光の幻想録

ホルス

#21 神として

 ──起きなさい、いつまで寝てるの。
 もう学校に行く時間でしょ?朝ご飯も用意してるんだから早く支度なさい。

  ……懐かしい声がする。
 
 どこかで聞いた当たり前のその声は……どこで聞いていたんだっけ、今はもう思い出せない。

  ──もうこの子ったら。
 ほぅら起きなさい早苗、中学校初日から遅刻するつもりなの?目立って恥ずかしい思いをするわよ?
 
 私の名前だ。
 
 この声の人は私の名前を知っている。
 いえ違う……もっとそれより重要な事が……。
「えっ……誰!?きゃああああ──ッ!!!!?」

 ────。

 ──────。

 ────────。

 私の耳に残ったのはその時、特定の声や音を描き消す為だけに生み出されたノイズの様なものだけだった。

「死ね」

 ────。

「死ね……」

 ────。

「死ね……!」

 ────。

「死ね!!!!」
 ノイズが消えたと同時に肉が裂け血が吹き出す様な異様な音だけが私の耳に強く残った。
 聞いた事のある声の人は呻き声だけをその場に残して、知らない男の人の声が、『死ね』という単語を何度も、何度も何度も何度も、そう言い続けて嫌な音が続けざまに聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……クソが……!次はお前だクソガキが……!」
 男の人の声が近付いてくる。
 音が真横まで来ると私の体に跨ったのかお腹に重みがのしかかる。
 声が出ない、あの声の人はどうなったのか聞きたいのに……声が出ない……。
「惨たらしく逝かせてやるよ!! 」
 鋭く鈍い痛みがお腹からジワジワと広がって、次第にそれは胸の辺りにまで広がって『開いた』。
 その次に首にその痛みが来て、それからは息をしようとするとよく分からない音が聞こえ始めた。
 『コヒュー、コヒュー』っていう音が息をする度に鳴って、お腹いっぱいに息を吸えなくなって──。

