光の幻想録

ホルス

#13 姉弟

 運命とは本当に数奇な道を辿るものだ。
 私の──海色の人生は産まれた時から定められ、その方向にしか歩むことを許されない役割を背負わされ強制された。
 本当は他の人みたいに何不自由なく過ごせて自由に恋愛したりして、学校に行ったりして、そういう人生を歩んでみたかった。
 出来ることなら願いの叶う、曰く奇跡を叶えるとされるその子に私の力を奪取させようとも考えて行動した事もあった。
 それ程までに私は何不自由なく過ごせる人間達を激しく羨んだ。

──

 「……光、君にはまだこの異変を解決するという役割がある。その為にも私の弟をしっかり抑え込んでくれなきゃ駄目だよ!」
 滅茶苦茶に乱舞する闇色の剣。
 それは目の前の獣にとっては攻撃のつもりなんだろう、私にとってそれは赤ん坊が玩具で遊んでいる様なものと見て取れる。
 何なら目を瞑ってでも私の持つ剣で相殺し続ける事も可能だろう、現に片手だけで捌いているようなものだからね。
「獣性の中にも多少理性が残っている、そう捉えるべきなのかな」
 彼の気は矛盾している。
 『攻撃を振りたい』というものと、『攻撃したくない』、そして『何かを抑えようとしているもの』の3つに行動が分かれている。
 だから今こんな変な攻撃しかして来ないのだろう、攻撃を振るえば攻撃をしたくないという人格に静止させられる魂レベルでの矛盾……。
 
 ──光はよくやってくれてるみたいだ、全く、よく出来た『お兄ちゃん』だよ。
 「少し痛むよ!」
 繰り出す技は近接を極めた発勁はっけい
 剣だと相手を葬ってしまう可能性がある以上、防御上の理由でこの戦闘では一切使えない。
 なら相手の骨を砕き動かなくさせる、痛みによる防衛本能を促して防御を取らせる、延髄に衝撃を与え気絶させるといった方法が最も有効的だ。
 私は彼の動きを少しだけ止めればそれだけで勝てるからね。
 「グァッ……!?」
 稚拙な剣の攻撃を小さな体ですり抜けると彼の体、つまり心の臓の表面に手を当てる。
 そこから繰り出すのは私の気を衝撃波として送り出す攻撃、いわば手から放つ弾丸の様なものだろうか。
  体内にのみ僅かなダメージを与え損傷にまでは至らなくとも絶大な痛みを与える拷問等に使われる攻撃方法……こんなの私の弟に使いたく無かったけどやむを得ない。
 ──地に手を付く獣。
 口から命の源を盛大に吐き出すその姿は私にとっての地獄そのものだ、自分の手で彼を傷付けた事実を痛感しなくてはならない。
 然して彼は立ち上がる。
 獣に成り果てた者の末路など、痛覚を麻痺させ、己の防衛本能のみで行動しようとする野性のみで生きる事しかない。
 一瞬の隙、それさえ作れれば勝機は有る。
 だが私の力がこれ以上たもつのかは五分五分と言った所だろう。
 『闇』を解放した後の戦闘なんてのはこれが初めてで、自分にもどうなるかは分からない。
 でもやるしかない。
 ──それは私の宿命だ。
 「っ……」
 私は平然と這いつくばっている獣を見つめる。
 その眼は依然として殺意や獣性、葛藤を見て取れる。
 未だに彼の制御を行えずに暴走していようが、自分のした行いだけは悔いているかの様に……その2人は今も尚戦っている。
 「フーッ……!!フーッッ……!!」
 彼のその呼吸音は異常に大きかった。
 いや威嚇のつもりでいるのかもしれない。
 もしくは攻撃の初段に入ろうと呼吸を整えている真っ只中なのかもしれない、だとしても今の私に彼を攻撃する事ははばかられるのが本音の1つだ。
 己の宿命と相対したものの、未だその宿命を真っ当に受け止めきれず、何処か遠いところへ目を背けている……自覚はあるんだ、彼を倒さなきゃいけない事だって分かっている。
 でも私はやっぱり辛いよ……。
 なんでこんな事をしなきゃならないのか、そう何度も過去に自分を改め言い聞かせて来た事か。
 でもやらなければ彼が『死ぬ』、そして世界が『死ぬ』。
 大を救い小を捨てる、それが私が知り得る彼の心情の1つだと記憶している。
 「はぁぁぁぁぁ──ッッ!!!」
 理性を若干とはいえ取り戻しつつある獣は、有り余る腕力をフルに使用した渾身の叩き付けを私に向けて振り下ろす。
 そんなものは考え事をしながらだって避けれる事だ。
 ──それは理、必ず回避出来るという事象の元に成り立つ神の加護。
 「──よ、私はお前を殺したら生きていける自信はない。今はまだ眠っててくれないかな……お姉ちゃんの頼みなんだよ……」
 そんな声も野生の獣に届くはずも無く理解されるはずも無く、ただの意味の無い羅列の言葉として館の中へと染み渡る。
 自分の役割を成就して達成しようとする、この聖人せいじんとしての体は彼の死を今も尚求め続ける。
 もう抑えるのすら限界に近い、あと少しすれば私はソレに囚われ彼を殺戮の限りを尽くして殺すだろう。
 一か八か、一瞬の隙を狙い撃つ私の技に賭ける他選択肢は無いんだろうね。
 「私と一緒に眠ろう──。もうその獣性に囚われる必要も苦しむ必要も無い。私が全て受け止めてあげるから、だから…………」
 彼を『救う』技を構えようとした最中、背後から鈍い痛みがジワジワと全身に広がっていくのを痛感した。
 ソレの正体は私の背中に突き刺さる紅の死棘、言わば長槍である。
 長槍はゆっくりと先端から私の体内へと深々と突き進み、痛みに悶えながら腹の方へと突き刺し出された。
 ──痛い。
 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
 体内がその槍を異物として反応して拒絶反応を引き起こし、大穴の開いた皮膚からは尋常ではない量の血液が噴出し辺り1面を鮮やかに彩る。
 痛みに悶えながら、視認する。
 そして何処から『投擲』された物なのかを模索している内にアレは言葉を発した。
「私の館で何をしているのかしら。全く、あの子達も使えないことね」
 高台から見下ろすソレ。
 真っ赤に彩られた服とキャップとその肌色。
 そしてその背から蠢く漆黒の巨大な羽。
 ソレは人と相対した存在、人が家畜として存在していたならば奴らによって飼われていた事だろう。
 アレは原初の生態系から大きく外れ独立し、今も尚現存する者達。
「まさかこの世界に居たとはね……!ワラキア公ウラド3世の隠し子にして隠蔽され秘匿された御息女……ッ……レミリア・ツェペシュ!!」

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