光の幻想録

ホルス

#23 変獄異変 1.

 ここはしがない貸本屋、私はそんなちんけな場所でいつも店主をしている者だ。
 里の人たちも暇な時は顔を出してくれて、人見知りな私も知り合いと呼べる人達が増えてきて嬉しかった。
「小鈴ちゃん、今日はアレ来てるかな?」
「はい!ちゃんと取り寄せておきましたよ、今回はしっかり期限までに返却してくださいよね!」
 この人は借りた本を期限までに返却しない困ったお客さんです、でもそれも本に熱中しているからであって、あまり強く言えません。
 必ず返してくれるので穏便に済ませていますが、果たして今回はいつ返してくださるのか……。
「ありがとう小鈴ちゃん、おじさんこれ楽しみにしてたからさ。なるべく早く読むようにするよ」
「もう分かりましたよ。後ろに人が並んでいるのでズレてください」
 加えてお喋りさんなんです。
 私がこうやって普通に話せるようになったのも、このお客さんのお陰ですが……。
 ちょこっとは感謝してますよ?ええ、ほんのちょこっとですけど。
「次の方どうぞ〜」

──

「ふあ〜疲れた〜……」
 午前中だけでこんなに人が来るなんて珍しいですね、やっぱり新刊が来たからでしょうか? 文々。新聞は人気ですからね。
 というか外の天気があまりよろしくないですね、曇りになってしまいました。
 雨が降るといけませんし、お客さんのいない今の内に洗濯物を取り込むとしましょう。
 まだまだ暖かい季節な筈なのに、廊下は嫌に寒気を感じてしまい身震いしてしまいそうです、昨日は半袖で出掛けても大丈夫だったのにおかしな天気ですね。
 裏口のところまで来たのは良いのですが、開けようとしても何かが突っかかっているのか思うように開きませんでした、というかボロが来ているのではないでしょうか。
「……ん?」
 何でしょうかこれ……? 開けようとしていた扉の下の隙間から、ニュルニュルと何かが入って来ます。
 気持ち悪いですね……ドス黒いですしドンドン入って来ますよ!?
「あわわわ……って……」
 その細いニュルニュルは扉の隙間から出切った瞬間に人型の形に形成され直し、さっきの期限までに返さない人へと……。
 え、でも……なんでそんなに体が細い……顔なんて血の気が無くて真っ青だし……。
「コスズチャンホンカリニキタヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ」
「え……は、はい……でもどうしたんですかその体……顔もまるで……」
 体は棒人間のように細く、ウネウネと体全体が骨が無いかのように気持ち悪くうねっている。
 手足先端は鋭利に尖っていて、包丁のような……。
「コスススススススンンンンン」
「下がれ!!」
 振り向くとそこにはたまに店に顔を出してくれて手伝ってくれるお父さんが居ました。
 なんでそんな焦っている顔をしているんでしょうか……というか2人ともここは従業員以外立ち入り禁止です!
「くっ……間に合えッ!」
 お父さんは私目掛けてダッシュして来ました。
 途端、後ろにいた常連さんがけたたましい声を上げたかと思うと、おぞましい殺気が私の背中全身を包み込み始め……。
「らァッ!!」
 お父さんが常連さんを膝で蹴り飛ばし、床に叩き伏せてしまいました。
 私は何がなんだか分からず、ただ傍観しているしかありませんでした……。
「無事か!?怪我は無いな!?」
「え、あ、はい……?大丈夫です……」
「良かった……!小鈴、今すぐ博麗の巫女の元へ避難する、説明はその時にするから今は手を握ってろ!」
「え……?え…………?」
「モタモタするな!!生きたければ来い!!!」
「は、はい!」
 お父さんの手を掴んで貸本屋を出た瞬間、私はこの世の“地獄”を目の当たりにし、同時に理解した。
 里は火の海に包まれ、体の細い何かが皆を襲っていたのだ。
 細い何かは殺した里の人の頭部をもぎ取ると、自身の頭部の先端に付け、殺した里の人と同じ声をあげながら他の人に襲いかかっていた。
 そしてその殺された人も……あの何か細いのに侵食され、自らも化け物へと変わり果てて、他の村人を殺害しては顔をもぎ取っていた……。
「ゔっ…………」
 あまりにも残酷な光景に、私はその場で吐き出した。
 見知った人達が襲われている、殺されている、そして細い化物へと変わり果て、殺戮に加担している。
こんなもの地獄以外の何物でもない……!!
「小鈴掴まれ!」
 あまりの光景に足を崩した私に手を差し伸べるお父さん、涙が零れて視界がボヤけてよく見えない……。
 お父さんの影に手を伸ばすと、その手を掴むと私を抱き抱えて走り出す。
 私はその腕の中で震えていることしか出来ない力の無い女でしかなかった。
 いいやそれ以前に恐怖が私を支配し、思考に至るまでの重要な部分が大まかに欠落していた。
 死にたくない、怖い、助けて、怖い怖い怖い怖い、怖い!怖い……!怖い!!!
 ……そう震えている内に気が付けば里を抜け、博麗の巫女の元に続く杉の一本道に入っていた。
 お父さんは激しく息切れか、目眩を引き起こしたのかフラフラと私を抱き抱えたまま地面に倒れて……。
「お父さん!?」
 倒れた時のショックで我に返った私はお父さんに駆け寄り、苦しそうなその顔を覗き込む。

