光の幻想録

ホルス

#10 彼の守護者

 走る、走る、走る、走る。
 ただひたすらに走り抜ける。
 倒壊した木々の間を安定しない足場でありながらも速度を落とさず走る。
 館は目前に迫り今にも手が届きそうな位置にあるのだと感覚では分かるのに、辿り着くのには膨大な時間が掛かってしまった。
 思っていた以上に距離感の掴めないその館は、目視していた間隔より実際は数倍程の距離感が有ったのだ。 
 そう思えてしまったのは……恐らく単なる『不調』だろう。
 紅霧で限界が来たのか、または体の中から無尽蔵に湧き出す『何か』に後押しされているのか、そんなものを深く考えている程今は暇ではない。
 そうしている内に彼はようやく館の前へと辿り着く。
 不気味という言葉が相応しい血塗れた館は今にもその牙を彼に向け襲い掛かって来そうなんて事も容易く想像出来よう程に、恐ろしいまでの怨念と邪念、そして死んだ亡者達の霊魂が染み付いていた。
「常に叫び越えと悲鳴が聞こえるな」
 それは獣の鳴き声……というよりかは叫び声に近いものだった。
 人のものと断言するには余りにも野生的な雄叫びと叫び、そして人のものとは思えぬ殺意に満ち溢れた怨念の児玉こだまが目に見える様に牙を向く……。
 それは唐突に行われ、彼らは決して目で捉えることは出来ず、また干渉する事も出来ない。
 ならばこそ怨念の児玉は彼にこの様な攻撃したのだろう。 
 『光弾』 そうこの世界で呼ばれる小さな光の弾が彼目掛け死角から放たれた。
  この幻想においてそれは最も効率的な攻撃方法であり、触れれば屈強な者ですら一撃で瀕死にまで陥らせる事の出来る威力を誇る。
 「急ごう……アイツらが危ねぇ!」
 彼が移動しようとしたその前には『光弾』は彼に命中していたハズだった、と言うよりかは当たらなければおかしいのだ。
 それなのに大量の光弾は彼の周りで無音で爆散し跡形も無く塵へと変え行かれた。
 理不尽なまでの行先の無い憎悪、怒り、無念、それらを秘めた児玉は光弾が何かにより防がれた事を受け、更にその力を高めて行く。 
 それは館全体が揺れ動く程の悍ましくもけたたましい執念と言えるものだろう。
 だがそれが何だと言うのか、彼を加護しているのは──。
 そこらに住まう児玉程度に彼を傷付ける事は絶対にさせまい。
 私が彼を護らずして誰が彼を、孤独で在りながらも絶望しながらも……私は彼の生き方を肯定する。
 この世界に住まう者として、外なる世界から来た彼を護る。
 今はただそれで良いのかも知れない。
「行ったね……そろそろ姿を見せたらどうだい魔女。それとも見せられない理由でもあるのかい?」
 海色と名乗り出ていた黒髪の少女は、光が館の内部へと入った事を確認した後に館の入口に背を預けるようにして何者かへの警鐘を鳴らす。
 警告にも似たそれに応えるは花壇の隅で座り転けていた1人の少女。
 嫌々ながらその少女は海色の前へとその姿を現すと、酷く嫌悪した表情で彼女を見つめる。
「私に気が付いているなんて……驚きだわ……あの男は早めに……処理したかったのだけど……貴方は巫女の仲間って事で良いのよね……?」
 動かない大図書館……。
 外にまで警備を強めているとは、あの吸血鬼まさか本当に企んでいるのか……?
「いやいやそれは少し違うぞ?私は彼の味方だ、断じて巫女たちの味方をしている訳では無い。巫女たちがどうなろうと私は知らないし干渉しない、だが彼に危害を加えるというなら私は貴方の邪魔をする。 どうだいパチュリー・ノーレッジら。彼に危害を加えないと言うなら私は貴方を見逃してあげても良い。無用な争いは避けたい主義だろう?」
「…………色々聞きたいことはある……でもこれだけ先に言わせて……私は、レミィに邪魔者は殺せと言われているわ……何者であろうとこの館に侵入する野ねずみは私が処分する」
 辺り一帯に展開され行く光弾の数々。
 それは物理的に避けるといった行動を完全に遮断することの出来る程の物量で海色の周囲に漂っている。
「──そうかい」
 それは一閃。
 瞬きまばたきが終わった後には周囲に漂っていた光弾は真っ二つに分断され、地面に無気力に落下し自然消滅してしまう。
 収め終えるは暗闇色の長刀。
 それは刃渡り5mは簡単に越し、使用者との体躯の差で凸凹のバランスになろうと一切の切れ味や剣術の衰えも見せ付けない至宝の剣。
「残念だよ」
 海色は間髪入れずに少女の懐へと忍び込むと、長刀の柄部分で魔女の腹部を強打し、勢いそのまま飛び上がり延髄に蹴りを入れ地面に叩き伏せた。
 力の差は余りにも歴然だった。
 砂煙上がる館の前に黒髪の少女は1人陣取ると長身の刀を壁に立て掛け虚しく座り転ける。 
 私は幻想が嫌いだ、そして好きだ。
 矛盾しているなんてよく言われるけど、これが私の幻想に抱く感情で相違ない。
 「そろそろ出ておいでよ本物。私には複製品だけで充分って認識のままなのかい?」
 ゾロゾロと、何処からともなく現れる同じ顔と同じ姿と同じ魔女が、館の前の広場に埋め尽くされた。
 数なんて数える方が馬鹿らしい、広場は完全に埋め尽くされ逃げ道らしい逃げ道は存在せず、退路は背後の館への入口のみに限定された。
 「面白いね……この幻想じゃ隠し通す予定だったけど予定変更だ。──魔女、私を本気にさせた事は讃えよう……!」
 『やみ』としての片鱗。
 ──いま此処に解放する。

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