光の幻想録

ホルス

#29 変獄異変 7.

 楽、お前はあの時の様に弱くはない。
 寧ろ輝かしい成長を遂げていると言っても良いかもしれない。
 その肉体に秘められた力は“聖人”としての力の一端末、常人に付与された場合、最悪力が暴走して死ぬ事もあるかもしれないが、会得した際の戦闘能力の向上率は飛躍的としか言えない。
 中にはその力を欲し権力者となろうとする者さえ居る、聖人とは稀少な力であり崇拝されるものなのだ。
 故簡単に譲渡して良いものではない、悪人の手に渡った際に起こり得る被害が想像を絶するものに成りうるからである。
 また前述した様に暴走を引き起こし死に至るケースも存在する、故それを忘れてはいけない。
 
 ──楽、いいや博雨光。
 私の家族を頼む、お前にしか頼めない事なんだ。
 そして私たち家族の再会を邪魔する者が居れば排除しろ、掃討しろ、撲滅しろ。
 奴らがそうして来たように私たちにもそうする権利がある、遠慮をするな、情けを掛けるな。
 奴らがそうして来たように私たちも………………。

 
ふとそう思い出したのは聞き覚えのある暖かい声。
 俺がまだ明るかった頃の……相当昔に……ひなが居なくなった時に聞いた声だ。
 邪魔する者は何であろうと殺せ、躊躇せずに、確実に……俺の脚を止めることなく、ひなに会う為に殺せ──。

 俺の眼前にある者は“家族の再会を邪魔する者”、容赦等するな、奇人となり殺せ、鏖殺せよ、排除せよ、淘汰せよ、そしてひかりは託された。

 

 ──だがその前に、奴の言葉の中に引っかかるもんがあった。
 それは姉ちゃんに向けた言葉で間違いないよな……藤淵……。
 姉ちゃん……姉ちゃんに何したんだ藤淵。
 聖人としての力はこの世界で姉ちゃんとその力を一端を譲渡されたこいつしか使えねぇ。
 なら、ならよ……ならよ藤淵……。
 お前……姉ちゃんに……手ぇ出したんだよな……!

「…………………オレが相手だ藤淵──ッ!!姉ちゃんに手を出したツケは命1個じゃ足んねぇぞ!!!!」

 手に持つ水の剣が途端にドス黒く染まり上がる、刀身が若干伸び水の剣より更に鋭利に尖り始めると先端より黒く輝く何かが垂れ流れていた。

 ──唸る息吹。
 それ正しく“獣”と呼称するに相応しい呼吸音を響かせ、距離を詰める為に地面を大きく蹴り飛ばすと激しく砂煙が蔓延する。
 剣を液状に変化させ新たに鞭の形状へと変化させ詰めいる最中に鞭を大きくしならせ敵へと攻撃を送り届ける。
 加え振るうと同時に左手に新たに生成された“闇”は豆粒並の大きさで、それは次の瞬間にはハンドガンの様な形状をした武器へと変化し、敵の頭蓋目掛け撃ち放たれる。

「────」

 研究者藤淵へと確実に攻撃は迫っていた、だが藤淵は別段驚きを表明した以外の行動は一切無く、藤淵の目の前で鞭と弾丸は無力化された。
 それは攻撃という行動自体が意志を持って藤淵への攻撃を“自分で中断”したような、不確かであるがそう表現するしかない程の不自然な事だった。
 今のような攻撃は例えば鞭であれば標的に命中及び限界まで伸びきる事によって攻撃という行動は停止する、だが藤淵に当たる前に、そして伸びきる事もなく藤淵の目の前で攻撃が停止したのだ。
 加えて弾丸も原理自体は基本的に同じだ、それが藤淵の目の前で停止し地面に落下する、自然の物理法則でこの様な事象が働く事はまず有り得ない、特異な何が藤淵自身及びクソ道具にある筈だ。

「おーおー久しぶりじゃねぇかゾロアスター!会えて嬉しいぜ産みの親としてはよォ!!」

「ナメた口を……“闇”を提供されソレを加工し創り上げただけのお前が産みの親だと……?んな事ァ微塵も思っちゃいねぇ!俺の家族はただの1人のみ、その1人だけの家族に手を掛けたお前の臓物をどう料理してやろうか……今から楽しみで仕方がねェんだよ!!!」

 藤淵のいる神社へと大きく踏みいろうと相当の力を込めて大きく地面を蹴り上げた瞬間、とてつもない違和感を感じ、その場で激しく嘔吐する。
 現在位置は神社の敷地に数歩立ち入った位置、つまりコレは藤淵が神社の敷地に何かしらの細工を……?
 あぁ……クソ、思考が纏まらねぇ……。
 とにかく俺はヤツを殺さなければいけねぇ、それだけは魂が理解している。
 立て、立て……立て……!
 立ってヤツを見据えろ、攻撃の構えを取れ。
 こんな所でヤツの策略に掛かって膝をついている場合ではない!!
 落とした鞭を取れ、銃を取れ……。
 ヤツに向けろ、ヤツに放て……そうすれば全部片がつく。
 姉ちゃんと…………。

「それ以上踏み込むんじゃない……」

 姉ちゃんの声が聞こえた。
 そっちへ顔を向けようにももはや一途の力すら入らず、肉体ひかりは地面に伏して立ち上がる事も出来なかった。

「姉弟愛だねぇ……海色ちゃんも痛手で動けない筈だろうにねぇ。お前は肉体に付与された呪いに掛かっている事に気が付いていればマシな勝負になったろうに……ああ、とても残念だが愉快だなァ!!?」

 藤淵は懐にしまっていた小型のハンドガンを手に持ち、銃口を倒れている者へと合わせ、引き金を引き絞る。

「お休み2人とも」

 弾丸は1寸の狂い無くその者の頭部へと目掛け放たれ、彼らに被弾する直前に唐突に彼らの頭部付近に出現した亜空間に弾丸は飲み込まれ、新たに生成され真横に出現した亜空間より弾丸は再び出現し藤淵の右掌を貫通した。

「っ……邪魔立てが多くてイラつかせる……」

 「それはこちらも同じ意見だ外なる者、おいそれと幻想に立ち入る者がココ最近で相次ぎ過ぎている、私の疲労を緩和させてはくれんか」

 亜空間からその身を露呈した女は異様な雰囲気を放ち、花魁の様な感覚を得ることが出来るような風格を持ち合わせていた。
 不意とはいえ藤淵に一撃を加えたその実力、間違いなく只者ではない。

「以前感じた中身は貴様だったか……。多重人格というやつか?それにしては肉体が適応しておらんがそれはまあ良い。今のお前ではこの地に居る限り、そして緑髪の巫女が近くに居るだけで死亡する、それを再度2つに交わった“魂”に刻んで回復に挑め」

 聞き届けると視界は暗転し、意識は消え去った。
 暖かい……その様な感覚を落ちる寸前で感じた。

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