 ──そうしたら眠くなってそのまま寝たんだ。



            ああ本当に、変わらない夢ね


 ──

 ゆっくりと目を開ける。
 視界は溢れ出る涙でよく見えないけど、顔を覗き込むお二人の顔はしっかりと確認出来た。
 ご迷惑とご心配をお掛けしてしまったようです……。
「大丈夫か早苗、今日はいつも以上に魘されていたが」
「ご心配ありがとうございます神奈子様、諏訪子様。ですが休んでいる暇はございません。この好機に守矢神社の信仰獲得の為、必ずやお力となりますので……」
 守矢神社に崇められている神、八坂神奈子様が私の身を気遣ってくださっている、ここ最近の参拝客の向上で忙しかったせいか酷く体が衰弱している。
 こんな事で根を上げていては守矢神社の信仰を獲得する事も、神奈子様たちに信仰を献上する事も……。
「いや早苗の身の保養が1番だ、諏訪子も同様の考えで珍しく合致したのだ。しばらくは参拝も断る故、今はその身を休めておけ」
「……はい」
 私がしっかりしていれば……。
 この能力を彼女たちの信仰の為にと私が発案したのに……数日経ってこのザマとは我がことながら飽きれてしまう。
「気を落とす事じゃないよ早苗、お前は私たちの為にその能力を使ってくれているんだ。私たちにお前を責める資格なんて有りはしない、寧ろ感謝を送るべきはこちらなんだから、今はゆっくり体を休めなさい」
 守矢神社には2つの神がいる。
 1人の御方は八坂神奈子やさかかなこ様、神霊としての絶大な力は勿論のこと、その力を用いて某王国を攻め落としたと云われている。
 もう1人の御方は洩矢諏訪子もりやすわこ様、私の……母親であり姿言動こそ幼いながらも私の母親で……この守矢神社に崇められる本当の『神』です。
「ありがとうございますお母さん……お役に立てず……面目ありません……」
 ──早苗はそう言い終えるとそのまま深い眠りに就いた。
 寧ろここまで力を使用して倒れない方がおかしいのだ、早苗は『あらゆる奇跡を叶える』とされる曰く【願望器】。
 幻想の外の民からさえ狙われるその力は私たちで秘匿し護らなければならないものだった、それはかの八雲紫も同調し、共同で秘匿を進めていた。
 それを早苗は自ら力を民衆に知らしめ、それを応用して私たちの、守矢の信仰を回収すると言い始めたのが根幹の問題だった。
 聞き付けた民衆は我こそはと欲望を抱いて早苗に会いに登山を始め、辿り着いた極僅かな者にあらゆる願望を叶え、信仰心を植え付けた。
 神にとって信仰とは存在そのものといっても過言ではない、それほど我らにとって信仰とは無くてはならない存在だ、それがココ最近で薄れ始めたのを感じた早苗は……。
 責任は我らにある、もはやこんな冒涜を許して良い筈がない、絶対に今後人間を通す訳にはいかない。
 例えそれが、異変を引き起こすキーになろうとも……私は振り返らず、躊躇いもなくその選択を使用する。
 それは早苗の親である諏訪子も同じ考えだろう、自ら産んだ我が子が自分の為に疲弊している姿を見て心が痛まぬ者は1人とて居ない、例えそれが神であろうとも。
「到着しましたよ?ほら起きてくださいってば、いつまで泣いてるんですか……って私の翼で涙を拭かないでくださいって!!!」
 ──外が喧しいな。
 また新たな奇跡を欲する欲望の限りを尽くそうとする者が現れたという事か。
「諏訪子、早苗を頼んだぞ」
「うん……」
 恐ろしく暗い顔を見せたのは何百年振りの事だ、陽気に振る舞う事がお前の取り柄であろうに諏訪子。
 私は神社を後にし目の前2人の者に問いを投げる。
 私は餞別し厳選しなくてはならない、良い民か悪い民か……または『それ以外の民』なのか。
「問おう、貴様らは何故にこの地へ赴いた」
「げぇ……神奈子!会いたくなかったんだけどなあ……私はこの子の頼みを聞いてここに連れてきただけなので私は失礼しますよ〜!!」
「私はおと……ある男の頼みを聞いて代理で来た者だ、願いを叶えて欲しい訳ではない。東風谷早苗という女性が疲弊しているのは分かっている、軽い治療なら可能なのだがどうだろうか?」
 その様な類ときたか。
 判定しよう、この者は『それ以外の民』だ。
「結構だ外の世界から来た者よ。貴様らは願いを叶えて欲しいが為だけに幻想を渡りここまで会いに来るだけの願望を背負っているのだろう?そんな雑な願いを私利私欲の為だけに使われる早苗の身になってみたらどうだ!?あの子はまだ幼い、今後の生にもこれ以上力を使えば支障が出るだろう!!そんな者にあの子見させてなるものか!!!」
 ──なんという神気……。
 私を超えている……?怒りの感情だけでここまで跳ね上げるさえも可能なのか!?
「私は本当に彼女の治療がしたいだけだ。お礼に願いを叶えろと言っている訳ではないよ」
「くどい、貴様のような手段で早苗に近付き願いを叶えた愚か者も存在するのだ、これ以上は本当に……ッ!あの子の為を思うならこれ以上足を踏み入れるんじゃない──ッッ!!!」
 彼女は間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた。
 無数の特異な弾丸が細かく宙に滞空したかと思うと一斉に地面めがけて降り注ぎ、辺りに砂煙の煙幕が敷かれる。
「ほんの挨拶だ。これ以上下がらぬというのなら次は問答無用でりにいく。」
 砂煙はゆっくり晴れ、彼女顔を再び見据えると想像以上に悲しい顔をしていた。
 見守っていた側の者として、その様な顔をされると私としてもとても心が痛い……が、あのまま放置していれば確実に東風谷早苗という女は疲弊し力尽きる。
 それはあの神だって分かっている筈だ、1番近くに居るものとして痛感して目に焼き付けている筈なのに……。
「何故だ!八坂神奈子とあろう者が頑なに外の者を拒絶し早苗を見殺しにする!?そのままでは本当に死んでしまうぞ!!」
「我々だけで快復させる、それが我ら2柱の方針だ。お前のような外の世界の何処の馬の骨かも分からぬような者に早苗を見させる訳にはいかないんだよ!!」
 今度こそ放たれる殺意の塊。
 銃に込められる弾丸の如き粒状の弾幕が再び滞空し、再び地面めがけて降り注がれる。
 いくら私が水の使い手とはいえ、無数に広がる弾幕を防ぐには表面を薄くし面積を広げる必要がある。
 当然ながら面の薄い層は弾丸を弾き留めるなんて事は出来ない。
 故に横の面積を最大限削り取り、層を何重にも分厚く仕上げた水の盾でそれらを防ぎ切った。
「お前は楽よりわからず屋だ!!」

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