光の幻想録

ホルス

#27 変獄異変 5.

 “是非曲直庁ぜひきょくちょくちょう”。
 地獄に存在する組織の名であり、死後のヒトの魂や妖怪の魂、果てには地獄の化物等を管轄する場所である。
 普段となんら変わりない平凡な地獄では、罪人の魂が化物によって拷問され、その痛みに耐え抜いた時ようやく生前の罪が解消されるのですが、ココ最近、些か私には度が過ぎる様に思えまして。
 魂は可視化すると白い風船の様にフワフワと漂っていて、白玉楼付近と地獄では唯一可視化が可能なエリアです。
 それでその魂は今化物に滅多滅多に切り刻まれて、挙句の果てには頭部に装着される等ロクな待遇を受けていない模様。
 いや……まあ罪人の魂なのであの様に裁かれるのは当然ではあるのですが……。
 “等活”エリアでしかこんな事は行われませんし、大目に見るとしましょうか。
 それはそうとそろそろお昼の時間でした。
 今日は最近良い事があったので腕によりをかけて作ったお弁当です、中には地上で採れた山菜や獣の肉等を調理し、色鮮やかに添えてみました。
 どうですか私のこの女子力!見ていますか小町、私だってやれば出来るんですよ。
 ……と、居ない部下の話をしても意味はありませんね、ササッと食べてしまい午後の業務に勤しむことにしましょう。

 
 ──来るは来るは罪人の数々。
 お昼ご飯を食べ終えた後に恐ろしい程の行列が私の目の前に現れた。
 全く、1日にどれだけ死んでいるんですか……。
 地上で大規模な事故等でもあったのでしょうか、庁の入口を通り越してズラーッと魂たちが並んでいるなんて今まで1度しかありませんでした。
 一人一人の罪を計っていくとなると流石に力の使い過ぎで疲労がピークに貯まってしまいそうですが、閻魔としてしっかりとせねばなりませんね。
  ……いや多過ぎる。
 全てを裁き切るつもりではありますが途方もない、軽く100を超えて150は居るでしょうか。
 これ程までに混み合っているのは……あの時以来ですか、それと同レベルの出来事が地上で起きていると仮定してみると、些か自分の立場に複雑味を感じてしまいます。

「オラオラどけえーーーーッ!!!」

 静かなる地獄の入口より来たる星々の数々。
 一時垣間見た流れ星の様に光る何かがそこから現れたか思うと、目の前に並ぶヒトの魂たちをゴミのように蹴散らして突進して来る。
 全ての魂たちを物理でどかした後、そいつはドヤ顔でこう言い放って来た。

「地上がヤバい!」

「私の職場を荒らした後の第一声がそれですか……。あなたは少しわんぱくがすぎる、もう少し自重をしてみては如何ですか魔理沙」

 息を荒くしてまで力を使用して私の元にまで来るにはそれ相応の理由と言うものがあるのでしょう。
 ですが順はしっっっかりと守って頂かねばなりません、その行いは善悪で言うところの彼女は悪です。

「分かったちゃんと言おう。地獄の化物が地上に出現している。この魂達もそうだがこいつの親父も地獄の化物に襲われている、地獄の管轄は完璧じゃなかったのか四季映姫しきえいき

「……?何を言ってるんですか、あの子達は今もその辺で罪人を裁い……」

 言いかけて言葉を詰まらせたのは初めてだった。
 罪人を裁く為に産み出された地獄にのみ生息する“獄獣”の姿が1匹足りとも見当たらなかったのだ。
 そうだ、思い返せば不自然だ。
 業務に勤しんでいて忙しかったとはいえ、獄獣の声や魂の叫び声等も聞こえなかったのは明らかに異常事態だ。
 絶え間なく獄獣に拷問が行われる“等活”エリアではその様な事があっては決してならない。
 何故ならばその様に此処は作られている、地獄の中の地獄として象徴されるエリアで悲鳴が聞こえない等と抜かされれば地獄そのものの威厳が失われる。
 そして等活エリアは獄獣の管理も行っている。
 何らかの拍子で地獄の入口までさ迷ってしまった獄獣や、そもそも等活エリアから出られない仕組みが施されているのに獄獣の姿が一切無い。

 ──地獄における緊急事態だ。

「至急至急、こちら等活閻魔 四季映姫。等活の大多数と思われる獄獣が行方を晦ましました。私のミスと判明した場合は責任は私が負います、直ちに入口の封鎖と獄獣捜索の隊の編成を要求します」

 そんな馬鹿な事がある筈無いだろうと通信先の閻魔は笑っていたが、私の緊迫した口調に偽りを見いだせなくなり、次第に私の要求に応えてくれた。
 歴史や地獄全体で見つめても今回の異常事態は明らかにおかしい、前例の無い初の異常。
 各閻魔がそう感じて笑って決め付けるのも無理は無いだろう、事実私とてそう感じた。

「もう地上は地獄さながらだぞ、人里は完全に崩壊して神社すら襲われてる始末だ。そっちで何か変な事は起きてなかったのか?」

「獄獣がココ最近獰猛だった事以外は特に。あの子たちも繁殖期になるとそうなる習性があるので一概には言えませんが……とにかく先に私は周辺を見廻ることにします。獄獣は見つけ次第捕獲しますが、閻魔以外には一切懐かないので魔理沙やその子を見つけ次第確実に襲い掛かってきます、その点のみご注意を」