 ──ゾッとした……。
 その顔は半分溶け掛けて、よく見ると体の一部分は完全に消失して……まるであの細い……ッ……。
 そんな……嫌だよお父さん……お父さん…………。
「行け……」
「嫌だ!お父さん一緒…………」
 言いかけていた言葉が、改めて覗いたお父さんの顔を見て詰まった。
 もう……残されたのは口から下の部分しか無かったのだ……。
「い……キ、、ロロロ……」
「うぅ…………うううぅぅ……ッ!!」
 唇を噛み締め血が滴りながらも、強き志を持ちし彼女はその場を後にする。
 私は無力だ、ただ本の読めるだけの何処にでもいる普通の人間だ……。
 そんな自分が今とても憎くて悔しくて……溢れ出る涙は永遠に止まりそうもないくらい出続けて……。
 もう顔がくしゃくしゃになるのもお構い無しに助けを求めた、あの高く伸びる階段の先にたて構える神社の巫女へ。
 異変解決のスペシャリストとうたわれる人間ながらにして強大な霊力を用いた彼女であれば、きっとお父さんを救ってくれる。
 そんな僅かな淡い期待を抱きながら階段を登りきり、ようやく辿り着いた神社で目にした光景は里のものとそう変わりはなかった。
 私と同じ様に博麗の巫女に助けを求めに来た人々が細い化物によって殺戮されている真っ最中だったのだ。
「ぁ……ぅあ……」
 顔をもぎ取られ化物の頭部へと付着されると、その殺した者の声を産声の如くあげながら、全身をクネクネとうねらせていた。
 そしてまた頭部をもぎ取られた人間も細い化物へと変わり果て、同じ様に頭部を探しに周りの人間を殺戮して行く……。
「ミタタタタ」
「イタタタタワ」
「ウママママママ」
 死体の顔を3つも付けた化物が、腰を抜かし動けなくなった私を細い腕で指し示し、3つの声を同時に上げながら嬉々として向かってきた。
 ソレは私の目の前に来ると覆い被さるように私を包み込もうと、細い体が面積を広げるようにして拡大化し、私の目の前はドス黒い何か1色だけになった。
「やだ……やだ………」
 絶望に覆われながら私はここで死ぬんだ……そう思った瞬間、目の前のドス黒い景色が吹き飛び、そこには輝かしい星々が映りこんだ。
 化物は奇怪な声をその場に身を捩りながら発声し、辺りの化物もそれに釣られるようにして同じように身を捩りながら発狂し、襲い掛かってきた。
 その途端、体感した事がないほどの強大過ぎる熱射線が化物を一体一体確実に撃ち抜き始め、被弾した化物達は“人間”の声で悲鳴をあげてその場で絶命し倒れ伏す。
 死体はその場で顔ごと溶け始め、完全に溶けた時にはゲル状の気持ち悪いものになっていた。
「怪我はないか小鈴」
 未だ腰を抜かしている私の横に降り立ったのは、博麗の巫女と同列に語られる人間代表の魔法使い。
 白黒モチーフに古臭い箒を愛用した霧雨魔理沙さんその人だった……。
 その顔を見た瞬間に更に私の涙は溢れかえり、安堵の吐息を吐き出して身を確かめ始める。
「怪我があれば化物になる前に殺すんですよね……」
「ああ、あればの話だけどな」
 ズキズキと痛む横腹を神様に頼み込みながらゆっくりと服を捲って確認すると…………。
 そこには傷1つの無い肌が露出し、更に安堵が深まり胸を撫で下ろす。
 もし私に化物から受けた傷があれば、私も同じ様に化物に成り果てていたかもしれない、その事実が突きつけられた段階で生きた心地はしなかったけど……今はその心配はないみたい……。
 でもお父さんは……私を守ろうと化物に攻撃した時に足に怪我を負っていたのを見てしまって……。
「本当か?ちょっと全部脱いで確認させろ」
「え……あ!ちょ待って……!魔理沙さんやめて……!」

──

 ひ、酷い目に会いましたが確認する為なんですから仕方ないです……でももう少しやりようはあったと思います……。
「あ、あの魔理沙さん……お父さんが近くで倒れていて……その、一緒に助けて貰えませんか!」
「……怪我はしていたか?」
 っ……していたと答えれば魔理沙さんはついてきてくれるのだろうか、いや絶対に来てくれない。
 同じ化物という事で私のお父さんも殺してしまうんじゃないかと……。
「していません、ですのでどうか……!」
 パァン!!と、気がついた時には音がして私の頬は赤く腫れ上がり痛みが顔を伝っていく。
「お前の父親なら私がこの手で殺した、お前が走り去った後に残った理性でつけていた私に気が付き殺してくれと頼んできたんだ」
「え……?」
「お前は仮にあの化物になったとして、その手で知り合いを、親を殺したいと思うか?いっそ殺してくれと、実の娘を自分の手で殺すくらいならこのまま殺してくれと。お前の父親は立派だった、だからそんな嘘を平気でつくんじゃねぇ!!!」
 ────。
 なにも、なにも考えられず理解したくない事実を脳髄に刻み込み、私はその場で泣き崩れた。
 お父さん……お父さん……お父さんお父さん……。
 置いていかないでよ……1人にしないで……!
「悪いな……だが助けられる手段なら知ってる。死人さえ甦らせる事が可能な力を持ったやつがいる、この化物共を掃討したらそこへ向かうつもりだ。私と来れば安全は保証する、どうだ本居小鈴もとおりこすず
 一頻り泣いて、子供のように唸って、叫んで、憤慨して、だがそれでも事実として“父親の死”を受け入れ、それが父親の意思であったと強く理解し、“生きろ”と命じられた私は魔理沙さんに向かって強い意志を、改め父親の意志を継ぎながら告げた。
「連れて行ってください!!」

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