光の幻想録

ホルス

#16 記憶

 見間違うはずもなく、また間違っているとも思わない。
 何年も共に育ち同じ場で環境を共にした者と、何をどうしたら赤の他人と顔を間違うものか。
 俺の目の前に居る1人の少女は名を海色、そしてこの顔を忘れた事なんて1度足りとも有りはしない。
「あぁそうか、君は知らないのか……。光、残念だけど私は君の言う『ひな』という存在では無い。君の中に眠るもう1つの君の義姉、闇色海色という名の者に過ぎない」
「俺には分からない」
 「……だろうね」 分かるはずもない。
 でも、それでも俺は……今の俺は……。
「ぐっ……俺は……!っっ……俺は!!」
 ──あぁ惨い。
 運命とは何て惨い。
 今この場で彼は思い出してしまった。
 それは他ならぬ私のせいで、私が責任を負うしか彼をこの場で奮い立たせる事は出来ない。
 いやでも、もしそんな私情を挟まなかったとしても私はその言葉にこう返すだろう。
「辛いよね、会えたと思ったんだもんな……こうやって必死に無意識下で覚えている治癒能力を行使してくれてるのも、その『ひな』って子の為であり、この責任を私が償えるのなら私は君の為に──」


 ──正直に言おう。
 俺はこの場で身を投げても許されると一瞬だけ脳内にぎった。
 海色と名乗った同じ顔を持つ彼女の存在がとても辛かった……。
 会えたと思った、苦しみから解放され自由になり、そしてまた平和に暮らせるのだと、何かの間違いでここに来てしまったのだと……。
 夢でも良かった、夢でさえ会う事が叶わなかった俺にとって、彼女は正に天敵・・であり、同時に救世主・・・でもある。
 だが俺がここで折れれば本物のあいつはどうなる、助けに行くとそう誓った……!それを忘れた訳では決してない。
「話は済んだのかしら」
 静かに込められた確かな殺意。
 そして怒りさえ込められた悪意そのものは背に広がる巨大な翼を大きく広げあげ、何処からともなく出現させた『血』で出来た剣を大きく突進しながら振り降ろす。
 紅い世界に轟く轟音。
 剣と紅い地による摩擦から迸る恐ろしいまでの火花は、超越した火力からまるで雷にも見えた。
「くっ……光!君はここで待ってろ!こいつをぶっ倒したら全て君に話すと誓う!!」
「ほらほら行くわよ!ほらァッッ!!!」
 ……俺は。
 ────俺は……。
  これは懐かしいあの時と同じ感情……。
 救うと誓ったひなは既に居ない、俺は敗れた……そうだ、俺は負けて……どうなっ……た……?
 負けて、敗れて、逃げて、勝てなくて、連れ去られて……助けると約束して、俺は今ここで……奇跡を……。
 ──いいや違う、違うさ博雨光。
 前提からしてお前は何を忘れているんだ。
 記憶を消されたのはおまえだけで『おれ』じゃねぇからな。
 さぁ何を知りたい、そして何を覚えている。
 姉ちゃんは長くは保たねぇ、さっさと俺の問いに答えた方が体を内部から殺される心配は無くなるぜ。

 ──お前は誰だ……。
 お前は誰だ……俺に、俺に語り掛けるなッ!! 

 ──俺はお前だ。
 お前は俺で俺はお前、なァ簡単だろ?
 さあ何を知りてぇんだ、さっさと答えろ楽。
 もう闇色の剣も貸してやった仲じゃねェか……。

──

「あぐっ……!」
 くそッッ……いくら私が聖人だからとはいえ、その力を渡してしまってはこうなるのは目に見えていたのに……私は大馬鹿者か。
 もう腹の傷が開いて動けそうにないか。
 あはは……参ったな、光と折角約束したのに……。
「もう終いにしましょうか、野蛮な賊。あなたは私の館で不貞をして咲夜さえも手に掛けた。地獄以上の苦しみは死後に約束してあげる、それが貴方の『運命』だと私が今この場で決めた!!」
 振り上げられる血の剣はマッハに匹敵する程の速度で振り下ろされ、血の結界全体に大きく亀裂が入り込む程の大規模な揺らぎが発生した。
 無論、そんなものを直撃で食らえば、如何に屈強な肉体を誇った者であろうとも致命打は確実に間逃れないだろう。
 まして瀕死の少女なんぞ余波ですら危険だった筈だ。
 だが闇色海色は生きていた。
 彼女もその場で起きた事に理解出来ず、ボヤけた視界を小さな手で擦りながら目の前の状況を確認する。
 「無事だな」
 私の弟と同じ顔をした人が心配した顔持ちで私の顔を覗き込んでいた。
 そしてそこには大量の水が宙に漂い、奴の攻撃を全て防ぎ切る大きな盾を持って。
 大丈夫と口に出せればどれだけ気が楽になれるだろうと考えたさ、でもそう口にすれば彼は彼でなくとも、彼なりに私を思って行動してしまうだろう。
「むり……か……も……」
「泣くな海色、闇が見てたら悲しむぞ」
 小さな身体に俺の拳1つ分があるであろう大穴が腹に空いていて、そこから夥しい血液が流れ零れていた。
 博麗がこの場に……いや、この結界さえ破壊出来れば博麗が面倒を見てくれる筈だろうが……破壊の余波が海色を襲えば間違いなく次は保たねえ。
「あなた……どうやってソレを逃がした」
「教えてたまるか、俺のせいとは言え海色にここまでしてくれたんだ。おれに変わって殺される覚悟、あるんだろうな……!」
「戯言を!!たかだかヒト如き我らの家畜風情が吠えるんじゃないッ!!!」
 暴走した吸血鬼は再び血の剣を、今度は更に大きく振り上げてから先程のマッハ速度を超えた速度で地に叩き付け地に亀裂を入れたかと思うと、その亀裂から青色に輝く業火が結界内に燃え広がり始めた。
 叩き付けられた余波も先ほどより数段力強くなり、破壊の限り地獄の具現化をこの世界で行おうと試みているのだと理解した。
 十字架に串刺しにされた人の形をギリギリ保った何かが辺りに垂れ下がってる事から、俺もこのままではああなるんだと確信した。
「地獄を味わいながら疾く燃え失せろ!!!!」
「やなこった、こっちはこっちで何とかするしかねえよ!」

  ──さっきは行けたんだ、今度も行ける!
複製能力ボローアビリティ : 闇色海色──ッッ!」

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