「え……私も探すのか?生憎だが早苗のとこに行こうとしててだな?おい待て何でスペルカード切ろうとしてんだ!分かった探す!探すからそれ下げろ!!!」

 魔理沙はこうでもしないと乗り気にはなってはくれませんからね、その小さい子には悪いですが魔理沙が居るなら心配は無いでしょう。
 現に彼女たちは地上から来て無傷な訳ですし、地獄にまた何体か居たとしても苦にはなり得ません。

「探すのは等活エリアのみで構いません、あの子たちはそのエリアでしか普通は生息出来ませんので。それでは私は北を捜索して来ます、魔理沙とその子は規模の狭い南をお願いしますね」



 ──そう言うと四季映姫は優雅に飛び去っていく。
 というか箒も無しに飛ぼうとするとかファンタジー感ぶち壊してるよな、どいつもこいつも。
 私は魔女だから箒が無いと飛べない!っていうやつの方が好きだ。
 実際無くても飛べるんだが……。

「悪いな小鈴、先にこっちに寄らないと行けなかったから後回しにしたけど必ず願いは叶えてやる。もう少しだけ待ってくれよな」

「大丈夫、私は意志をしっかり継いだから強い子になるよ。地獄だって怖くないよ」

 ……と言いつつ小鈴の足は産まれたての小鹿みたくガクガクブルブルと想像の何割か増しで震えていた。
 そもそも地獄なんて死んでから来る場所だから私の感覚がおかしいのか。
 生きてる状態で地獄来れたラッキー!程度にしか思えないあの頃が懐かしいよ本当に。

「歩いてくのも何だ、また私の箒に跨って飛んでくとしよう。ここは暗いからな!迷ったら見つけられないだろ?」

 我ながら下手くそな建前を付けたなと思う。
 それでも小鈴は笑って頷き箒に跨ると、手招きをして一緒に捜索する事にした。

 ──さて。
 異常らしい異常はすぐ見つけられた。
 上空からだとアホほど広い地獄の中で一際輝く雷光が1点のみに迸っているのだ。
 地獄に鳴り響く雷なのかとか思っていたが、まあ明らかに自然現象ではないってのが分かった。
 あんな秒間でゴロゴロ言わねえだろ雷って……。
 しかも地上から空に向かって放たれているから間違いなく誰かしらの仕業だってのは分かった。

「おいおい誰だよ」

 超が数個付くくらい危険な場所だな。
 目の前で雷が迸って、今にも襲い掛かってきそうだ。
 そしてその中から軽い鳴き声も聞こえるんだが気のせいだと信じたい。

「誰か泣いてます……かね……?」

 気のせいではないらしい。
 雷光の一瞬の光でそれをよく見つめると、人型の何かが居た。
 んー返事も無いし取り敢えず1発撃ってから確かめるか!

「とう」

 軽い円形の弾幕を1粒生成すると、それを手に持ち豪速球で投げ飛ばす。
 コツンという面白い音がした途端、

「ひにゃああああああ!!!!」

 地獄全体に響き渡るほどの恐ろしい轟音とそれに劣る叫び声が聞こえた。
 危うく鼓膜が破れるとこだったぞ。
 小鈴は……気絶してるなこりゃ……。

「なに!?なに!?なになに!!?なに!!?なに!!?」

 「雷止めると何も見えねえから弱い雷で辺りを照らしてくれないか?それなら私の姿も分かるだろ?」

「嫌よ誰よあんた!!藤淵さんじゃないでしょ!ああもう藤淵さんどこよおおおお!!」

 そう言いつつ雷光を発している辺り物分りは良いほうだろう、霊夢も習って欲しいくらいだ。

「もう嫌!こんな暗いとこにずっと居るし藤淵さんと通信は出来ないしで……どうしてくれるのよ!警察に訴えるわ!!」

 警察って何だ。
 そもそも私のせいじゃないだろ。

「ああもう嫌!!藤淵さん以外信用出来ないわ!あなた私を殺そうとしに来たのね……だって地獄ですもんね!生きてる人間を見つけたから殺しに来た刺客か何かでしょ!!?そうは行かないわよ、私だって都市トップの意地があるんだから!」

 そう訳の分からない事を言い始めると雷をこちらへ飛ばして来た。
 何とか避けれる具合なんだが、どうも避け切っても電流が空気を伝って浸透しているらしく焼けるような感覚に陥る。
 ──嫌な相手に違いないな。

「うっし、お前をここで潰す!覚悟しろよ、ここで絶対にぶっ殺してやる!!!!!」

 役にどハマりしたとは正にこの事だな。
 悪役ってのも悪くない、寧ろ私らしくて良い。

「ほら!ほら私を殺しに来たんじゃない!!!後お前じゃない、私には“猫矢ねこやこっこ”って名前があるのよ!!!」

 鍔迫り合う星と雷。
 そこから生じる火花は地獄にとってとても美しく魅入るものであったと、各々の閻魔はそう語ってうるさかったそうだ。

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