光の幻想録

ホルス

#32 変獄異変 10.

 戦いはようやく決着を迎えた。
 火花散らして大胆に戦い抜いた少女たち、地獄という環境下においてそれを成した彼女たちに私は深く敬意を評する気持ちを独り言で吐露した。
 辛うじて立ち敗者を見下ろすのは霧雨魔理沙。
 そして力無く倒れ付すのはピンク髪の少女。
 だがそれもつかの間の事で、魔理沙自身も大きく摩耗し傷付いていたのだろうか、彼女もその場で白目を剥きながら気絶し倒れてしまった。
 それが少し前のことで、今は三途の川付近に建てた地獄の使い専用のお宿で看病している最中だ。
 魔理沙は電撃で体を隅々まで焼き焦げられており痛々しいという言葉通り、ピンク髪の少女は物理的な攻撃を多く受けていたからか打撲傷や痣が目立つ。
 これ程の激闘を霧雨魔理沙は、ただ戦いたいからという感情でのみで果たしたのだと私は思う。
 こいつはそういう奴なのだ、その時の気分によって行く場所決めたり食べる物を決める。
 優柔不断で大胆で男勝りなのがこの人間だ。
 巻き込まれる側の者からすれば勘弁して欲しい。

「お前が何考えているか当ててやろうか映姫」

 ……と考え事をしているとこいつはパッと目を開いて何事も無かったかのように、だが傷は確かに感じるような声を投げてきた。

「美少女の寝顔を見れて幸せだ、だろ?」

「閻魔の私がそんな事を考えると思っているのなら少し考え方を改めて頂かなければいけませんが。そんな事より傷は浅くはないのです、黙って寝ていなさい」

 そうも言ってらんねえさ、そう返すと魔理沙はベッドから痛々しい体を持ち上げ地に足をつける。
 横に寝かせていたピンク髪の少女の手に優しく自身の手を合わせて握りしめると、魔理沙は何かを探しに行くかのようにキョロキョロと見回して宿内を壁に手を付きながら歩いていく。

「何を探しているのですか魔理沙」

「小鈴さ、私に付いてきたちっこい女の子が居ただろう。あの子とちょっと約束したからな、大人のお姉さんとしてはちびっ子との約束は守らなきゃならん」

 どこが大人のお姉さんなのか問い質したいのをグッと我慢して小鈴という少女についての答えを口から吐き出す。
 その場所は宿内の一般宿泊エリア、簡単に言ってしまえばお客様用の室内に寝かせてありますと。
 魔理沙の肩を抱えながらその場所へとゆっくり進んで行く、1歩歩く毎に魔理沙の呼吸は乱れ痛みに悶えるような声が微かに聞こえてくる。
 だが私に止める権利はない、本人が行くと言うのであれば付き添う者は手助けせねばならない。
 例えそれが“黒”な事だとしても──。

「よう小鈴元気にしてるか?」

 蚊の鳴くような声とはこの事だろう。
 肩を担いでいた私ですら正確に聞く事が出来ないほどの小さな声で、何やら茶を注いでいた少女に向かって話していたのだ。
 少女も魔理沙の異変に気が付き焦りながらもう片方の肩を担ぎ始め、2人で敷いてある純白な布団へと運んでいく。
 そこでようやく魔理沙が出血している事が分かったのだ。

「ま、魔理沙あなたは……!」

 早急にフロントから医療箱を持ち運び処置を施す、出血点は電撃による皮膚のただれやそこから生じた血管破損。
 無理に歩いた事により脚部からの出血が異常に激しかったのだ、無理もない。

「はは……悪ぃな小鈴……」

「喋らないでください!今は安静が1番なんです!!」

 順調に処置が進んで行くかと思えば、今までどうやって出血していなかったのかってくらいの大きな傷口が皮膚下から現れ出血が更に増加する。
 布団は純白からドス黒い血の色へと姿を変えてゆき、まるでそれは“死”を物語っているかのようだった。
 魔理沙の意識もギリギリになって脈拍も限りなく間隔が長くなって……我々の焦りも激しいものになってきていた。
 器具を落としたりよく分からない行動をしていたり、そんな光景を彼女は見兼ねていたのだろうか。

「どいて」

 私たち2人を手で払い除けたのは先程まで魔理沙程ではないが傷を負い寝かされていたピンク髪の少女だった。
 少女は魔理沙に身体を両足で挟むようにして立つと、指先から青白い火花を散らす電撃を放ち始めた。

「繊細な作業だから邪魔しないでよね……」

 電撃を魔理沙の身体へと直接流し込んでいる様を、ただ呆然と眺めてて良いものなのか私は疑問だった。
 だがその行動を“白”か“黒”か、どちらか判断したその結果を私は信じたい。
 だが信じたいという気持ちとは裏腹に不安を抱いていたのも事実だ、魔理沙の体が痙攣を引き起こしたかのように異常な震えを起こして段々と時間が経つにそれは治まっていく姿が。
 ピンク髪の少女にとってそれは成功なのか失敗なのか私にとってそれは区別出来ない、故に少女の表情を見守り改めて“白”か“黒”かを判断する。

 ──結果は正しくあろうとする白だ。

 魔理沙の体は見違える程に快復し皮膚の出血はおろか皮膚のただれさえも完全に完治していく。
 末恐ろしい力なのはあの時見ていたから分かってはいましたが、まさかこの様な応用法まで熟知しているとは……。

