには見えていなかったんだ。
 そこまでオレは焦っていた。
 オレは俺の性格をよく知る、ここでいう海色の立ち位置に並ぶ存在は、アイツしか居ないだろう。

「落ち着いて楽……ほら、深呼吸……ね?」

 今にも吐きそうなその面構えに、電撃使い猫矢こっこは……それはまさに救いと呼ぶに相応しい言葉を掛けた。
 両肩を掴まれゆっくりと言葉を投げ掛けられたオレは、その言葉に従い深呼吸を繰り返し、

「悪い……」

「いいよ楽、海色ちゃんを助ける為にも急いで何か策を見つけないとね」



 
 ──。


 そこは某所。
 天住まう天域なる場。
 そして私という“私”が居る場所。
 小鳥遊楽という外なる者を抹殺するという議題が正式に決定された事により、我々は大まかな議題を適当にはぐらかし会議を終え、そして床に就くところである。
 天域と言っても地上とさほども変わらぬような建築物がチラホラあるだけで中身は一切変わらない、まあ所謂見掛け倒しという奴だ。
 私専用の部屋へといつも通り無意味なノックをし戸を開ける。
 勿論中には誰も居ない、可愛げの無いぬいぐるみが部屋の3割を占める巨大なベッドの上に何個か放り投げられており、そこに月光が覗かせ神秘的な光景を部屋の中で広げている。
 寝巻きに着替える間もなく疲れ果てベッドに飛び込んだ私は、ふと彼の事について少しばかり思い返す。
 彼は何処の……いや、“此処”の彼か。
 じゃあ何時のタイミングからなのか、私と同時期になるのか……世界線の因果というのは全く分かりえない。
 私自身全知全能と言える程大それた知識は無い、だけど世界ではその世界に──────と言われている。
 真実か虚偽かどうかは彼を見て分かった、私が言う“幻想”、“都市”、そして“──”。
 少なくともこれら3つの──では、その1つ1つに──────が居ると。
 決してこの世界線が交わる事は無く、また一切の干渉はし得ないと踏んでいたけど、まさかただの人間風情が強欲にも辿り着くとは舐めていた、それが此度の齎した異変なんだろう。
 我らが住まう幻想に土足で踏み入り、尚且つ大罪を犯した汝の罪、どう拭い捨てようか。

「なぁ藤淵……」

 どこからか“発生”した男は黙って項垂れたまま、手足を拘束され身動きが取れない状況で居た。

「どうもこうもあるか。実に見ものじゃねェか……ははははッッッ!!!!一体どっちが本物なんだかねぇ!!ハハハハハッッッ!!!!!地上にいるあいつと此処にいる────」

 途端、男の口は何かによって上下に縫われ開口が不可能になった。

「口が過ぎる。お前の罪は償っても償い切れるものでは無い。ありとあらゆる刑をお前に与えた後に永遠に時間を1秒1秒実感させながら……いや…………それでは惜しいな」

 私はその未だに不適に笑う男の顎を掴み顔を上げさせこう告げる。

「小鳥遊楽を殺せ、そうすれば即死の権利を貴様にやろう」

「……あ…………あァ?てめェに邪魔されなきゃ今頃俺ァ生き残ってるクズどもの命くらい奪えてたんだぜおい…………んだがまァ……悪くねェ案件だな……ハハッッッ!!」

 月光は未だその部屋に差し込み部屋の中を明るく照らす。
 地上では一切見えないであろうこの世界線の月を、私は此処に存在する私として記憶するだけなのだから。

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