「そいつは治ったわ、あの時は完全にテンパってて攻撃しちゃってごめんね……そ、それだけだから……」

「ま、待ってください!貴方は見たところ外の世界より侵入した人間とお見受けします、ここがどの様な場所なのかは理解していますか?」

「……?さあ……?藤淵さんのアルバイトでついて来てるだけだからどういった場所かなんて分からないわ。見た感じ田舎っぽいけど何県なのかしら、山梨辺り?」

 私は長年生きていてこれ程までに驚いたのは数少ない事だと思っている、まさかこの幻想に足を踏み入れ理解せずに幻想入りするなどという事が発生していることに。
 本来幻想郷自体秘匿されているので外の世界の者たちに勘づかれる事はまず有り得ないですし、侵入する術などあるはずが無い。
 それがこの世界での常識なのだ、絶対的なルールであり覆る事は幻想の崩壊を意味する。
 
 ──だがそれは、事実起こってしまった。

 私は我を忘れ少女の肩を激しく掴み、

「アルバイトと言いましたね、藤淵とやらについて来たという事ですがその人もこの世界に居るという事で間違いないないですね……?!」

「え、う……うん藤淵さんが私にアイマスクをさせてから手を繋いで……それから地獄?そこでこの機械を作動させてからとある言葉を言ったらお金をくれるっていう簡単なアルバイトで……」

 恐ろしく冷や汗が吹き出ていた。
 幻想史上最も恐ろしい異変が今起こりえているのかもしれない……。
 地獄ではある言葉を“閻魔”が告げると地獄の獣は全て楔を外され自由の身となり地獄の門をすり抜け地上へ這い出でる事さえも……。
 まさか……いやまさか──。

「そ……その機械は、ど、どの様なものなのですか……」

「えっとね、ここのボタンを押すと好きな人間に他人の目を欺けるっていう優れものなんだよね。アルバイトだと閻魔?になって“盟約を断つ”って言うだけで終わりなのよ」

 ────────。
 ──────────。

 全てを知った。
 全てを理解した。
 地獄においてその言葉は閻魔にとって禁句であり、絶対的な緊急時以外の場合、口にするだけで幻想からも追放される。
 そしてその手に持つ機械、他人の目を欺けて他人に成りすます力を保持している外の世界の技術によって製造されている。
 それにより彼女は私か他の閻魔に成り代わり禁句を口にし……獄獣を地上へと解き放った……。
 目の前でアホ面を下げている彼女に今にも掴みかかり殴り飛ばそうという非論理的な考えは、私のズボンを軽く引っ張る感覚によって遮られた。

「その子は……悪くないと思います……」

 それは小鈴と呼ばれた少女。
 涙を流して鼻水も出し可愛い顔が勿体ない。
 この子自身に何があったのか私には理解できない、だがこの異変によって相当に辛いことがあったのだと思う。
 そんな子が異変を無自覚ながらに引き起こした元凶を前にして、悪くないと。
 それは優しさからだろうか、否、閻魔である私が公平に考える事を忘れてはならない。
 確かに彼女にも落ち度はある、いや……無いとも言い切れる。
 彼女はただ従っていただけだ、高い報酬か何かに釣られて無垢で無知なまま未曾有の異変を引き起こした……ただそれだけと割り切るにはあまりにも酷な決断が必要だ。
 だが冷静になってようやくマトモな思考が戻り藤淵と呼ばれる者について私は追加で質問をする事にした。

「藤淵とは何者なのですか」

「藤淵さんは研究者で、この機械も藤淵さんが作ってくれたの。でも地獄?でしっかりと言ったのに迎えが無かったのは残念かな……。レディの扱いとはとても思えないし」

 決まりです、藤淵と呼ばれる者は“黒”!
 異変を間接的に引き起こし外の世界の者でありながら我らが幻想のルールを知り壊滅的異変を引き起こした黒幕……!
 急いで紫に連絡しなければなりません。
 念を発し紫宛に送り届けているのですが、微弱な念のみが跳ね返りのようにして帰って来るだけで応答が一切ありません。
 紫に限ってこういう事がある筈が無いので何かしらに巻き込まれたと考えた方が賢明でしょう。
 
「今更なのですがお名前教えて頂けますか、私は四季映姫と申します」

「……猫矢こっこよ」

「ではこっこさん、今からお話することは非常に長くなり、かつ重要な事です。現状起きている事柄を全て貴方にお伝えしなくてはなりません、処分はおって然るべきタイミングで行います」

 私は少女に全てを話した。
 幻想郷とは何なのか、彼女の居た世界は幻想郷では外の世界とまとめて呼称する事や幻想を秘匿する事さえも。
 そして藤淵という者の企みによって間接的にこの世界に大災害が起こしたという事も。
 どこまで信じてくれるかなんて私にも分からない、嘘偽りの無い閻魔である私に出来る事は真実を真実のまま伝える事である。

「────」

 彼女はしばらく蹲り頭を抱え込むとあまりの情報量の多さに頭がパンクしたのかその場でばたりと横になる。
 そうしてその状態のまま目を瞑り鼻歌を歌い出したのだ。

「っ……貴方……」

「いえ信じますよ四季さん。貴方の真っ直ぐな目は藤淵さんの言葉より信用出来るし、何より地獄に長時間放置されてたんですもん、信じない方がおかしな話でしょ?」

 そう少し涙声で笑顔で答えた。

「よくよく考えれば誰でも分かりそうな事なのに……お金の事になるとつい我を忘れて何でもするから私のダメな所よね、この落とし前は出来る範囲で私も対応させて欲しいの」

 魔理沙と同等の力を有した者の助力であれば間髪入れず頼もうとしましたが、彼女は外の世界の者である事に変わりは無い。
 幻想の問題に関わらせて良いものかと少し考え込みましたが、博雨光の例もあるので問題無さそうでしょう。

「分かりました。閻魔として貴方の行動に異論はありません、その力、幻想の為に存分に奮ってください」

「光の幻想録」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く